第233話 後衛ヒーラーと接客指導

 

 午前中のお勉強は終わり。これでアンリは自由の身だ。外の雲一つないお天気がアンリを祝福しているかのよう。


 昼食を取ったらすぐにでも出かけないと。今日はクル姉ちゃんを誘ってダンジョンに行くって決めてる。ダンジョンで魔石を拾って、お金を稼いでおかないと。


 大人の人はみんな言ってる。何事も最終的にはお金がものを言う。自分の意見を通すにはお金が必要不可欠みたい。となるとラスナおじさん達は強そう。でも、フェル姉ちゃんはお金がなくても強い。たぶん最終的には物理な気もする。


 隣を見ると、マナちゃんが勉強道具を片付けていた。


 朝はダンジョンに誘わないつもりだったけど、声をかけておいた方がいいかな? 今のうちからパーティのお誘いをしておいた方が後々いい感じになるかもしれない。


「マナちゃん、アンリ達は午後にダンジョンへ行くんだけど一緒に来る?」


「ダンジョンってアビスってダンジョンのことだよね? 何しに行くの?」


「魔物さんを倒して魔石をゲットする。それを冒険者ギルドへ売ってお金にするつもり」


 マナちゃんは口をちょっとだけ開けたままにしてポカンとしちゃった。アンリの言ってることがよく分かってないのかも。


 ちょっとだけ待つと、マナちゃんは動き出した。


「魔物さんってフェルさんの従魔じゃないの? 倒しちゃいけないんじゃない?」


「ダンジョンには魔物さんが二種類いる。フェル姉ちゃんの従魔と、アビスちゃんが魔力で作った魔物さんの二種類。魔力で作った魔物は練習用なんだけど、倒すと魔石を落としてくれる」


「魔力で作った魔物ってところから常識とかけ離れているのは分かったかも。でも、アビスちゃんが作った? アビスちゃんって聖都に来てた女性の人だよね? リエル母さんを目覚めさせた人」


「うん、そう。あのアビスちゃんもアビスちゃんが魔力で作った」


 マナちゃんはまた口を開けたまま動かなくなっちゃった。でも、今度はさっきよりも早く動いてくれた。


「冗談……じゃないんだよね? アンリちゃんの言葉は冗談だと思ってたんだけど、いつも本当の事だったし……でも、ダンジョンかぁ。興味はあるんだけど、午後は孤児院の掃除とか、森の妖精亭の掃除とかがあるんだ。それにリエル母さんから医学や治癒魔法を教わってるからちょっと無理かも」


 そういえば昨日もそんなこと言ってた。遊ぶ時間が全くないと思うんだけど、いいのかな? リエル姉ちゃんのことだからちゃんと考えているとは思うけど。


「それじゃ残念だけど、また今度。ちなみにマナちゃんはアンリ達のパーティで後衛ヒーラーをしてもらうからよろしくね」


「後衛ヒーラー?」


「もしかして前衛ヒーラーがいい? 魔物さんを殴りながら治癒魔法を使う感じになるけど」


 あれかな、聖騎士的なポジション。アンリとしては前衛二人のツートップ編成でも可。


「その辺はよく分からないけど、どちらかと言えば後ろの方がいいかな。魔物さんを殴るのはちょっと無理かも……そうじゃなくて、すでにパーティの一員なんだ?」


「うん、怪我をしたときに治癒魔法が使える人がいると、パーティの生存率が上がるって聞いた。そのポジションをぜひマナちゃんにやってもらいたいなって」


「確かにそれは面白そう。リエル母さんが成人したら孤児院を出て働けよって言ってるから冒険者をやるのも悪くないかな。本当は孤児院で働きたいんだけどね。それに聖人教の布教活動もしたい。リエル母さんの素晴らしさを人界中に伝えないと」


 マナちゃんには色々やりたいことがあるんだ? 冒険者稼業も面白そうって言ってるから誘っても大丈夫だとは思うけど、どうだろう?


「それじゃアンリちゃん、私はまだ治癒魔法が使えないから使えるようになったらパーティに入れて。孤児院の運営とかお勉強のためにもお金は必要だから私も稼がないと」


 アンリとしてはありがたいけど、マナちゃんはすごく真面目。いままで同い年の子がいなかったから分からなかったけど、もしかしてアンリは不真面目? ちょっとショック。


 ……いけない。ショックを受けてる場合じゃない。まずは返答だ。


「うん、それでお願い。実はアンリもマナちゃんが治癒魔法を使えるようになったら一緒にダンジョンへ行こうと思ってた。今日のお誘いは仲間外れ感を出さないための対処だったりする」


