第137話 人生の春
朝食を食べ終わった後に、ヴァイア姉ちゃんから渡された金属の板が鳴り出した。
いつもの画像が届いている音じゃなくて念話が届いている音だ。アンリだと魔力が少なくてすぐに切れちゃうから、スザンナ姉ちゃんに出てもらおう。
スザンナ姉ちゃんが魔力を使って念話が可能な状態になると、金属の板から声が聞こえてきた。
『アンリちゃん、スザンナちゃん、聞こえるかな? おはよう』
「うん、聞こえる。ディアねえちゃん、おはよう」
「お、おはよう」
ディア姉ちゃんから連絡が来るのは初めてだけどどうしたんだろう? まさかようやくアンリ達の出番? アンリは魔剣も装備しているし、いつでも行ける。
「ディア姉ちゃん、今日はどうかしたの? そろそろアンリの力が必要? これから行くのもやぶさかじゃない。むしろ呼んでください」
『あはは、違うよ。それにもう王都は出ちゃったしね。実はフェルちゃんが大霊峰へ向かったからその連絡をしたんだ。帰りが遅くなるから、言っておこうと思ってね』
アビスちゃんが言うように大霊峰が噴火したからフェル姉ちゃんはそれを見に行っちゃったんだ。まったく、寄り道している場合じゃないのに。
試作版だけどアンリ専用の剣、魔剣フェル・デレも出来たし、しっかり見てもらいたい。
それに、いいことを思いついた。帰ってきたら戦ってもらおう。この剣でフェル姉ちゃんを倒して部下にするわけだから、完成版フェル・デレが出来る前に模擬戦しておかないと。
そうだ。もう王都は出たみたいだし、大霊峰を見に行くとしてもそんなに長い期間じゃないと思う。どれくらいで帰れそうか確認しておこう。
「皆はあとどれくらいで帰れそう?」
『そうだね……今はエルリガって町にいるんだ。そこからだと二日でソドゴラ村に帰れるけど、フェルちゃんの予定がどれくらいになるか分からないんだよね。予想でしかないけど、村に着くのは一週間後くらいかな』
「一週間もかかるんだ――あれ? ディア姉ちゃん達はエルリガってところにいるの? フェル姉ちゃんと大霊峰へは行かないの?」
『さすがにドラゴニュートがいるような場所へは行けないからお留守番だね。まあ、王都でのお仕事も終わったし、フェルちゃんが帰ってくるまではゆっくり休むよ。今日は食べ歩きしようと思ってるね!』
満喫してる。ディア姉ちゃんは遊びのプロ。絶対に楽しい。アンリも行きたかった。
「あの、ディアちゃん、ちょっと聞いていい?」
『スザンナちゃん? いいよ、何でも聞いて』
「ヴァイアちゃんからノストさんと一緒の映像が送られてくるんだけど、あれは何? 楽しそうな雰囲気は伝わってくるんだけど、送ってくる意図が分からない。できればみんなの映像が欲しいんだけど……本人に言っていいのかな?」
それはアンリも知りたい。アンリはノスト兄ちゃんのことを知ってる。スザンナ姉ちゃんもノスト兄ちゃんに面識はあるけど、話したことはなかったと思う。あまり知らない人の映像を送られてもはっきりいって微妙だと思う。
『え、ヴァイアちゃん、そんなことしてたの? あー、でも、許してあげて。ヴァイアちゃんは今、人生の春を迎えているから、皆と幸せを分かち合いたいんだと思う。悪気はないと思うよ』
「うん。でも、悪気がなければ何をしてもいいってわけじゃないと思う。この間、メノウ姉ちゃんがすごく濁った目で『なんだかカラオとククリちゃんみたいですね』ってつぶやいてた。あれは危険」
カラオって人はメノウ姉ちゃんの弟さんで、ククリって人はその幼馴染さん。すごく仲がいいみたい。でも、その仲の良さが周囲に与える影響は甚大なものだってメノウ姉ちゃんが言ってた。あの濁ったような目で。
『ヴァイアちゃんにキツク言っておくよ。でも、祝福してあげて欲しいんだ。実はヴァイアちゃん、ノストさんと婚約したんだよ。だから嬉しくて二人の映像を送っちゃうんだよね』
「そうなんだ? でも、コンニャクって食べ物だよね? アンリはあまり好きじゃないけど、コンニャクしたって何? 一緒にお料理したってこと?」
『コンニャクじゃなくて婚約。結婚の約束をしたってこと。あ、でも、その前段階かな? 結婚を前提にお付き合いしている感じ? でも、二人の中では決まっているようなものだね。ただ、そのせいでリエルちゃんが泣いたり喜んだり怒ったりと情緒不安定で大変なんだよね……』
ヴァイア姉ちゃんが婚約したのに、リエル姉ちゃんが情緒不安定ってどういう意味なんだろう?
