第63話 壊れない剣

 

 今日もアンリはお勉強。やることがいっぱいあるのに、やりたくないことばかりやってる気がする。人生はままならない。


 でも、勉強は真面目にやったほうが早く終わる。それにフェル姉ちゃんといつか冒険するためにも、真面目に勉強して知識を蓄えておこう。


 勉強中にちょっと休憩して窓から外を見たら、カブトムシさんが飛んでくるのが見えた。リエル姉ちゃん達をドワーフの村へ送った後、病気になった患者さんのところへ連れて行ったはず。それが終わったから帰って来たんだと思う。


 ドワーフの村でフェル姉ちゃんとも会っている可能性が高いからお話を聞かなくちゃ。もしかしたら、今度はアンリを呼んでるかもしれないし。


「おじいちゃん、そろそろ勉強は終わってもいいと思うんだけど、どうかな? 算術の問題は結構解いたし、正解率も高かったと自負してる」


「ふむ、真面目にやっていたようだし、今日はここまでにしておこうか。それに、さっきカブトムシを見たから話を聞きに行きたいんだろう? 集中力が切れただろうからこのへんで終わりにしておこうか」


「さすが、おじいちゃん、話が分かる。ちなみに言っておくと、勉強中の集中力はいつだって切ることができるとだけ覚えておいて」


 勉強中なら任意で切ることが可能。遊んでる集中力は絶対に切れないけど。


 おじいちゃんはちょっと呆れているけど、とりあえず勉強は終わり。カブトムシさんに会いに行こう。




 準備をしてから家を出る。


 あれ? グラヴェおじさんが森の妖精亭へ入っていったのが見えた。まだ四時くらいだけど、もう夕飯なのかな?


 もしかして今ならグラヴェおじさんとお話ができるかも。アンリも行ってみよう。


 両開きの扉を押し開けて森の妖精亭へ入った。今の時間帯にお客さんはいないみたい。そして厨房の近くでニア姉ちゃんとグラヴェおじさんがお話している。


 よく見ると、ニア姉ちゃんが包丁を持っていろんな角度から眺めている……と思うんだけど、サスペンス的なことは起きないよね? 親の仇とかでグサッとなんて展開になったら大変。


「ずいぶんと軽い包丁だね? それになんだかうっすらと光ってないかい?」


「ミスリルの包丁じゃからな。持ち主の魔力に反応しておるんじゃろう。で、どうじゃ? まだ試作段階ではあるが、そのまま続けてもよいかの?」


「待ちなよ、ミスリルって、魔法金属のことだろう? フェルちゃんはそんなもので包丁を作れと言ったのかい? それを私へのお土産に?」


「聞いておらんのか? 少なくとも儂にはそう指示してきたぞ? まあ、気にする必要はないと思うがの。フェルはなんというか、おおざっぱじゃからな!」


「まったくねぇ。こんなものを貰ったら、どんな料理を作ってごちそうしていいのか分からないよ」


 あの包丁はフェル姉ちゃんからニア姉ちゃんへのお土産なんだ? グラヴェおじさんに作成を依頼してたのかな?


 ニア姉ちゃんは、仕方ないなぁって顔をしてるけど、ずいぶんと嬉しそうに見える。アンリもミスリルの剣をお土産としてもらったとき、すごくうれしかったから気持ちは分かるかも。


 アンリの剣も早く作って欲しい。たぶん、その剣があればアンリは無敵になれる。


「こんないいものを受け取らないのはフェルちゃんに失礼だね。ありがたく頂こうか。そうだねぇ、とくに問題はないよ。ただ、ちょっと軽すぎる気がするね。それにまな板までスパッといきそうな切れ味なのがちょっと怖いよ。あと気になる点としては、刃を研ぐのはどうするんだい、これ」


「なるほど、ミスリルは鉄なんかよりも軽いから逆に使いづらいか。それに切れ味が良すぎるのも問題と。その辺を考慮してみようかの。刃を研ぐのは気にしなくていいぞ。その包丁には自己修復のスキルが付いとる。一晩経てば新品同様に戻るじゃろう。ミスリルは脆いが、ドラゴンの鱗でも切ろうとしない限りは折れんだろうし、ずっと使えるぞ」


「どうして一流冒険者が使うような武器になってんだい……」


 あの包丁がすごいものだということだけは分かった。アンリの剣も負けないようにしないと。絶対壊れない剣とかになって欲しい。


 そろそろお話は終わりそうかな? アンリに気づいていないみたいだし、声をかけよう。


「ニアねえちゃん、グラヴェおじさん、こんにちは」


 二人がアンリに気づいてくれた。


「あいよ、こんにちは。勉強は終わったのかい?」


「おう、アンリか。昨日はすまんかったの。この包丁を作っていたから話ができなかったわい」


 グラヴェおじさんに話があるんだけど、その前にニア姉ちゃんと話そう。風邪はもう治ったのかな?


