第207話 ティマ姉ちゃん
フェル姉ちゃんが眠ってからずいぶんと時間が経った。でも、いまだに目を覚まさない。
信じてはいるんだけど、段々と心配になってきた。みんなの口数も減ってきたし、眉間にしわを寄せた顔が多い。心配になってるのはアンリだけじゃないと思う。
でも、アビスちゃんやオリスア姉ちゃん達は薄情なくらい普通だ。
「フェル様はそのうち目を覚ましますよ。慌てても仕方ないですし、私はしばらくパンドラ遺跡に行ってきます。私が最強で最高のダンジョンになるためには、あのダンジョンよりも大きくならないといけませんからね」
「心配? いや、まったくしていないが? フェル様がこのまま眠ったままなんてことはありえん。部屋の外で待機しているのはお目覚めになられたときにすぐ挨拶をするためだ。問題はここで素振りをすると怒られることだな!」
「フェル様は魔界で休みなく仕事をされていましたからね。これくらい寝てくれていた方がいいのですよ。いい休暇だと思ってゆっくり休んで貰いたいものです」
「フェル様が目を覚まさない状態を研究してみたいところだが、空気を読んでしないようにしている。だいたいフェル様は魔王。心配するだけ時間の無駄というものだ」
薄情と言うよりも目を覚まさないなんてことをまったく思ってないって感じなのかも。信頼というか信用というか、心の底からフェル姉ちゃんは無事に目を覚ますって信じてるんだと思う。
アンリもそう思いたいんだけど、何も変わらないフェル姉ちゃんを毎日見ているとこのまま目を覚まさないんじゃないかって思っちゃう。スザンナ姉ちゃんや皆もそう思ってるはず。
なにか少しくらい良い変化があればアンリ達も安心できるんだけどな……。
「アンリ、スザンナ君、ちょっといいかな?」
おじいちゃんがフェル姉ちゃんの部屋へやってきた。入口の扉からアンリ達を呼んでいるみたいだけどどうしたんだろう?
スザンナ姉ちゃんと一緒に部屋を出ると、廊下にはおじいちゃんと一緒に教皇さんがいた。確かティマって名前だったはず。
……なんだろう? ちょっとだけ懐かしい感じがする。空気っていうか雰囲気っていうか、匂い? 前から知っているような感じで、ちょっと不思議。
その教皇さんがアンリを見てなぜか涙ぐんだ。
どういう状況なのかな?
「教皇さんはどうしたの? どこか痛いの? 部屋からリエル姉ちゃんを呼んでこようか?」
「ああ、いえ、違うのです……」
違うって言われてもずっと目に涙を溜めているんだけど。アンリもスザンナ姉ちゃんも首を傾げるしかない。
助けを求めるようにおじいちゃんのほうをみると、なぜかおじいちゃんは優し気な顔をしていた。アンリ達は困ってるのに。
「おじいちゃん、この状況はなに? アンリ達はどうすればいいの?」
「ああ、いや、すまないね。このティマなんだが、おじいちゃんの知り合いなんだ。アンリが赤ちゃんの頃に会っているんだが、さすがに覚えていないかな?」
赤ちゃんの頃の記憶なんてあるわけがない。一年前だってギリギリ。でも、勉強をやらされていたことだけは覚えてる。忘れたい。
でも、前から知っているような感じはした。気のせいじゃなかったのかな?
