第122話 見送り

 

 今日も朝からいい天気なんだけど、フェル姉ちゃんと一緒にオリン国へ行けないのはすごく残念。アンリの心の中はどしゃぶりだ。


 それに昨日は勉強がうやむやになったと思ったら普通に午後から始まったし、いいことがない。アンリの運気は最低なのかも。もうちょっと頑張って欲しい。


 ベッドの上でうつ伏せになっていたら、足音が聞こえてきて部屋の扉を開いた。


「アンリ、そろそろフェルちゃん達が出発するみたいだよ。見送りに行こう」


 スザンナ姉ちゃんだ。


 いつまでもこのままじゃいけない。しっかりお見送りしよう。


「うん。見送りは大事。せっかく早起きしたんだし、ちゃんと見送ろう。あわよくばついて行く」


「そういうチャンスがあったらね。それじゃ行こう」


 家を出ると、広場ではすでにみんなが集まっているみたい。まずはカブトムシさんに色々聞いてみよう。見送りよりも大事なことがある。


「おはようございます、アンリ様」


「おはよう、カブトムシさん。これは雑談なんだけど、そのゴンドラに密航出来る感じのスペースはある? ゴンドラの底が二重底になってるとか、こう密輸が出来そうなギミックがあったりしない?」


「すみません、そういうのはないです。安心、安全が第一の青雷便ですので」


「せいらいびん?」


「青い雷の便りと書いて青雷便です。ゴンドラでの輸送はほとんどフェル様専用になっていますが、これからは人界中で仕事をしようかと。ほかのカブトムシにも声を掛けて大規模展開する予定です。クワガタには負けませんよ」


 カブトムシさんの名前が青雷だったっけ。なかなか格好いい名前だと思う。


「青雷便は広まると思う。アンリも応援してる。でも、安全第一ならそういう危ない密航はダメだよね? 残念」


「申し訳ないです」


「気にしないで。でも、大きくなったら乗せてもらうから。その時はよろしくお願いします」


 その日を楽しみにしておこう。でも、これでゴンドラには乗れないことが確定した。ほかの手を考えないと。


「はーい、みんな、お土産を希望する人は名前と品物を書いてねー」


 ディア姉ちゃんがみんなにお土産の希望を聞いているみたいだ。もしかしてディア姉ちゃんも行くのかな?


 ……そうだった。そもそもフェル姉ちゃんはディア姉ちゃんが冒険者ギルドの本部でギルド会議っていうのに出るから、その護衛をするっておじいちゃんが夕食のときに言ってた。


 でも、ヴァイア姉ちゃんもリエル姉ちゃんも旅行の準備っぽいのをしてないかな? もしかして皆で行くの? アンリはお留守番なのに?


 ……なんてこと。アンリはちょっとだけ闇落ちしそう。これでスザンナ姉ちゃんも行くことになったら間違いなく悪い子になる。


 あ、でも、メノウ姉ちゃんは行かないみたいだ。すごく行きたそうだけど。


 フェル姉ちゃんは皆と色々話をしてる。なんだか楽しそう……いけない。ディア姉ちゃんが良く言うフレーズだけど、アンリの中にある闇がうごめく感じ。変身しそう。


 あれ? ユーリおじさんもいる。もしかしてユーリおじさんも一緒に行くのかな?


「ユーリが一緒に行くのに、なんで私は行けないの?」


 スザンナ姉ちゃんが頬を膨らませてご立腹だ。スザンナ姉ちゃんはユーリおじさんをライバル視してるからなんとなく負けた気分になったんだと思う。


「いや、別にスザンナは一緒に来てもいいぞ?」


「そうなの?」


 フェル姉ちゃんがスザンナ姉ちゃんに許可を出してる。ちょっと待って。それは絶対にダメ。アンリが一人でお留守番になったら、絶対に魔王になる自信がある。


 スザンナ姉ちゃんの右足をぎゅっと抱きかかえた。


「ああ、だけど、右足が人質に取られているぞ? 一緒に来るのは無理だと思う」


「スザンナ姉ちゃん、裏切りは許さない。一緒にお留守番しよう」


「これはずるい」


 一人なら耐えられないけど、二人なら耐えられる。それにスザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃん。お姉ちゃんなら妹の言うことは聞くもの。


 スザンナ姉ちゃんはアンリとフェル姉ちゃんを交互に何度も見ている。すごく葛藤しているとは思うけど、ここはアンリのためにお留守番してほしい。


 そうしていたら、ヴァイア姉ちゃんが笑顔で近寄ってきた。


「はい、そんなアンリちゃん達にヴァイアお姉ちゃんからプレゼント」


 プレゼント? お誕生日でもないのに何かをくれるんだ?


