第205話 勇者になった理由
処遇会議はいまだに続いている。
リエル姉ちゃんとアムドゥアおじさん対勇者って感じ。フェル姉ちゃんの手柄を貰えと言うリエル姉ちゃん達とそんなことは絶対にできないっていう勇者の戦いだ。
賢者と教皇は黙って見ているだけっぽい。どちらでもいいというか中立なのかも。決まったことに従うってことなのかな。
それにしてもさっきから教皇はアンリのほうをチラチラと見ている気がする。なにかアンリに用事があるのかな?
「リエル、アムドゥア。よく聞いてくれ、儂は魔族を滅ぼす力が欲しいがために多くの者を傷つけた。そんな者がのうのうと生きていていい訳がないだろう? しかも魔族の手柄を奪うなどと言うことはできん。その称賛は魔族のフェルが受けるべきであって、儂らは汚名を受けたまま死ぬのが一番良いのだ」
「だから言ってんだろ! そんなことをしたら女神教全体が本物の悪になっちまって、それを母体とした次の新しい宗教をつくれないんだよ! 汚名はすべて女神と言う名の邪神に被せてじいさん達が新しい宗教の象徴になるべきなんだって!」
リエル姉ちゃんと勇者の言い争いが続いている。リエル姉ちゃんは起きたばかりだからあまり無理をしてほしくないんだけど。
仕方ない。ここはアンリが一肌脱ごう。
勢いよく右手を上げた。天を貫くほどの勢いだと自負してる。
リエル姉ちゃんも勇者も言い争いをやめてアンリのほうを見た。というか全員がアンリを見てる。
「こら、アンリ。今は大事な話中だから大人しくしていなさい。それともお腹がすいたのかな?」
「おじいちゃん、アンリは立派なレディだから、そういうことは言わないで。大体、フェル姉ちゃんじゃあるまいし、一日三食で十分。でも甘いものは別腹とだけは言っておく――そんなことはどうでも良くてアンリは質問がある」
「質問?」
「うん、勇者さんに質問」
「む? 儂にか? なんだろうか?」
「勇者さんはなんで勇者になったの?」
「なんで勇者になったか……?」
「うん、実は勇者さんがなんで勇者になったか知らない。どうして勇者になろうと思ったの? もう一つ聞くと、勇者になって何をしたかったの?」
なんだかポカンとしているけど、質問の意味は通じてるよね?
「勇者になった理由か……」
「その質問が難しいなら、そもそも女神教の勇者は何をする人なのかを教えて。賢者でも教皇でもいいんだけど、タダの役職ってわけじゃないんだよね?」
アンリがそう言うと、賢者も教皇もちょっとだけびっくりしたみたいだ。
そして勇者は難しい顔になる。
「勇者は、魔族を、殺す者、だ」
つっかえつっかえにそう言った。状況から考えてそれだけじゃないと思う。意図的に避けたのかな? でもアンリはそれを見逃さない。細かいところを指摘して犯人を追い詰める――そう、今のアンリはディティクティブアンリ。
いつか「犯人はこの中にいる」って言いたい。でも、それは後。今は勇者を問い詰めよう。そして死んじゃうなんてことは回避させる。だいたいもう遅い時間。アンリが起きていられるのもあとわずかだから早めに終わらせよう。
「魔族を殺す者……それだけ? なんで勇者は魔族を殺すの?」
「それは――人族を守りたかったからだ。嬢ちゃんには分からんかもしれんが、五十年前、人族は魔族という理不尽な力を持った者と戦争をしていた。当時は魔族の力に人族は絶望していたのだ。だから人族でも魔族を倒せるという希望、そして魔族に立ち向かうための勇気を与える者――勇者となり、皆を守りたかった……」
「そうなんだ? それじゃそれはもう終わりってこと? さっきから汚名を受けて死んだ方がいいとか言ってるけど、もう人族を守らないって言ってるの?」
「ぐぬ……いや、そういう訳では……儂らには人族を守る資格がないと言っておるのだ」
「人族を守るのに資格なんていらないと思う。だいたい、魔族であるフェル姉ちゃんは人族のリエル姉ちゃんを助けた。魔族が人族を助けているのに、勇者さんはそれもしないで死のうとしてるの? このまま勇者さんが死んだら勇者って言葉の意味が勇気を与える者じゃなくて、悪者って意味になっちゃうと思うんだけど」
「ぬ、ぬぬぬ……」
「それにフェル姉ちゃんは勇者さんを倒しても殺したりはしなかった。フェル姉ちゃんは人族と友好的な関係になろうとしているけど、勇者さんを殺さなかったのは生きて償えって暗に言ってると思う」
……あれ? なんだろう? 言ってて違和感がある。勇者と賢者を倒したのはフェル姉ちゃんだったよね……? なんか違うように思ったのはなんでだろう?