そして、ガタン、って音がしたと思ったら、おかあさんが勢いよく立ち上がってた。こっちもどうしたのかな?
それはいいとして、コンニャクじゃなくて婚約。つまりヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんはそのうち結婚するってことなんだ。それはおめでたいことだと思う。
この間も、ロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんが結婚したし、幸せそうだった。それに結婚と言ったらアンリの出番。フェアリーアンリとして二人を祝福してあげないと。
『あ、そうだ、これはニアさんとロンさんには内緒ね。ヴァイアちゃんも自分から言いたいと思うし』
「そういうものなんだ? うん、わかった、お口にチャック。スザンナ姉ちゃんも大丈夫だよね?」
「もちろん。誰にも言わない――あ、メノウちゃんには伝えておいてもいいかな? その画像の意味を知らないと色々大変そう」
『そうだね。それじゃメノウちゃんにも伝えておいて。もしかして他にも聞いちゃった人がいるかな?』
「アンリの家で聞いているから、おじいちゃんとおかあさん、それにおとうさんも聞いてる。でも、大丈夫。みんな分かってくれると思う」
『うん、それじゃまだ内緒にしていてね。それじゃ魔力がなくなりそうだから切るよ。そういうことでよろしくー』
ディア姉ちゃんがそう言うと、念話が切れた。
ヴァイア姉ちゃんがノスト兄ちゃんと結婚の約束をしたみたいだ。あれ? 結婚の約束はまだでお付き合いしているだけなのかな? その辺りは良く分からないけど、ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの結婚式なら、すごく楽しい結婚式になりそう。アンリもフェアリーアンリとして全力で祝福しないと。
そうだ、スザンナ姉ちゃんも妖精になってもらおう。妖精役はたくさんいていいと思う。
「ヴァイア姉ちゃんの結婚式ではスザンナ姉ちゃんも妖精をやろう。アンリと二人でやれば、二倍祝福されるから」
「えっと、結婚式って行為自体は知ってるけど、参加したことってないんだ。そもそも妖精をやるってどういう意味? 倒すの? それなら得意だけど」
「倒すって意味じゃなくて、妖精になるって意味。そうだ、女神教の司祭様が詳しいと思うからあとで一緒に教えてもらおう。妖精のことだけじゃなくて、結婚式の手順を全部教えてもらえると思う」
実はアンリもなんで妖精なのかは知らない。確か精霊に気に入られて囚われた男性を助けるために、妖精さんが恋人の女性を連れて行くとかいう話を聞いたことがあるけど。
いい機会だから、アンリもスザンナ姉ちゃんと一緒に教えてもらおう。
「しかし、驚いたね。ヴァイア君がノストさんと結婚を前提にお付き合いか。宴とかでなんとなくそんな雰囲気はあったが、王都で一体何があったんだろうね?」
おじいちゃんがそんなことを言い出した。
でも、それは確かに気になる。ヴァイア姉ちゃんが帰ってきたら聞いてみよう。でも、それよりも気になることがある。さっきからおかあさんが立ちっぱなしで震えている感じだ。
「ヴァ、ヴァイアちゃん、まさか、私よりも若いのに、先に結婚――」
「待て待てアーシャ、お前は何を言うつもりだ」
「あ」
おかあさんの言葉をおとうさんが止めた。なんだったんだろう?
そしておじいちゃんがわざとらしいくらいに咳をしている。
「んっん! それじゃ、アンリ、スザンナ君、勉強を始めようか。午後にダンジョンへ行くんだろう? ならおじいちゃんが知っている知識を教えてあげよう。応急処置というか、治癒魔法を使わない怪我の治療方法だね。アーシャ、すまないが包帯を持って来てくれるか。あと消毒液も。そうそう、植物図鑑も持って来てくれ」
おじいちゃんがそういうことを教えてくれるとは思わなかった。そういう勉強ならいくらでもする。今日の勉強は楽しいことになりそう。
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