 ヴァイア姉ちゃんから金属の板っぽいものを渡された。アンリの手の平よりもちょっと大きいくらいですごく薄い金属の板だ。スザンナ姉ちゃんも同じ物みたい。


「魔力を使うからアンリちゃんはちょっと厳しいかもしれないけど、私達に念話できる魔道具だよ」


 ヴァイア姉ちゃん達に念話が出来る魔道具? アンリの知識から言うと、それってアーティファクトって呼ばれる魔道具じゃないの? 発火の魔法が使える魔道具とは比べ物にならないくらいの高級品だと思う。


「ヴァイア姉ちゃん、これを貰っていいの?」


「うん、向こうに着いたら連絡するから。実はこれ、映像を送ったりもできるんだ。王都の映像を送るから楽しみにしてて」


 映像を送る……? 良く分からないけど、これで王都の状況が見れるってことなのかな? ということはフェル姉ちゃん達も見える?


「すごい、これは九大秘宝の上。殿堂入り。ヴァイア姉ちゃんありがとう。大事にする」


「私も大事にする。ありがとう」


 皆と一緒には行けないけど、これで王都の映像が見れるならお留守番でも問題ない。スザンナ姉ちゃんもこれのおかげで一緒に行こうとはしないみたいだし、すごいものを貰っちゃった。


 でも、魔力を使うからアンリにはちょっと厳しいのかな? 魔力不足で使えないときはスザンナ姉ちゃんに見せてもらおう。


 そんなやり取りをしていたら、皆の準備が終わったみたい。あとはフェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんがゴンドラに乗ればいいだけになった。


「それじゃ村長、ちょっと行ってくる。なにかあったらメノウにでも伝えてくれ。念話で連絡できるから」


「分かりました。今の時期の王都は寒いと聞きますので気を付けてください」


 おじいちゃんがそう言うと、村のみんなもフェル姉ちゃん達に気を付けるように言い出した。


 フェル姉ちゃんはその言葉に頷いてから「よし、出発だ」と言うと、カブトムシさんがゴンドラに覆いかぶさった。そして羽を出して飛び上がった。


 あっという間にゴンドラが高いところまで飛んで行っちゃった。


 そしてヴァイア姉ちゃんとディア姉ちゃんがゴンドラから顔を出して手を振った。アンリも全力で手を振り返す。そうしたらフェル姉ちゃんも顔を出して手を振ってきた。


 そしてそのままゴンドラは東のほうへ飛んで行っちゃった。


 アンリも行きたかったけど仕方ない。残念だけど、スザンナ姉ちゃんが残ってくれたし、ヴァイア姉ちゃんが魔道具に映像を送ってくれるって言うからそれに期待しよう。


 カブトムシさんが飛んで行った方向を見ていたら、おじいちゃんが近寄ってきた。


「さあ、アンリ、スザンナ君、そろそろ勉強をしようか」


「おじいちゃん、もうちょっと空気を読んで。アンリは今、寂しさの余韻に浸ってる。むしろ、今日のお勉強はなしの方向で検討して」


 スザンナ姉ちゃんがものすごく頷いてる。


「今日の勉強はオリン魔法国のことにしよう。フェルさん達がどんなところへ行ったのか気になるだろう?」


 それは確かに気になる。スザンナ姉ちゃんはオリン国の王都へ行ったことがあるみたいだけどアンリはない。


「おじいちゃんはアンリの気分を乗せるのが上手い。ならおじいちゃんの言う通りオリン国のことを勉強する」


「アンリがやるなら仕方ない。私も付き合う」


 やっぱりスザンナ姉ちゃんはいいお姉ちゃん。


 よーし、勉強は嫌だけど頑張るぞ。

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