第138話 第三階層

 

 午前中は応急処置と薬になる草についての知識を勉強した。


 アンリが求めている知識はこういうもの。いうなれば実践的な知識。


 ちゃんとしたところではナイフとフォークを外側から使うとかの高貴な人の食べ方の知識は不要。あと、算術も。


 そして午前中の勉強は終わって今は昼食中。ここはちゃんとしたところじゃないから、食べ方はワイルド。大きく口を開けてかぶりついたほうが美味しいに決まってる。


 そんな風に食べていたら、スザンナ姉ちゃんがこっちを見つめていた。どうしたんだろう? このパンはアンリのだから、スザンナ姉ちゃんでもあげられない。どうしてもって言うなら、ソーセージとトレード。


「アンリはなんで包帯の巻き方が上手いの? 今日、初めて教わったんだよね?」


 スザンナ姉ちゃんはパンを狙っていたわけじゃなかったみたい。そういえば、午前中に教わった包帯の巻き方は、アンリのほうが上手だった。おじいちゃんもびっくりしてた気がする。


「アンリが上手だったのは理由がある。実はちょっと前に教わってた」


「そうなんだ? 村長さんから教わったの?」


「ううん。ディア姉ちゃん。冒険者ギルドへ遊びに行ったとき、包帯の巻き方を教わった。右手や目がうずくときに包帯を巻くのがいいんだって。うずくのは止められないけど、暴走は止められるって聞いた。いわゆる封印。アンリも意図しないアンリスタンピード状態になったら包帯を巻くつもり」


 包帯には暴走を抑える効果があるってディア姉ちゃんが熱弁してた。目の場合は眼帯でもいいらしいけど。


「ああ、そういう。包帯はチューニ病御用達だからね。怪我もしてないのに包帯を巻くのは、皆が通る道って聞いたことがあるよ。でも、巻き方はちゃんとしてるんだね。これなら怪我をしても大丈夫かな」


「うん、それに今日は傷によく効く薬草についても教わったから万全。アビスちゃんのダンジョンでも薬草って採れるのかな?」


「どうだろ? 昨日のジャングルには一つもなかったと思ったけど」


 初心者の冒険者は、薬草採取から始めるのが王道って聞いたことがある。境界の森にもたくさん生えているみたいで、一時期はそれを採って村を通る商人さんに売ってたっておじいちゃんが言ってた。でも、その頃の魔物さんは凶暴だったから、割に合わない感じになって止めちゃったみたいだけど。


 今、森の中は安全なほうだし、アンリもそういうところから始めないとダメかな? 邪道も好きだけど、王道も好きだから徐々にステップアップするべきかも。


 でも、ダンジョンも攻略していきたい。これはなかなかのジレンマ。


 そうだ、アビスちゃんに相談してみようかな。ダンジョンに薬草とか生える感じになれば、一石二鳥だ。


 よし、そうと決まれば早めに昼食を食べて、ダンジョンへ行こうっと。




 途中、森の妖精亭に寄ってメノウ姉ちゃんにヴァイア姉ちゃんのことを話してからダンジョンに来た。


 メノウ姉ちゃんにヴァイア姉ちゃんの婚約を教えたら、「そういうことでしたか」って納得してくれたみたい。メノウ姉ちゃんの濁ってた目が浄化された。危険は回避されたと思う。


 でも、フェル姉ちゃんの帰りが遅くなることも伝えたら、またちょっと危ない感じになった。村のためにもフェル姉ちゃんは早く帰ってきて欲しい。


 メノウ姉ちゃんと別れて、ダンジョンの入口にある小屋でバンシー姉ちゃんに挨拶をしてから中に入った。


『いらっしゃいませ、アンリ様、スザンナ様。今日は第三階層から始めますか?』


「うん、よろしく。あ、でもその前にちょっといい? ダンジョンの中に薬草ってある?」


『薬草ですか?』


「そう。怪我したときに塗るとちょっとだけ怪我の治りが早くなる感じの薬草。実は午前中に植物を勉強してきた。そういう薬草の採取とかも冒険には必要かと思ったんだけど」


『そうでしたか。残念ながら薬草はありません。同じ形の薬草を配置することは出来るのですが、傷を治すような成分まで再現するとなると、かなり多くの魔力を必要としてしまいます。今の私では作れても数は少ないですね』


「そっか、残念」


 アビスちゃんが言っていることはよく分からないけど、難しいのは分かった。アンリのわがままで無理をさせるのは良くないから諦めよう。諦めが肝心な時だってある。


『申し訳ないです』


「ううん、気にしないで。なら薬草採取は村の外でやるから」


『それはそれで負けた気がするのですが、今の時点では仕方ありません。もし村の外へでるならフェル様の従魔達を護衛にするといいかもしれませんね。もちろんスザンナ様だけでも大丈夫だとは思いますが』


