第230話 勉強は大事

 

 気が付いたらベッドの上だった。


 窓から入る朝日で目が覚めたみたいなんだけど、いつの間に眠っていたのかな? ちょっと思い出してみよう。


 たしか宴の後に、二次会を森の妖精亭でやることになって、フェル姉ちゃん達と一緒のテーブルにいた。


 ヴァイア姉ちゃんのノスト兄ちゃん自慢とか、ディア姉ちゃんのチューニ病講座とか、リエル姉ちゃんの絶対落とせる恋愛術とか色々を聞いた覚えがある。フェル姉ちゃんはそれらすべてにツッコミを入れてて大変そうだった。


 そういえば、マナちゃん達がウェイトレスのお仕事をしてた気がする。リエル姉ちゃんみたいになりたいから頑張るって言ってたっけ。リエル姉ちゃんみたいになるのとウェイトレスさんをする因果関係はよく分からなかったけど、頑張ってた。


 他にはレモ姉ちゃんがファッションショーの時の服装で笑顔を振りまいていたとか、オルドおじさんとゾルデ姉ちゃんがお酒の飲み比べをしていたとか、ミトル兄ちゃんが女の人全員に声をかけて振られていたとかは覚えてる。


 全体的に楽しくて仕方なかったのは間違いないけど、最後はよく思い出せない。


 たぶん、夜更かしの限界を越えちゃったんだと思う。


 隣で誰かがもぞもぞしていると思ったらスザンナ姉ちゃんだ。一緒にベッドで寝てたみたい。


 上半身を起こすと、スザンナ姉ちゃんも「んー」って言いながら目をこすってアンリと同じように上半身を起こした。


「……あれ? 私のカラアゲは?」


「それはもう昨日の話。アンリ達は眠っちゃったみたい。フェル姉ちゃん達が運んでくれたんだと思う。おはよう」


「そうなんだ? おはよう。それじゃ起きようか。もう朝も結構な時間だよね?」


 時計を見ると朝の八時。確かにいつもよりちょっと遅い時間だ。


 二人でベッドから下りて準備をした。


 まずはカーテンと窓を開けて部屋の換気。外を見ると今日もいい天気だ。これは遊び日和。


 次に服を着替えて顔を洗ってから、髪をブラシでとかして紐でまとめる。


 うん、どこに出しても恥ずかしくないほどのポニーテール。これで準備万端だ。ちょうどスザンナ姉ちゃんも準備が終わったみたい。次は朝食だ。


 大部屋に行くと、おじいちゃんが椅子に座ってお茶を飲んでいた。


 朝の挨拶をしようと思ったんだけど、それより気になることがある。大部屋に沢山の机と椅子が並んでた。村のみんなでなにかお話をするのかな? もしかして毎日宴を開こうっていう話?


 おじいちゃんが飲んでいたお茶のカップをテーブルに置いてから、笑顔でこっちを見た。


「二人とも今日はお寝坊さんだね」


「おはよう、おじいちゃん。昨日は夜更かしをしたから当然の結果と言える。意図的に寝坊した訳じゃない。自然の摂理」


「おはようございます。二次会の最後のほうは記憶が曖昧なんですけど、もしかしてフェルちゃん達が?」


「ああ、おはよう。そうだね、スザンナ君の言う通りだ。昨日、寝てしまった二人をフェルさんが連れてきてくれたんだよ。二人が眠ってしまうまで騒いでいて申し訳ないと言ってたね」


 そこはフェル姉ちゃんの謝るところじゃないと思うんだけど、フェル姉ちゃんは大人の対応をしてくれたみたいだ。むしろ森の妖精亭で一緒の部屋で寝たほうが良かったと思う。


 その後、おかあさんが大部屋にやって来て、朝食を用意してくれた。


 昨日、たくさん食べたから今日の朝は少な目だ。でも、このリンゴジャムは最高。パンをいくらでも食べれる。


 朝食を食べ終わったんだけど、なぜかおじいちゃんはさっきから嬉しそうにしている。どうしたんだろう?


「おじいちゃん、さっきから笑顔だけど、何かいいことがあったの?」


「うん? まあ、そうだね。なんというか、昔の夢がちょっとだけ叶ったと言うことかな……それはいいとして、アンリとスザンナ君はその椅子に座ってもらえるかな」


 おじいちゃんは大部屋に並べてあるたくさんの机の一つにアンリとスザンナ姉ちゃんを座らせた。


 大部屋には四つの机が四列、それが等間隔で置かれている。たぶんだけど、全部で十六個の机があるはず。椅子の向きを考えると、おじいちゃんがいるほうが前かな。


 アンリとスザンナ姉ちゃんはたくさん並べてある机の一番前で真ん中の二席。おじいちゃんの真ん前だ。一番目立つ場所だと思うけど、お誕生日席なのかな?


