第259話 失恋話

 

 時間を掛けてフェル姉ちゃんを篭絡した。


 でも、リンちゃんはもうおねむの時間。今日、ヴァイア姉ちゃんは森の妖精亭に泊まるからその部屋にリンちゃんを寝かせに行った。もちろん一人で寝かせておくわけじゃなくて、ノスト兄ちゃんが見ててくれるみたい。


 そんな素敵な旦那様と、いきなりのノロケでみんな脱力したけど、ようやく持ち直したところ。ヴァイア姉ちゃんが戻ってきたら、フェル姉ちゃんの恋バナが始まる。すごく楽しみ。


「言っておくが、聞いても面白い話じゃないぞ」


「いいか、フェル。他人の恋バナはどんなことでも面白いんだよ!」


「いや、本人が面白くないんだが」


 面白くないってことはたぶんダメな結果なのかな。でも、それはそれ。情報を共有して皆で色々分かち合えば辛いことも辛くないって聞いたことがある。


 それにそう言う話をすると、気持ちがさっぱりして前に進めるって聞いたことがある。主にリエル姉ちゃんに。正直、リエル姉ちゃんはもうちょっと立ち止まったほうがいいとは思うけど。


「みんな、お待たせ! さあ、聞かせて!」


「ヴァイア、ちょっと鼻息が荒い。少し落ち着け」


 異様に興奮しているヴァイア姉ちゃんをフェル姉ちゃんがなだめてる。もしかすると、恋バナをフェル姉ちゃんがするのは、ヴァイア姉ちゃんを楽しませようってことなのかな?


 ヴァイア姉ちゃんが村にいるのは今日までだ。最後の夜を皆で楽しく過ごすために、フェル姉ちゃんはあまり言いたくない思い出を語ろうとしているのかも。でも、ダメな結果なら、逆にしんみりしないかな?


 フェル姉ちゃんが一度みんなを見渡してから、ため息をついた。


「さっきも言ったが、面白い話じゃないぞ。簡単に言えば、私は魔王様に告白して振られたんだ。それだけの話だ」


「おいおい、フェル、そんなことは知ってんだよ。どういう状況で、どういう風に振られたのかを知りたいんじゃねぇか」


「知ってて聞いたのか、お前ら」


「どう考えても『こっぴどく』に続くのは『振られた』だろうが。こっぴどく付き合うことになるわけがないだろ。で、どんな風に振られたんだ? 俺は告白するのも振られるのもエキスパートの恋愛の達人だ。聞いてやるぜ」


 みんながうんうんと頷いてる。アンリもそれはなんとなくわかってた。知りたいのは詳細。なんて言って、なんて返答だったかが重要。それが恋バナ。


 でも、フェル姉ちゃんは、その魔王様に振られているのに何で探しているんだろう? もう放っておいてもいいような気もする。


「リエルが恋愛の達人というの首を傾げるが、確かに告白するのも振られるのもエキスパートではあるな。なら、教えてやる。単純に、お慕いしています、私とつがいになってくださいって言っただけだ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、みんなが「おおー」と歓声を上げる。


「それで! それでどうなったの! 魔王さんはなんて言ったの!」


「ヴァイアちゃん、ちょっと落ち着いて。興奮しすぎだから」


 ヴァイア姉ちゃんが立ちあがって興奮しているのをディア姉ちゃんが糸を使って押さえてる。確かにあのままだとフェル姉ちゃんの胸ぐらをつかみそう。


 でも、さすがのフェル姉ちゃん。告白するときも男前。あやふやな言葉を使わず、ストレートに言った。恋愛にあるという駆け引きを何もしないのは格好いいと思う。


「それで、魔王はなんて答えたんだ?」


 リエル姉ちゃんがそう言うと、みんながさらにググっとフェル姉ちゃんに顔を近づける。フェル姉ちゃんはリンゴジュースを一口飲むと少しだけ息を吐いた。


「私の気持ちは嬉しいが、いまでも奥様と娘さんを愛しているから気持ちには答えられないって言ってたな。まあ、それで終わりだ」


 みんながシーンとしちゃった。もちろんアンリもちょっとだけ思考が止まった気がする。


 そして、そこはさすがの恋愛の達人。リエル姉ちゃんがいきなりフェル姉ちゃんに詰め寄った。


「おい! フェル! そりゃダメだろ! 奥さんも娘さんもいるのに告白したのか!? 略奪愛か!」


「そういえば言ってなかったか。でも、大丈夫だ。魔王様の奥様も娘さんもかなり昔に亡くなられている。それを知った上で、色々考えて告白した。まあ、これは、あれだ、ケジメだ、ケジメ。魔王様が振り向いてくれないのは分かってた。でも、言わないままでいたら前に進めないと思ったから玉砕覚悟で告白したんだよ」


「お、おお、そうなのか……」


 ちょっとしんみり。盛り下がっちゃった気がする。思ってたよりも真面目な話だったからかな。アンリとしては、勝ったら付き合ってくださいとか、こぶしで語る感じの展開を期待してたんだけど。


 それはそれとして、ヴァイア姉ちゃんがさっきから下を向いてプルプル震えているけどどうしたんだろう?