「その記憶はないけど、なんとなく懐かしい感じがする。アンリが赤ちゃんの頃に会ってたんだ?」
涙ぐんでいた教皇さんは、目に涙を溜めたまま笑った。
「はい、アンリさ――ちゃん、大きくなりましたね。アンリちゃんが大きくなった姿をずっと見たいと思っていたのです。機会がありませんでしたが、ようやくお会いできて、それが嬉しくて泣いてしまいました。急に泣いてしまってごめんなさいね」
「そうなんだ? でも、アンリはこれからもぐんぐん大きくなるから、この程度で喜ばないほうがいい。大きさで言えば、この倍を目指すつもり」
二メートルは大きすぎるかな? 一倍と半分くらいでフェル姉ちゃんと同じくらいかも。うん、やっぱりその辺りを目指そう。
「ふふ、そうですね。アンリちゃんがもっと大きくなるのを楽しみにしています。ところで何か不自由はありませんか?」
「平気。フェル姉ちゃんが目を覚まさないことだけが不自由だけど、他は全然問題ない」
「ああ……そうでしたね。その件は本当に申し訳ないと思っています。何かありましたらいつでも言ってください。どんなことでもしますので」
「うん。えっと、ティマ姉ちゃん? でいいのかな?」
「はい、それで構いませんよ。ティマおばさんでもいいですけどね?」
ティマ姉ちゃんは笑っているけど、これは罠。そう言っておいておばさんって言うと絶対に怒る。アンリはそういう理不尽をソドゴラ村でたくさん学んだ。
「それじゃティマ姉ちゃんで。ありがとう、ティマ姉ちゃん。何かあったらお願いします。とくにおじいちゃんがアンリに勉強させようとしたときは阻止してください」
今は勉強をしてないけど、フェル姉ちゃんが目を覚ましたとたんに勉強をさせる可能性がある。村に帰るまでは絶対に勉強しないと心に誓っているから絶対にやらない。
「ふふ、あのお方と似たようなことを言うのですね……はい、勉強に関してはシャスラさんに言っておきましょう。それ以外でも頼ってくださいね。私はずっとアンリちゃんの味方ですから」
あの方って誰? それに味方? すごく珍しい言い方をされたけど、味方だからいいのかな?
「それとスザンナさん」
「えっと、なに? 私は小さい頃に会ってないよ?」
「ええ、もちろんです。スザンナさんには頼みたいことがあるのです。アンリちゃんの事、これからもよろしくお願いしますね。どんなことがあってもアンリちゃんの味方でいてあげてください」
「味方? それは言われなくても大丈夫。私はアンリのお姉ちゃんだし、どんなことがあっても味方でいる」
「まあ、お姉ちゃんですか……! いいお姉ちゃんが出来て良かったですね、アンリちゃん」
「うん、最高のお姉ちゃん。アンリも最高の妹だと自負してる」
そう言ったら、スザンナ姉ちゃんが照れた。そこは胸を張って欲しい。
ティマ姉ちゃんはアンリ達を見て微笑んだ。今は涙ぐんではいない。優し気にアンリ達を見つめている。すごく慈愛に満ちた目っていうのかな? おかあさんもお父さんもたまにそういう目でアンリを見てくれる。
「お二人とお話ができたら安心しました……では、もっとお話をしたいのですが、聖人教での対応がありますのでこれで失礼しますね」
「うん、忙しいとは思うけど頑張って」
「はい、ありがとうございます。それではシャスラさん、スザンナさん、失礼いたしますね」
ティマ姉ちゃんはアンリ達に手を振ってから、この場を離れて行った。
なんだか不思議な感じがする人。それにちょっと安心する感じ。アンリは覚えてないけど、優しくされたって記憶が体に染みついているのかな?
「さて、フェルさんが大変な時に時間を取らせて悪かったね。どうしても会わせておきたかったから呼んだんだが、大丈夫だったかな?」
「大丈夫。でも、もう戻ってもいい? フェル姉ちゃんはお寝坊さんだから目を覚ますまでそばにいてあげないと」
「ああ、構わないよ。ところでフェルさんの容態はどうだい?」
「ずっと変わらないかな。良くなっているわけじゃないけど、悪くもなっていないと思う」
そもそも何が原因なのか分からないってリエル姉ちゃんが言ってた。だから栄養を行き渡らせる治癒魔法以外でも色んな治癒魔法を使ってる。
アビスちゃんは精神的な攻撃をされた可能性があるって言ってた気がするけど、そもそも精神的な攻撃って何だろう?
「そうか……でも、フェルさんのことだ。すぐに目を覚ますかもしれないから、そばにいてあげたほうがいいだろうね」
「うん、そうする。そういえば、村のほうは平気? 結構長くこっちに留まっているけど」
「大丈夫だよ。ウォルフ――アンリのお父さんが村長代理として色々やってくれているようだ。村に色々とお客さんが来ているようだから大変みたいだけどね」
「お客さん?」
「そうだよ。ルハラから女神教の像を調べに来た人とか、ディア君の代わりに冒険者ギルドを運営してくれる人とかが来ているみたいだね。どちらもフェルさんの知り合いらしいよ」
どんな人達だろう? 村へ帰った時、ちょっと楽しみかも。
でも、帰るのはフェル姉ちゃんが目を覚ましてからだ。それまで村に帰ることはない。
アンリは部屋にいるだけでなにもできないけど、フェル姉ちゃんが早く目を覚ますようにお祈りしようっと。
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