第90話 休戦協定
セラって人が来た翌日、朝からなんとなくモヤモヤした感じだけど、どうしようもないからセラって人のことは考えないことにした。フェル姉ちゃんが帰ってくれば色々わかるだろうし、余計なことはしないようにしよう。
それに、それどころじゃない。おじいちゃんのお勉強に耐えないと。アンリにはアンリの戦いがある。
そんなこんなで、今日も激しいお勉強を終わらせた。アンリ達はようやく自由。すべてが輝いて見える。
そろそろフェル姉ちゃんがこっちへ帰ってくる連絡があるかもしれない。冒険者ギルドへ行ってディア姉ちゃんに確認しておかないと。
「スザンナ姉ちゃん、早く行こう……えっと、大丈夫? なんかダメージを受けた感じになってるけど。背中さする?」
「……平気。でも、なんでだろう? 毎日美味しいものを食べて、ちゃんと屋根のある部屋でフカフカなベッドで寝ているのに、日々、体力を奪われている気がする」
「アンリにも経験がある、それは勉強のせい。知力と引き換えに体力を奪う悪魔の所業だから、こう、ダメージが大きい」
「だよね……うん、ここはディアちゃんにフェルちゃんの話を聞いて体力の回復を図ろう。頭の中がぐちゃぐちゃでちょっと辛いから、楽しい話を聞かないとね」
「完全に同意。スザンナ姉ちゃん、頑張って。冒険者ギルドはすぐそこ。それとも、自分はいいから先に行けごっこする?」
スザンナ姉ちゃんとそんな遊びをしながら冒険者ギルドへ入った。
いつものようにカウンターでディア姉ちゃんが縫い物をしている。もしかしてフェル姉ちゃんの服かな? そういえば、アンリのボスっぽい服はどうなったんだろう?
「二人ともいらっしゃい。最近、いつも一緒にいるね?」
「うん、スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんだからいつも一緒。苦楽を共にしている。ピーマンも分け合うつもり」
「私は楽だけ共有したいんだけどね……ピーマンは食べられなくはないけど、私も好きじゃないかな。アンリは自分の分は自分で食べてね」
「いきなりの裏切りにアンリはちょっとびっくり。でも、スザンナ姉ちゃんのおかげでアンリが食べるピーマンの総数は減ったと思うから問題ない」
誰かが食べるだけアンリが食べる量が減るというもの。この村で作られるピーマンの総数は決まっているんだから、全体的に見ればアンリの食べる量が減っているも同然。
「ピーマン談義はその辺にしてフェルちゃんの話を聞く? 今日は朝にフェルちゃんから連絡があったよ?」
「ディア姉ちゃん、そういう時はアンリも呼んで欲しい。たとえ勉強中でも駆けつける。それくらいなら悪い子じゃないし、セーフだから」
「うん、私も呼んで」
「そうしたいんだけど、フェルちゃんって要件しか話さないからね。普通、雑談とか挟んで話を膨らませるのに、直球ストレートで言いたいことだけ言う感じだから、アンリちゃん達を呼んでる隙が無いんだよ。そもそもフェルちゃんは言いたいことだけ言って念話を切るからねー」
なんとなくわかる。フェル姉ちゃんはこっちから話題を振るとなんでも返してくれるのに、フェル姉ちゃんからは話を振ってくれない気がする。振ってくれた場合は、雑談じゃなくて必要なことばかり。
フェル姉ちゃんが帰ってきたら色々なお話しよう。夜更かししながらガールズトークする。パジャマパーティーなんて目じゃない感じで話しまくろう。
そうだ、フェル姉ちゃんはいつ頃帰ってくるのか言ってたかな?
「ディア姉ちゃん、フェル姉ちゃんはもう帰ってくるって言ってた?」
「言ってなかったけど、しばらくは帰れないんじゃないかな? ほら、昨日、帝都から軍隊が動いた話をしたでしょ? フェルちゃんに聞いたんだけど、なんか皇帝にちょっと喧嘩を売ったというか、挑発したみたいなんだよね」
「さすがフェル姉ちゃん」
「さすが、かな? ディーン君達が襲撃しやすいように挑発したんだと思うけど、フェルちゃんは結構やりすぎるから心配だよ。そんなわけで、その軍隊をズガルって城塞都市で迎え撃つんじゃないかな? それまでは向こうにいると思うよ?」
それもなんとなくわかる。フェル姉ちゃんの基準で「ちょっと」は、アンリ達の基準だと「すごく」って意味に変換される気がする。たぶん、すごい挑発をした。
フェル姉ちゃんがいるのは城塞都市ズガルってところなんだ? なら防衛的なことには強いのかな? ちょっとだけ安心できる……かも。
とりあえず、軍隊を迎撃するのはわかったけど、他の情報はあるかな?