「ニア姉ちゃん、風邪はもういいの?」


「ああ、おかげさんでね。ヤトちゃんが店の料理を作ってくれてたおかげで、気兼ねなく休めたから元気いっぱいだよ」


「うん、ヤト姉ちゃんの料理も美味しかった」


「そうだね、私も食べてみたけど、あれは美味しかったよ。どうやら基本は出来たみたいだから、これからは本格的に料理を教えてやろうかね。さて、それじゃ夕食の仕込みやらなにやらがあるから厨房に戻るよ。二人はゆっくりしていきなよ」


 ニア姉ちゃんはお弟子さんが出来てうれしいのかも。


「それじゃ儂らはここで話でもするかの。酒が欲しいところじゃが、嬢ちゃんの前で飲むわけにもいかんから水にするか」


「うん、お酒は二十歳になってから。お話したいことは作ってもらう剣のこと。でも、アンリはいまだに面白いギミックが思いつかない。だからグラヴェおじさんに相談にきた」


「そういうことか。ならそこのテーブルで話そうかの」


 フェル姉ちゃんがいつも使ってるテーブルでグラヴェおじさんとお話することになった。椅子がちょっと高い。グラヴェおじさんもちょっと座りづらそう。


「それで、アンリはギミックが思いつかない、とのことだが?」


「そう。格好良くて強い剣になってはほしいけど、どういうのが強いのかよく分からない。イメージとしては大きい剣がいいけど。あと変形する」


「大きい剣か。バスタードソードやクレイモアかの。両手持ちの大きな剣のことじゃが、そういうのがいいのか? アンリじゃと重いんじゃないのか?」


「さっき、ミスリルなら軽いって言ってたよね? なら大きくても振り回せると思うんだけど」


「なるほどのう。ミスリルの大剣なら鉄でできたものよりも軽いか。だが、武器の重量というのは威力に直結する。軽くて大きい武器というのはあまりお勧めせんがな」


「そうなんだ?」


「剣というのは、斬る、刺すというのがあるのは分かるじゃろ? じゃが、大きな剣は、そのどちらでもなく、ぶっ叩く、じゃ。もちろん、剣に刃は付いておるから斬れないことはないがな。使う者の技量と武器の重さ、これらが合わさって威力を発揮する、そういう武器なんじゃよ」


 そういうものなんだ。アンリはもしかしてファッション的な感じに考えていたのかも。でも、大きい剣にあこがれる。自分と同じ背丈の剣を背負うって最高。


「アンリとしては実用的で、しかも大きい剣にしたい。それだとミスリルを使うのがそもそも間違い?」


「あまり前例はないのう。ミスリルは片手で持てる剣が圧倒的に多い。そもそもミスリルというのは脆いんじゃ。下手な使い方をする奴はすぐに折っちまう。それを大きい剣にするというなら、よほどの使い手でないとあっという間に使えなくなっちまうぞ」


 それはいけない。どちらかというと絶対に壊れない感じにしてもらわないと。


「絶対に折れない剣ってつくれない? グラヴェおじさんなら、そういう武具を知ってたり、作ったりできる? 作れるなら作って欲しいんだけど」


 グラヴェおじさんがびっくりした顔でアンリを見てる。でも、何も言ってくれない。どうしたんだろう?


「えっと、アンリは変なこと言った?」


「いやいや、そうじゃない。ちょっと驚いただけじゃ。儂がもう少し若いころに絶対に壊れない武器というのを見た。そういう武器を作ってみたいと思ったことがあるんじゃよ」


 グラヴェおじさんは、懐かしそうな顔をしてる。昔を思い出しているのかな?


「じゃがな、儂には鍛冶の才能がなかった。儂の作る武器は壊れないどころか、壊れやすくてな、鍛冶師ランクも低く、本来ならミスリルなんて扱える腕じゃないんじゃよ。なぜか日用品を作る腕はあったがな」


「そうなんだ……つまり、壊れない武器はあるけど、作れないってこと?」


「そうじゃな、作れん。だがのう……」


 作れないって言った割には、ものすごく楽しそうな顔をしてる。不敵に笑ってるって感じもするけど。


「儂に才能がないのは、別の問題だったことがアビスのおかげで分かった。今までの儂なら作れんが、今の儂になら作れるかもしれん」


「そうなの? ならお願いしてもいい? 時間をかけてもいいから、人界最強の剣を作って欲しい」


 そういうと、グラヴェおじさんはきょとんとした顔になった。でも、次の瞬間に大きく口を開けて笑い出した。


「わっはっは! 人界最強の剣か! つまり、名工ガレス殿の武器を越えろということじゃな! いいじゃろう! その依頼を受けよう! じゃが、剣自体はシンプルなものでいいな? さすがに変形するようなギミックは入れられんぞ?」


「うん、まずは壊れない武器で。そして大きさはアンリの背丈くらいで、剣の幅が広い感じに。できればアンリの成長とともに大きくなるのがいい」


「成長とともに大きくなる武器を作れたら、儂は鍛冶師ギルドのグランドマスターを越えられるわい。アンリの背丈が伸びるたびに打ち直してやるからそれで我慢せい」


「残念。ならさっきのとおり、壊れないミスリルの大きな剣でお願いします」


「うむ、引き受けた。それにしても、久しぶりに鍛冶のことで大笑いしたのう! よし、今日はこのまま酒を飲む! 仕事は終わりじゃ!」


 グラヴェおじさんは厨房のほうへ呼びかけてお酒を頼んだ。すごく機嫌がよさそう。


 それじゃアンリは移動しよう。アンリはお酒を飲めないし、邪魔しちゃいけないと思う。


 門限までにはまだ時間があるから、今度はカブトムシさんのところへ行こう。フェル姉ちゃんのことを教えてもらおうっと。

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