第229話 締めの言葉

 

 アンリ達の戦いは終わった。


 アンリとしては百点満点の出来だった。でも、それでも高みには届いていないと思う。


 ヤト姉ちゃんもメノウ姉ちゃんもそれは分かっていると思う。でも、認められない――ううん、認める訳にはいかない感じだ。往生際が悪いと言われても負けてないって突っぱねることも大事。


「それでフェル様はどの歌と踊りが良かったニャ?」


「ええ、遠慮なく言ってください」


「とどめ、刺して、あげて」


「お前ら邪魔だ。だいたい、なんで私に聞く?」


 ヤト姉ちゃん、メノウ姉ちゃん、そしてウェンディ姉ちゃんがフェル姉ちゃんに詰め寄ってる。三人に囲まれてフェル姉ちゃんが見えない感じだ。


 もうそろそろ日が落ちるから宴は終わるんだけど、これが終わらないと終わりそうにない気がする。フェル姉ちゃんもちゃんと答えてあげればいいのに。


 フェル姉ちゃんはちょっとだけため息をついた。そして三人を見渡す。


「みんな良かったと思うぞ。甲乙つけがたし、だ」


 その回答は悪手だと思う。さらなる戦いを巻き起こすだけ。いわゆる泥沼。複数の女の子に言い寄られる男の子がやってしまう最悪の展開。そんな物語を読んだことがある。


「フェル様、やさしい。二人、命拾い」


「聞き捨てなりませんね。命拾いしたのはウェンディさんの方では?」


「命拾いしたのは、ウェンディとメノウニャ」


「お前らもうどっか行け」


 フェル姉ちゃんが右手を振って三人を追っ払うようにした。三人は三人とも視線を合わせていたけど、同時にプイっと顔を背けてからそれぞれ別の方向へ歩いて行っちゃった。とりあえず引き分けなのかな。


 アンリとしてはウェンディ姉ちゃん、メノウ姉ちゃん、ヤト姉ちゃんの順番だと思う。でもそれはアイドル業をやってる時間の関係だと思う。


 ヤト姉ちゃんはアイドルを始めたばっかりだし、メノウ姉ちゃんは弟さんの治療費を稼ぐためにアイドルをやってたって聞いた。純粋にアイドルをしてたウェンディ姉ちゃんには勝てないと思う。なんで純粋にアイドルをしていたのかは知らないけど。


 三人が結構離れてからフェル姉ちゃんはまた溜息をついた。


「まったく面倒だな。三人とも村のみんなから受けが良かったんだし、誰が一番良かったかなんて争う必要はないと思うんだが」


「女には負けられない戦いというものがある」


「分からんでもないが歌と踊りだぞ? まずはみんなを楽しませることを念頭に置いて欲しいものだな」


「おお。フェル姉ちゃんはたまにいいことを言う。確かにそれは大事」


「たまになのか……?」


 ちょっと納得がいかない感じのフェル姉ちゃんは放っておいて周囲を見た。


 周りが慌ただしい感じだと思ったらおじいちゃんがステージの上に上るところだったみたい。アンリ達がトリを務めたダンスも終わったから宴も終わりだ。


 美味しい物をお腹いっぱい食べて、みんなの出し物を見て、すごく楽しかった。毎日こうだといいのに。


 おじいちゃんがステージの上からみんなを見渡して笑顔になる。


「さて、今日は一日、楽しんでもらえたと思う。人界中の種族がこうやって集まり宴を開くなど、歴史的に見ても貴重な日だったはずだ。そして、これをしてくれたのが誰なのかは、言わなくても分かると思う」