「おじいちゃん、これはなに? もしかしてなにかプレゼントを貰えるの? アンリとしてはアダマンタイトの鎧とか欲しい」


「いや、そういう訳じゃないよ。そろそろ来るはずなんだけどね」


 おじいちゃんがそう言った直後にドアをノックする音が聞こえた。


『村長、連れてきたんだけど、大丈夫か?』


「ええ、大丈夫ですよ。お入りください」


 外から聞こえた声はリエル姉ちゃんの声だ。こんな朝早くに珍しい気がする。それに連れてきたって誰を連れてきたんだろう?


 ドアが開くと、リエル姉ちゃんが入って来た。その後ろからマナちゃん達も入ってくる。


 リエル姉ちゃんが連れてきたのはマナちゃん達だったんだ。でも、なんで? もしかしてアンリが村を案内するとかかな? ならちゃんと村の名所を案内しないと。おすすめスポットはアビスちゃんのダンジョン。


「いらっしゃい、リエル君。それにリエル君の子供達も。さあ、遠慮せずに空いている席に座りなさい。小さい子は前のほうがいいからね」


 マナちゃん達もこの机に座るんだ?


 そうか、だからこんなにたくさんの机が並べてあったんだ。でも、みんなで座って何をするんだろう?


 マナちゃんがアンリの横に座った。確かマナちゃんはアンリと同い年で一番小さい。アンリの横に座ってくれた。


「おはよう、マナちゃん」


「おはよう、アンリちゃん。ここがアンリちゃんのお家なんだ?」


「うん。何もないけどゆっくりしてってください……でも、今日は何しに来たの? もしかしてアンリと遊ぶために来た? もちろん観光でもいいよ」


「え? 村長さんがお勉強を教えてくれるんだよね? リエル母さん――聖母様からそう聞いてるよ? すごく楽しみ」


 マナちゃんの言ってることを理解するのに数秒かかった。


「勉強しに来たの? それに楽しみ? えっと、マナちゃん、体は大丈夫? 調子が悪くて思考が変になってるとか、風邪をひいて意識がもうろうとしているとかじゃなくて? もしくは精神的な魔法の影響?」


「聖母様が村長さんにお勉強をお願いしたって言ってたよ。それに風邪はひいてないかな」


 そういえば、リエル姉ちゃんがおじいちゃんに勉強の依頼をしているのを聞いた気がする。たしかお金を払って勉強するとか。アンリからしたら狂気の沙汰。


 これは迂闊。そんな大事なことを忘れるなんて。


「それじゃ、みんな、ちゃんと勉強しろよ?」


 リエル姉ちゃんがそう言うと、マナちゃん達が「はい!」って元気よく返事をした。


 リエル姉ちゃんは、笑顔で頷いてから真面目な顔になって、おじいちゃんに「子供達をよろしく頼みます」って頭を下げてから出て行っちゃった。


 マナちゃん達はそれを見て目が潤んでる。ずっとリエル姉ちゃんが出てったドアを見つめている感じだ。


 おじいちゃんがパンパンと手を叩いた。


「さあ、リエル君のお願いでもあることだし、勉強を始めるよ。ただ、みんなの知識がどれくらいか分からないから今日は基礎的にしよう。まずは文字の書き取りからいこうか」


「おじいちゃん、勝手にいかないで。アンリは勉強するなんて聞いてない。断固拒否する」


「あ、あの! わ、私も聞いてない――です!」


 アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんも乗ってきた。うん、二人で拒否すれば大丈夫。


「もちろんだよ、言ってないからね。言ってたら二人とも逃げ出すだろう?」


「おじいちゃん、開き直りは良くない」


 よく見たら、この配置だとアンリやスザンナ姉ちゃんは逃げ出せない。目の前はおじいちゃんだし、横はマナちゃん、アンリとスザンナ姉ちゃんの周囲にはみんながいる。強行突破は出来ない感じだ。


 やられた。これは包囲網。アンリ達は退路を断たれた。どこへも逃げ出せない。おじいちゃん、なんて策士。


「さあ、アンリ、スザンナ君。聖都へ行っている間、ずっと勉強してなかったからね。できなかった分を取り戻すくらい頑張ろう!」


 すごく張り切ってる。おじいちゃんが楽しそうだったのはこれが理由だったんだ。


 なぜかマナちゃんもアンリを見てニコニコしてる。


「アンリちゃん、勉強は大事だよ? 一緒に頑張ろ」


「子供にはもっと大事な事があると思う。アンリはそういうことを大事にしていきたい」


 でも、これはもうだめだ。スザンナ姉ちゃんはすでに諦めている感じ。目に力がない。無我の境地に至りそう。


 仕方ない。アンリも覚悟を決めて勉強しよう。でも、諦めない。フェル姉ちゃんが助けに来てくれるのを期待しよう。

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