「うん、私がいれば安全」


 スザンナ姉ちゃんが胸を逸らしている。自信があると見た。でも、二人だとおじいちゃんの許可が出ないかもしれない。魔物の皆による護衛に関しては考えておこう。


「薬草採取の件はまた後日。今は第三階層の攻略に集中する。それじゃ転移をお願い」


『畏まりました。転移後はこちらから話しかけませんので、何かあれば言ってください』


 アビスちゃんがそう言うと、急に視界が変わった。ちょっとだけ感じる浮遊感がいまだに慣れないけど、何度か繰り返せば慣れるかな?


「アンリ、周囲を警戒して。たまにダンジョンでは転移の罠とかあって、直後に襲われる時もあるから、ここでも同じように警戒したほうがいい」


「そういう罠があるんだ? うん、転移したらまずは安全の確保が大事。勉強になる」


 いつだって常在戦場の気持ちでないといけなかった。アビスちゃんはそんなことをしないだろうけど、本番なら危険な状態だった。ちゃんと意識を切り替えていこう。


 周囲を警戒したけど、魔物さんはいないみたいだ。


「アンリは大丈夫だと思うけど、スザンナ姉ちゃんはどう? 周囲になにかいそう?」


「大丈夫かな。近くには誰もいないね。それじゃ、改めて第三階層を調べていこうか。でも、ここって――」


 スザンナ姉ちゃんが周囲を見渡した。アンリも同じように周囲を見る。


「スザンナ姉ちゃん、ここは洞窟なのかな? でも壁が等間隔で木に支えられてるし、明かりもある。それに地面には鉄っぽい線が二本、ずっと先まで続いているみたい。これってなに?」


「ここは鉱山だと思う。鉄とか銅とかの金属が取れるところって言えばわかる?」


「鉱山? それは知ってる。つるはしを持って岩を削る感じの場所――あ、思い出した。魔物の皆でトーナメントをしたときに、アビスの観光名所案内で紹介されてた。そっか、これはレールだ。この上をトロッコが走るのを見た」


 途中でレールが切れてて、トロッコが飛ぶのもみた。それはぜひとも経験しないと。いつかカブトムシさんのゴンドラにも乗って飛ぶ予定だし、今のうちから練習しておくべきだと思う。


 でも、トロッコが近くにない。別の場所にあるのかな?


「スザンナ姉ちゃん、トロッコを探そう。こう、びゅーんって飛ぶ感じの映像を前に見たよね? あれを体験しないと」


「それは賛成だけど、冒険するんだからちゃんと地図を描くよ。一応ここにも魔石を置いておこう。この広場だけでも奥に行ける場所は四つもあるからね。下手に動いたらここまで戻れなくなっちゃうよ」


「うん、それは危険。迷子になってアビスちゃんの転移に頼るのは最後の最後。階層突破以外で転移をしたら、アンリの冒険はそこで終わってしまったと同意。そうならないように迷子対策は必須」


 スザンナ姉ちゃんが頷く。


 よし、それじゃ慎重に奥へ行ってみよう。こういう時は右の壁沿いに行くってスザンナ姉ちゃんが言ってたから、まずは一番右の穴からだ。




 右の壁沿いに進んでいくと、何回か行き止まりになったけど、大きな広場に出た。直径百メートルくらいの円型の広場だ。


「アンリ、気をつけて、中心に何かいる」


 スザンナ姉ちゃんに言われて、アンリも集中する。確かに広場の真ん中に何かいる。魔物さんかな?


 目を凝らしてみるとそれは大きな花だった。アンリの背丈くらいのつぼみ状態の花。


 分かった。あれはアルラウネちゃんだ。


 ここは先手必勝かな? つぼみ状態と言うことは寝ているのかもしれない。


 でも、攻撃する前につぼみが開いて、その中からスザンナ姉ちゃんくらいの女の子が出てきた。全体的に緑色のアルラウネちゃん本体だ。


「アンリ様、スザンナ様、ご機嫌麗しゅう。第三階層、階層守護者の一人、アルラウネ九八式がお相手いたします! 光合成のスキルは使えませんが負けませんよ!」


 アンリも負ける訳にはいかない。ここは全力で戦わないと。でも、階層守護者の一人って言うことは他にもいるってことなのかな? 体力を温存したほうがいい?


 ――ううん、余計なことは考えない。まずはここを乗り越えないと先はないんだ。なら全力で行こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る