第262話 つぶれない理由と改築
ニャントリオンがオープンしてから結構な日数が経った。
アンリ達はいつもダンジョンへ行く前にここに寄る。品揃えがすぐに変わるわけじゃないけど、いい物をたくさん見て目を養うという修行でもある。
でも、ちょっと心配。服ってそんなに買わないものだと思う。冒険者さん達は増えたけど、毎日のように売れる物じゃないし、一回買ったら一年くらい次の服は買わないと思う。
おかあさんの話だと貴族の人は毎年、さらには季節ごとに服を作るみたいだけど、普通の人はそんなことしない。村の皆が必要な分を買ったらその後はどうするんだろう?
ガープ兄ちゃんの革製品もあるけど、そっちも同じだと思う。ベルトだって靴だってそんなに買い替えたりはしない。今の売り上げはいいみたいだけど大丈夫かな?
ニャントリオンを出てスザンナ姉ちゃん達とダンジョンへ向かおうとしたら、広場にラスナおじさんがいた。普段、忙しそうにはしているけど、今はそうでもなさそう。ちょっとお話を聞いても大丈夫かな?
「ラスナおじさん、こんにちは」
「おや、アンリ殿。それに皆さんも。これからダンジョンですかな? 魔石を売るならヴィロー商会がお得ですぞ?」
「魔石は冒険者ギルドに売るからラスナおじさんには売れないと思う」
「ふむ。たしか、冒険者の貢献度に影響するのでしたかな。まあ、うちとしては同じ値段で冒険者ギルドから買っておりますから損はありませんが」
「それはいいとしてちょっと聞いていい?」
「今でしたら構いませんぞ。ようやくひと段落着いてこれから森の妖精亭で食事をしようと思っていたところですからな」
ラスナおじさんにアンリが考えているニャントリオンの懸念についてお話した。商売のことに関してはラスナおじさんに聞くのが一番。聞いて損はないはず。それにいい話が聞けたらディア姉ちゃんに教えてあげよう。
「ふむ、アンリ殿はなかなか鋭いですな。ただ、その懸念はディア殿もちゃんと分かっているでしょう。今はこの村に始めてできた店として繁盛しておりますから問題はありません。勝負は二年目、三年目と言ったところですかな」
「やっぱりそうなんだ?」
「その辺りの問題を解決するためにもヴィロー商会がこの村以外での販売をお手伝いしようとしたのですがね。残念ながら首を縦に振ってもらえてはおりませんな」
どうしてだろう? ディア姉ちゃんは結構早く服を作ることが出来る。ガンガン作ってこの村以外でも売ればいいと思うんだけど。
「ラスナおじさんはその理由を知ってる?」
「直接聞いたわけではありませんが、なんとなく理由は察しておりますぞ」
「教えて」
「むう。私の言葉は結構なお金になるのですが……とはいえ、アンリ殿に聞かれたら答えないわけにもいきませんな。憶測ですが、ディア殿はまずこの村の住人に作った服を着てもらいたいのでしょう。気持ちは分からないでもないですな」
「アンリはよく分からないんだけど?」
「ディア殿はこの村とその住人の方に愛着があるということですな。村で自分が作った服を持っていない人がいるかもしれないのに、村に住んでいない人が先に着るのが嫌だ、というような感情があるといえば分かりますかな? 顔も知らない誰かの服よりも、身近な人のための服を作りたいと言うことです。大昔は私もそういう気持ちがありましたなぁ。金儲けではなく、身近な人のために何かをしたい、そんな気持ちがあったはずなんですがねぇ……」
ラスナおじさんはなぜか遠くを見るような感じになった。昔を思い出しているのかも。
それはそれとして、なんとなく分かった。ディア姉ちゃんは村の皆のために服を作ってるんだ。だから他の町で服を売ろうとしないってことだと思う。
ラスナおじさんは憶測って言ってたけど、間違いないはずだ。
でも、それならそれでお店の経営は大丈夫なのかな? ディア姉ちゃんが皆のためにそう言う考えを持っていたとしても、お店がつぶれたら大変。夜逃げで寒い北のほうへ逃避行とかされたら困る。これ以上村から人がいなくなってほしくない。
「ディア姉ちゃんのお店は大丈夫かな? もし潰れちゃったら――もしかしてラスナおじさんはそうなったらディア姉ちゃんのお店を乗っ取るつもりじゃ……」
「人聞きの悪いことを言わないでくだされ。そんなことをしたらこの村から追い出されてしまいます。そこは心配しなくても問題ありませんぞ、ニャントリオンがつぶれる訳がありませんからな」
「どうして? 二年目、三年目は危ないんだよね?」
「危ないとは言ってもつぶれることはありませんな」
「だから、どうして?」
「私がディア殿に別の町で服を売ることを提案したのは、当然お金になると思ったからです。ディア殿のデザインセンスや裁縫技術は帝都や王都の有名店と引けを取らないと言っていいでしょう。今は小さいですが、長く続ければまず間違いなく大ブランドの服飾店になる。そして長く続く理由もあるからこそ真っ先にヴィロー商会が他の町での販売を提案させてもらいました。その理由は……」
