第213話 リベンジ
バーベキューをやった日から三日後、ようやくソドゴラ村へ帰ることが決まった。
フェル姉ちゃんはすぐにでも帰ろうって言ってたんだけど、リエル姉ちゃんが止めてた。まだ本調子じゃないかもしれないって念には念をいれて治癒魔法をかけていたみたい。不老不死なんだから大丈夫だって言ってもリエル姉ちゃんは頑として認めなかった。
それだけ心配していたんだと思う。でも、ようやくリエル姉ちゃんからの許可が出た。明日、ソドゴラ村へ出発するみたいだ。
アンリは午前中の修行を終えて昼食を食べたところだけど、明日帰ると言うことならやっておかなくてはいけないことがある。
「スザンナ姉ちゃん、行こう。アンリは準備が整った」
「本当にやるの? ジョゼちゃん達はそこまでしなくても大丈夫ですって言ってたよ?」
「そうなんだけど、これはケジメ。アンリは名前だけのボスなんて嫌。たとえ勝てないと分かっていても引いちゃいけないときがある」
そう、勝てなくても勇者にせめて一撃を食らわせる。前の戦いから毎日オリスア姉ちゃんに剣を教えてもらった。あの時よりもアンリは強くなっているはず。
アンリはトラン流剣技をベースにオリスア姉ちゃんの剣術を身に着けた。
オリスア姉ちゃんの剣術はなんて名前なのか聞いたんだけど、あれは独自の剣術で名前なんてないと言われた。それじゃオリスア流剣技だねって言ったらなにか閃いた顔をしていたけど、あれは何だったのかな?
それはいいとして、バルトスおじさんを探そう。たぶん、中庭にいるはず。
スザンナ姉ちゃんと一緒に中庭まで移動した。
アンリの勘は冴えてる。中庭にバルトスおじさんがいた。お墓の前で片膝をついて手を合わせているみたいだ。
バルトスおじさんは数秒間そのままだったけど、アンリ達に気づいたのか、立ち上がってこっちを見た。そしてニヤリと笑う。
「そろそろ来る頃じゃと思っておったぞ」
「うん、明日、聖都を出発することになったから今日のうちにリベンジを果たす」
「うむ、その話は聞いておる。フェルやお前達とは色々あったが、いなくなるのは寂しくなるな……いや、そんなことを言える立場ではないか。儂らのせいで村に迷惑をかけた。改めて謝ろう。すまなかった」
「それはいつか村へ謝りに来て。でも、それはそれ。これはこれ」
バルトスおじさんは頷くと、腰の剣を抜いた。そして両手で持ち構える。
「ルールは以前と同じだ。儂は守るだけ。時間は無制限。アンリ、儂に一撃を入れてみよ」
その言葉には何も答えず頷くだけにした。もう言葉はいらない。ここからは剣で語る……うん、格好いい感じ。
背負っているフェル・デレを抜いた。
太陽の光でキラリと光るアンリ愛用のメインウェポン。オリスア姉ちゃんとの修行で今までよりもかなり軽くなった気がする。筋力が付いたのかも。
深呼吸をしてから一気に間合いを詰めた。
「ぬお!?」
右足を狙って横薙ぎにしたフェル・デレをバルトスおじさんは剣で受ける。甲高い音が鳴ってお互いの剣が弾かれた。両手がジンジンする。
「なんと! たった数日でそこまでになったか!」
「うん、八歳くらいの実力から十歳くらいの実力になったと自負してる」
「前にも言ったが、そんなものでは足らんぞ? しかし、なんと惜しいことか。このようなところに勇者協会の勇者として推薦できる者がおるとは……」
「勇者きょうかいって何?」
「む? 興味があるのか? 勇者を育てる組織と言えばわかりやすいと思う。今はフェルのおかげで魔族は大人しい。だが、それがいつまで続くかは分からん。だからいざという時のために人族にも魔族と戦える戦力が必要なのだ。そのための勇者を育てる組織が勇者協会だ」
フェル姉ちゃんは不老不死だから、今後も魔族の人たちが襲ってくることはないと思う。でも、人族にも戦力は必要なのかな? 平和なうちに力を蓄えるのが重要っておじいちゃんから聞いたことがある。
バルトスおじさんが笑顔でアンリを見た。
「のう、アンリ。オリスアの弟子を辞めて、儂の弟子にならんか? 勇者として育ててみせるぞ?」
「アンリとしてはどちらかと言うとフェル姉ちゃんみたいな魔王になりたい」
「ぐぬ……魔族には昔も今もやられっぱなしだな。まあ仕方あるまい。これから魅力ある勇者を育てて見せよう。いつかお主に勇者になりたいと言わせてみせるぞ」
フェル姉ちゃんくらいに魅力のある勇者なら考えないこともないけど、それって難しいじゃないかな?
