第232話 魔界出発のお見送り

 

 今日は朝からフェル姉ちゃんのお見送りだ。


 村のみんなもほとんど広場に来ていて、お見送りをするみたい。


 昨日と同じいい天気。絶好の旅行日和だとは思う。問題はその旅行にアンリがいないことだ。でも、魔界は危ないってことでアンリはいけない。もっと大きくなったら連れて行ってもらおう。


 村の広場にはカブトムシさんがいて、ゴンドラをタオルで掃除してるんだけどその周囲にはそのゴンドラに乗る予定の人がたくさんいる。いまは荷物のチェックをしているみたいだ。


 フェル姉ちゃんは当然として、オリスア姉ちゃん、サルガナおじさん、ドレアおじさん、それにウェンディ姉ちゃんとレモ姉ちゃんも魔界へ行く。行くって言うよりは帰る、なのかな。


 よく分からないけど、昨日情報収集をした限りでは、魔界にあるダンジョン、ウロボロスに魔族を全員集めて重大発表をするみたい。


 どんな内容なのか知りたかったんだけど、それは教えてもらえなかった。


 魔族や魔界にいる獣人くらいしか関係ないからって言われた。それにどうなるか分からないからまだ説明は保留とも言ってた。帰ってきたらフェル姉ちゃんから教えてもらえるからそれまでちょっと待とう。


 フェル姉ちゃんをはじめとした魔族さん達はいいとして、一緒に行く人達が他にもいる。クロウおじさん達だ。


 クロウおじさんとオルウスおじさん、それにメイドのハイン姉ちゃんとヘルメ姉ちゃんの四人。クロウおじさんはニコニコ顔、オルウスおじさんはいつもの柔和な顔だ。でも、ハイン姉ちゃんとヘルメ姉ちゃんはちょっと嫌そう。昨日、二人は「これが派遣の辛いところです」って泣きそうな顔で言ってた。


 そして魔物枠としてはジョゼちゃんが行くみたい。昨日、アビスへ行ったら「フェル様の護衛です」って嬉しそうに言ってたっけ。エリザちゃん達はちょっと不満そうだったけど。


 カブトムシさんは送り迎えだけだし、魔界へ行くのはこの十一人だ。


 フェル姉ちゃんは魔界で調べ物があるとか言ってて、いつ帰ってくるかは分からないみたい。


 ただ、クロウおじさん達のこともあるから、少なくとも十日以内には帰ってくるとか。人族が魔界に長くいるのは危ないかもしれないって事みたいだ。


 最大で十日。ちょっと長いけど、これまでに比べたら短い方かな?


 ううん、騙されちゃダメだ。急いで帰って来てもらわないと。


「フェル姉ちゃん、十日以内ってことは明日帰ってくる可能性もある?」


「いや、ない。だいたい十日だ。できるだけ早く帰ってくるから村で大人しくしていろよ? それにいま、村にはたくさんの人がいる。私が帰ってくるまでみんなと遊んでみたらどうだ?」


「うん。フェル姉ちゃんほどの刺激はなさそうだけど、そうするつもり」


「私ってそんなに刺激があるのか……?」


 フェル姉ちゃんは刺激の塊だと言ってもいい。スザンナ姉ちゃんも隣でうんうん頷いてる。間違いない。


 どう考えても色々な事がフェル姉ちゃんに集まっている感じ。アンリが生まれてからの五年間よりもフェル姉ちゃんが来てからのほうが明らかに濃い。ぜひとも楽しいことを呼び寄せて欲しい。


 そんなことを考えていたら、ヤト姉ちゃんが近寄ってきた。


「フェル様、ちょっといいかニャ?」


「ああ、どうした?」


「昨日のお願いをよろしく頼むニャ。いい感じの獣人を見繕ってきて欲しいニャ。出来れば、軍部にいる私の元部下たちがいいニャ」


「それは構わないが、やるのはウェイトレスだよな? いや、他のことをしてもいいけど、なんで軍部?」


「バックダンサーとして血反吐吐くほど鍛えるから頑丈なほうがいいニャ」


「軍部に所属するような奴らじゃないと耐えられないのか……?」


 ヤト姉ちゃんは魔界へ帰るフェル姉ちゃんに猫の獣人を何人か連れてきて欲しいって頼んでいたみたい。人界で色々勉強させるつもりみたいなんだけど、実際はニャントリオンの強化だ。


 アンリやスザンナ姉ちゃんはそのせいでクビが確定している。ハイン姉ちゃん達じゃないけど、これが派遣の辛いところ。でも、本物の猫耳には勝てない。潔く負けを認めよう。


 そういえば、ハイン姉ちゃん達もメノウ姉ちゃんのバックダンサーで踊ることになった。こっちもアンリ達はクビだ。猫耳同様、本物のメイドさんにも勝てない。


「ハインさん、ヘルメさん、無事におかえりくださいね。二人ともバックダンサーとしてこれから頑張ってもらいたいので。それはともかくですね、フェル様に半分くらいはお仕えしていると言ってもいい感じの私がお留守番で、お二人は一緒に行くのですか……?」


