第120話 おじいちゃんの名前

 

 おじいちゃんがラスナって人にとんでもない金額を提示している。


 でも、アンリにはいまいち土地のお値段と言うのは良く分からない。ここはスザンナ姉ちゃんに聞いてみよう。アダマンタイトの冒険者だからアンリの知らないことも知っていると思う。


「大金貨一万枚ってすごい値段だけど、これって普通なのかな?」


「そんなわけないと思うよ。私だってそこまでは払えないし。だいたい、大金貨一万枚ならオリン魔法国の首都ヴァロンに土地を買えるよ」


「オリン国の首都はヴァロンって言うんだ?」


「うん。大半は雪で積もっているから寒いけど、綺麗でいいところだよ。その首都ヴァロンにはヴァロン通りっていう王城まで続く大通りがあるんだけど、大金貨一万枚ならその道沿いの土地くらいの値段じゃないかな?」


 行ったことがないからピンとこないけど、すごいところのお値段みたい。アンリとしてはこの村だって負けていないとは思うけど。


 でも、おじいちゃんがそれほどのぼったくりをするってことは、あれはフェル姉ちゃんが許可を出してもおじいちゃんは許可を出さないぞって意志の表れだと思う。


『村長殿、それはあまりにも高すぎませんか? せいぜい大金貨一枚程度の価値だと思うのですが?』


『そうでしょうか? うちの住人は大金貨百枚でも売らずに、そんなはした金、と言ったと思いますが。私や村の皆からすれば、それでも安いほうだと思いますがね?』


 強気。おじいちゃんは強気だ。足元を見てる。


『しかしですな、大金貨一万枚はいくら何でも――』


『値段が高いのはフェルさんがいるという付加価値だけではないのですよ。お忘れかもしれませんが、ここは境界の森です。ここを開拓するのにどれだけ危険を伴ったのかをご理解いただきたい。フェルさんが来る前に村をここまでにしたのは、まぎれもなく村の住人達です。今ではフェルさんのおかげで安全に暮らせますが、それまでは常に死と隣り合わせだったのです。そんな命がけで作った村の土地を大金貨一枚では渡せませんな』


『なるほど、確かに境界の森と言えば危険な場所の代名詞、そんな場所を開拓するのは確かに困難だったでしょう。しかし、不思議ですな?』


『何がでしょうか?』


『なぜ、そんなところに村を作ろうとお考えになったので?』


 アンリもいま気づいた。本当に不思議。もっと安全な場所に住めばよかった気がする。いまは気に入っていてここを離れることは考えてないけど。ただ、フェル姉ちゃんが出ていくって言うならアンリもついて行くつもり。


『それはまあ、色々あったからですね』


『トラン国から逃げてきた、と言うことですかな?』


 昨日、おかあさんからそういう説明を受けたけど、それは言っちゃいけない内緒のこと。アンリ達はオリン国出身という設定。むしろアンリはソドゴラ村の出身でいいと思う。


『……なぜそう思われるので?』


『昨日、家の方とも話をしたのですが、この部屋にある家具や調度品はトラン国の物ですな。私は若いころ、先々代と一緒にトラン国へ行商に行ったこともありましてね、その関係であちらの商品にも色々と詳しいのですよ』


『ああ、そういえばウォルフがそんなことを言っておりましたな。ですが、それはラスナ殿の勘違いです』


『勘違いですと? いや、間違いなくこの調度品はトラン国の物ですぞ?』


『いやいや、そちらの勘違いではありません。私達がトラン国から来たというのが勘違いなのです。確かに調度品はトラン国の物ですが、それはこれを作ったのがトラン国出身の方だからですよ。私たちはそれを気に入って購入したにすぎません』


『……誰が作ったのですかな?』


『さあ、流れの大工でしたので、覚えておりません。私も歳でして物忘れが激しいのですよ』


 そんなことあったっけ? ああ、そっか。これもおじいちゃんの嘘なんだ。トラン国出身でないことを隠すための嘘だ。


『……まあいいでしょう。では、なぜの危険な場所に村を作ったのかを教えてもらえますかな?』


『いや、恥ずかしい話ですが、オリン魔法国でちょっと貴族と揉めてしまいましてね、そこから逃げてきたのですよ。とはいえ、ルハラとトランでは戦争が多いですし、ロモンは女神教の信者でないと生きにくい。なのでここに村を作ったという訳です。危険ではありますが、腕に自信はありましたのでね』


 オリン国での話は嘘なんだけど、理由はトラン国にいられなくなったことと同じ理由なのかな? トラン国の貴族ともめ事があって逃げてきた?