「他には何か言ってた?」
「昨日来たセラさんのことを伝えたけどね、知り合いって感じじゃなかったかな? 普通にアダマンタイトの人がフェルちゃんを狙いに来たみたいな程度にしか思ってなかったと思う」
セラって人のほうはフェル姉ちゃんのことを家族って言うほどだったのに、フェル姉ちゃんは知らないんだ? ちょっと変な感じ。
「あ、よく考えたら、二つ名の『黒髪』だけ伝えて、名前を言うのを忘れちゃったよ。もしかして二つ名のほうは知らないのかな?」
ディア姉ちゃんの言葉にスザンナ姉ちゃんが頷いた。
「それはあり得るかも。だいたい、普通の人はアダマンタイトのことなんて知らない。フェルちゃんは魔族だし、さらに知らないんじゃないかな?」
「そうだったね。なんとなくフェルちゃんは昔からいる感じがしてたから魔族ってことを失念してたよ。でも、まあいっか。どうせ帰ってきたら会う訳だし、向こうも大変そうだから余計な気を使わせないようにしよう」
「うん。ほかには何か聞いてない? 早く全部吐いて。早く言わないと良くないことが起きるかもしれない」
「……アンリちゃん、異端審問官の素質があるよ。私もそうやって情報を聞き出したことがあるなー……えっと、そうそう、トラン国の軍隊を追い返したとか言ってたかな?」
なんでトラン国? フェル姉ちゃんが向かったのはルハラ帝国だと思うんだけど。
「ディア姉ちゃん、それはルハラ帝国と間違ってない?」
「それが間違ってないみたいなんだよ。私も最初に聞いたときに変だと思ったんだけど、間違いなくトランの軍隊を追い返したみたい。ほら、この間、ヴァイアちゃんが壁を壊したとか言ってたでしょ?」
「壁ドンのこと?」
「そう、それ。それがあったから、トラン国は攻め落とせると思っちゃったんだろうね。近くに潜んでいたトラン国が攻めてきたみたいだよ」
「そうなんだ? でも、大丈夫だったの? やっぱり城塞都市だから防御は堅い? あ、でも、壁がないんだよね?」
「アンリちゃんちょっと落ち着いて」
いけない、ちょっと興奮しちゃった。でも、軍隊と戦うなんて絶対に危ない。ディア姉ちゃんを見た限り落ち着いているから大丈夫だとは思うんだけど、すごく気になる。
「えっと、まず、壁に関しては直したから大丈夫みたいだよ。ほとんどヴァイアちゃんが直したみたいだけど、どうやって直したんだろうね?」
それはアンリにも分からないけど、直っているなら安心。なら誰も怪我してないのかな?
「軍隊との戦いには勝ったみたいだよ。なんかこう、ジョゼちゃん達が突撃かまして追い返したとか」
「……城塞都市にいるのに、突撃したの?」
「色々あったみたいだね。ルハラ帝国とトラン国って今は休戦協定が結ばれているんだ。でも、トラン国は攻めてきた。そこでルハラ帝国が反撃しちゃうと開戦状態になるから、それを避けるために魔物だけで軍隊を追い返したみたいだよ。トラン国は魔物に襲われただけだから、ルハラへ攻め込んでないし、休戦協定は破られていません、っていう形にしたかったみたい」
魔物のみんなだけでトラン国の軍隊を追い返した?
「事情はよく分からないけど、その戦いにフェル姉ちゃんは参加してなかった?」
「そうみたいだよ。もちろん、ヴァイアちゃんやリエルちゃんもね。そういえば、ヤトちゃんやアラクネちゃんも参加してないとか言ってたね」
「すごい。相手がどれくらいの規模か分からないけど、フェル姉ちゃんがいなくても軍隊を相手に戦えるんだ?」
「すごいよね。フェルちゃんの話だと、『大胆不敵』って旗を掲げて戦いに行ったみたいだけど」
「あ! それはアンリが作った旗! 布の部分しか作れなかったけど、ちゃんと旗にしてくれたんだ……」
嬉しい。アンリも一緒に戦った気分になる。
「アンリはそんなものを渡してたんだ? 私もフェルちゃんに何か渡したかったな」
「大丈夫、あれは村のみんなの思いが詰まった感じで作ったから、スザンナ姉ちゃんも入ってる。アンリもスザンナ姉ちゃんもジョゼちゃん達と一緒に戦ったと同意」
そういうと、スザンナ姉ちゃんは微笑んだ。すごく嬉しそう。
「うん、なら問題なし……それじゃディアちゃん、ルハラ帝国とトラン国の休戦協定は破られていないってことなの?」
「そうだね。これからもそう簡単には破られ――」
ディア姉ちゃんがそこまで言いかけたときに、冒険者ギルドの扉が開いて、カランカランと音が鳴った。
オルウスおじさん、ノスト兄ちゃん、そしてメイドのヘルメ姉ちゃんだ。三人が冒険者ギルドへ入ってきたけど、確かオリン国へ帰ったんじゃなかったっけ?
「あれ? オルウスさん? それにノストさんと、確かヘルメさんでしたよね? どうしてここに?」
「突然すみません。ちょっと問題が起きましたので、クロウ様の命令でまた戻ってまいりました」
問題が起きた? どうしたんだろう?
オルウスおじさんが、ちょっとだけ考え込んだ後に頷いた。
「まだ確認中の内容なのですが、ルハラ帝国がトラン国との休戦協定を破棄したようです。同時にルハラ帝国がこの境界の森へ軍隊を派遣したとの情報も得ております。それを伝えるために急いで来たしだいです」
なんだか大変なことになってるみたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます