第107話 コマーシャル

 

 スザンナ姉ちゃんと手をつないで、フェル姉ちゃんに近づく。壁に映っているアビスちゃんと話をしているみたい。


 すると壁に映っていた映像が消えて、「恐れ入りますが、しばらくそのままでお待ちください」の文字が出た。それにヒマワリちゃんと、アルラウネちゃんが風になびいている映像も映る。これは何だろう?


 フェル姉ちゃんもよく分かっていないみたいだけど一応聞いてみよう。


「何か問題?」


「今、シャルロットが自己紹介したのだが、お前達には分からなかっただろ? その対策をしているようだな」


「アンリは分かった。洗濯が得意だって言ってた」


 そういうと、スザンナ姉ちゃんから抗議の声があがった。アンリがずるいって言ってる。これはアンリが血のにじむような思いをして――なかった。いつの間にか分かるようになってたような?


 そしてフェル姉ちゃんから魔物言語について色々教わった。


 簡単に言うと魔物さんは発声器官が人と違うから、唸り声とかに魔力を乗せて意味のある言葉にしているみたい。その魔力を乗せた言葉を理解できるスキル、魔物言語を覚えないと何を言っているのか分からないとか。アンリはそのスキルを持っているから分かる。


 そして、魔族さんや獣人さん、もちろん魔物さんも魔物言語のスキルを持っているから話が出来る。エルフさんやドワーフさんは分からないけど、すくなくとも人族はそのスキルを持っていない。アンリは後天的に覚えた。たぶん、ジョゼちゃん達とたくさん話したからかな?


 ちなみにアラクネ姉ちゃんとか、バンシー姉ちゃん、シルキー姉ちゃん達は人と同じ発声器官なので、普通に共通語を話せる。


 フェル姉ちゃんは教え上手。アンリはばっちり理解した。


 スザンナ姉ちゃんも、うん、と頷いている。


「そうなんだ。よく分かった。利口になった」


「うん、勉強になった。そういうのならいくらでも勉強するのに。算数とか滅びればいい」


「アンリの言う通り。お金の計算なんてカードでいい」


 いい機会だから、前から思っていた疑問をフェル姉ちゃんに聞いてみた。村にいる魔物の皆はお話できるけど、できない魔物もいる。ワイルドボアとかワイルドベアとか。魔物なのになんか普通の動物と同じようにお話ができない。


 フェル姉ちゃんの話だと、意思の疎通ができない魔物は下位魔物と言うみたい。そして村の皆みたいに意思の疎通ができるのは上位魔物。そういう区別がされているとか。


 ただ、注意が一つ。上位とか下位とか言ってるけど、魔物の強さには比例していないから注意が必要みたい。下位の魔物だから弱い、という話ではなくて、強い魔物もいるとか。ワイバーンとかグリフォンとかかな?


 フェル姉ちゃんとそんな話をしていたら、壁に映っている映像が変わった。アビスちゃんがいる。


「……申し訳ありません。準備に手間取っています。先にコマーシャルを流しますので、そちらでお楽しみください」


 コマーシャルって何だろう?


「フェル姉ちゃん。コマーシャルってなに?」


「宣伝とかの意味だったかな? 私も詳しくは知らん」


 古代共通語なのかな? おじいちゃんから色々教わってはいるけど、すべては網羅していないから分からないこともある。でも、宣伝と言う意味なら、何の宣伝をするのかな?


 壁の映像にシルキー姉ちゃんとバンシー姉ちゃんが出てきた。二人とも包丁を持っている。まさか戦うの?


 違った。あそこはオシャレな台所をイメージしているのかな? テーブルの上に色々な食材が乗っている。もしかしてこれから料理をする?


 予想通り、バンシー姉ちゃんが包丁でニンジンを切り始めた。でも、あまり良い切れ方じゃない。輪切りにしたのにくっついたままだ。おかあさんもよくやる。あれは技術とか言ってるけど、そんなわけないと思う。


「ねえ、シルキー。この包丁、最近、全然切れなくなったの」


「あら、バンシー。その包丁、研いだりしていないのかしら? 刃がボロボロじゃない」


 あれは演技なのかな? もしかして演劇的な何か? そういう出し物なのかも。でも、宣伝にはならないんじゃないかな?


 バンシー姉ちゃんは包丁を研いでいないと言った。難しいからやっていないみたい。でも、シルキー姉ちゃんは出来る人に任せたらどうかと提案した。紹介したのはダンジョンにある工房だ。


 アンリの記憶が正しいなら、アビスにある工房はただ一つ。ドワーフのグラヴェおじさんの工房。


 確かにグラヴェおじさんなら包丁を研ぐくらい出来ると思う。そしてグラヴェおじさんが研いだという包丁で野菜を切ると、こんどはスパスパ切れた。なんて切れ味。アンリも武器として一本欲しい。


 そして二人は早速グラヴェ工房へ行くみたいだ。壁の映像から二人が見なくなると、今度は壁いっぱいに文字が出た。


「金属の事ならアビス内のグラヴェ工房まで。まずはご相談を!」


 村のみんなから拍手が起きた。そしておかあさんが家のほうへ向かう。もしかして包丁を研いでもらうのかな? ならアンリも便乗して木刀を研いでもらおう。たぶん、料金はおかあさんが払ってくれる。


「アンリも早く行かないと」


「木剣は金属じゃない。研げないから落ち着け」


 アンリの頭の中を読まれた。でも、確かにその通り。木刀を研いだりしたら、むしろ削れちゃう。でも、アンリの剣、魔剣フェル・デレが出来たらグラヴェおじさんに研いでもらわないと。あ、でも、壊れない剣をお願いしたから研ぐ必要もないのかな?


 それはいいとして、コマーシャルって面白い。宣伝と言う意味では、グラヴェおじさんの工房を紹介したわけだ。そしてシルキー姉ちゃんやバンシー姉ちゃんはそれを上手く宣伝するために、ああいう物語仕立てにしたんだ。


 なんて策略。あんな事されたら誰だって相談したくなる。アンリも我を忘れて木刀を研いでもらおうとしちゃったし。


 スザンナ姉ちゃんはあのコマーシャルに出たいと言った。それは盲点だった。アンリも出たい。今度、グラヴェおじさんに頼んでみようかな。


 あれ? 今度はキラービーちゃんとヒマワリちゃんとアルラウネちゃんが出てきた。キラービーちゃんが真ん中で、左側にヒマワリちゃん、右側にアルラウネちゃんの配置だ。


 そして映像の下のほうに文字が書かれた。


「ハチミツならキラービー印のハチミツが最高! これを食べたら他のハチミツなんてもう食べられない!」


 キラービーちゃんはハチミツを作ることに成功したみたいだ。第何回かは忘れたけど、確かに魔物会議でキラービーちゃんはそんなことを言ってた。


 そして小銀貨一枚で一瓶買えるみたい。欲しい。欲しいけど、アンリにはお金がない。おかあさんと交渉しよう。家にハチミツがどれだけ重要かプレゼンしないと。


 ……え? 期間限定でもう一個? よし、これでおかあさんを説得しやすくなった。お得な商品なら買っておくべき。


 ……なんてこと。ロイヤルゼリー? 女王バチだけが食べ続けられるというあのロイヤルゼリー? それが買えちゃう?


 でも、数量限定の上におひとり様一瓶だけ、そしてお値段は大銀貨一枚。十倍。ハチミツの十倍のお値段。なんてお高い。でも、手に入れる価値はあると思う。


 買いたい人は朝八時に森の妖精亭に来ればいいみたい。


 並ぼう。朝早くから並んで絶対に買う。お金はアンリのお小遣いを前借だ。たぶん、十年くらい前借すれば買えるはず。それだけの価値があれにはある。


 文字の表示が終わると、三人も映像の外へ出て行った。


 村のみんなは盛り上がっている。アンリも静かに盛り上がった。アンリは明日、魔王となる。


「明日は皆が敵。アンリは誰にも負けるつもりはない。ロイヤルゼリーを手に入れる。闇堕ちしてもいい」


「やめとけ。でも、お金はあるのか? 大銀貨一枚だぞ」


「お小遣いを前借する。駄目なら家出する」


「だからやめとけって」


「私は余裕で買えるよ。もし買えたらアンリにも分けてあげる」


「スザンナ姉ちゃんに一生ついてく」


 スザンナ姉ちゃんはなんていいお姉ちゃん。もう、一生お姉ちゃんでいて欲しい。手をつなぐだけじゃ足りない。抱き着こう。


 スザンナ姉ちゃんの腰あたりを目掛けてベアハッグ。スザンナ姉ちゃんもがしっと返してくれた。


「じゃあ、私も買えたらアンリにも食べさせてやるぞ」


 フェル姉ちゃんのそんな声が聞こえた。スザンナ姉ちゃんから離れて、フェル姉ちゃんの前に立つ。


「フェル姉ちゃんの前でおいしい物を食べると、寂しそうな顔をするからそんなことはできない。トラウマになる」


 あれは精神的に来る。すごく罪悪感があるからちょっと嫌。


 フェル姉ちゃんはすごく驚いているけど、もしかして知らなかったのかな?


「……皆様、お待たせしました。魔物言語をリアルタイムで翻訳し字幕に出す様に調整しました。では、改めましてトーナメントを開催します」


 アビスちゃんが壁に映った。どうやら魔物言語をどうにか出来るみたい。お祭りはここからが本番ということ。がっつり楽しもう。

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