第4話 魔族の冒険者
お父さんが朝から出発の準備をしてる。まだ眠いけどお見送りをしないといけない。
「それでは行ってきます。アンリ、おじいちゃんとお母さんの言うことをよく聞くんだよ?」
「うん、約束する。でも、理不尽な要求には従わない……!」
お父さんはアンリに微笑みかけてから、頭をなでてくれた。相変わらずお父さんのなでなでは最高。服従せざるを得ない。
「大丈夫だとは思うが気を付けてな。急ぐ必要はないから慎重に。特に夜間の移動は控えた方がいい。巨大な狼に出くわすと危険だ」
「はい。注意します」
「あなた、気を付けてね」
「ああ、もちろんだ。それじゃ、アンリの事を頼むぞ」
お父さんはそう言って村を出て行った。ここから東にあるリーンと言う町に行くみたい。捕まえた盗賊をリーンに引き取ってもらうために兵士さんを呼んでくるとか言ってた。
よく分からないけど、冒険者ギルドにある念話用魔道具の連絡じゃ来てくれないみたい。色々と証明が必要だとかなんとか。むずかしくて分かんない。
リーンならアンリも行きたかった。でも、アンリにはフェル姉ちゃんを調査するという使命がある。断腸の思いで我慢した。
お父さんを見送った後、お母さんがアンリを抱きかかえてくれた。大きくなった気がする。でも、地面が遠いのはちょっと怖い。
「さあ、アンリ、朝食にしましょう」
「うん、朝食は今日の活力。もりもり食べる」
アンリは料理のローテーションを見切った。朝からピーマンはでない。無双できる。朝食をおなかいっぱい食べたら、フェル姉ちゃんの調査だ。
朝食を食べ終わった。目玉焼きは半熟が最高。その余韻に浸りながら、最後に牛乳を飲んで一息。よし、お腹は膨れたからお出かけの準備をしないと。
「村長、いるかの?」
司祭様が来た。今日はどうしたんだろう?
「おはようございます。司祭様」
「おお、アンリか。おはよう。相変わらず可愛いのう」
「うん、知ってる。でも、チヤホヤされるのは子供の間だけ。そういうルール」
「相変わらずじゃのう」
そういうと司祭様は笑って、私の頭に手を乗せてくれた。お父さんには敵わないけど、司祭様の手は温かいから好き。
「司祭様、いらしてくれたのですか。こちらから出向くつもりでしたのに」
奥の部屋からおじいちゃんが出てきた。なにかお話でもするのかな。
「なに、どこで話をしても問題ないと思っての。こちらから出向かせてもらったよ」
おじいちゃんは司祭様に椅子を勧めると、司祭様は椅子に座った。
アンリも空いている椅子に座る。なんとなくだけど、面白そうな話が聞けそう。
「アンリ、部屋へ行ってなさい。おじいちゃんは司祭様と大事な話があるからね」
「断固拒否する。司祭様のお話はいつも面白い。アンリも聞きたい」
「儂の方は構わんよ。アンリちゃんに聞かれて困るような話でもないからの」
「ならアンリ、邪魔しちゃダメだぞ」
「約束する。邪魔しない。でも質問はするかもしれない」
司祭様は「構わんよ」と言って微笑んでくれた。アンリも笑い返す。
司祭様の話が始まった。何の話なのかすぐに分かった。フェル姉ちゃんの話だ。すごくタイムリー。聞き逃さないようにしないと。
「――というわけでじゃな、あの魔族に関しては警戒する必要は無いと思う。それに昨日、村長が言っていた通り、警戒しても無駄じゃ」
「ふむ、司祭様もそういう結論でしたか」
