第64話 アイドルとマントと帽子
グラヴェおじさんとのお話が終わったので、森の妖精亭を後にした。
今度は畑へ行ってカブトムシさんから情報を得よう。最後にディア姉ちゃんのところで魔物暴走について聞こうかな。
アビスの入口がある畑に到着すると、カブトムシさんの周りに魔物のみんなが集まってた。アンリと同じように情報収集してるのかも。
「カブトムシさん、おかえりなさい。みんなで何をしているの? 情報収集?」
「アンリ様、ただいま帰りました。情報収集というよりは、情報共有ですね。私が森を離れていた間の情報を得ているところでして……さっき聞きましたが、魔物ギルドの設立ですか。楽しみですね」
「うん、人界一のギルドにしよう。それじゃ先に情報共有をしてもらえる? その後にアンリもお話を聞かせて」
「かしこまりました」
カブトムシさんがみんなに話をしている。森の外の話は皆にとって刺激になるみたい。みんなの目の色が違う感じ。
カブトムシさんの話だと、リエル姉ちゃんとルネ姉ちゃん、そして患者さんのお姉さんであるメノウって人を運んで、メーデイアという町に行ったみたい。
それはいいんだけど、メノウってどこかで聞いたような……?
そうだ、思い出した。ディア姉ちゃんが言ってたアイドル冒険者。ゴスロリメノウ。世界規則っていう不可侵のルールで同じ名前の人はいないはず。なら、間違いなくその人はアイドル。ニャントリオンのライバルだ。これはカブトムシさんに詳しく聞かないと。
メーデイアというのは、ドワーフさんの村からずっと南、リーンからだと南東のほうにある町みたい。さらに南にいくと、宗教国家のロモン領になるから、オリン魔法国の最南端に位置する町だとか。
メーデイアというのは、昔、おじいちゃんに教わったことがある。たしか、遺跡がある町だって言ってたような気がする。アンリも行きたい。
「そういえば、カブトムシさんは戻ってきちゃってよかったの? リエル姉ちゃん達はどうやって帰ってくるのかな?」
「治療にどれくらいかかるか分からないので、一度戻るように言われました。迎えが必要になったら、ルネ様がジョゼに連絡をいれるとのことです」
「そうなんだ……ちなみに、ジョゼってジョゼフィーヌちゃんのこと?」
「はい。親しみを込めて、と言いますか、ちょっと長いので短い名前にしています。エリザベートはエリザ、シャルロットはシャル。マリーはマリーのままですね」
「うん、距離感が近くていい感じ。アンリもジョゼちゃんって呼ぶようにしよう。あ、お話を中断させちゃった。情報共有を続けて」
カブトムシさんはその後も色々とみんなに話をしていた。
樹液情報や、森の外に住んでいる魔物さん達の縄張り、強さなんかの情報をみんなに伝えているみたい。みんなも森の外へ行ってみたいとか思ってるのかな。その時はみんなで行きたい。
お話が終わると、カブトムシさんはアンリのほうへ体を向けた。
「情報共有は済みました。アンリ様の聞きたいお話とはなんでしょうか?」
「うん、フェル姉ちゃんのこと。ドワーフの村でフェル姉ちゃんに会った? どんな感じだったか教えて欲しい。あと、アンリに伝言とかお願いとか聞いてない? アンリはいつでもそれに応える用意はできてる」
「すみません。フェル様とはお会いしましたが、そういうお話はありませんでした。見た感じちょっとお疲れのようでしたが……おそらくリエル様とルネ様の相手をしていたからかと」
「そうなんだ、残念」
ちょっとだけ期待してたんだけど、やっぱりお呼びはかからなかった。仕方ないから修業と勉強を頑張ろう。
「それじゃ今度はメノウって人のことを教えて。こう、アイドルとしてすごいオーラとか出てた? ひれ伏しちゃう感じ?」
「メノウさんですか? いえ、普通の感じの人でしたよ。そういえば、身のこなしが素人ではありませんでしたね。多少は揺れるはずの荷台の上でもほとんど微動だにしませんでしたから。あれは荷台の揺れを完全に見切っていたのでしょう」
良く分からないけど身のこなしが素人じゃないということは、ダンスが上手いってことかな? やっぱりすごいんだ。相まみえることがあったら気を付けよう。
「カブトムシさん、ありがとう。お仕事大変だったと思うからゆっくり休んでね」
「はい、ありがとうございます」
カブトムシさんが角を下げると、外にいた魔物のみんなとアビスの中へ入っていった。
よし、それじゃ今度は冒険者ギルドだ。ディア姉ちゃんに魔物暴走のことを聞いてみよう。
冒険者ギルドの入口から中へ入ると、ディア姉ちゃんがいた。
相変わらずお裁縫をしてる。すごい集中力だけど、アンリが来たら気づいてくれたみたい。