 もちろんフェル姉ちゃんだ。みんなフェル姉ちゃんのお友達だし。


「最後の締めとして、その方に言葉を貰おう。拍手で迎えてくれ」


 おじいちゃんの言葉にみんなが拍手をする……なんでフェル姉ちゃんも拍手をしてるんだろう? フェル姉ちゃんが締めをやるのに。


「では、フェルさん、ステージにどうぞ!」


「ちょっと待て。なんで私なんだ。ここはお金を払ったリエルが締めるべきだろうが」


「おいおい、俺の訳ねぇだろ? ここにいる奴らは大体フェルの縁じゃねぇか。獅子王なんて初めて会ったっての」


「いや、そうかもしれないが……そう言うのは苦手なんで誰か代わってくれ」


 フェル姉ちゃんがそう言って周囲を見渡すけど、誰も代わらなかった。当然。ここでフェル姉ちゃんの代わりをやろうとする勇者なんている訳がない。ううん、勇者でも無理。


 ここはアンリがフェル姉ちゃんを促そう。たぶん、この後に二次会がある。新たな戦いの幕があけるんだから遊んでいる場合じゃない。


「フェル姉ちゃん。ビシッと決めて」


 フェル姉ちゃんは複雑そうな顔をしていたけど、観念したのかステージにあがった。みんなの拍手も激しくなる。


「あー、その、なんだ。魔族の私が言うのもなんだが、過去に種族間で色々あったとしても、こうやって縁を結んで宴ができるのは嬉しく思う。こういう日があったということを、ここにいる皆が覚えていてくれれば、きっとよりよい未来になるはずだ。多分」


 なんで多分って言っちゃうのかな。そう言うところはマイナス。みんなも「なんで多分なんだよ!」ってヤジを飛ばしてる。アンリも心の中ではヤジを飛ばした。


「そういう未来が来るのをいつか目にしたい。だから、今日、この日のことをしっかり覚えておいてくれ。私も覚えておくから」


 みんなが歓声をあげて拍手をした。もちろんアンリも。締めの言葉としてすごくいいことと言った気がする。


「フェルさん、良いお言葉でした。ありがとうございます」


「こういうのは苦手だからもう指名しないでくれ。それじゃもうステージを下りるぞ」


 フェル姉ちゃんがステージを下りてアンリ達のほうへ近寄ってきた。すごく疲れてる感じだ。あんなにいいことを言ったのに。


「フェル姉ちゃん、アンリは感動した。算術は忘れても、今日の事は絶対に忘れない」


 スザンナ姉ちゃんも同じようで「私も」って言ってくれた。


「そうか。でも、算術も忘れるなよ。将来的に計算はできたほうがいいぞ。その方がもっといい未来になる」


 フェル姉ちゃんはたまに悪いことも言う。算術は悪。悪は滅ぶべき。


「では、二次会は森の妖精亭でやることになっているから、参加したい者はそちらへ向かってくれ。だが、リエル君の奢りはないぞ。自分で払うように」


 おじいちゃんがそう言うと、みんな残念そうだった。でも、二次会には参加するみたいだ。


 ここで問題がある。アンリはお金がない。仕方ないからおかあさんに前借しよう。出世払いだ。


「村長、それなら二次会は私が奢る。お金なんて気にせず飲み食いしてくれ」


 フェル姉ちゃんがそんなことを言い出した。


 またいいことを言ってる。フェル姉ちゃんの言葉は評価が難しい。いいことも悪いことも言う。


「いや、流石にそれはどうかと。いつもフェルさんには食材を提供して貰っていますので――」


「いいんだ。心配してくれた礼だ。ヴィロー商会に預けているお金で払うから気にするな……それくらい払える金はあるよな?」


 フェル姉ちゃんに問いかけられてラスナおじさんが満面の笑みになる。


「余裕で支払えますな。一ヶ月ぐらい毎日支払ってもびくともしませんぞ」


「なら決まりだ。皆、お金のことは気にせず森の妖精亭へ来てくれ」


 こういう時のフェル姉ちゃんは男前。アンリも大きくなったらみんなにおごれるくらいお金を稼ごう。


 ステージの上でおじいちゃんはやれやれっていう感じの苦笑いだ。


「なら、フェルさんに感謝して二次会に参加するように。でも、明日からはちゃんと仕事をしてもらうから飲み過ぎることが無いようにな。特に男達は気を付けるように」


 畑仕事をメインにしているベインおじさん達が「へーい」と返事をした。ピーマンの栽培だけはサボってもいいと思う。


 でも、明日からちゃんと仕事か――もしかしてアンリも明日からお勉強が待ってる……?


 ううん、そんなことない。もう勉強はなくなった。アンリは自由の身。おじいちゃんが勉強するって言っても断固拒否する。それにこれから二次会だから暗いことは考えない。しっかり楽しまないと。


「フェル姉ちゃん、なら早速行こう。いつものテーブルでジャガイモ揚げを食べるべき」


「そうだな。だが、まずはリンゴジュースで乾杯だ。二次会でも作法がある」


「知ってる。それは粋ってやつ。ならその作法に従う」


 フェル姉ちゃんの両手をアンリとスザンナ姉ちゃんでそれぞれ引っ張った。早くいつものテーブルに座って乾杯しないと。


 時間は有限。アンリの起きていられる時間も少なくなってきた。寝落ちするまで遊びつくすぞ。

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