……いけない。こんなお話をしている場合じゃなかった。まずはリベンジだ。時間は無制限って言ってもずっと動けるわけじゃない。頑張っても一時間程度なんだから動けるうちに攻撃しておこう。もうアンリの作戦は始まってるんだから。
あれから一時間。
いつの間にかギャラリーが集まっていた。おじいちゃんやオリスア姉ちゃん、それにジョゼちゃん達。シアスおじさんやティマ姉ちゃんまでいる。
ここは聖都でバルトスおじさんのお屋敷。場所的にはアウェーなんだけど、ホームのようにアンリへの応援が多い。シアスおじさんもティマ姉ちゃんもアンリを応援してくれているみたいだ。バルトスおじさんはちょっと寂しそう。
それはそれとして、何回攻撃してもバルトスおじさんに剣は当たらない。アンリの攻撃をバルトスおじさんは軽くいなしてる感じだ。
最初の一撃だけは力と力の勝負だった気がするけど、それ以降の攻撃は威力が殺されちゃう感じ。力を入れているようには思えないんだけど、なんでアンリの攻撃は軽くいなされちゃうのかな? 力を上手く分散するような防御方法?
今のアンリには奥の手がある。でも、これは最後の最後。あの攻撃をするために今までのスピードに慣れてもらった。でも、最後の攻撃も剣でいなされたら意味がないんだけどな。
……ううん。最後の攻撃に関しては剣で受ける事すら許されないほどのスピードにする。そのためにわざと遅いスピードに目を慣れさせた。そろそろやるべき。
「バルトスおじさん。次で最後の攻撃にする」
「ほう? わざわざ宣言すると言うことは今までとは違う攻撃と言うことか?」
「そのつもり。足の一本くらいは覚悟して」
「……それは嫌だが、近くにリエルもおるし、お主の攻撃で大怪我をするとも思えん。全力で来るがいい」
よし、準備だ。
まずは左腕につけている腕輪を外す。
ヴァイア姉ちゃんに作ってもらった魔道具、ジュウリョ君。重力と君を一緒にした名前みたい。ヴァイア姉ちゃんのネーミングセンスにはついてはノーコメント。
名前はともかく、この魔道具は常にアンリの周囲を一割くらい重くしてくれるというすごい物。オリスア姉ちゃんが自分に重力魔法をかけているからその真似をするために作ってもらった。
魔力に関してはヴァイア姉ちゃんが魔道具にため込んでくれたからアンリの魔力消費はなし。これを外すことでアンリはさらに素早く動ける。
そしてもう一つ。右腕の腕輪にアンリの魔力を込める。名前はスバヤさん。素早さと敬称を合わせた感じの魔道具だ……ヴァイア姉ちゃんを残念に思うのはなぜだろう?
これは身体強化魔法の加速が使える魔道具だ。瞬時に三回掛けが出来る優れもの。でも、アンリの魔力から考えて一日に一回しか使えない。
これでアンリは今までより早く動けるようになった。
身体強化魔法は使い慣れていないと体の動きに違和感が出てまともに動けなくなるってゾルデ姉ちゃんに聞いてたからちゃんと練習もした。今のアンリに死角はない。
フェル・デレを両手で持ち、右肩に担ぐようにして構える。
攻撃は単純。素早く突進して一撃。剣で受ける暇さえ与えない。相手は力を失ったとしても勇者。アンリが本気でやっても実際には大怪我にはならないと思う。間違って大怪我してもそれは事故。本気で足一本を折るつもりで振りぬく。
それにミノタウロスさんやシルキー姉ちゃん達の状況を見たら大怪我したって問題ない。むしろそれくらいの気持ちでやらないと。
でも、怒りに身を任せちゃ駄目。フェル姉ちゃんがいつも言ってる。こういう時こそクールだ。
周囲が静かになる。そして深呼吸。
一気に飛び出した。
一瞬でバルトスおじさんに剣が届く間合いへ移動する。そして体全体を使って叩きつけるように剣を斜めに振り下ろした。バルトスおじさんの左足を狙う右上から左下への袈裟斬り。別名アンリスラッシュ。
「うおお!?」
バルトスおじさんは剣で左足を庇った。でも、反応が遅れてる。剣でアンリの攻撃を弾いたり、いなしたりすることができずに単純に受けただけ。剣と剣がぶつかる音がしたけど、アンリの剣は弾かれていない。
反応が遅いし、体勢も悪い。ガードしきれていない。防御した剣ごと足を払うように振りぬく。
「のわ!」
剣によるガードの上から左足に衝撃を受けたバルトスおじさんは、足を払われた感じになって地面に倒れた。
思っていたのとはちょっと違うけど、これはチャンス!
横になって倒れたバルトスおじさんのお腹めがけて、フェル・デレを振り下ろした。もちろん軽く。
「ぐふ!」
一撃入れた。これ以上はオーバーキル。やられたら徹底的にやり返すのが村の方針だけど、これ以上はやらない。これ以上は逆に禍根が残りそう。
よし、勝利宣言だ。フェル・デレを右手で空に掲げる。
「リベンジ完了!」
静かだったギャラリーから歓声と拍手が沸き起こった。
うん、これで思い残すことなく大手を振って村に帰れる。村にいる皆にちゃんと仇は取ったと報告しようっと。
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