勇者と戦ったオリスア姉ちゃんの次にフェル姉ちゃんが戦った……はず。
そんなことを考えていたら、賢者が大きく頷いた。
「バルトス、儂らの負けじゃ。そもそも敗者は勝者の言うことを聞くもんじゃ。それに儂らに罪を償うチャンスをくれるのじゃぞ? 老い先短い儂らじゃが、残りの人生をもう一度人族のために使おうではないか」
「しかし……」
「フェルが儂らをどうして助けたと思う? 肉体の改造を元に戻した上に、記憶まで戻してくれたんじゃぞ? そこのお嬢ちゃんが言った通り、生きて償えという意味だと思うがな?」
勇者は何も答えない。力なくうなだれているみたいだ。
「もう一度やり直そう、バルトス。儂らはそのチャンスを貰えた。ならば全力でそのチャンスを活かさんとな……昔のお主なら絶対にそう言ったぞ?」
「昔の儂か……確かにそうかもしれんな」
勇者がアンリのほうを見てちょっとだけ笑った。そして頭を下げる。
「たしかアンリだったな。お主の質問で儂は色々思い出せた……感謝する」
「どういたしまして。でも、お礼はいらない。勇者さんが勝手に死ぬのがこまるから止めただけ」
「そうなのか?」
「うん。アンリは村にいる魔物のボスとして勇者さんにリベンジする。勝ち逃げは許さない。せめてアンリが勇者さんにリベンジするまで待って。その後はどうなってもいい」
アンリがそう言うと、勇者は大笑いをした。笑うところじゃないのに。
「そうか、お主のような子供がなぜいるのかと思ったら、儂にリベンジするために村からここまで来たのか……いいだろう、お主が儂にリベンジするまでは絶対に死なないと勇者の名に誓おう。いつでもかかってくるがいい」
「安心して。奇襲はしない。正々堂々戦って倒す」
「うむ、楽しみにしておこう」
「楽しみにしないで怖がって」
「……そうじゃな、お主は怖い。力を失った勇者に力を与えられるほどじゃからな」
勇者さんはアンリから視線を外してリエル姉ちゃん達のほうを見た。
「リエル、アムドゥア、聞いていた通りだ。儂にはやらなくてはいけないことができた。人族を守るということ、それにアンリからリベンジをされないといかん。それまで新しい宗教での象徴となろう」
「ああ、よろしく頼むぜ。ティマもシアスのじいさんもいいよな?」
「もちろんです。この程度の罰では申し訳ないくらいです。ですが、これまでの罪を一生かけて償うと誓います」
「儂もじゃ。しかしスマンの。リエルの嬢ちゃんが一番儂らを許せんだろうに」
「俺のことはどうでもいい。それに許せないのはフェルや村の皆を巻き込んだ俺自身のことだ。ただ、ソドゴラ村を襲った件は俺が許すとかそういう話じゃない。それは村長に確認してくれ」
「ここで許さないといえるほど空気が読めないわけじゃありません。ですが、フェルさんに何かあった場合は許せません。フェルさんが目を覚ますまでは保留とさせてください」
フェル姉ちゃんになにかあるわけないんだから実質謝罪を受けて入れているのと同じだと思う。
「村長、それに関しては俺も謝る。フェルや村のみんなを巻き込んで本当にすまなかった」
「リエルさん――いえ、リエル君。君は村の住人だ。住人の問題は村の問題だよ。巻き込まれてなんていないから気にしなくていい。だが、それを同じ村の住人であるフェルさんが解決したわけだから、謝罪ではなくお礼をするべきだね。村へ戻ったら宴会の費用くらいは出したほうがいいとだけ言っておこう」
おじいちゃんが笑顔でそう言うと、リエル姉ちゃんはちょっとだけ驚いた顔をした。でもその後に笑顔になる。これはあれ、聖女スマイル。まぶしい。
「そっか、俺は村に帰ってもいいんだな……ありがとう、村長。おし、任せろ! もちろん、その時は俺が費用を持つぜ!」
うん、これで話はまとまりそう。
他にも色々やらなくちゃいけないことはあるんだろうけど、とりあえずは大丈夫かな。
あとはフェル姉ちゃんが目覚めてくれれば問題ないはず。
しっかり看病して早く目を覚ましてもらおうっと。
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