第106話 アビスちゃん

 

「ただいま」


 家に帰ってくるとおじいちゃんとおかあさん、それにおとうさんの全員でアンリを迎えてくれた。


「おかえり、アンリ。昨日の夜は楽しかったかい?」


「うん、楽しかった。アンリのベスト夜更かし一位に躍り出たと言っても過言じゃない」


「今までの一位も気になるけど、楽しかったのならよかった。でも夜更かししたのならまだ眠いだろう? これからお祭りだが大丈夫かい?」


「もちろん平気。今日は美味しい料理を食べながら魔物のみんなの戦いを見るだけだから」


「魔物の戦い……? 何のことだい?」


 魔物の皆が強さを競ってトーナメントをすること説明した。ダンジョンの中にコロシアムを作って戦うけど、広場で見ることができるからその説明もする。


 でも、おじいちゃんにはうまく伝わらなかった。実はアンリもよく分かってない。どうやって見るんだろう?


 それはその時になれば分かるので、お話は終わり。今度は夜更かしの話だ。


 フェル姉ちゃん達のお話や、アンリのピーマン無効スキルを覚える決意を話すと、おじいちゃん達は笑顔で聞いてくれた。アンリもちょっと興奮しながら説明したから疲れた。


「そういうわけで、これからもちょくちょくお泊りをする予定。週二回くらい」


「フェルさんに迷惑が掛かるからダメだよ。ここぞという時に泊るから楽しいものなんだ。頻繁にお泊りしたら新鮮味が薄れてしまうよ」


「アンリはまだ子供だから迷惑を掛けても許されると思う。それに週二回は妥協してる。本当は毎日お泊りしたい。新鮮味は薄れても、あの手この手で楽しむつもり」


 そんなアンリのささやかな要望は却下された。でも、大丈夫。今後はなし崩し的に泊っちゃおう。スザンナ姉ちゃんなら協力してくれるはずだ。


 そんなこんなでお祭りの準備が整ったみたい。ベインおじさんが呼びに来てくれた。


 広場にでると、もうみんな集まっていたみたい。それにエルフの人たちもいる。


 おじいちゃんが広場の目立つところに歩き出してからみんなを見て微笑んだ。


「さて、本日はさらわれたニアがフェルさんのおかげで戻って来たので、それを祝うための祭りという宴会をしたいと思う」


 皆が笑顔で拍手をした。アンリも力の限り拍手する。


「では、ニアに一言貰いたいと思う。ニア、こっちへ」


 ニア姉ちゃんがおじいちゃんのほうへ寄っていく。そして笑顔で周囲を見渡した。


「今回はアタシのせいで皆に迷惑をかけたね。本当にすまなかったよ。謝罪という訳じゃないが、腕によりをかけて料理を作ったから楽しんでおくれよ。もちろん材料費は全部ウチ持ちだからね、残したりするんじゃないよ!」


 最初よりも激しい拍手や雄たけびが上がった。アンリも全力で拍手。手が痛い。でも、ニアちゃんもフェル姉ちゃん達もみんな無事に帰って来てくれたからこれくらい全力で拍手しないと。


「では次にフェルさんにも一言頂こう」


 おじいちゃんがそう言うと、皆がフェル姉ちゃんを見た。


 フェル姉ちゃんは亜空間から何かを取り出そうとしていたのか、空間に腕を突っ込んだまま止まっていた。


「フェルさん、どうぞこちらへ」


「なんだ?」


「ええ、フェルさんの活躍でニアが無事に戻れましたので、一言頂きたいのですが。それと乾杯をお願いします」


 フェル姉ちゃんがすごく複雑そうな顔をしてる。嫌だけどやらないわけにはいかないな、みたいな顔だ。そして観念した顔をしてニア姉ちゃんのほうへ近づく。そしてニア姉ちゃんからコップを渡された。


 アンリもお母さんからコップを渡された。これはリンゴジュースだ。


 フェル姉ちゃんはコップを持ちながら難しい顔をしている。


「あー、その、なんだ。この村の皆には私だけでなく他の魔族やヤト、そして従魔達も世話になっている。だから、その、恩返しみたいなものだ。今後ともいい関係を築きたいと思っているから、まあ、よろしく頼む……えーと、乾杯」


 フェル姉ちゃんの乾杯に合わせてみんなで乾杯する。お祭りの始まりだ。


 初手の料理はどうしようかと思っていたらスザンナ姉ちゃんがこっちに来てくれた。両手にお皿を持っていて、いくつかの食べ物が乗っている。


「アンリ、一緒に食べよう。もちろんピーマンの入った料理は避けたよ」


「スザンナ姉ちゃんはアンリのことをよく分かってる。うん、一緒に食べよう」


 フェル姉ちゃんも一緒にと思ったけど、なにやらすごい顔をして料理を吟味しているから声を掛けちゃいけない雰囲気。それに、フェル姉ちゃんは人気者だから常に誰かがいる。今はエルフの人と、リエル姉ちゃんがいるみたいだ。なんだろう? リエル姉ちゃんがいつもと違ってぎこちない。