「女神教の方針、つまり魔族を滅ぼす方針を聞いて、自分がこの村にいるとまずいか、と聞いてくるような魔族じゃぞ? おそらくじゃが、あの魔族が本気を出せば、村ごと消せるほどじゃろう。それでも、まずいか、と聞いたのは、できれば争いたくはないという意味じゃろうからな」
「司祭様、そういう危ない話をされては困ります。女神教の方針を聞いて、村ごと潰そう、と考えたらどうするのです?」
「すまんのう。じゃがな、儂が若いころに見た魔族とはまるで違うんじゃ。当時の魔族は鬼気迫るものがあったし、話をすることもできんかった。話が通じる、それだけであの魔族は違う、と思ったのでな」
フェル姉ちゃんは危険じゃないというお話なのかな。やれやれ、そんなことアンリはすでに知ってる。それにおじいちゃん達が知らない情報も知ってる。これは教えないと。
「アンリがおじいちゃん達に耳寄りな情報を教える」
「ほほう? 何を教えてくれるのかな?」
司祭様が笑顔でアンリを見てる。聞いて驚愕するといい。
「フェル姉ちゃんは冒険者になったみたい。昨日、ディア姉ちゃんが手続きしたって言ってた。多分、村で冒険者のお仕事をするつもりだと思う。アンリも遊び相手の依頼をする予定」
おじいちゃんも司祭様も固まっちゃった。ちょっと心配。おじいちゃん達は歳だから驚かすと心臓が止まって大変な事になるって、お母さんが言ってた。
「おじいちゃん、司祭様、大丈夫? アンリにできる事があれば言って。お金以外のことならなんとかなると思う」
「いやいや、大丈夫じゃよ。それにしてもびっくりする情報じゃの」
「ええ、まさか冒険者登録するとは。村に住んで仕事をしようという考えがあるようですな」
よかった。おじいちゃん達は無事だ。驚かせないようにしないと。
「しかしのう、この村に冒険者の仕事があるかの?」
「ないですな。あったとしてもフェルさんがするような仕事はないでしょう。村を守るだけなら村にいるものだけで充分ですから、お金を払ってまで護衛や討伐をしてもらう必要がありません。特殊な依頼はあるかもしれませんが、お金を出すほどかというと……思いつきませんね」
「フェル姉ちゃんがやるようなお仕事がないの?」
おじいちゃんが頷いた。
「アンリには難しかもしれないが、この村はそもそもお金がほとんど流通してないのだよ。一応、宿と雑貨屋でお金は使っているが大した金額じゃない。冒険者にお金を払えるほどの依頼なんてあるかどうか……」
「昨日ヴァイア姉ちゃんの店で発火の魔道具を大銅貨一枚で買ってきた。あれは大金。ちゃんと流通してると思う」
おじいちゃんが笑いながら頭をなでてくれた。
「そうだな、大銅貨一枚は大金だ。でも、もっと大きなお金もある。冒険者に依頼するならそういう大きなお金が必要なんだよ?」
「そうなんだ。フェル姉ちゃんに遊んでもらうのはどれくらい? 大銅貨よりも上? 出世払いでもいい?」
「アンリはあの魔族と遊んでもらいたいのかの?」
「うん、勇者ごっこをやる。アンリが勇者。フェル姉ちゃんはゴブリン。嫌だったらコボルトでも可」
最悪、魔王でもいい。勝って見せる。
「遊んでもらうのに依頼をする必要は無いと思うが、しばらくはフェルさんに会ってはいけないよ? それに会う許可を出しても、フェルさんは遊んでくれないかもしれない。ワガママを言ってフェルさんを困らせるのはダメだぞ?」
「分かった。断れない状況を作ってからお願いする」
作戦を練らないと。交渉は有利に進めないといけない。
急に司祭様が笑い出した。なにか面白いことがあったのかな?
