第108話 トーナメント一回戦

 

 魔物の皆によるトーナメントが始まった。


 映像には字幕がついて魔物の言葉も分るようになっている。だれが優勝するのか楽しみ。そしてアンリはシャルちゃんが優勝するのに賭けた。


 なんと優勝者を当てると森の妖精亭で夕食が一回食べられるチケットが貰える。フェル姉ちゃんの助言を得て、シャルちゃんに賭けた。フェル姉ちゃんもスザンナ姉ちゃんも一緒だ。


 一回戦第一試合はコカトリスさんとロスちゃん。


 石化ブレスと火炎ブレスの戦いになってロスちゃんが勝った。真ん中の頭が火を噴いて、左右の頭が息を吸うなんてどんな構造をしているんだろう?


 第二試合はアラクネ姉ちゃんとナガルちゃん。


 これはなかなか見どころがある戦いだった。ナガルちゃんは姿を消すスキル「黄昏領域」があるので、それをさせないためにアラクネちゃんは色々と対策をしていた。


 クモの糸で攻撃していると見せつつ魔法陣を描いていた作戦はすごい。それを使ってナガルちゃんのスキルを止めた。アンリは気づかなくてフェル姉ちゃんに教えてもらってから初めて分かった。ああいう戦い方があるんだ。いつかアンリもやろう。


 でもアラクネ姉ちゃんが頑張れたのはそこまで。ナガルちゃんに魔法で火を付けられて魔法陣が燃えちゃった。あとはナガルちゃんにスキルを使われて負けた。でも、ナイスファイト。


 第三試合はシャルちゃんとオークさん。


 オークさん涙目。シャルちゃんに生半可な物理攻撃は効かないみたい。シャルちゃんはオークさんの槍攻撃を受けきった後に、オークさんをぽーんと場外に投げた。それでおしまいだけど、オークさんの槍攻撃は結構すごかった。物理攻撃が効くなら負けなかったかも。


 第四試合はミノタウロスさんとカブトムシさん。


 ミノタウロスさんは武器の斧を使わずに、カブトムシさんと力比べをした。あれは伝説の格闘技「すもう」だと思う。色々な駆け引きや技もあるけど、純粋に場外まで押し合うだけの戦い。勝者はカブトムシさん。手に汗握る熱い戦いだった。


 一回戦が終わったところで休憩になった。


 どの試合もすごかった。ああいうのを魔物さんだけじゃなくてアンリ達もできないかな? 絶対に参加するんだけど。


 そんなことを考えていたアンリの鼻に、甘い香りが漂ってきた。アンリには分かる。これはデザート。料理は甘味ゾーンへ突入した。


「フェル姉ちゃん。デザートの臭いがする。すぐに戦場になるから行こう」


「そうだな。一番槍を渡してなるものか」


「私はここでアビスの名所案内を見てる」


 フェル姉ちゃんはデザートを一緒に取りに行ってくれるみたいだけど、スザンナ姉ちゃんはここであの映像を見ているだけみたいだ。もうお腹いっぱいとか言ってたし、デザートはもう入らないのかな?


 なら、アンリがスザンナ姉ちゃんの分まで食べないと。


 フェル姉ちゃんと一緒に料理があるところまでやってきた。ちょうどニア姉ちゃんとヤト姉ちゃんがデザートをテーブルに置くところだった。


 それにしても敵が多い。村の女性陣がそのテーブルを包囲している。あれを突破しないとアンリに勝ち目はない。


 フェル姉ちゃんはあれを見てちょっと呆れている感じだ。


「ちょっと多すぎじゃないか?」


「以前は甘い物と言うとお芋だけだったから仕方ない」


 フェル姉ちゃんが来る前からお祭りとか宴はやっていたけど、出てくる甘いものと言ったらお芋をホクホクにしたものくらい。たまにカボチャかな。


「以前は? 今は違うのか?」


 フェル姉ちゃんは何を言っているんだろう? フェル姉ちゃんが来てから村の食糧事情はずいぶん変わったのに。


「どう考えてもフェル姉ちゃんのおかげ。エルフの村からリンゴとか桃とかブルーベリーを買えるようになった」


「そうなのか。でも、私のおかげと言うが何もしていないぞ?」


「そう思っているのはフェル姉ちゃんだけ。でも、フェル姉ちゃんに感謝すると、ものすごく嫌そうな顔をするから、誰も言わないようにしてる。そういうルール」


 おじいちゃん曰く、あれは照れ隠しで嫌そうな顔をしているだけ、とのことだけど、嫌そうな顔をさせるのも悪いからってそういうルールが村で決まった。


 フェル姉ちゃんはすごく微妙な顔をしたけど、色々諦めたみたい。アンリから視線を逸らして、デザートのほうをじっくり見ている。アンリもそのデザートへ視線をうつす。


 ……ちょっとめまいがした。これってアイスにチョコレートをかけてる?


