第156話 獣人さんの歴史
おじいちゃんが地図の西のほうを指しながら色々と説明してくれた。
獣人さんは人界中にいたけど、人族にいじめられて西のほうへ追いやられちゃったみたい。そこに出来たのが、ウゲン共和国。
獣人さんと言っても、犬や猫、それに熊やウサギとか獣人さんでも種族は事細かに分かれているみたいで、それぞれの族長による話し合いの国だから偉い人がいないってことで共和国って名前になったとか。
ウゲン共和国はほとんど砂漠で何もない場所……らしい。そもそもその場所へ行った人族がほとんどいなくてよく知らないから、大昔の文献から憶測でそう言われているとか。もしかしたらすごい何かがあるのかも。すごくロマン。
おじいちゃんはいま村に来てる獣人さんたちにウゲン共和国のことを詳しく聞かないようにしているみたい。根掘り葉掘り聞くと獣人さん達に不要な警戒心を与えそうだから気を使っているっぽい。
確かにそういうのは大事だと思う。獣人さん達はこれまで人族にいじめられていたらしいから、そんなことしないよってアピールは大事。村での宴では何人か見かけたからちょっとは心を開いてくれてるのかな?
それはともかく、ウゲン共和国は砂ばっかりで何もないから作物が育たない。何らかの形で水はあるだろうけど、砂と水だけで育つ作物が少ないから獣人さんはいつもお腹を減らしているとか。
そのために獣人さん達は作物が育つ土地や食料を狙ってルハラ帝国とかトラン王国を攻めこんだ。土地は奪われていないけど、食料は結構取られたみたい。
ただ、五十年前までは魔族さんが人族を攻めていたから、いわゆる漁夫の利で人族から食料を奪えたけど、魔族さんが魔界から来なくなったら人族に負けるようになったとか。
ちょっと不思議。獣人さんが人族に負けるものかな?
「おじいちゃん、獣人さんは人族より強いと思うんだけど。ヤト姉ちゃんに勝てるような人族はほんの数人くらいじゃないかな? そんな状態なのに獣人さんが負けるの? お腹が減って力が出ない感じ?」
「ふむ、それもあるだろうけど、そもそも獣人と人族では戦い方が違うんだよ。簡単に言うと、一対一で戦う訳じゃないから、かな。一対二、もしくは一対三、下手をしたら一対十くらいで戦うこともあっただろうね。魔族相手ならそれでも勝てないだろうけど、獣人相手ならそれで人族は勝てる」
「ヤト姉ちゃんには十人でも足らないと思う」
「ヤトさんは規格外だからね。ちなみにフェルさん、ヤトさんのような獣人が魔界には沢山いるのですか?」
「さすがにヤトレベルの獣人はいない。ヤトは獣人の中なら一番の強さだ。ほかの獣人達も魔界で暮らす以上、当然強いがヤトほどじゃないな」
ヤト姉ちゃんの強さの秘密……そこにアンリが強くなる秘訣があるかも。
「ヤト姉ちゃんはなんでそんなに強いの? こう、なにかすごい修行をした?」
「修行? いや、そういうのはしていないと思うぞ。ただ、子供の頃、私やジョゼフィーヌ達と一緒に魔界のダンジョンを調査していたからな。その時によく魔物に襲われていたから、そのおかげで強くなったのかもしれない」
やっぱり強くなるにはダンジョンに潜るしかないんだ。でも、アンリとスザンナ姉ちゃんは五階層で負けちゃった。なにかこう別の方向から強くならないと。
今日の午後はそういうのを探しに行こう。
「それでは話を戻しますぞ。魔族の侵攻がなくなり、獣人は人族に勝てなくなってしまった。獣人達は追い込まれたと言ってもいいだろうね。下手をしたら獣人という種が滅んでいた可能性もある」
五十年前は獣人さんが危なかったかもしれないけど、獣人さんは今だってちゃんといる。つまり何かあったんだと思う。
「ですが、ここで二つ、獣人達に良い出来事が起きるのです。二人とも分かるかい?」
おじいちゃんがアンリとスザンナ姉ちゃんのほうを見てる。スザンナ姉ちゃんは首を傾げているから分かってないのかも。ならここはアンリがビシッと答える。
以前、勉強で教わったことがある。獣人さんの中にヤト姉ちゃんみたいなすごい人が現れたんだ。これは間違いない。自信を持って答えよう。
ビシッと手をあげた。
「獅子王って獣人が現れた」
そういうと、おじいちゃんは嬉しそうに頷いた。伊達に毎日勉強してない。それに獅子王って格好いいから覚えてた。あと、王と言っても王様じゃないって聞いた気がする。単なる二つ名だとか。
「うむ、正解だ。ちゃんと覚えていたようだね。獅子王という人物は相当な強さを持っていると言われているが、それだけでなく、戦術、戦略などの本来なら獣人には乏しい知識も持っていた。そのおかげで人族との戦いに大きく負けなかった言われている。では、もう一つは?」
もう一つ? そっか、良い出来事が二つって言ってた。もう一つあるんだ? でも何だろう?