『ふうむ、なかなかボロを出しませんな?』


『ボロとは? ラスナ殿、自分の想定した内容と違うからと言って変な勘繰りは困ります。では、話を戻しましょう。この村に支店を出すなら、大金貨一万枚で土地を購入してください。小銅貨一枚たりともまけません』


『私としてもあまりアコギなことはしたくないのですが、商人として言われた金額のまま買うのはあり得ないので、値切るためのカードを切りましょう。実は昨日、フェルさんから教わりましてね、駆け引きをせずに一番強いカードを最初に切るという方法があるそうでして、それを使わせてもらいましょう』


『……どんなカードを切るのかは分かりませんが、値引くつもりはありませんぞ?』


『村長のお名前はシャスラで間違いないですかな?』


『……なぜ、それを……』


 おじいちゃんはどうかしたのかな? すごく驚いている感じだけど。


「村長の名前ってシャスラであってるの?」


「スザンナ姉ちゃんは知らなかったっけ? うん、おじいちゃんの名前はシャスラ。シャスラおじいちゃん」


 でも、ラスナって人はなんで知ってるんだろう? それに値切るためのカードがおじいちゃんの名前ってことなのかな? なんで?


『昨日から色々と引っかかってはいたのですが、ようやく思い出しましてね。確か先々代とトラン国へ行ったときにお目にかかったことがあったと思いますぞ。面と向かって話をしたわけではなく、遠くから見た程度ですがね……さて、後は言わなくてもお分かり頂いたと思いますが、どうでしょうか?』


『ちょっとラスナ。貴方に全部任せてはいるけど、私にも分かるように言いなさいよ。一体何の話をしているの?』


 これはローシャって人の声かな?


『これは会長が知る必要はありません。むしろ知らないほうがいいでしょう……どうやら部屋の外から殺気が漂っているようですし、少々調子に乗り過ぎたかもしれません。やれやれ、一番強いカードはもろ刃の剣でしたか。どうやらフェルさんのように上手く扱えないようだ』


『だから何の話?』


 なんだろう? ちょっと息苦しい感じがする。家全体の空気が重くなったような?


「大部屋の近くにいるアーシャさんとウォルフさんから殺気が出てる」


「おかあさんとおとうさんから? どうして?」


「アンリが分からないのに、私に分かる訳ないよ。いつもはあんなに温厚なのにどうしたんだろう?」


 アンリがイタズラして怒られる時でもこんな感じにならない。本当にどうしたのかな?


『シャスラ殿、お待ちくだされ。このことは誰にも言わないと誓いましょう。ですので、土地の値段をまけてもらえないでしょうか?』


『それを信じるとでも? そんな誓いを立てずとも言えなくする方法はいくらでもあります。あとは言わなくても分かると思いますがね?』


 なんだろう、ちょっと危険な感じ。もしかしてラスナって人に攻撃するつもりなのかな?


 そう思ったら、コンコンと扉をノックする声が聞こえた。アンリの部屋じゃなくて、大部屋にある外へ通じる扉を誰かがノックしているみたいだ。そして扉を開ける音がした。


『たのもー』


 フェル姉ちゃんの声だ。もしかして遊びに来てくれた?


『おお、フェルさんではありませんか! 村に支店を出す許可をくれて感謝しておりますぞ!』


 あれ? ラスナって人が随分と声を張り上げて喜んでいるみたい。アンリも同じ気持ちではあるけど。


『話中だったようだな。また、後で来る』


『いやいや、私どもには気を遣わずに話をしてくだされ。ちょっと休憩を入れたいところでしたからな!』


 いつの間にか息苦しい感じがなくなった。さっきまでの緊張感が嘘みたい。これはフェル姉ちゃんのおかげなのかな?


 でも、そんなことよりもフェル姉ちゃんのことだ。何しに来たんだろう? ぜひともアンリを呼んでくれって言って欲しい。

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