第121話 交渉成立

 

 さっきまでの変な空気がなくなって、今は穏やかな雰囲気になった。フェル姉ちゃんは空気を読めないときがあるからそれが作用しているんだと思う。


 でも、何しに来たのかな? アンリの名前が出たら飛び出る準備は万端。いつでもスタートダッシュできる。


『私と村長の話を遮るなよ?』


『もちろんです。黙って聞いておりますぞ』


 フェル姉ちゃんはおじいちゃんに話があるみたいだ。それを邪魔しないようにラスナって人に釘を刺してるみたい。どんなお話なんだろう?


『それでフェルさん、どうかされましたか?』


『明日からオリン国の王都へ行ってくる。しばらく留守にするからその報告に来た』


 オリン国の王都? さっきスザンナ姉ちゃんから聞いた王都ヴァロンのこと?


 スザンナ姉ちゃんのほうを見ると、スザンナ姉ちゃんもアンリのほうを見て頷いた。やっぱりスザンナ姉ちゃんは分かってる。


 二人一緒に部屋を飛び出した。そして大部屋の扉を勢い良く開ける。


「話は聞かせてもらった」


「私も」


 仁王立ちをして腕を組む。こうやって断固ついていく強い意志を示す。スザンナ姉ちゃんも同じポーズだ。


「フェル姉ちゃん、何時までにどこへ集合? おやつはいくらまで?」


「お金ならいっぱいある」


「お前らついて来る気かよ」


 フェル姉ちゃんはちょっとだけため息をついた。ラスナって人と、ローシャって人は驚いていて、おじいちゃんは苦笑いだ。


 フェル姉ちゃんがおじいちゃんのほうを見ると、おじいちゃんは首を横に振った。あれは許可を出さないという意味だ。


 いけない。フェル姉ちゃんの足を人質にとる前に要望を伝えちゃった。


「悪いが連れては行かないぞ。村長もダメだって言ってる」


 言ってないけど、首を横に振ったのはその意図で間違いない。でも、待って欲しい。アンリはそろそろあの時期だと思う。子供なら避けて通れない時期。


「大丈夫。アンリは反抗期。おじいちゃんも分かってくれる」


「なおさら分かってくれないと思うけどな。また、お土産を買ってくるから大人しくしていてくれ」


 これは駄目っぽい。残念。フェル姉ちゃんと旅行へ行きたかった。もちろんスザンナ姉ちゃんも一緒に。でも、今回のことはいい教訓。こちらの意見を通すにはやるべきことがあった。


「人質がいないからダメだった。交渉は自分が有利な状況を作らないとやっぱりダメ」


「そう何度も人質を取れると思うなよ? まあ、そういうわけだ、村長。邪魔したな」


 フェル姉ちゃんはもう帰っちゃうんだ。仕方ないから、アンリもフェル姉ちゃんについて行こう。オリン国へ行けないけど、せめて今日の勉強はうやむやにしないと。


「おっとフェルさん、お待ちくだされ」


 ラスナって人がフェル姉ちゃんを引き留めた。アンリとしてはこのままフェル姉ちゃんと外へ出ていきたいんだけど。


「王都へ行くと言うなら馬車を提供いたしますぞ? それに王都は今の時期かなり寒い。防寒具なども持ってきておりますからお安くいたしますが?」


 そういえば、王都ヴァロンは寒いってスザンナ姉ちゃんが言ってたっけ?


「いや、移動手段ならもっといい物がある。防寒具はもう揃っているから不要だ」


「ほう? もっといい移動手段とはなんでしょうな? 我が商会の馬車は人界一との評判ですぞ? 上下の振動を可能な限り無くして長時間座っていても痛みがないほどです」


 アンリは乗ったことはないけど、馬車は座っているとお尻が痛くなるって聞いたことがある。上下に揺れてその衝撃がお尻に伝わるとか。なら立っていればいいんじゃないかな?


「こっちは空を飛ぶから上下の振動は特にない。それに障害物がないから速いんだ。馬車を借りるまでもない」


 空を飛ぶというのはカブトムシさんのことだと思う。アンリもいつか乗ってみたい。以前、カブトムシさんがきりもみ飛行が得意って言ってたから、アンリが乗るときはやってもらおう。


「そ、空を飛ぶ? 貴方、何を言っているの?」


 ローシャって人が驚いているみたいだけど、なんでそんなに驚いているんだろう?


「そのままの意味だ。空を飛べる魔物がいるんでな。ソイツが運ぶゴンドラに乗る」


「ち、ちなみに、東にあるリーンの町を知ってる? あそこまでどれくらいで行けるの?」


「五、六時間だな」


「ここから五、六時間で森を抜けられるなんて……」


 ローシャって人がすごく驚いているけど、ラスナって人は真面目な顔をして顎を触ってるだけみたい。カブトムシさんならそれくらいやれると思うんだけど、なんで驚いているのかな?