 まあいいや。大人には大人の事情があるって昨日の夜更かしでリエル姉ちゃんが言ってた。大人だから色々あるんだと思う。


 それにしてもみんな楽しそうに料理を食べてる。


 ニア姉ちゃんが帰って来て、フェル姉ちゃん達も帰ってきた。でも、セラって人がフェル姉ちゃんを襲って村のみんなも危険に晒した。本当だったらもっとぎくしゃくするものだけど、皆が楽しそうなのは、昨日、森の妖精亭でフェル姉ちゃんがみんなに謝ったのが影響しているんだと思う。


 セラって人がやったことでフェル姉ちゃんは関係ない。むしろみんなのために戦ったのに、フェル姉ちゃんは自分のせいでセラが暴れたからそのことについて謝罪した。しかも、その夜の食事は全額フェル姉ちゃんのおごり。


 アンリはいい子にしてたからおごりだったのに、ちょっと複雑。でも、そのおかげで今日はみんな楽しそうだから問題なし。


「アンリ、どうしたの? そのカラアゲ、食べないなら私が食べようか?」


 いけない。ちょっと考えすぎちゃった。でも、カラアゲを狙うなんて。


「アンリは好物を最後に食べる派。これを奪ったらたとえスザンナ姉ちゃんだったとしてもアンリと戦争状態になるから気を付けて」


「そうなんだ? なら私のカラアゲも食べる? 私の分はまた取ってくるし」


 うう、スザンナ姉ちゃんがまぶしく見える。アンリはなんて意地が汚いんだろう。カラアゲ一つでスザンナ姉ちゃんを敵に回そうとするなんて。


「ううん。これだけで大丈夫。これを食べ終わったら今度は一緒に料理を取ってこよう。まだまだたくさんあるみたいだし、食べたことのない料理にも挑戦しないと」


「うん。そうしよう――なにあれ?」


 スザンナ姉ちゃんが驚いた顔でどこかを見つめている。その視線の先には黒くて大きな壁があった。広場にあんなものは無かったんだけど、いつの間に出来たんだろう?


 皆もザワザワしているから誰も知らないみたいだ。


 急にその黒い壁に色が付いた。色というかすごく精巧な絵が映った?


 どこかの部屋っぽいところに黒い服に白衣を羽織った女の人がいる。黒い髪をアップにして、年齢はおかあさんくらい? 三十歳手前だとは思うけど、あんな人、村にいたっけ?


「……ソドゴラ村の皆さん。初めましての方は初めまして。私は最高で最強のダンジョン、アビスです。これから魔物達によるトーナメントを行いますので、娯楽の一環としてお楽しみください」


 アビスちゃんだった。それに初めて見たけど、アビスちゃんはあんな姿なんだ。イメージでしかないけど、学者さんみたいな感じ。


 そっか、あれで皆の戦いを見るんだ。


 みんなも驚いているけど、なんでフェル姉ちゃんが一番驚いているんだろう?


「……では、まず魔物達の紹介から始めます。全部で八名です。では、意気込みをどうぞ」


 アビスちゃんがトーナメントの出場選手を紹介してくれるみたいだ。というよりも自己紹介する形なのかな?


 シャルちゃんが一歩前に出て頭を下げた。


「シャルロットです。洗濯が得意です。よろしくお願いします」


 知ってる。シャルちゃんはいつも森の妖精亭入口近くで洗濯してる。すごく綺麗になるって評判だ。


 あれ? 皆の反応が薄い。首を傾げちゃってる? スザンナ姉ちゃんもなんだかよく分かってないみたいだ。


「スザンナ姉ちゃん、どうしたの?」


「うん、あのスライムが何かを言ったのは分かったんだけど、意味は分からなかった。何を言ったんだろうね? なにかの決意表明?」


 そうか。魔物言語だから、皆には通じないんだ。アビスちゃんに伝えようかと思ったけど、フェル姉ちゃんが動いた。あの壁のところへ向かってるみたい。たぶん、魔物言語のことをアビスちゃんに言うのかな?


「スザンナ姉ちゃん、フェル姉ちゃんのところへ行ってみよう」


「そうだね。食べ物もなくなったし新しい料理を補充しよう。あ、そうだ、お祭りでは迷子になるといけないから手をつなぐらしいよ。昔どっかで聞いた気がする」


 そう言ってスザンナ姉ちゃんは手を出してきた。アンリはこの村で迷子にはならないと思うけど、手をつなぐのにそんなのは関係ない。がしっとスザンナ姉ちゃんの手を握った。


「これでアンリは迷子にならないよ。早速フェルちゃんのところへ行こう」


「うん。出発」


 スザンナ姉ちゃんの手はちょっとひんやり。でもいい感じ。よし、フェル姉ちゃんのところへ行こう。今も楽しいけど、フェル姉ちゃんがいればもっと楽しくなるはず。フェル姉ちゃんのところへ突撃だ。

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