 そのヴァイア姉ちゃんが急に立ち上がって、フェル姉ちゃんの両肩に正面から両手を乗せた。


「フェルちゃん、偉い!」


「なんだいきなり」


「振られるのが分かってて告白するなんてなかなか出来るもんじゃないよ! だからフェルちゃんは偉い!」


「もう少し声のボリュームを下げてくれるか? 村のみんなに知れ渡るだろうが」


「お話は伺いました。フェル様を振るなんて言語道断。メイドギルドが総力を持って抹殺いたしましょう。まずはエルフのミトル様から――」


「ほら、一番聞かれたら困る奴に聞かれたじゃないか。メノウ、ミトルの件は勘違いだし、未来永劫結婚してくれなんて言う予定はないから。それに抹殺って魔王様は行方不明なんだよ。私が場所を知りたいくらいだ」


 いつの間にかメノウ姉ちゃんまで参加してああでもない、こうでもないと言い始めた。なんか盛り上がってきたみたい。


 そしてフェル姉ちゃんは仕方ないなって顔で色々お話をしてくれた。


 告白をしたのはウゲン共和国に行ったときだとか。あそこにあるというピラミッドと言う三角の建造物のところで、夜に星を見ながら告白したみたい。リエル姉ちゃん曰く、条件だけ見れば成功率が高いシチュエーションだったのになぁ、らしい。


 そしてフェル姉ちゃんは魔王様って人がいかにすごいかを語ってくれた。


 色々聞いたけど、みんなの意見は一致したと思う。それを言ったのはディア姉ちゃんだ。


「あの、フェルちゃん、言いにくいんだけど、その魔王様ってダメな人じゃない?」


「なんでだ? 強いぞ? 私は何度も命を救われているし、最初はコテンパンに負けたからな。ダメなわけがない」


「いや、強いんだろうけどさ、フェルちゃんを、その、利用しているんだよね? 遺跡に入るための鍵みたいな感じに」


「まあ、そうだな」


「それに、大変なことを全部フェルちゃんに任せて、自分はどこかの遺跡で寝てるの? それ、ヒモ……」


「いや、それは私を守るために眠りについたわけだから。決してダメな訳じゃないんだぞ? まあ、なんとなく生活力がなさそうな感じではあるし、普段とぼけた感じだから、ちょっとダメな人かな、と思うことはあるけど、そういうところも魅力と言うか――分かるだろ?」


 フェルちゃんもダメな人だと思うことはあるんだ? 正直、アンリにはその魅力が分からないけど。


「フェル、俺は分かるぜ」


「そうか、リエル、分かってくれたか」


「ダメな男に尽くしてしまう女、そういうのは結構いるんだ。私がいないとこの人はダメだ、そんな風に思っちまうんだろうな。フェル、お前はそういうタイプだ」


 リエル姉ちゃんがそう言うと、みんなが「あー」って言いだした。でも、マナちゃんは分かっていないみたい。実はアンリもよく分かってないけど。


 それを聞いたフェル姉ちゃんはショックを受けている感じだ。


「でもな、フェル、それは好みの問題だからどうでもいいんだよ。俺だっていい男が好きだしな。好きになった奴がダメな奴だったってだけの話だ」


「そ、そうか――いや、別に魔王様がダメな奴と言う訳じゃないんだぞ? でも、どうでもいいってなんだ。せっかく話してやったのに」


「そこはどうでもいいって話だよ。今日の話の肝はフェルが勇気を出して告白して振られたって話だ。でも、二年も前の話かよ。もっと早く言えよ」


「いや、言おうとは思ったんだぞ? リエルには聞いてもらいたいと思ってたし。ただ、あの後、女神教の件があって、魔王様も行方不明になったから言うのを忘れてた」


 そっか。フェル姉ちゃんがウゲン共和国に行ってたとき、リエル姉ちゃんが女神教にさらわれたんだっけ。その後、魔王様って人が行方不明になった。そしてフェル姉ちゃんは色々な遺跡へ探しに行ってる。確かに言うタイミングがなかったのかも。


 あれから二年。あっという間だった気がする。


「そうか、言えなかったのは俺のせいでもあるんだな……よし、分かった! ヴァイアのお別れ会だったけど、今からはフェルの失恋記念の宴だ! 俺の奢りでジャンジャン飲もう! フェルの勇気に乾杯しようぜ!」


「記念にするな。奢りは嬉しいが」


「いいんだよ、記念で。それに魔王って奴を探してるなら、あきらめたわけでもないんだろ? 不老不死だからいつか落とそうと思ってるわけだ。そもそもフェルが一回や二回振られたくらいで諦める訳ねぇよな!」


「いや、もう気持ちの整理はついているんだが。だいたい、そんなことしたら重い女だろう。むしろストーカーだ」


「いまでも十分ストーカーだぞ。自分を振った男を探してるなんて、言葉だけ聞いたら間違いなくストーカーだ。でも、問題はねぇ。昔、言ったろ? 女は何をしても許されるんだよ!」


 マナちゃんがメモ帳を取り出して何か書き始めた。もしかしてリエル姉ちゃんの言葉を書いてるのかな? 覚えちゃいけない感じの言葉だと思うけど。


 それはそれとして、フェル姉ちゃんに動きがない。完全に停止してる。


「リエル姉ちゃん、フェル姉ちゃんがストーカーって言葉にすごくショックを受けてるみたい。微動だにしないんだけど大丈夫かな?」


「よし、治癒魔法をかけてやるぜ!」


 そういうことじゃないと思うけど、いつの間にかお別れ会がフェル姉ちゃんの失恋記念の宴になった。今日はヴァイア姉ちゃんが主役だったんだけど、これも主役を食ったってことなのかな?


 でも、これで良かったと思う。お別れ会だから最後はしんみりしそうだった。フェル姉ちゃんの失恋話とリエル姉ちゃんのおかげでちょっと雰囲気変わった感じ。フェル姉ちゃんにはすごいダメージがあったみたいだけど、たぶん、笑って許してくれるはずだ。


 この流れに乗って、今日はこのまま最後まで笑って過ごそうっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る