「アンリは相変わらずじゃのう。これも村長の英才教育かの?」
「さすがにそんなことは教えていませんよ。まあ血筋と言いますか、なんと言いますか、生まれながらにしてそういう事を理解しているのでしょう。頼もしい気はしますが、反面、もっと普通にさせるべきかとも思ってしまいます」
「難しいところじゃな。アンリには普通に生きるという選択肢もあるのじゃろうが、それは許されないとも考えておるんじゃろ?」
「……私のエゴですがね。ただ、この子がもっと大きくなった時に選ばせてやりたいと思っています。今はどちらでも選べるように下地を作っている最中ですね」
おじいちゃんと司祭様が難しい話を始めた。アンリじゃよく分からない。
「何の話? アンリが何か選ぶの?」
おじいちゃんが私の方を見て微笑んだ。ものすごくやさしい微笑み。でもちょっと寂しそうな気もする。
「もっと大きくなってからだよ。その時まではアンリをおじいちゃんが守ってあげよう。もちろん、お母さんやお父さんもアンリを守ってくれるからな」
「よく分からないけど、分かった。なにかを選んだ後は、アンリがおじいちゃん達を守ってあげる。ギブアンドテイク」
おじいちゃんは驚いた感じの顔をしてから、またアンリの頭に手を置いてやさしく撫でてくれた。今日のアンリの頭は人気だ。存分に撫でて欲しい。
その後、司祭様はおじいちゃんと村の話をして帰って行った。
よし、アンリもフェル姉ちゃんの調査をしに行かないと。
「アンリはお出かけする。見送りは不要」
「分かってるとは思うが、フェルさんに会いに行ってはダメだよ。司祭様はああいっていたけど、まだ見極めは必要だからね」
「うん、フェル姉ちゃんには接触しない」
遊んでもらう交渉をするためにもフェル姉ちゃんの情報を得ておかないといけない。
よし、まずはディア姉ちゃんのところへ行こう。
「こんにちは」
カランカランと音がする扉を開けて冒険者ギルドの建物に入った。
ディア姉ちゃんがカウンターのところに座って何かやっているけど、こっちに気付いてない。
お裁縫かな。ディア姉ちゃんはお裁縫をしている時は集中してるから気付いてくれないことが多い。もっと大きな声で挨拶しよう。
「こんにちは」
「ん? あれ? アンリちゃん? 今日はどうしたの?」
「フェル姉ちゃんの情報を集めに来た。情報提供をお願いします」
「あー、そっかー。あ、そうだ、その前に一つ聞いていい?」
「タダじゃ教えられないということ? 分かった。交換条件を受け入れる」
「昨日、ヴァイアちゃんに私の事を密告した? ヴァイアちゃんに笑顔で怒られたんだけど、アンリちゃんが関係してないかな?」
ピンチ。人生のなかで一番のピンチ。ここはアンリの演技力で乗り切ろう。大丈夫。ヴァイア姉ちゃんには口止めしている。ここさえ乗り切れば罪はない。
「そんなことしてない。アンリがしたというなら証拠を出して」
「ヴァイアちゃんのいいところとして、胸が大きいと言ったのはアンリちゃんにだけなんだよね。なんでそれがヴァイアちゃんに伝わってるのかなー?」
終わった。アンリは罪人。でもまだだ。ピンチはチャンス。交渉しよう。初犯だし見逃してくれるかも。
「ヒマワリの種を三つあげる。これで見逃して」
「あ、やっぱりアンリちゃんだったんだ?」
やられた。アンリは自白したも同然。罪を認めてしまった。
「誘導尋問はズルい。騙された。子供を騙すなんて大人の風上にもおけない」
「あはは、ごめんね。でも、ヴァイアちゃんに言っちゃったことは別に怒ってないから安心して」
「怒ってないの? アンリは無罪放免?」
「まあ、そうだね。アンリちゃんに口止めしてたわけでもないし、そもそもヴァイアちゃんも私の言葉に本気で怒ってなかったからね」
そうかな? 昨日はものすごいプレッシャーを感じた。ラミアに睨まれたカエルみたいな緊張感だった。
「本当に大丈夫? 友情にひびが入ってない?」
「今日の夕食を奢る程度で手を打ってくれたよ……」
よく分からないけど、平和的な解決をしたみたい。平和が一番。
「情報提供の件だけど、ちょっと待ってくれるかな? もうちょっとで終わるから――」
ディア姉ちゃんが喋っている最中にカランカランと扉が開く音がした。
「ディア、ちょっといいか? お、アンリもいたのか」
「ロンおじさん、こんにちは」
「おう、こんにちは。ちゃんと挨拶できるとは偉いじゃないか」
「うん、挨拶は礼儀。ちゃんとできるといい子だって教わってる」
ロンおじさんは村にある森の妖精亭という宿を経営している。昔は騎士だったとか聞いたけど本当かな?