砂漠でも何か作物ができた、とか? でも、そんな話を聞いたことはない。
「フェルさんは分かりますかな?」
フェル姉ちゃんは少しだけ顎をさすってから、おじいちゃんのほうを見た。
「多分だが、ルハラとトランが戦争を始めたことじゃないか? 人族としてはどうかと思うが、獣人にとっては良い出来事だ」
「正解です」
「おおー」
アンリが拍手するとスザンナ姉ちゃんも一緒に拍手した。
フェル姉ちゃんの答えは盲点だった。確かにおじいちゃんからそういう歴史を教わった。魔族が襲ってこなくなったら、今度は人族同士で戦いを始めちゃったって。
「魔族の侵攻が無くなって数年。たったそれだけの期間で人族は同族の戦いを始めてしまったのです。それが獣人達にとって良い出来事ですな……そのおかげで、獣人達は全滅することなく獣人達の国として今でも西に居を構えているということです。当然、生活は苦しいでしょうがね」
みんなで仲良くすればいいのに。そもそもなんで獣人さんをいじめるんだろう? ヤト姉ちゃんとかすごくいい人。村を脱走させてはくれないけど、エルフの森へ一緒に来てくれたし、なにより強いのに。
「一つ聞きたいのだが、人族が獣人達を迫害している理由はなんだ?」
「難しい質問ですな。一番言われているのは人族の本能、ですね」
「本能か……」
本能ってよく分からないけど、なんとなくいじめたくなっちゃう気持ちってことかな……? アンリのピーマン嫌いも本能っていいのかも。あと、算術も嫌いなのも本能だと思う。
本能って言っても、アンリは獣人さんが嫌いじゃないし、いじめたいとも思わない。むしろ猫耳やしっぽに触ってモフモフしたい。でも、それは駄目。ロンおじさんにそれはマナー違反だと教わった。猫耳同盟の盟約。鉄の掟といってもいい。破ったら血の雨が降るとか。
ここは猫耳同盟の一員としてちゃんとアピールしておこう。
「アンリはヤト姉ちゃんが好き。アビスに住んでいる獣人さん達も。ロンおじさんも好きだって言ってた。猫耳同盟に加盟してる仲間」
「うん、私も猫耳同盟に入ってる」
「あの怪しげな同盟に入ってんのか。大丈夫か?」
あれ? スザンナ姉ちゃんはいつの間に入っていたんだろう? 気づかなかった。でも嬉しい。スザンナ姉ちゃんも獣人さんが好きみたい。
よく考えたらそんなにアンリの知り合いに獣人さんを嫌っている人はいなかった。うん、やっぱりこの村は最高だと思う。
でも、おじいちゃんの話だと、ルハラ帝国の前皇帝、つまりディーン兄ちゃんの前の皇帝が獣人嫌いだったみたい。それとトラン国の国王も。
やれやれ、まったく分かってない。アンリは五歳にして獣人さん達の良さを知っているのに。
「村長はトランの国王を知っているのか?」
フェル姉ちゃんがおじいちゃんに質問した。トランの国王? そういえば、アンリも知らないけど、おじいちゃんは知ってるのかな?
たしか、おじいちゃん達はトラン国にいられなくなってこっちに来たっていう話。おかあさんからそう聞いたからもしかしたら知ってるのかな? まさか王様に目を付けられて逃げてきた?
「え、ええ、まあ、私にも情報網はありますのでね。以前の国王なら、多少は知っておりますぞ」
「以前? 今の国王の事は知らないのか?」
「……そうですな。今の国王の事は詳しく知りません」
あれ? おじいちゃんがアンリの方とちらっと見た? なんだろう? アンリはトラン国の王様なんて知らない。勉強で教わったこともないと思う。
不思議な感じはしたけど、フェル姉ちゃんがおじいちゃんと話を始めちゃった。
フェル姉ちゃんがウゲン共和国に行く報告と、そこから獣人さんを連れてくるかもしれないって話をしているみたい。そしておじいちゃんは簡単に許可を出した。ただ、生活の面倒を見ることはないからそこは注意してほしいって言ってる。
フェル姉ちゃんが連れてくる獣人さんなら何の問題もないし、ちゃんと働いてくれると思う。ロンおじさんは猫の獣人さんと言ってたけど、アンリとしてはカピバラの獣人さんでお願いしたい。次点で象さん。
いろんな獣人さんがいると思ったら、ちょっとテンションが上がってきた。一応、ダメ元で言っておこう。
「おじいちゃん、やっぱりアンリは行っちゃダメ?」
「何度も言っているがダメだぞ。もっと大きくなって十分な力を付けるまで我慢しなさい」
やっぱりそれしかないのかも。修行するしかない。勉強なんてしてる場合じゃない。
「分かった。もっと強くなる。今日から剣の素振りを倍に増やす。だから勉強の時間を減らして」
「ダメだよ」
一瞬も考えてくれなかった。こういう時のおじいちゃんは強い。
その後は、スザンナ姉ちゃんとの絆を確認した。アンリが行けないならスザンナ姉ちゃんも行かないって言ってくれた。さすがアンリのお姉ちゃん。義理堅い。思わず抱き着いちゃった。
そしてフェル姉ちゃんは、ヴァイア姉ちゃんから貰った魔道具で映像を送ると約束してくれた。前回はヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの映像ばかりだったけど、今回は大丈夫かな?
他にも色々と話したけど、フェル姉ちゃんちょっとだけ時計を見た後に立ちあがった。
「村長、それじゃ色々情報をありがとう。助かった」
「いえいえ、大した情報は無かったと思いますが、こんなものでいいなら、いつでもどうぞ」
「うん、いつでも来て。フェル姉ちゃんと勉強すると面白い」
「アンリの言う通り。とくに算数の時に来て」
スザンナ姉ちゃんの言うことに完全に同意する。算数の時は必ず来て欲しい。
「それは分からんがまた来るかもな。それじゃ村長、ありがとう」
フェル姉ちゃんはそう言って出て行った。もうお昼だから森の妖精亭へ行くんだと思う。
よし、アンリもお昼を食べたら午後は強くなるための修行だ。頑張るぞ。
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