第261話 ニャントリオン開店

 

 ヴァイア姉ちゃんが村を出て数日後、ディア姉ちゃんの仕立て屋さん、ニャントリオンがオープンした。


 アンリは初めて知ったけど、ニャントリオンではディア姉ちゃんだけじゃなくて、革職人のガープ兄ちゃんも一緒にお仕事をするみたいだ。ガープ兄ちゃんは革製の服だけじゃなく、ベルトとか靴とかも作れる。それを同じ店に並べるみたいだ。


 ニャントリオンは基本的に一般的なサイズの既製品を売るみたいだけど、オーダーメイドも受け付けているみたい。そっちは時間もかかるし値段も高いけど、結構予約が入ってたって午前中にお店へ行ったお母さんが言ってた。


 でも、お仕事を良くサボるディア姉ちゃんだからちょっと心配。ちゃんとやれるのかな?


 午前中のお勉強が終わったから、みんなでニャントリオンへやってきた。


 入口が結構大きなお店で、入口の上には大きな黒猫のマークがあった。アンリが前に貰った帽子とマントにもこのマークがついている。これがニャントリオンのシンボルだ。


 お店がオープンする前からこのシンボルは建物にあったけど、ヤト姉ちゃんがこれを見たときは、しっぽがものすごく荒ぶってた。顔はクールだったけど嬉しかったんだと思う。


 そんな入り口からちょっとだけ中を覗いてみた。


 外から見た感じだと女性客が多いかな? ディア姉ちゃんが女性の仕立て屋さんだから何となくそうなるのかも。さらによく見ると冒険者の人が多いような気がする。


「ディアさんみたいな女性が仕立て屋だといいよね」


「クル姉ちゃんはそう思うの?」


「もちろん。まあ、服って言うよりも下着を買う時に助かるかな。アビスでは毎日帰れるからそういうのは必要ないんだけど、普通のダンジョンは結構な日数をダンジョンに潜るからね。替えの下着とかをたくさん用意するもんなんだよ」


「浄化の魔法を使っていれば清潔だとか聞いたけど?」


「気分だよ、気分。たとえ綺麗でも何日も同じのを付けているのはちょっとキツイんだ。ウル姉さんとかたまに発狂してた。ベル姉さんは何も気にしてない感じだったけど」


 そういうものなんだ? 確かにアンリは毎日着替えているからそんなことを感じたことはないけど、何日も同じ服や下着だと嫌になるとは盲点だった。


「ねえねえ、アンリちゃん、中に入って服を見ようよ」


 珍しくマナちゃんがやる気になってる。もしかして服を買いたいのかな?


「うん、それじゃさっそく入ってみよう。いざ出発」


 お店の中は結構広い。ヴァイア姉ちゃんの雑貨屋だった面影がほとんどないからちょっと寂しいけど、建物が新品なのは気分がいい。


 服がずらりと並んでるけど、これを全部ディア姉ちゃんが作ったんだ?


 アンリとしてはサイズが合わないからどれも着れないけど、デザインや色は好き。でも、他の皆はどうなんだろう?


「アンリは好きだけど、みんなはどう思う?」


 アンリが聞くとスザンナ姉ちゃんをはじめ、みんな悪くないと思っているみたい。でもよく考えたら、身内贔屓という気もする。ここは第三者への調査と洒落込む。


 冒険者ギルドでたまにお話するお姉ちゃんがいた。ちょっと聞いてみよう。


「お姉ちゃん、ここの服はどう? イケてる?」


「あら、アンリちゃん。小さくても女の子ね。こういうところへすぐに足を運ぶのはいいことよ。今のうちから女子力を上げないとね!」


「うん、女子力の限界突破を目指してファッションリーダーになるつもり」


「その年ですごいわね。で、さっきの質問だけど、もちろんイケてるわ。種類が豊富だし、どの国にもない感じのデザインだからこれを着て別の国に行ったらちょっと目立てるわよ。流行りを意識しているのはロモン国かしら? でも、これだったらオリンやルハラでも戦えるわ」


 ディア姉ちゃんはもともとロモン聖国の出身だから服にそういうのが出ちゃうのかな。できればソドゴラ村の流行りを意識してほしい。でも、お姉ちゃんが言った戦うって何だろう? 何と戦うのかな?


 お姉ちゃんにお礼を言ってからまた皆でお店を見て回った。


「何か買いたいものはあった? アンリはサイズが合わないから無理だった」


「私はガープが作った革製品で気に入ったものがあったよ。でも、今のもまだ使えるから買うとしてももう少し後かな。あ、でも、ベルトは今日にでも買うつもり」


 スザンナ姉ちゃんは気に入ったものがあったんだ。ドクロっぽいバックルが付いているベルトだけど、あれでいいのかな?


「私はこのちょっと地味な服を買おうと思ってるよ。シンプルな服が好きなんだよね。シンプルイズベスト」


 クル姉ちゃんはあの花の刺繍がちょこんと入った白いワンピースを買うみたいだ。確かに白い服に小さな花って何となくオシャレ。いうなればワビサビ。


「私もアンリちゃんと同じでサイズがないかな。でも、あの服は素敵。リエル母さんに似合いそう」


 マナちゃんは自分じゃなくてリエル姉ちゃんに似合う服を探してたみたいだ。アンリもサイズがないならフェル姉ちゃんに似合う服を探してみればよかった。


 でも、よく考えたら、フェル姉ちゃんって執事服以外で似合う服ってないような気が――そうだ、ウェイトレスの服があった。あれは似合ってた気がする。顔から表情が全くなくなる時が多かったけど。


「あら、アンリさん達もいらしてたのですね」


「結構、混んでる。出だし、いい」


 お店にネヴァ姉ちゃんとウェンディ姉ちゃんが入って来た。冒険者ギルドのほうはお昼休憩かな?


「ネヴァ姉ちゃん達もディア姉ちゃんの服を買いに来たの?」


「いい物があれば買いますけど、どちらかといえば開店のお祝いに来ただけですわね。ところでディアはどこに――」


 ネヴァ姉ちゃんがそこまで言ったところで、奥の扉からディア姉ちゃんが出てきた。それになぜかヴィロー商会のラスナおじさんも一緒だ。


「では、ディア殿、先ほどの件、色よい返事をよろしくおねがいいたしますぞ」


「お願いするにしてもしばらくはないと思いますよ。そこまで拡大できる状況でもないので」


「慎重なのは良いことですが、攻めるときは攻めるべきだと思いますがね。まあ、ガープ殿とよく相談してくだされ。ではお邪魔しました――おや、ネヴァさん達もいらしてましたか」


「相変わらずお仕事に精が出ますわね。開店したばかりのお店にまで来るなんて」


「金の匂いのするところにこのラスナはいつでもおりますぞ。では、次の仕事がありますので」


 ラスナおじさんは笑顔でお店を出て行った。でも、何をしに来たんだろう?


「ディア姉ちゃん、ラスナおじさんは何しに来たの? 服のオーダーメイド?」


「みんないらっしゃい。ラスナさんが来たのは商売の話だね。うちの商品をね、ヴィロー商会を通して色々な国で売らないかって。今日開店したばかりなのにいきなりそんなこと言われても無理だよね」


「へぇ。でも、それはすごいわね。ヴィロー商会からそんな話を持ちかけられるなんて、ディアの服に可能性を感じたってことよ」


「ネヴァ先輩達も来てくれたんですね。ありがとうございます。でも、そういうものですか?」


「当り前じゃない。ヴィロー商会のラスナって言ったら相当なやり手よ? その人が直々に来てるんだからここにある服で相当儲けが出ると思ってるんじゃないかしら」


「それなら嬉しいんですけどね。でも、今はもう少し堅実に行きたいかなー」


「ディア姉ちゃんが堅実……もしかして熱でもあるの? リエル姉ちゃんを呼んでくる?」


「アンリちゃん? どういう意味かな?」


 そのままの意味だけど、もうちょっとこう派手にやるかと思ってた。お裁縫に関しては大事にしているからあまり攻められないのかな? それはそれでディア姉ちゃんの持ち味というか、良さがなくなるような気がするけど。


「まあ、それはいいとして、みんな、何か買ってく? 開店セールで一割引きするよ! ……えっと、ウェンディちゃん。本当にそれでいいの? 白地に『焼肉定食』って書いてあるだけのネタシャツなんだけど……?」


「なんでこんな服を置いてるの! ウェンディもやめなさい!」


「魂、引かれた。絶対、買う」


 悪くないシャツだと思うけどダメなのかな? うん、今日はもう少し服を見てファッションセンスを磨いて行こう。ダンジョンはその後だ。

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