第50話 ダンジョンデビュー

 

 フェル姉ちゃんが畑にやってきた。


 ずいぶん時間が経ってる。でも、フェル姉ちゃんにも色々やることがあるみたい。それにお疲れだ。確かにフェル姉ちゃんはここ最近忙しそうにしてたから仕方ないのかも。あとでアンリのゴッドハンドをさく裂させていいかもしれない。


 それとこの後に結婚式の準備をするみたい。魔物のみんなに手伝うように言ってる。村で色々あって準備ができなかったから遅れてるんだ。アンリは手伝えないから邪魔しないでおこう。心の中で応援だけしてようかな。


 でも、結婚式の準備と聞いて、みんなが首を傾げている。準備は分かったけど、結婚という概念が分からないみたい。フェル姉ちゃんは、つがいになることを精霊に報告するお祭りだって説明してる。間違ってはいない。でも、まだ足りない。ここはアンリが結婚式の補足をしてあげよう。


「結婚式の最後に花嫁が花束を投げる。それを取ると次の花嫁になると言われていて、未婚女性たちの血で血を洗うサバイバルになる。巻き込まれると危険」


「それって強制参加じゃないよな?」


「自由参加。あと武器の持ち込みも可。いつも負傷者が出るほど危ないから司祭様が必須。今回はリエル姉ちゃんがいるから、いつもよりハードになるかも」


「人族ってちょっと馬鹿なのか? もしかしてリエルの結婚願望って人族だと普通なのだろうか……?」


 リエル姉ちゃんは結婚願望の塊だから多分参加すると思う。でも、女神教の聖女様って結婚できたっけ? 結婚することになったらやめればいいのかな?


 フェル姉ちゃんはため息をついてから、なにかを亜空間から取り出した。四角い箱みたいなものだけどなんだろう?


 それがいきなり変形し始めた。しかも青白く光ってる。すごい、格好いい。


 最終的に縦横一メートルくらいのひし形の八面体になった。それがゆっくりと横に回転してる。


「起動しました。ご用件をどうぞ」


 もしかしてひし形がしゃべった? フェル姉ちゃんが色々とそのひし形と話をしている。ひし形さんは「ぎじえいきゅうきかん」とか言ってる。それにタイプは「しぇるたー」。


 何を言っているか分からないけど、フェル姉ちゃんは分かっているみたいだ。話が終わると、ひし形さんの回転が速くなってまぶしく光ってる。


 アンリは何が起きているか全くわからない。フェル姉ちゃんは分かっているみたいだし、色々聞いてみよう。


「フェル姉ちゃん。これはなに?」


「ダンジョンコアという、ダンジョンを作る核みたいなものだ。私も詳しくはしらんが、いわゆる旧世界で作られた物だな」


 フェル姉ちゃんと話をしていると、疑問がさらに増える。しかもアンリの好奇心を刺激する内容だ。勉強とは大違い。ここはフェル姉ちゃんに色々教わろう。


 聞いた話によると、旧世界というのは魔界の大昔の時代を指すみたい。その頃は魔界にも人族が住んでいたとか。なんてロマン。そんなこと聞かされたら興奮するに決まってる。


 でも、人界もそういう話はある。三回くらい人族は滅亡してるとか。今は四回目だから、第四世代って言うみたい。偉い学者さんの話だから間違っていないとは思うけど、ちょっと滅亡しすぎ。


 その頃の遺跡とかがあるみたいだけど、いつか大きくなったら見に行きたいな。そういうところには伝説の武具とか置いてあるに決まってる。人界征服の役に立つはず。


 そうだ、その時はフェル姉ちゃんと行こう。絶対に楽しいはず。


「フェル姉ちゃん、いつか一緒に見に行こうよ。アンリも成長すれば強くなって行動範囲が広がる」


「そうだな、いつになるかわからんが、アンリが強くなったら一緒に遺跡巡りでもするか」


 以心伝心。フェル姉ちゃんもそういうのに興味があると見た。これは早く大きくなって一緒に行かないと。それに遺跡に行くなら強くならないと危ない。頑張って強くなるぞ。


「空間の展開が完了しました」


 ひし形さんからそんな声が聞こえた。でも、空間の展開? ダンジョンが出来たってことかな?


 フェル姉ちゃんがひし形さんと話し始めちゃった。ひし形さんの話だとダンジョンは三階層できたみたい。どれくらいの広さで三階層なのかな。皆が住めないと困るんだけど。


 その後も、フェル姉ちゃんはひし形さんと話してる。アンリにはよくわからないけど、まだ終わらないのかな? でも、フェル姉ちゃんが「アビスにしてくれ」って言ってから、ひし形さんがまた回転し始めた。


「フェル姉ちゃん、さっきから何をしているの?」


「私もよく分かってない。どうやらこのダンジョンを自動で管理してくれるらしい。管理してくれるやつの名前をアビスにした」


 みんなから感嘆の声があがった。うん、やっぱりアビスって名前は素敵。しかもダンジョンを自動で管理してくれるんだ。管理って何をするのか分からないけど、多分、すごい。


 みんなでワイワイ言ってると、ひし形さんの回転がゆっくりになった。


「私はアビスです。このシェルターをどのように管理しますか?」


 ひし形さんはアビスって名前になったんだ? うん、いい感じ。


 でも、しぇるたーをどう管理するか? ダンジョンのことだよね? そんなのは決まってる。人界で最高のダンジョンになるように管理してもらうべき。あと、誰にも攻略できない最強のダンジョン。これは譲れない。


 びしっと手を挙げた。アビスはフェル姉ちゃんとだけ話をしているけど、アンリの意見も取り入れてもらいたい。アピールは大事。


「最強で最高のダンジョンにして。手抜きは許さない」


「ダンジョンの認識が曖昧です。検索します……確認しました。テーマパークの施設と判断。認識しました。あらゆる権限を使い、最強で最高のダンジョンにします。タイプ、シェルターを破棄、タイプ、アトラクションで再構築」


 よかった。アンリの意見を受け入れてくれるみたい。出来上がりが楽しみ。


「今の命令は取り消しだ。普通の住居型、えっとシェルターで管理してくれ」


「その命令は受けられません」


 フェル姉ちゃんが普通に管理してくれって言った。でも、アビスはその命令を受けてくれないみたい。どうやら、アンリがアビスのマスターになってて、フェル姉ちゃんよりもアンリの命令が最優先されるみたい。


 フェル姉ちゃんには悪いけど、ここは徹底抗戦の構え。みんなの住処は最強で最高。それは決定事項。フェル姉ちゃんに普通にしてくれって言われたけど、そこは断固拒否。


 その後もフェル姉ちゃんと色々お話したけど、ここはアンリが勝利した。変なことになったらアビスに別の命令をするけど、それまでは最強で最高のダンジョンを目指してもらおう。


「そうだ。もう一つ命令。手抜きは駄目だけど、無理はしないで。アビスも同じ村に住む家族だから」


「……命令を確認しました。アンリ様のために全力をつくします」


 お話できるならアビスだって家族。最高で最強にはなって欲しいけど、無理したらダメ。できる範囲で頑張ってもらおう。


 フェル姉ちゃんとアビスの話が終わると、アビスだったひし形は景色に溶け込むように消えちゃった。そしてそこには地下へ行く階段がある。この階段の先がダンジョンのアビスなのかも。ちょっとワクワクしてきた。


「フェル姉ちゃん、入ろう。視察しないと」


「そうだな。最初ぐらい見ておかないとな。お前達も来るだろう? 住むなら早めに行って、いい場所をとった方がいいぞ?」


 フェル姉ちゃんがそう言うとみんなが嬉しそうに中へ入っていった。もしかして早い者勝ちなのかな。みんなが納得できるような場所を取れるといいんだけど。


 あれ? ジョゼフィーヌちゃん達は残ってる? 場所を取らなくていいのかな?


「お前たちは行かなくていいのか?」


「アンリ様の護衛をします」


「そうか。まあいいけど」


 ちょっとフェル姉ちゃんが寂しそう。スライムちゃん達は本来フェル姉ちゃんの護衛なのに。これもフェル姉ちゃんに敬意を払っちゃいけないというルールの一環なのかな。


 本当ならスライムちゃん達は敬意を払いたいんだけど、フェル姉ちゃんには言っちゃいけないルールみたいだし、アンリが言う訳にもいかない。ここはお口にチャックだ。


 そうだ。代わりにアンリが護衛してあげよう。それなら寂しくないかも。


「フェル姉ちゃん、早く行こう。大丈夫、フェル姉ちゃんはアンリが守ってあげる。スライムちゃん達がアンリを護衛してくれるけど、アンリがフェル姉ちゃんを護衛するから皆でフェル姉ちゃんを護衛しているのと一緒」


「なるほど、それなら頼もしいな。それじゃ頼む」


 フェル姉ちゃんが少しだけ笑って、階段を下りて行った。そうしたら、スライムちゃん達がアンリに頭を下げた。フェル姉ちゃんを護衛できるからそのお礼かな?


「それじゃ行こう。フェル姉ちゃんを護衛しないと」


 みんなで階段を降り始めた。


 アンリはダンジョンに入るのが初めて。これはアンリのダンジョンデビューと言ってもいい。初陣は必ず勝利で飾る。気合を入れていこう。

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