第89話 不思議な人

 

 森の妖精亭でみんなと夕食を食べることになった。


 テーブルにはアンリとスザンナ姉ちゃんとディア姉ちゃんとユーリおじさんとセラ姉ちゃん……ううん、セラって人がいる。なんとなくだけど、セラって人に気を許しちゃいけない気がする。こういう時のアンリの勘は鋭い……はず。


 料理が出来るまでの間、みんなでお話することになった。じっくり見定めよう。


「貴方がセラさんなんですね。初めましてユーリと言います」


「セラよ。初めまして。えっと、貴方はたしかグランドマスター専属のアダマンタイトだったわよね?」


「ご存知でしたか。ええ、そうです。いつもならオリン国の王都にいるのですが、ちょっと調査のためにこの村へ来ているのです」


「フェルのことを調べに来たんでしょう? 魔族ですものね、グランドマスターのダグも落ち着かないでしょ。まあ、人魔大戦を生きた人なら誰もが落ち着かないでしょうけど」


 ダグって言うのが、グランドマスターの名前なのかな? 人魔大戦というのは、五十年前にあった人族と魔族の戦いのことだっておじいちゃんから聞いたことがある。


「グランドマスターをご存じなのですか? 名前を知っている、と言うよりは顔見知りのような言い方に聞こえましたが?」


「会ったことはあるわよ。結構昔のことだから、向こうが覚えているか分からないけど」


「セラさんは見た目通りの歳ではないということでしょうか? どうみても二十歳前後にしか見えないのですが……」


「女性に歳を聞くのは良くないわ。殺されても文句は言えないわよ?」


「これは失礼しました。ところでここへは何をしに?」


「フェルに会いに来たってだけよ。ああ、アダマンタイトに発せられたフェルを倒せって依頼に関してはまったく関係ないわ。話をしにきただけ」


 ユーリおじさんもセラって人を探っている感じだけど、なんとなくはぐらかされている感じがする。なんというか、すごく怪しい。


「ところであなたもアダマンタイトなの? その、ずいぶんと若いわね?」


「私はスザンナ。雨女って言われてる。セラのことは、名前しか知らないけど、ずっと昔からいるって聞いたことはある。年齢は聞かないけど、そんなに昔からいるの?」


「それを言うと大体の年齢がばれちゃうからそれも言わないわ。でも、その通りよ、結構前から冒険者ギルドには所属しているわ」


「もしかして幻視魔法とか使ってる? 最近、そんな風にしている人を見た」


 たぶん、ディーン兄ちゃんのことだと思う。本当は十五歳くらいなのに、二十代前半くらいに見せてた。あれにはアンリも騙された。


「そんなことはしてないわ。この姿は正真正銘私の姿よ。まあ、私のことはいいじゃない。私のほうからも聞かせて欲しいんだけど、フェルってこの村にいたのよね? どんな感じだった?」


「フェル姉ちゃんはすごく優しい。村が夜盗に襲われたときにやって来て、みんなを救ってくれた。ほかにもリエル姉ちゃんを探しに行ったり、さらわれたニア姉ちゃんを助けに行ったり、色々助けてくれる」


 アンリがそう言うと、セラって人は笑顔になった。


「フェルはそんな感じよね。自分のことよりも他人のことを優先する。しかも自分はどうなろうとも関係ないって感じ。相変わらずね」


 相変わらず? もしかしてセラって人はフェル姉ちゃんのことを昔から知っている?


「フェル姉ちゃんのことを知っているの? さっきも話をしに来たって言ってたけど?」


「ええ、知ってるわ。と言っても、貴方達よりも数ヵ月だけ先に会ったというだけよ。特に親しいわけじゃないわ。私は家族のように思っているけどね」


「ちょ、ちょっと待った。それっておかしくないですか?」


 ディア姉ちゃんがセラって人の言葉に反論するみたい。アンリもちょっとそう思った。そもそもフェル姉ちゃんが魔界から来たのは村に来る数日前だって聞いたことがある。アンリ達よりも数ヵ月前に会えるなんてことがあるかな?


「何かおかしいのかしら?」


「フェルちゃんが魔界から人界に来たのは最近ですよ? 数ヵ月前に会えるはずが――」


「ああ、私はフェルに人界で会ったわけじゃないわ。魔界で会ったのよ」


 これにはみんながびっくり。アンリもびっくりした。


 魔界って言ったら、地表は魔族ですら住めないところで、魔族さんや獣人さんはダンジョンに住んでるって聞いた。たしかウロボロスって名前のダンジョン。それに魔界へ行ったことのある人族はいないって話じゃなかったかな?