「アンリちゃん、いらっしゃい。今日も魔物暴走のことかな?」
「うん、どんな感じ? そろそろ終わりそう?」
「少しずつ魔物の数は減っているみたいなんだけど、まだまだだね」
「そうなんだ……」
まだまだフェル姉ちゃんは帰ってこないってことなんだ。やることはあるし、みんなもいるから村自体は面白いんだけど、フェル姉ちゃんがいないと、なんかこう、張り合いがない。フェル姉ちゃんがいるほうが色々と刺激的なのに。
「でも、アンリちゃん、フェルちゃんは魔物暴走が完全に止まるまで向こうにいる訳じゃないと思うよ? ある程度まで魔物の数が減ったら帰ってくるんじゃないかな?」
「そうなの? それじゃすぐに帰ってくる?」
「保証はできないけどね。まあ、ゆっくり待ったらいいんじゃないかな。フェルちゃんのことだから土産話をいっぱい持って帰ってくるだろうし、それを楽しみにしておこうよ。そうだ、フェルちゃんが帰ってきたら、またみんなで夜更かしする? 結婚式の二次会みたいに」
「それは素敵。次はアンリも最後まで起きてる。むしろ徹夜する勢い」
「アンリちゃんはまだ子供だから、徹夜はダメだよ。まあ、私もお年頃だから徹夜なんかして肌を荒らしたくないけどね!」
そういえば、おかあさんもそういうことを言う。夜更かしはお肌の天敵だって。アンリも気を付けたほうがいいのかも。
「さて、アンリちゃんはまだ時間ある?」
「うん、大丈夫。まだ門限の時間じゃない。アンリに用事?」
「それじゃちょっとだけ手伝ってもらおうかな!」
ディア姉ちゃんはそういってカウンターの中からこっちへやってきた。手には黒い布と帽子みたいなものがある。
ピンときた。これはアンリがお願いしていた帽子とマント。もしかして、もう出来上がった?
「それはアンリがお願いしていたもの?」
「そうだよ。でもこれはまだ出来ていないんだ。これからちょっと装備してもらって微調整したいんだよね。それを手伝って欲しいんだ」
そういえば、グラヴェおじさんも作った包丁についてニア姉ちゃんに聞いてた。あれも包丁を微調整するための行為だったのかも。いいものを作るためならアンリも協力しないと。
「うん、全力でお手伝いする。アンリは何をすればいい? 素振りする?」
「ちょっとマントをつけて帽子をかぶってもらえばいいだけだよ。ちょっとまってね」
ディア姉ちゃんがアンリの背中に回って魔剣を外した後にマントを付けてくれた。黒いマントで、首元だけ紐で結べる感じ。長さは腰くらいまでで、上半身と腰まではすっぽり隠せる。そして胸元にはネコのマーク。うん、格好いい。
「どうかな? 動きづらかったりしない?」
マントをつけたまま、激しく動いてみる。
……うん、アンリは大丈夫だと思うけど、ここはディア姉ちゃんの意見も聞いてみよう。
「ディア姉ちゃんから見てどうだった?」
「うん、見事なダンスだったよ。キレッキレ」
「なら大丈夫だと思う。あ、でも、ちょっとだけ首元が苦しかったかな? もうちょっと余裕があるといいかも」
「首元を紐で結ぶタイプだから、きつく縛りすぎたかな? それとも紐じゃないほうがいいかも? ちょっと考えてみるよ」
そういえば、グラヴェおじさんの包丁には自己修復のスキルがついてるって聞いた。このマントにもそういうスキルが付いてるのかな?
「このマントにはなにかのスキルってついてる? 自己修復とか」
「いや、さすがにスキルが付くようなものは作れないよ。あれは魔力のある布とか革を材料にしないとね」
「そうなんだ?」
「私が仕立て屋を始めてお金が溜まったら、そういう布や革も仕入れて作るつもりだけどね! まあ、お金がないから始められないけど……ほかにも副業とかしようかな。冒険者ギルドのお給金だけじゃ、ずいぶんと先の話になっちゃうからね」
「大銅貨三枚くらいならアンリがディア姉ちゃんに貸せるよ? 無利子出世払いでいい」
「うん、気持ちだけで。もし、なにかお得なお仕事があったら教えて」
ディア姉ちゃんはお金がないから仕立て屋さんをやれないみたい。やりたいことをやるにはお金が必要ってことかな。アンリも今のうちからお金を稼いでおいたほうがいいのかもしれない。
この後、ディア姉ちゃんに帽子のかぶり具合も聞かれて、色々と意見を言ってみた。全部は無理だけど、だいたいはアンリの望み通りになりそう。これが完成すれば、アンリもボスとしての風格が出ると思う。完成が待ち遠しいな。
……いけない。そろそろ門限だ。家に帰ろうっと。
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