「アンリ、この黒いのってなんだ? ニアが作るからには美味いのだろうが、ちょっと味が想像できないんだが」


「これは伝説のチョコレートという食べ物。スイカに匹敵する。誕生日でも食べられない一品。今日の事は忘れない」


「そんな食べ物があるのか。見た目から味が想像できないんだが」


 チョコレートそれは一生にそう何度も食べられない伝説の食べ物。たぶん、伝説の魔獣ツチノコに会えるくらい希少。それが今日のお祭りで出るなんて……しかもアイスクリームにこれでもかってかけてる。今日のニア姉ちゃんは本気とみた。


 前回は確かお父さんがどこかで買ってきてくれた。あの時は夢のようだった。今日もそれが味わえるなんて素敵。出来るだけたくさん食べたい。


 ……アンリは気づいた。なんて悪魔的発想。自分の考えに震えがくる。


 スザンナ姉ちゃんの分を持っていこう。スザンナ姉ちゃんはお腹いっぱい。つまりデザートは食べられない。だから余る。ならそれを食べるのは……?


 そう、アンリだ。アンリがチョコレートアイスを二人分食べられる。しかも合法的に。よし、さっそく行動だ。


「スザンナ姉ちゃんにも持っていこう」


「お腹いっぱいだと言っていたから食べられないかも知れないぞ?」


「その時はアンリが責任をもって食べる」


 フェル姉ちゃんがアンリを疑惑の目で見ている。でも、これは合法。アンリはいい子のままアイスを二つ食べる。


 アイスを二つ持ってスザンナ姉ちゃんのところへ戻ってきた。


 スザンナ姉ちゃんはユーリおじさんとお話していたみたいだ。


 そして今度は戻ってきたフェル姉ちゃんとお話を始めた。


 ユーリおじさんは魔物のみんながフェル姉ちゃんの従魔であることを確認しているみたい。冒険者ギルドへ連絡しないといけないとか。


「ユーリが何をする気か知らないけど、フェルちゃんの敵に回るなら私にとっても敵だから」


 スザンナ姉ちゃんがユーリおじさんに向かってそう言った。うん、アンリも同じ気持ち。


「敵対なんかしませんよ。大体、フェルさんとセラの戦いを見たでしょう? フェルさんの本気とやらを見て、どうして敵対しようと思うのですか。どちらかと言えば、冒険者ギルドがフェルさんと敵対しないように立ち回らないとギルドが危険です。それにルハラ帝国から冒険者ギルドに連絡がありましてね。先に言っておきますけど、私が言ったんじゃないですよ? 向こうが言ったんですからね?」


「ルハラ? 一体何を言ったんだ?」


「皇帝自らが『未来の妃候補を殺そうとしているとはどういう事だ』と冒険者ギルドに抗議してきたようでして」


 そういえば、フェル姉ちゃんはルハラの皇帝から求婚されたのを殴って拒否したとか言ってたっけ? ルハラの皇帝といったらディーン兄ちゃんのことかな?


「ちょっとルハラを滅ぼしてくる」


「やめてください。今そんなことをされたら、私が唆したみたいじゃないですか」


 フェル姉ちゃんの目が本気だ。ルハラ帝国はこれから大変になるかも。でも、フェル姉ちゃんが誰かのお嫁さんか……うん、ここはアンリが釘を刺しておこう。


「アンリが認めないとフェル姉ちゃんは嫁にやらない」


「なんでアンリの許可がいるんだよ。父親か」


「すでにフェルちゃんは私の嫁」


「スザンナも何言ってんだ」


 スザンナ姉ちゃんの嫁ならいいかな。アンリとしては人界征服するまで一人でいて欲しいけど。アンリの右腕としてしっかり働いてもらいたい。


 その後、ユーリおじさんはフェル姉ちゃんに王都の冒険者ギルド本部へ来て欲しいとお願いしているみたい。なんか色々あるみたいだ。


 それと、ユーリおじさんは他のギルドには注意するように言っていた。メイドギルドと鍛冶師ギルドは味方みたいだけど、商人ギルドには気を付けたほうがいいってアドバイスをしてた。


 エルフさんたちと取引できるフェル姉ちゃんはお金のなる木みたい。なんとかして取り込もうとしてくるとか。


 フェル姉ちゃんは、自分を介さずにエルフと直接取引すればいいんじゃないか、って言ってるけど、それは無理っぽい。ユーリおじさんの話だと、エルフさんが取引するのはフェル姉ちゃんだけ。


 ソドゴラ村がエルフさんと取引できるのは、フェル姉ちゃんが信頼している村だからという理由。つまり、フェル姉ちゃんの信頼が得られないとエルフさん達とは取引できない。


 例えば、フェル姉ちゃんを村から追い出したら、村との取引も終わりって、エルフさん達が言ってたみたい。


 それを聞いたスザンナ姉ちゃんが、うん、と頷いた。


「フェルちゃんが追い出されたら私も付いてく」


 それには同意。家族の縁を切ってでも出ていく所存。


「アンリも家出する。魔王にクラスチェンジしてフェル姉ちゃんと人界を征服する」


「やめろ」


 そうは言っても、村のみんながフェル姉ちゃんを追い出すような真似をしないと確信してる。みんな、フェル姉ちゃんのことを好き。追い出すなんて万が一にもあり得ない。


 そんなふうに考えていたら、ユーリおじさんはフェル姉ちゃんとの話を終えて、ここを離れて行った。


「あ、そろそろ準決勝が始まるみたい」


 スザンナ姉ちゃんの声で、黒い壁の映像を見ると、アビスちゃんがいた。


「……そろそろ準決勝を始めます。ケルベロスのロス対カラミティウルフのナガルです」


 これは因縁の対決的なあれ。よし、アイスを食べながら見よう。

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