第231話 魔界へ行く報告
アンリ達は囚われの身。
いつもの大部屋が大きな牢獄に見える。ここで延々と文字の書き取りをやらされているんだ。こんな単調なことをやらされていたら手が痛くなっちゃう。同じ痛さなら剣を振りたい。
こんなところはすぐに逃げたい。でも、それは無理。この牢獄でアンリ達は監視されている。
監視をしているのはマナちゃん達。それだけじゃない。アンリやスザンナ姉ちゃんが強行突破するのを防いでいる。ここは買収しないとダメだ。
「マナちゃん、勉強より遊ばない? 外でかけっこする方が何倍も楽しいと思う」
マナちゃんはゆっくりとこっちを見た。そして首を横に振る。
「聖母様が勉強はするべきだって言ってた。だからお勉強する。遊ぶのは勉強が終わってからにしよう」
マナちゃんがいい子すぎてまぶしい。アンリと同い年なのにこの差はなんなんだろう。もしかしたら今までの勉強量の違いかもしれない。何日かしたらマナちゃんも勉強が嫌になるかも。その時がチャンスかな。
「こら、アンリ。他の子の邪魔をしちゃダメだよ」
逆に考えて欲しい。見方を変えれば、みんながアンリを邪魔しているとも言える……一番邪魔してるのはおじいちゃんだからそんなことは言わないけど。
仕方ない。確かに勉強したいって言ってるマナちゃんの邪魔をしちゃいけない。アンリも勉強しよう。
でも、久々の勉強で結構大変。勉強への耐性スキルがなくなった。それにおじいちゃんの指導は以前よりも熱が入っていて、パワーアップしている感じ。とてもつらい。
「たのもー……なんだ?」
救援が来てくれた。これは天の助け、ディア姉ちゃん風に言うと因果の定め。
入口のところにフェル姉ちゃんがいる。何か用事があって来たんだと思う。アンリに用事と言って。
「おや、フェルさん、どうされましたかな?」
「えっと、この子供達は何をしているんだ?」
「リエル君から頼まれまして、文字や算術を教えているのですよ」
算術もやるんだ? できればその前に逃げたい。
「アンリとスザンナ以外にも教えるとなると大変なんじゃないか?」
「いえいえ、何かを教えるというのは楽しいものですよ。それにリエル君からもお給金を頂いています。いらないと言ったのですが、どうしても、と言うことで頂きました。その分はしっかり教えないといけません」
「そうか。金銭のやり取りが入っているならしっかりやらないといけないな」
逆にお金があったら勉強しなくていい形にしたい。人界を征服したらそういう法律を作ろう。
フェル姉ちゃんがアンリ達のほうを見た。ちょっとぎょっとしてる。
なんとなくわかる。スザンナ姉ちゃんの目に活力がない。たぶん、アンリも同じ状態。
「アンリとスザンナは大丈夫か?」
「リエル姉ちゃんは大変な事をした。おじいちゃんが張り切っている。いつもより三倍は厳しい」
「それに私達は皆に包囲されてる。これはアンリ包囲網。私もそれに巻き込まれた。私達が逃げ出せないようにするなんてずるい」
アンリのせいにされたけど、それは心外。これはアンリとスザンナ姉ちゃんに対する包囲網なのに。
フェル姉ちゃんはそんなアンリ達を見て「頑張れよ」って感じの顔をしてる。救援だと思ったら敵の援軍だった。アンリ達は孤立無援。ここから逃げ出すこともできずに朽ち果てるんだ。
「それじゃ、皆は書き取りをしなさい。覚えるのには反復練習あるのみだからね」
おじいちゃんがそう言うと、みんなの止まっていたペンがまた動き出した。仕方ない、アンリも書き取りをしよう。下手をしたら午後まで勉強になる。被害は最小限で食い止めないと。
それは良いとして、なぜかフェル姉ちゃんはみんなの書き取りを背後から見てる。一緒に勉強したいのかな?