「もういいか? 他にも行くところがあるから失礼するぞ」


 いけない、フェル姉ちゃんが帰っちゃう。アンリも一緒について行かないと。


「シャスラ殿、よろしいですかな?」


 フェル姉ちゃんについて行こうと思ったら、ラスナって人がおじいちゃんに話しかけた。フェル姉ちゃんも外へ出ようとしてたけど、止まったみたい。さっきからラスナって人はアンリの邪魔をしてる?


「どうされましたかな?」


「先程の値段ですが、支払いましょう。大金貨一万枚。土地を売ってくださいますな?」


 さっきまで値切ろうとしていたのに、一万枚払うみたい。もしかしておじいちゃんはお金持ちになる? まさか、おかあさんとおとうさんの間でサスペンス的なことが起きちゃったりしないよね?


「ちょっとラスナ! そんな大金を払うつもりなの!?」


「会長、ここはそれだけの価値があるのです。私の予想では、この村の価値はそれ以上。今が底値だと思った方がいいですぞ。ふふ、フェルさんにお金の価値を分からせるため、村人に大金貨百枚で土地を売れと言ったのですが、なるほど、はした金でしたなぁ」


 良く分からないけど、ラスナって人にはそれだけの価値があるって判断したのかな?


「もう帰るけどいいか?」


 フェル姉ちゃんがドアノブに手をかけておじいちゃんのほうを見てる。帰ろうとするたびにラスナって人が話し出すからタイミングを逃してたみたいだ。


「え、ああ、そうですね。オリン国へ行くことは分かりました。その、お気を付けて」


「ああ、それじゃ」


 そのままフェル姉ちゃんは外へ出ていっちゃった……いけない。一緒に外へ行くつもりだったのに出遅れた。でも、まだ間に合う。このまま外へ出よう。


「さあ、アンリ、それにスザンナ君、部屋に戻りなさい。私はラスナさん達と話があるからね」


「……うん」


 ダメだった。


 でも、こっちも気になるから部屋に戻って話を聞こう。これは盗み聞きじゃなくてスパイ活動だから悪いことじゃないはず。


 スザンナ姉ちゃんと一緒に部屋に戻ってから、また大部屋の声を聞くことにした。


「フェルちゃんと王都に行けないのは残念だったね」


「うん。でも、お土産を買ってきてくれるって言うからそれに期待しよう……あ、お話が始まった?」


 スザンナ姉ちゃんの水を通して声が聞こえてきた。


『ラスナ殿、本当に大金貨一万枚支払うおつもりですか? ハッキリ言って村に支店を作って欲しくないから吹っ掛けたのですが』


『シャスラ殿は――いえ、村長殿は正直ですな。しかし、こちらも引き下がれませんぞ。これほど金の匂いがする場所でそれくらいの先行投資ができないなら商人をしている意味がないですからな』


『しかし――』


『ご安心くだされ。先ほどのカードは以降、永遠に切らないと約束しましょう。その代わりに大金貨一万枚で土地を売ってくれませんかな?』


『……まあいいでしょう。ただ、もしその約束を破った時は――』


『もちろん弁えております。ただ、この件、私以外は知らぬことです。そこはご理解いただきたい。それにいつか我々の力が必要になるときがあるかもしれませんぞ? その時はご相談くだされ……では、交渉成立ですな!』


 その後におじいちゃんのものと思われるため息が聞こえた。大金貨一万枚も手に入るのにどうしたんだろう? ここはぜひ、アンリに何か買って欲しい。それとも村の土地の代金だから村のために使うのかな?


 それはいいとして気になることがある。おじいちゃんとラスナって人の会話って良く分からなかった。一体なにがどうなったんだろう?


「スザンナ姉ちゃん、おじいちゃん達の会話ってどういう意味か分かる?」


「良く分からないけど、村長さんの弱みをラスナが知っているんじゃないかな? それで値切ろうとしたけど、フェルちゃんが来て色々と状況が変わった……って感じかな? どんな弱みか分からないし、ラスナもそれを使わないみたいだけど」


「アンリもなんとなくそんなふうに思った。でも良く分からない。おじいちゃんに聞いたほうがいいのかな?」


「こういうのは聞かないほうがいいと思うよ。そもそも、大部屋の会話を聞いていること自体が内緒のことだし」


「そういえばそうだった。あれ? さっきフェル姉ちゃんの会話に突撃したのは大丈夫かな?」


「どうだろ? でも、うやむやになったと思うよ。それどころじゃない感じだし。追及されてもフェルちゃんの声が聞こえたということで通そう」


「うん。アンリの耳はフェル姉ちゃんの声を遠くからでも聞こえる仕様だから問題ない」


 それにしても、フェル姉ちゃんはもうちょっと村にいてくれればいいのに。なんでいつもどこかへ行っちゃうのかな。行くのはいいんだけど、アンリが一緒に行けないのはとても不満。


 早く大人になってフェル姉ちゃんと一緒にいろんなところへ行きたいな。そのために強くなる修行をしないと……よし、フェル姉ちゃんが帰ってくるまでにパワーアップして驚かせよう。

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