第117話 事情

 

 アンリとスザンナ姉ちゃんで森の妖精亭に突撃しようと思ったら、おかあさんとおとうさんに止められた。


 おとうさん曰く、「アンリに大人のお話はまだ早いからね」だった。


 確かにアンリは子供。でも、夜更かしもしているし、ガールズトークもした。大人への階段は徐々に上がってる。そろそろ二段飛びで上がってもいいんじゃないかな?


 大人しくアンリの部屋に閉じ込められたけど、このまま終わるアンリじゃない。こっちにはスザンナ姉ちゃんと言う強力な味方がいる。


「スザンナ姉ちゃん、さっきの水を使って森の妖精亭の話を聞けないかな?」


 あれ? すごく申し訳ない顔をしている。


「ごめん、今日は雨が降ってるでしょ? 私の操る水って私が魔力で生み出した水以外と混ざると操れないんだ。それに森の妖精亭まで届く水はないから無理」


「そうなんだ……でも、森の妖精亭までいけば、水を使って中のお話が聞ける?」


「雨に濡れない場所があるなら大丈夫だよ」


 ならやることは一つ。脱走だ。森の妖精亭まで行けば、外からでもスザンナ姉ちゃんの水でお話が聞ける。


「スザンナ姉ちゃん、この部屋から外へ脱走しよう。そこの窓から外に出れる。そして森の妖精亭の裏口まで行けば何とかなるかも」


「怒られないかな?」


「そんな未来のことは考えない。それが大事」


 スザンナ姉ちゃんを説得した。よし、脱走だ。


 ……あれ? 窓が開かない? 鍵は開いてるのに窓を開けることができない。


『だめよー、アンリ。今日はお外に出さないからアンリの部屋に結界を張りました。諦めてね』


 部屋の外からお母さんの声が聞こえた。


 やられた。アンリはすでに籠の中の鳥。フェル姉ちゃんとラスナって人の交渉が聞けない。


「諦めよう、アンリ。どうせフェルちゃんのことだから、ラスナって人がどんな交渉をしても効果がないと思う。結果が分かってるなら別に聞かなくてもいいと思うよ」


「結果も知りたいけど、過程も大事。どんな感じでやり取りするのか聞きたかったんだけど」


「村長がその場にいるんだよね? なら、今日の夜にでも聞いてみたら?」


 ライブ感が欲しいんだけど、それしかないのかも。せめて森の妖精亭を見ていようかな。何か動きがあるかもしれない。


 アンリの部屋からじゃ見えないから大部屋に行かないといけないんだけど、おかあさんはアンリを部屋から出してくれるかな?


「おかあさん、外にはいかないから大部屋にいさせて欲しいんだけど。窓から森の妖精亭を見ていたい。だめ?」


『そんなこと言って脱走する気なんでしょう? もう騙されませんからね』


 おかあさんのその言葉を聞いて、スザンナ姉ちゃんがアンリをジッと見つめている。ちょっと呆れている感じもする。


「アンリって脱走の常習犯なの?」


「……両手で数えられないくらいには。でも月一回という縛り。やり過ぎるとお外に出してもらえなくなるから、ギリギリの線を見極めてる。そろそろ一ヵ月以上経つからいけると思ってた」


「そうなんだ……それじゃ、アーシャさん達に色々お話を聞くって形で大部屋にいさせてもらったらどうかな? 見張りも兼ねているからそれなら大丈夫じゃない?」


「スザンナ姉ちゃんは天才。早速交渉しよう。おかあさん、アンリと大部屋でお話しよう。それなら絶対に脱走できないと思う」


「えっと、私からもお願いします。大部屋に結界を張ってもいいので」


『……仕方ないわね。でも、おとうさんも一緒よ。それに大部屋にも結界を張りますからね』


「うん、それで問題なし。アンリは脱走しないって魔剣に誓うから安心して」


 そんなこんなでアンリとスザンナ姉ちゃんは大部屋のほうに移った。おかあさんが言ったとおり、部屋には結界が張られて、おとうさんは入口付近の椅子に座っている。


 どんな牢獄よりもセキュリティが厳しい……!


「それでアンリ、おかあさんと何の話をしたいの?」


 考えてなかった。勉強以外のことならなんでもいいんだけど、何を聞こうかな?


「村長さんや、アーシャさん達はトラン王国から来たんですか?」


 アンリが考えていたら、スザンナ姉ちゃんがおかあさんに聞いちゃった。よく考えたらいい質問。アンリもさっきのお話はちょっと気になってた。


「……ラスナって人との話を聞いていたのね?」


 おかあさんは仕方ないな、って顔をしてからおとうさんのほうを見た。おとうさんはちょっと眉間にしわを寄せてから大きく息を吐きだして頷く。


「ラスナって人が言った通り、私たちはトラン王国から来たの。五年前よ。アンリが生まれたころね」


「そうだったんだ? でも、アンリは赤ちゃんだったんだから、もうちょっと安全なところで育ててほしかった。今はフェル姉ちゃん達がいるからベストな選択だったと思うけど」


「そう言ってもらえたら嬉しいわ。色々事情があってトラン王国にいられなくなってね、急いで来たからそこまで考慮できなかったのよ。でも、みんなでアンリを守っていたから安全だったと自負してるわよ?」


「うん、別に怒ってないから安心して。でも、事情って何?」


「アンリには難しい話だからもっと大きくなったら教えてあげるわ。それまでちょっと待ってね」


 アンリは大人の階段を徐々にのぼっているのにまだ足りないみたいだ。


「そうそう、これは誰にも言っちゃダメよ? もちろんスザンナちゃんも内緒にしていてね。私たちはオリン魔法国から来ているってことにしてるから、それで通すようにお願いね。絶対よ?」


 そこまで念を押されると逆に心配になるけど、なにか大きな秘密があるのかも。ちょっとだけドキドキしてきた。大きくなったらその事情を教えてもらおう。


 アンリはスザンナ姉ちゃんと一緒にしっかりと頷くと、外でちょっとだけ動きがあった。いつの間にか雨がやんでいて、知らない女の人が畑のほうから歩いてきた。


「あのお姉ちゃんは誰?」


 アンリが窓を見ながらそう言うと、皆も同じように窓の外を見た。でも、誰も知らない人みたい。もしかしてヴィロー商会の人かな?


 畑になんのようなのかな? もしかしてダンジョンのほうにいた?


 しばらくすると、また畑のほうから誰かが走ってきた。すごく急いでる。


「なんだか色々起きてるみたいだね? まあ、フェルちゃんが関わっているから簡単では済まないとは思ってたけど」


 スザンナ姉ちゃんの言う通り。フェル姉ちゃんが絡んだら、簡単な事も複雑になる。でも、それがいい。


 今度はさっきの走ってきた人が冒険者ギルドへ入った。でもすぐに出てきて、また森の妖精亭に入っちゃった。何をしているんだろう?


 結構時間が経ってから、フェル姉ちゃん達が出てきた。そのままアンリの家に来て欲しいけど、畑のほうへ行っちゃった。


 でも、おじいちゃんは戻ってきた。


「おじいちゃん、おかえりなさい。何があったか全部話して。こと細かに報告をお願いします」


「ああ、うん。でも、色々あって頭の整理が追い付いていないんだよ。アーシャ、水を貰えないか。喉が渇いてしまったよ」


 おかあさんが台所へ行って水を持ってきた。おじいちゃんはそれをゴクゴクと飲む。そして息を吐いた。


「簡単に言うと、アビスで魔物暴走がおきて、ヴィロー商会はフェルさんに負けたね」


「おじいちゃん、簡単に言いすぎな上に、まったく意味が分からないんだけど? アンリが子供だから分からないってことじゃないと思う。最初から最後までちゃんと教えて」


「そうだね、なら私も頭の中を整理したいし、最初から話してあげよう」


 すごく楽しみ。でも、アビスで魔物暴走が起きたって、大丈夫なのかな?

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