「理由は?」
「ディア殿がフェルさんの親友であることですな。フェルさんがニャントリオンの危機に何もしないわけがない。手段は分かりませんが、必ずディア殿を助けるでしょう。どう考えてもニャントリオンは潰れませんなぁ」
それを聞いて、アンリも、それにスザンナ姉ちゃん達も「あー」って言った。みんなの気持ちは一つになったと言ってもいい。
そうだった。よく考えたらフェル姉ちゃんがいる。ニャントリオンがピンチになったら絶対に助けるはずだ。
最初にそれを言って欲しい。ニャントリオンはいつまでも安泰なのが約束されてる。アンリが心配する必要は全くなかった。
「ご理解いただけましたかな? フェルさん本人にそのことを言っても、そんな面倒なことをする訳ないだろ、とか言いそうですが、まず間違いなく助けるでしょうな。大金貨百枚賭けてもいいですぞ?」
「それは賭けにならない。フェル姉ちゃんが助けるか助けないかの賭けなら、村のみんなは絶対に助けるに賭ける」
「そうですな。さて、心配事は無くなりましたかな? 私はそろそろ食事にしたいのですが」
「あ、ごめんなさい。ありがとう、色々参考になった」
「それは何より。そうそう、ダンジョンで見つけた物は魔石以外でも引き取りますから何かあれば持って来てくだされ。では、この辺りで失礼いたしますぞ」
ラスナおじさんはそう言って森の妖精亭へ入っていった。
うん、何となく有意義なお話が出来たと思う。それにアンリの心配事が減った。でも、アンリよりラスナおじさんのほうがフェル姉ちゃんを分かっているようでちょっと悔しい。
フェル姉ちゃんが遺跡にばかり行ってるのが悪いと思う。今度帰ってきたら、村にしばらくいてもらおう。
そんな思いを胸にダンジョンへ向かおうと思ったら、森の妖精亭からロンおじさんが出てきた。そして建物を見上げているけど何をしているんだろう?
ダンジョンへ行くのが遅くなるけど、ちょっと話を聞いてみようかな。
「ロンおじさん、どうかしたの? ツバメの巣でもあった?」
「ん? おお、アンリ達か。いや、森の妖精亭なんだが、ちょっと小さいと思ってな」
「村にあるどの店よりも大きいと思うけど?」
「いや、そう言う比較対象じゃない。最近、冒険者が増えただろ? 宿が満室になることが多くてな。それに泊まれなかった冒険者が畑の方で野宿して困ってるとベイン達が言ってたんだよ。古くはないんだが、建て替えようとおもってな」
「そうなんだ?」
「ついさっき、ヴィロー商会のラスナが言ってたんだが、宿の建設を予定しているらしくてな、ここ以外にも宿が出来るなら改築しちまおうかと思ってるんだよ」
「そうなんだ? なら食べ物を撒くときのイベントではアンリのほうへいっぱい投げて。メイドギルドとヴィロー商会支店の時はあまり取れなかった。アンリには背のハンデがあり過ぎる。あと、スザンナ姉ちゃんはユニークスキルを使うの禁止。あれはずるい」
スザンナ姉ちゃんが「ダメなの?」って言ってるけど、ダメに決まってる。水を使って空中でキャッチするなんてずるい以外の何物でもない。
「まあ、撒くときはアンリのほうへ投げてやるよ。それじゃ今度フェルが帰ってきたときに相談させてもらうかな」
「フェル姉ちゃんに相談するの?」
「二階の奥の部屋ってフェルの部屋なんだよ。何も言わずに改築されたら嫌だろ? それに出来るだけフェルの要望も聞いてやりたいしな。今度はいつ頃帰ってくるか知ってるか?」
「分かんないけど、そろそろ帰ってくると思う。結構早く探索が済みそうってジョゼちゃんから念話が届いた」
「おお、そうか。それじゃそれまでに図面を作っておくか……アンリ達はこれからダンジョンか? 大丈夫だとは思うけど気を付けてな」
「うん」
ロンおじさんはまた森の妖精亭に入っていった。
そっか、ここもヴァイア姉ちゃんの雑貨屋さんみたいに改築するんだ? アンリとしてはこの森の妖精亭に愛着があるんだけど仕方ないかな。でも、せめて食堂のテーブルとかはこのまま使いたい。
そうだ、ロンおじさんがフェル姉ちゃんに要望を聞くとか言ってたから、アンリの要望も聞いてもらおう。うん、それがいい。
「アンリ、そろそろダンジョンへ行こう。今日こそはコカトリスのいる石の町を抜けるよ。気合を入れていこう」
「うん、スザンナ姉ちゃんの言う通り。ちょっと寄り道し過ぎちゃった。ずっとあそこで停滞してるから、今日こそコカトリスさんと決着をつける」
アビスちゃんのダンジョンはまだまだ先があるのに、ここではかなり長い期間足止めされた。今日こそは到達階層の記録を更新するぞ。
次の更新予定
少女と魔族と聖剣と ぺんぎん @penguin2000
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