「メノウさん、殺気が漏れてますわよ? そもそも私達はクロウ様にお仕えしてるのです。私だって代われるものなら代わりたいのですが、ギロチンは嫌ですので」


「自分も代われるのなら代わって欲しいものであります! でも、ギロチンはもっと嫌であります!」


 メイドさん達にも色々あるんだとは思うけど、なぜかいつも物騒な話になる。すごく不思議。


「ディアさん! 私、この村に来れたことはすごく良かったです!」


「そう言って貰えたら何よりだよ。向こうでも頑張って」


「はい、それにあんなお土産まで頂いて……代わりにタンタンを置いていきたいくらいです!」


「え、ちょ、レモさん、置いていかないでくださいよ! 人界は平和過ぎて血を見る行為が少ないんですから!」


 あっちはレモ姉ちゃんとディア姉ちゃんがお話しているみたいだ。


 お土産っていうのは宴の時に着ていた服かな。「贈り物だから着なくてはいけませんね!」ってすごくいい笑顔で言ってた。


「それじゃ、ディーン君――陛下には伝えておきますね」


「ええ、よろしく頼みます。もしかすると、私やオリスアはルハラへ戻らないかもしれません。その時は別の魔族を送りますので。ああ、ドレアはルハラへ戻りますから」


「それも分りました。でも、残念です。ディーン陛下はお二人を信頼していたみたいですので」


「私達と言うよりもフェル様を信頼しているのでしょう。それは私達も同じですがね。私達の代わりに誰を送るにしても、フェル様の顔に泥を塗るような真似はしませんのでご安心ください」


 クル姉ちゃんとサルガナおじさんがお話をしている。


 重大発表に関わることらしいけど、オリスア姉ちゃんやサルガナおじさんは魔界に帰ったらそのままになる可能性が高いみたい。アンリとしては師匠であるオリスア姉ちゃんにはいて欲しいんだけど、そうもいかないみたいだ。


 とりあえず、オリスア姉ちゃんに練習方法は聞いたからそれをやっておこう。


「ジョゼ、フェル様のことをよろしく頼むぞ」


「ああ、任せろ。エリザ達は村のほうを頼むぞ。怪我が治っていない魔物達もいるようだし気を付けてくれ」


「気は抜かないでおこう。だが、そっちも気を付けろよ。古巣とは言え、大罪の称号を持つ奴らや、あのワニがいるだろうからな」


「そうだな。だが、せっかくの帰郷だ。機会があれば挨拶をしてくる」


「物理的な挨拶ということか? そういう時間が取れるならいいと思うが、メインはフェル様の護衛だぞ?」


「もちろん弁えている。機会があれば、だよ」


 ジョゼちゃんとエリザちゃんがお話しているみたいだけど、魔界では色々あるみたいだ。タイザイの称号とか、ワニって何だろう?


 色々考えていたらみんなの準備が終わったみたいだ。


「それじゃちょっと魔界へ行ってくる。十日くらいで戻ってくるから」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、みんなが「気を付けてな」って言ってる。もちろんアンリやスザンナ姉ちゃんも。アンリはさらに「早く帰って来てね」とも言った。


「よし、出発だ」


 カブトムシさんがその言葉に頷いて、ゴンドラに覆いかぶさるようにしてから足でがっちり持った。そしてそのまま上昇する。いつも思うけど、すごいパワーだ。


 カブトムシさんは上空で西の方へ角を向けると、一気に加速して飛んでいっちゃった。見るたびに速くなってる気がする。


 隣にいるスザンナ姉ちゃんからため息が聞こえた。


「行っちゃったね」


「うん。ちょっと寂しいけど、それほど長くならないって言ってたから我慢する……それじゃ午前中はお勉強を頑張ろう」


「珍しくやる気だね?」


「将来、フェル姉ちゃんと一緒に冒険できるようにたくさんの知識を得ておかないと」


「そうだね。それじゃ午後はアビスへ行って強くなる訓練もしようか。知識があっても、弱いと連れて行ってくれないかもしれないし」


「スザンナ姉ちゃんは分かってる。そう、勉強も大事だけど、強くなるのはもっと大事……そうだ、クル姉ちゃんも一緒に誘ってみよう。一人でダンジョンに入っているみたいだから、アンリ達とパーティを組むのも悪くないと思う」


「それはいい考え。マナはどうしようか?」


「マナちゃんは治癒魔法が使えるようになってからかな。ちょうどリエル姉ちゃんに教わっているみたいだし」


 うん、なかなかいい感じのパーティになれそう。前衛のアンリ、中衛のスザンナ姉ちゃん、そして後衛のクル姉ちゃんとマナちゃん。バランスはいいと見た。


 これにフェル姉ちゃんが入ってくれれば無敵のパーティになりそう。


 そんな日がいつか来ればいいな。

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