「そうだったんだ? ありがとう、アンリちゃん。それじゃ早く治癒魔法が使えるように頑張るね!」


 マナちゃんは両手を胸の前でぎゅっと握りしめて、ちょっと鼻息を荒くしてる。やる気になってくれて何より。


 よし、それじゃ午後はクル姉ちゃんを誘ってダンジョンだ。




 昼食を食べてからスザンナ姉ちゃんと一緒に広場に来た。


 でも、そこで問題が一つ。クル姉ちゃんはどこにいるんだろう? 朝、フェル姉ちゃんのお見送りには来てたけど、その後どこへ行ったかは知らない。


「スザンナ姉ちゃん、クル姉ちゃんがどこにいるか知ってる?」


「知らないけど、こういう時は冒険者みたいにギルドへ行ったり、酒場に行ったりして情報を集めるのがいいんじゃないかな?」


「それはいい考え……冒険者みたいにってスザンナ姉ちゃんは冒険者だよね?」


「そうなんだけど、私っていままでソロだったし、他の冒険者を探すなんてしたことがないんだよね。冒険者だけど冒険者っぽいことはほとんどしてない気がする」


「それじゃアンリと冒険者ごっこ……じゃない、本当の冒険者をやろう。今日がスザンナ姉ちゃんの冒険者デビューってことで」


「そうだね、それで行こう。私は今日から冒険者」


「うん。アンリは冒険者見習いって感じで行くつもり」


 そんなわけで冒険者ギルドへ突撃だ。


「い、いらっしゃいませ! ぼ、冒険者ギルドへ、よ、ようこそ!」


 ギルドの扉を開けて中に入ったら、ものすごく面食らった。


 アンリの想像ではディア姉ちゃんが縫い物をしながら「いらっしゃーい」ってゆるく言ってくれると思っていたのに、カウンターの中でビシッと立ったまま元気な声で挨拶してきた。先制攻撃をされた気分。


「きょ、今日はどのような、ご、ご用でしょうか? し、仕事の受領なら、け、掲示板をご確認ください!」


「ディア! 貴方ね、こんな小さな子達が仕事の受領をする訳ないでしょ! 大体、このギルドにくる仕事の依頼なんてウェイトレスだけじゃない! そもそも掲示板に依頼の紙はなにも張ってないわよ!」


 ディア姉ちゃんがネヴァ姉ちゃんからお叱りを受けている。


 いわゆる接客の指導を受けてるのかな?


「そうは言ってもネヴァ先輩。私はマニュアル通りにやってますよ? ほら、ここ。ここに書いてありますって」


「マニュアルはあくまでもマニュアル、臨機応変にやらないとダメじゃない……貴方、いつか自分の店を持って服を売るんでしょ? ここと同じ接客の仕方ではないだろうけど、ここでの対応は役に立つはずだから、ちゃんとやっておいた方がいいわよ? いい物を作っていれば勝手に売れるなんて話はないの。店を開いても接客が悪くて売れないなんて話はよくあるんだから」


「う。そ、それは確かに……」


「まあ、接客はバイトを雇うという方法もあるけど、それでもちゃんとした儲けが出るまではそんな余裕もないでしょう? だから今のうちから頑張りなさいな」


「ネ、ネヴァ先輩……! そこまで心配してくれてたなんて……そうだ、先輩、私が店を開いたら、うちで働きませんか?」


「私が貴方の下で働くわけないでしょうが!」


 そっか。ディア姉ちゃんはいつか冒険者ギルドの受付嬢を辞めて服を売る店を建てたいとか言ってた。この村に建てるとは思うんだけど、売れるかどうかは接客で変わってくるんだ? 商売って大変。


 でも、それはそれとして、今はアンリ達の対応をしてほしい。


「えっと、アンリ達もお話していい?」


 ネヴァ姉ちゃんがアンリ達のほうを見て微笑んでくれた。


「あら、ごめんなさい。アンリちゃんにスザンナちゃん、いらっしゃい。二人とも今日は何の御用かしら?」


「実はクル姉ちゃんを探してる。冒険者ギルドには情報を集めに来た。どこにいるか知らない?」


「クルさん? だったらアビスへ向かったわよ――ああ、でも、お昼は森の妖精亭で食べているみたいだから、今の時間ならまだそこかもしれないわね」


 すごくいい情報が手に入った。さすがは冒険者ギルドだ。仕事の依頼はないけど。


「ありがとう、ネヴァ姉ちゃん。さっそく森の妖精亭へ行ってみる」


「はい、行ってらっしゃい、気を付けてね」


 ネヴァ姉ちゃんとディア姉ちゃんに手を振る。そのまま建物を出ようとしたら、ディア姉ちゃんの声が聞こえてきた。


「ネヴァ先輩、私達もお昼にしませんか? たぶん、この時間帯は誰も来ませんよ。どちらかといえば、森の妖精亭に冒険者がいっぱいいます」


「あの宿に冒険者ギルドを併設してくれないかしら。そうすればギルドがもっと繁盛すると思うんだけど」


「あの料理を前に仕事できます?」


「……そういえば無理ね。離れていた方が仕事は捗りそう……思い出したらお腹が減ったわ。私達も食事にしましょうか」


 ネヴァ姉ちゃん達もお昼にするみたいだ。


 アンリ達はもう家でお昼は食べたから森の妖精亭では食べない。でも、リンゴジュースは飲みたいかも。


 ……ううん、まずはクル姉ちゃんだ。リンゴジュースは後にしようっと。

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