「いらっしゃい、ロンさん。今日はどうしたの?」
「ここにフェルが来なかったか?」
フェル姉ちゃんの話みたいだ。これは聞いておかないと。
「うん、さっき来たよ。出来上がったギルドカードを渡したんだ」
「そうか。実はフェルに仕事を頼みたいと思ってここへ来たんだよ」
「え、本当に?」
「本当だ。ウェイトレスの仕事をしてもらおうかと思ってる。俺が給仕すると男共がうるさいからな」
ロンおじさんがフェル姉ちゃんに仕事の依頼? ロンおじさんはお金持ちだったんだ。将来、宿を経営するのもいいかもしれない。
おじいちゃん達は仕事がないとか言ってたけど、そんなことはないみたいだ。ウェイトレスの仕事というと、料理を運ぶお仕事だと思う。あと、モップで酔っぱらいと戦う。これはアンリも食べに行かないと。
「それじゃ、フェルちゃんに伝えて来るよ。仕事が無くてちょっとしょんぼりしてたから、喜んでくれると思うよ」
「そうだといいんだがな。でも、やってくれると思うか? 魔族にウェイトレスを依頼するのは危険な感じもするんだが。うちのかみさんは自信があるみたいだけどな」
「私も大丈夫だと思うよ? よほどの事をしない限りは暴れたりしないんじゃないかな」
「アンリも同意見。フェル姉ちゃんは暴れたりしないと思う」
ロンおじさんは、アンリとディア姉ちゃんの顔を交互に何度も見てから頷いた。
「そうか、二人ともフェルを信じてるんだな。なら俺も信じてみるか。それにかみさんの料理をあんなに笑顔で食べてるんだからな。悪い奴じゃないだろう」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
アンリもそう思う。あの笑顔で悪人なら、ものすごい演技派。主演女優。
「それでだな、ウェイトレスの仕事だから服が必要だと思うんだ」
「まあ、そうかもしれないね。あ、もしかして……」
「ディアに渡してた服があるだろ? あれってフェル用にいまからサイズ調整できるか?」
「え? ちょ、ちょっと待ってね」
ディア姉ちゃんは何かを思い出すような感じで目を瞑った。そしてブツブツ言ってる。
今、持っている服がフェル姉ちゃんに似合うかどうか考えているのかな? アンリは似合うと思う。
全体的に桃色だけど、白いヒラヒラがオシャレ。フェル姉ちゃんの赤い髪に映える気がする。
「フェルちゃんにはちょっと大きめだけど、着れる範囲だからちょっと手直しすれば大丈夫だよ」
「ならよろしく頼む。あと、フェルに会ったら宿に来るように伝えてくれ」
「うん、何だったら私が宿へ連れて行くから。依頼内容の細かいやり取りはそこでしよう!」
ロンおじさんは頷いてから出て行った。
「フェル姉ちゃんがウェイトレスのお仕事をするの?」
「そうだね! それに私が手直しした服を着てやってくれるみたい! 絶対にやらせるよ!」
そう言ってからディア姉ちゃんは針をちくちくやりだした。すごく速い。
それにしてもディア姉ちゃんが羨ましい。アンリはまだフェル姉ちゃんに会っちゃいけない。
でも、これはチャンス。フェル姉ちゃんがウェイトレスのお仕事をやれば、危険じゃないっておじいちゃんも思ってくれるかも。おじいちゃんにこの情報を伝えないと。
「はい、できあがり!」
ディア姉ちゃんが服を両手で持ってアンリに見せてくれた。
「どうかな? 可愛いかな?」
「桃色と白の組み合わせが絶妙。簡単に言うと最高」
「まあ、ベースはルハラのブランド品らしいからね。私もいつか自分のブランドを持ちたいなー……おっと、いけない。フェルちゃんに依頼の件を伝えないと。それじゃアンリちゃん、ギルドに鍵をかけるから、また今度ね。次までにフェルちゃんの新しい情報を仕入れておくから」
「うん、分かった。ディア姉ちゃんの情報に期待してる」
ディア姉ちゃんにさよならを言ってから、すぐに家へ帰る。
「おじいちゃん、ただいま」
おじいちゃんは椅子に座ってお茶を飲んでいた。アンリを見るとちょっと驚いたみたい。
「おや、おかえり。随分早かったね?」
「うん、おじいちゃんに情報を持ってきた。情報は鮮度が命だから」
「そうなのかい? 一体何の情報かな?」
「フェル姉ちゃんが、森の妖精亭でウェイトレスをするみたい。ロンおじさんが冒険者ギルドに依頼を出してた」
おじいちゃんがまた固まっちゃった。口からお茶がこぼれてる。お行儀が悪い。
「大丈夫? 心臓が止まっちゃった? 背中さする?」
「いや、大丈夫だよ。ところで、今の話は本当かい? フェルさんが、その、ウェイトレスの仕事を?」
「うん、お願いするのはこれからみたいだけど、ディア姉ちