第118話 交渉と脱走
夕食後におじいちゃんが森の妖精亭であったことを話してくれた。
フェル姉ちゃんはあのラスナって人からエルフとの取引に関してヴィロー商会が仕切りたいと言われたみたい。
でも、フェル姉ちゃんは断った。しかも大金貨三百枚というお金を渡そうとしたのに、まったく動じなかったとか。
大金貨三百枚。どれだけの価値があるのかアンリじゃ分からない。もしかして国が買えちゃう?
それはいいとして、フェル姉ちゃん以外もお金での誘いを断ったというから驚き。しかもそれはベインおじさん。
村にある土地と家を大金貨百枚で売ってくれってラスナって人は言ったんだけど、「そんなはした金じゃ売れない」って断ったとか。しかも、「ここ以上に面白い村はない」とも言ったとか。
ベインおじさん、格好いい。昼間からお酒を飲んでたみたいだけど、アンリは許す。今度、ベインおじさんを褒めよう。
その後、ラスナって人はフェル姉ちゃんに対して色々な嫌がらせと言うか、脅しをかけてきたみたい。でも、どの脅しもフェル姉ちゃんには効かなかったとか。
しかも、フェル姉ちゃんの後ろにメノウ姉ちゃんが立ってメイドっぽく振舞っていたらしい。
何となくだけど、ラスナって人が連れていたメイドさんと、メノウ姉ちゃんだと格が違う感じにみえる。メノウ姉ちゃんはメイドギルドの最高峰ランクだと言ってたし、こう、すごく強いのかも。
そしてラスナって人は最後に女神教の勇者を呼ぶって脅しもかけてきた。
それは意味がないと思う。勇者ってアビスの中に閉じ込められているセラって人だと思う。呼べないのにそんな脅しをするなんて、ちょっとどうかと思う。もしかして女神教には別の勇者がいるのかな?
当然、フェル姉ちゃんもそんな脅しには屈しないで断ったみたい。
「さすがフェル姉ちゃん。そんな脅しは効かなかった。でも、おじいちゃん、いつになったら魔物暴走の話になるの? だいたい、それでフェル姉ちゃんが勝ったってどういう意味?」
「それなんだけどね、どうやらラスナには別の目的があって、フェルさんをあの場所にとどめておきたかっただけのようなんだよ」
「どういうこと?」
「そもそもラスナの目的――いや、ヴィロー商会の目的はアビスだ。アビスというダンジョンの権利を奪うために、あんな高圧的な態度だったようだね。おそらくだが、ああいう態度でいれば、交渉はまとまらないと考えていたのだろう」
良く分からない。スザンナ姉ちゃんのほうを見たけど、アンリと同じように分かっていないみたいだ。
「おじいちゃんの言ってることが良く分からない。交渉がまとまらないようにしていたってこと? なんで?」
「さっきも言った通り、ヴィロー商会の目的はアビスだ。ラスナはそのための時間稼ぎをしていただけなんだよ。どうやったのかは分からないが、フェルさんや村の住人のことを事前に調べておいたのだろうね。交渉を長引かせてフェルさんの意識がダンジョンへ向かわないように色々やっていたようだよ。その間にダンジョンを奪おうとしていたんだ。エルフとの取引をしたいという気持ちはあるだろうけど、それが最優先ではなかったようだね」
「そうなんだ? でも、アビスちゃんをどうやって奪うの?」
「それが誤算だったんだろうね。ダンジョンに意志があるのは知らなかったようだよ。お祭りであの黒い画面に出ていたアビス君がダンジョンに流れ込んできたヴィロー商会の人を叩きのめして外へ追い出したらしいね」
「アビスちゃんも強いんだ? ということは――」
「そうだね、アビスは無事だよ。ヴィロー商会の物にはなっていない。まあ、意志のあるダンジョンを管理なんて出来る訳ないんだけどね」
なんか色々とすごいことが起きてたみたい。アンリもその場所にいたかった。
あれ、ということは、畑のほうからきた女の人とか走ってきた人は何だったんだろう?
「おじいちゃん、家の窓から女の人とか、走ってくる人が見えたんだけど、あの人たちはヴィロー商会の人?」
「ここから見ていたのかい? そうだね、女の人の名前はローシャ。ヴィロー商会の会長だよ。ラスナの上司にあたる人だね。走ってきたのは雇っている冒険者だろう。魔物暴走が起きたのを連絡しに来たんだよ」
「そうなんだ? でも、女の人はずいぶん若そうに見えたけど、ヴィロー商会の会長なの? 一番偉いってことだよね?」
「親から引き継いだんだろうね。アビスを奪うことが最初の大きな事業とか言ってたから、最近引き継いだばかりなのかもしれないね」
そういうのって引き継ぐものなんだ? アンリは――おかあさんからとても熱い料理を引き継ぐ? ちょっと嫌かも。適温で食べたい。
大体のことは分かった。つまりヴィロー商会はアビスちゃんを奪おうとしたけど、返り討ちにあったということ。魔物暴走もアビスちゃんが起こしたんだと思う。
もしかして、フェル姉ちゃんはほとんど何もしてないのかな? ラスナって人の脅しを突っぱねたのは間違いないけど。
「それじゃ、この件は一件落着?」
「ヴィロー商会のことは間違いなく終わっているね。ただ――」
おじいちゃんが言い淀んだ。なにか言いにくいことがあるのかな?
「まだ何かあるの?」
「どうやらアビスに閉じ込めていたセラが逃げ出したそうなんだ」
「え? そうなの?」
「アビス君がそっちに意識を向いていた間に逃げ出したようだね。フェルさんがアビスへ行く前にちょっと聞いたんだが、セラが襲ってくることはないだろうとのことだよ。どうやら、ダンジョンの中で治療をしていたようだね。治療自体は終わったと言っていたよ。フェルさんは仕方ないって諦めていた感じだったね」
セラって人が脱走した。アンリも家から脱走しようとしていたけど、それは出来なかった。セラって人にどういう風にしたのか聞いてみたい。でも、もう遠くへ行っちゃったんだろうな。今度会うことがあったら聞いてみよう。
「これで森の妖精亭であったことは全部話したよ。その後、フェルさん達はダンジョンのほうへ向かったようだ。おそらく管理上の手続きをしたんじゃないかな。アビス君本人に管理を任せるようにすると思うよ」
「そうなんだ……うん、面白かった。やっぱりフェル姉ちゃんは強い。交渉事は弱そうなのに問題なく勝った」
アビスちゃんのおかげかもしれないけど、そういうのをひっくるめてフェル姉ちゃんは強い。アンリも見習いたい。何を見習えばいいのか分からないけど、強い仲間がいてくれればいいのかな?
そうだ、一つだけ気になることがある。
「ヴィロー商会の人たちはどうしてるの?」
「あれだけの人数を泊められるような施設はないからね、今日は野宿じゃないかな。明日には帰ると思うけど、もしかしたら本格的にフェルさんと縁を結ぼうとするかもしれないね。そうなれば長く滞在する可能性もあるかな」
「村に住むのかな? もしかして村にヴィロー商会のお店を出そうとする?」
住むなら家族だけど、ちょっとモヤモヤが残るような気がする。
「どうだろう? でも、フェルさんが嫌がるかもしれないね。色々と脅されたし、セラに逃げられた。ヴィロー商会に対する好感度はマイナスだろうね。まあ、気にしてないかもしれないが」
確かにその通り。商売の交渉とはいえ脅してくるような人と一緒の村には住みたくないってフェル姉ちゃんは思うかも。
「もし、ヴィロー商会の人が村に店を出したら、フェル姉ちゃんは村を出て行っちゃうかな?」
それだけは絶対に阻止しないと。
「フェルさんがそこまで嫌うということはないかもしれないが、確認はしないといけないだろうね。フェルさんが嫌だと言ったら、断るつもりだよ」
「さすが、おじいちゃん。分かってる」
「フェルさんとヴィロー商会を天秤にかける訳じゃないけどね、どう考えてもフェルさんのほうが好ましいと思う。フェルさんが来てからの村への恩恵は相当なものだ。でも、それがなかったとしてもフェルさんにはいて欲しいと思っているよ」
「アンリもそう思う。おじいちゃんの口からそれが聞けて嬉しいから、今日はアンリのゴッドハンドを炸裂させる。肩たたき券は不要。アンリの肩たたきに恐れおののいて」
「それはありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
スザンナ姉ちゃんと一緒におじいちゃんとおかあさん、それにおとうさんの肩にもゴッドハンドを炸裂させた。評判はすこぶる良かったと思う。
スザンナ姉ちゃんは肩たたきをしたことがなかったみたいで、アンリがレクチャーした。おじいちゃん達の評判は良かったけど、アンリからしたらまだまだ。修行あるのみ。
今日も色々あったから楽しかった。明日もフェル姉ちゃんは村にいるし、もっと楽しいことが起きそう。
よし、早めに寝て明日に備えようっと。
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