「セラさん、それはさすがに嘘でしょう? 長い歴史のなかで魔界へ行った人族は確かにいます。ですが、戻った人族はいない。それが本当なら、セラさんは歴史に名前を残せますよ?」


「あら、そうなの? なら歴史に名前を刻んじゃったかしらね?」


 ユーリおじさんの質問に、セラって人はしれっとそんなことを言っている。もしかして本当に魔界へ行ったのかな? よし、質問してみよう。


「魔界で魔族の人たちはダンジョンに住んでいるって聞いたけど、そのダンジョンの名前を知ってる? アンリは知ってるけど」


「あら、疑われているのかしら? なら答えるけど、ウロボロスでしょ? 私がフェルに会ったのはそのダンジョンだったけど、当たってる?」


 当たってる。ジョゼちゃんから聞いたダンジョンの名前と一緒だ。


 アンリが、うん、と頷くと、みんなも信じ始めたみたい。ユーリおじさんはまだ半信半疑かな? いつも目が細いけど、セラって人を見る目がさらに細い。


「セラさんはなぜ魔界へ行かれたのですか? まさかとは思いますが、普段から魔界にいるという話ではないですよね?」


「もちろん、そんな話ではないわ。魔界に住むなんて考えたくもないわね。魔界へ行った理由はある人から教えてもらったからよ」


「何を教えてもらったんです?」


「私に似た人がいるって教えてもらったのよ。ほかにも理由はあるけど、それが一番の理由ね。だから魔界へ行った。そして見つけたわ。私にそっくりな人をね」


「そのそっくりな人と言うのは?」


「もちろんフェルよ。最初は別の人が私に似ていると思っていたの。でも、その当ては外れた。でもね、フェルがいた。見たときにビビッと来たわ。運命の出会いっていう感じかしらね。私と同じ、私と対等、私そのもの――上手く説明できないけど、フェルは確かに私にそっくりだったわ」


 セラって人はちょっと気分が高揚している感じ。心ここにあらずって表現がぴったり。でも、フェル姉ちゃんに似ている? どうみても似てないと思う。フェル姉ちゃんは、もっと、こう、ちっこい。


「フェル姉ちゃんとは全く似てないと思うけど?」


「確かアンリちゃんだったかしら? アンリちゃんにはまだ理解できないかもしれないけど、見た目のことじゃないの。心や考え、精神的なものでもないわね。上手く説明できないのだけど、魂が似ているといえばいいかしら?」


「魂?」


「そう、魂。たとえ姿形が変わっても――そうね、生まれ変わってもフェルなら分かる、そんな感じよ。実際にそうなってみないと分からないけど、そう思えるの――あら? アンリちゃんもそうよね? フェルにはなにか運命的な物を感じているんじゃないかしら? たとえ候補だったとしてもそういう気持ちがあると思うけど?」


 確かにフェル姉ちゃんには運命を感じた。出会うべくして出会ったって感じ。でも、これがセラって人と同じものなのかは分からない。それに候補ってなんだろう? 何の候補?


「候補ってどういう意味?」


「ああ、そうね、分からないわよね。でも、いいのよ、分からなくて。分かったところでどうしようもないし。それよりも貴方はしなければいけないことがある。今は何も知らないけれど、いつか決断しないといけないときがくるわ。その前に貴方が受け継ぐかもしれないけどね……」


 なんだろう? いきなり占い師みたいなことを言い出した。あれは当たらないって聞いたことがあるけど、セラって人の目を見ていると、当たっているようで不安になる。全部を見られている感じで怖い。


 目を逸らせないでいたら、セラって人とアンリの間にスザンナ姉ちゃんが割って入った。


「セラ、あんまりアンリを怖がらせないで」


 セラって人は真面目な顔から一転、笑顔になった。


「あら、怖がらせてしまったわね。ごめんなさい、アンリちゃん。可愛いからいじめたくなっちゃった」


 今のアンリはラミアに睨まれたジャイアントトードみたいになってた。ここはもう大丈夫ってことをスザンナ姉ちゃんにアピールしておこう。ナイスな返しで場を和ませないと。


「アンリは可愛いから仕方ない。でも、村の掟でやられたらやり返すから、次からは気を付けて」


 セラって人はちょっとびっくりしてから普通に笑った。冷たい感じの笑いじゃなくて、本当に楽しそうにしている。


「ふふ、ふふふ……そうね、やり返されるのは嫌だから、もうしないわ。本当にごめんなさいね」


「うん、もう大丈夫。これで手打ち。あ、料理が出来たみたいだから食べよう」


 いいタイミングでおかあさんが料理を運んできてくれた。おかあさんの十八番、ピーマンの肉詰めだ。追い打ちをかけられた感じだけど、ちゃんといい子にして残さず食べよう。


 それにしてもセラって人が分からない。怖い感じもするし、さっきみたいに笑っているときはフェル姉ちゃんみたいな感じもする。確かに似ているところもあるけれど、まったく違うような感じもする。例えるなら太陽と月みたいな感じ。


 フェル姉ちゃんとは違った意味で不思議な人だ。

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