第260話 大事な思い出
今日は朝から村の皆が広場に集まっている。ヴァイア姉ちゃんを見送るためだ。
さびしいけど、これはヴァイア姉ちゃんが望んでいること。ならちゃんと笑顔で送り出さないと。
「それじゃ、ヴァイアちゃん、元気でね。ヴァイアちゃんから引き継いだこのお店、内容は仕立て屋に変わるけど、私が責任をもって大きくするから!」
「うん、大きくなったニャントリオンでリンちゃんの服を買うのが夢だから頑張ってね。もちろん、私も頑張るよ!」
ヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんは一番付き合いが長い。一番付き合いが長いのはアンリだけど、それは誤差みたいなもの。フェル姉ちゃんがくる一年ほど前にヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんが来たんだっけ。
来た当初のディア姉ちゃんはチューニ病全盛期というか、良く斬れるナイフみたいな感じだったけど、いつの間にか普通になってた。よく考えたら、ヴァイア姉ちゃんはディア姉ちゃんがそんな状態でも気にしてなかった気がする。森の妖精亭で一緒にご飯を食べてたし。
そう考えるとヴァイア姉ちゃんは器が大きいのかも。
「それじゃまたな。エルリガに行ってもノストと仲良くしろよ。でも、もし泣くようなことがあったら俺に言え、聖人教を使ってノストをつぶしてやる」
「もう、リエルちゃん、ノストさんがそんなことするわけないでしょ。いつまでも仲良く一緒にいるよ。だからリエルちゃんも早くそういう人を見つけてね!」
「ちょっと上から目線で言ってないか……?」
ヴァイア姉ちゃんとリエル姉ちゃんは、たしかフェル姉ちゃんがリーンへ行ったときに出会ったはず。帰ってきた時点で結構仲が良かった気がする。確かどこかで買い物をしたから親友だとか。バタフライを買ったって言ってたけど、蝶々って売ってるのかな? その辺で捕まえられるのに。
「ヴァイアさん、向こうは寒いのでお体には気を付けて。エルリガならメイドギルドもありますので、なにかあれば頼ってください。ハインさんやヘルメさんがいるから大丈夫だとは思いますが」
「うん、メノウちゃんも体には気を付けてね。フェルちゃんと主従関係が結べるように祈ってるから」
メノウ姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんはそれほど接点がないと思う。でも、確かヴァイア姉ちゃんはメイドの嗜みということで花嫁修業をメノウ姉ちゃんに教わっていたはず。その一環でなぜか体術も教わってたけど。
「まあ、その、なんだ。元気でな」
「ありがとう、フェルちゃん。フェルちゃんがこの村に来てくれたから私も夢を叶えられるよ」
「そんなことはない。私がいなくてもヴァイアは夢を叶えた。保証してやる」
「ふふ、ならそうしておくよ」
フェル姉ちゃんは、ヴァイア姉ちゃんが村に来てから一年後くらいに来た。来た当初はフェル姉ちゃんも森の妖精亭でウェイトレスをしてたっけ。いつの間にかヴァイア姉ちゃんやディア姉ちゃんと仲良くなってた。
それ以降、ヴァイア姉ちゃんはフェル姉ちゃんと一緒にリーンへ行ったり、ルハラへ行ったり、結構な頻度で行動を共にしている気がする。
そんなことを色々考えていたらヴァイア姉ちゃんがこっちを見て微笑んだ。
「アンリちゃん、スザンナちゃん、クルちゃん、それにマナちゃんもまたね。落ち着いたら頻繁に村へ転移してくるつもりだけどね!」
「うん、色々台無しだけど、すぐに会えるのは嬉しい。いつでも来て。出来ればアンリが勉強中に。絶対にサボってヴァイア姉ちゃんとお話するから」
「アンリちゃんも台無しだよ……でも、うん、帰ってきたときはアンリちゃん達ともっとお話をしたいな」
アンリとヴァイア姉ちゃんの出会いは普通だ。ニア姉ちゃんとロンおじさんと一緒にヴァイア姉ちゃんが村に来た。
家でロンおじさんがこの村に住まわせてほしいって頼んで、おじいちゃんがそれを了承した。その時ヴァイア姉ちゃんが嬉しそうな顔をしたのを覚えてる。そしてドアの入口からちょっとだけ顔を出して中をのぞいていたアンリに微笑みかけてくれたっけ。
優しそうなお姉ちゃんという第一印象だった。でも、魔法が使えないし、何もないところで転んだりしたから、ちょっと残念なお姉ちゃんって認識で上書きされたけど。
ヴァイア姉ちゃんはスザンナ姉ちゃん達とも言葉を交わしてから、ニア姉ちゃんとロンおじさんのほうを見た。
「それじゃ、その、ニア母さん、ロン父さん、行ってきます」
「ああ、頑張んなよ」
「おう。でも、いつでも帰って来いよ。転移魔法があるなら毎日帰って来たっていいからな! もちろんリンやノストも一緒にな!」
「うん、向こうでの対応が落ち着いたら頻繁に帰ってくるよ」
ニア姉ちゃん達との会話は短い。昨日、ヴァイア姉ちゃん達は森の妖精亭に泊まったからそこで結構お話をしたからもう十分なのかも。
そして出発の時間になった。
ヴァイア姉ちゃん達が全員、カブトムシさんが引っ張るゴンドラに乗る。そうすると、カブトムシさんが歩き出した。
「それじゃみんな、行ってくるよ!」
ヴァイア姉ちゃんがリンちゃんを抱えたままそう言うと、みんなから歓声が上がった。「頑張れよ」とか「気を付けてな」って言葉をかけてる。
もちろんアンリも手を振りながら大きな声で「頑張って」って言った。
フェル姉ちゃん達と一緒に村のアーチをくぐって道まで移動した。ヴァイア姉ちゃん達を乗せたゴンドラが道を東の方へ移動していく。
お互いに手をふっていたけど、すぐに森の中に消えて見えなくなっちゃった。
しばらくして村の皆はそれぞれ家に帰ったみたいだけど、フェル姉ちゃん達は道に残ったまま、まだヴァイア姉ちゃんが向かったほうを見てる。
「行っちまったな」
「ま、ノストさんもいるし、リンちゃんもいるから大丈夫じゃない? それにヴァイアちゃんの知識なら魔術師ギルドのグランドマスターでも絶対にやっていけるよ」
「そうですね。ヴァイアさんならどこでも結果が出せるくらい頭の回転が速いですから。メイドギルドの魔道メイドとして雇いたかったくらいですよ」
「頭の回転は速くても、頭の中は恋愛ごとで占めてるけどな」
みんな笑ったけど、何となく寂しそうな感じだ。
「さて、それじゃ私達も戻るか。ここにいても仕方ないからな」
「あ、そうだ、フェル、昨日はすまなかったな」
リエル姉ちゃんがいきなりフェル姉ちゃんに謝った。でも、フェル姉ちゃんは首を傾げていて分かっていないみたい。アンリも覚えてないけど、昨日なにかあったっけ?
「なんの謝罪だ?」
「ほら、昨日、フェルの失恋話を笑い話みたいにしちまっただろ? 振られたとは言え、大事な思い出だったんじゃないのか? 茶化したりして悪かったなって」
「うん、そうだよね、ちょっと悪ノリが過ぎたかな。ごめんね、フェルちゃん」
「私も謝罪します。申し訳ありませんでした」
「なんだ、そのことか。あれはヴァイアのためだろう? 大事な思い出なのは間違いないが、あのままお別れ会をやってたらヴァイアが泣いて仕方なかったはずだ。そうならないように楽しい話にしようとしたのは分かってるから気にしなくていい」
何となくそんな気もしてたけど、本当にそうだったんだ。
「フェルならそう言うと思ってたけど、いいのか?」
「別に構わない。大事な思い出と言うなら、今日のことも、そして昨日のことも同じだ。私の振られた話を皆で楽しく話した。それだっていつか私の大事な思い出になる……だが、どうしても謝罪したいと言うなら、私が村にいる間、食事をおごってくれてもいいぞ。カブトムシが帰ってくるまでは村にいるしな」
「フェルにおごるのは金がかかんだよ! 昨日も滅茶苦茶食いやがって!」
「誰かの奢りで遠慮するわけがないだろう? それはいいからもう戻るぞ。お前たちは仕事があるんだから働け。アンリ達は勉強を頑張れよ」
フェル姉ちゃんは酷いことを言う。
「しんみりした状況からいきなり現実に戻さないで。せっかく忘れてたのに」
「忘れてたって現実はやってくるから諦めろ。さて、私はアビスへ行ってくる。昼食は誰でもいいからおごれよ?」
そんなわけで解散になった。
仕方ない。勉強の思い出はいらないけど、これを終わらせないと楽しい思い出は作れない。すぐに勉強を終わらせて、みんなと楽しい思い出を作ろうっと。
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