「それでフェルさん、今日はどうされました? 私に御用で?」
「明日、魔界へ向けて出発することにした。その報告をな」
フェル姉ちゃんはいつもアンリの心をざわつかせる。この前帰って来たばかりなのに。一ヶ月くらいは村でゆっくりしてほしい。アンリともっと遊ぶべき。
「なんと、もう出発されるのですか? 聖都から帰って来たばかりなのに」
「まあそうだな。でも、ジッとしているのが嫌なんだ」
「魔王様とやらを探しに行かれるので?」
「いや、魔界にはいらっしゃらないだろう。あそこは生きるのが難しい場所だ。眠りにつくならもっと安全な場所、つまり人界だな、そのどこかで眠りにつくと思う。今回行くのは色々と魔界で調べたいことがあるだけだ」
魔界か。うん、アンリも行こう。前に似たようなことを言ったらダメって言われたけど、あれから考えが変わってくれたかもしれないし。
スザンナ姉ちゃんのほうを見ると、何も言わずに頷いてくれた。さすがスザンナ姉ちゃん。何も言わなくても心が通じ合ってる。
おじいちゃんはちょっと考え込んでいたけど、すこしだけため息をついてからフェル姉ちゃんのほうを見た。
「そうですか、分かりました」
「それとクロウ達も連れて行く。酔狂というかなんというか、魔界を見てみたいそうだ。危険な場所でほとんど何もないんだけどな」
「クロウ様はそう言うことに興味がありそうですからね。その件についても分りました」
「アンリも分かった。何時にどこへ行けばいい? 朝の六時に広場?」
フェル姉ちゃんがアンリのほうを見た。アンリのことをじーっと見つめているけど、アンリは目を逸らさない。やましいことは何もないはず。胸を張っていこう。
「念のために確認するが、それは見送りに来てくれるという意味か?」
「そう、それ。その通り」
「……嘘っぽい。正直に言えば考えてやらんこともないぞ?」
「見送った後にスザンナ姉ちゃんのドラゴンで追いかけようかと思ってる。安心して。アンリ達は後ろにいるだけ。一緒には行かない。勝手についていくイメージ。でも、一緒に行くのもやぶさかではない。正直に言ったんだから一緒に連れてって」
「どう考えてもダメだ。以前も言っただろう? 魔界は危ないんだ。アンリどころかスザンナだって危険だ。またお土産を持って来てやるから大人しく村にいてくれ」
その後もフェル姉ちゃんと交渉したけどダメだった。
今回はかなりガードが堅い。それだけ魔界ってところが危ないんだと思う。残念だけど交渉はここまでかな。でも、いつかフェル姉ちゃんがいた場所を見てみたい。
「今回は諦める。でも、アンリが大人になったら魔界へ招待して。それまでに強くなっておくから」
「私も」
スザンナ姉ちゃんも乗ってきた。
クロウおじさん達が行けるなら、アンリ達だっていつかは行ける。今のうちからその約束をしておこう。
「まあ、いつかな。でも、アンリは私と人界の遺跡巡りをしたいんだろ? 魔界よりもそっちが先だな」
アンリとの約束を覚えていてくれたみたい。これは嬉しい。
「うん、遺跡巡りをしてから魔界へ行こう。それまでに強くなっておくから」
「アンリが行くなら私も」
「そうだな、みんなで行こう。でも、強くなるだけじゃダメだ。ちゃんと勉強もして知識を蓄えておくんだぞ」
そういう返しで来るとは思わなかった。でも、確かにその通り。フェル姉ちゃんはちょっと脳筋なところがあるからアンリが知識面でサポートしないと。なら、勉強を頑張るしかない。
その後、フェル姉ちゃんは「またな」って言って家を出て行っちゃった。他の人達にも報告へ行くみたいだ。
「それじゃみんな、ちょっと中断してしまったが、書き取りを再開させよう。ゆっくりでいいから確実に書くようにね」
よし、ここからは気合を入れよう。
フェル姉ちゃんとの約束を守るためにも勉強を頑張ろうっと。
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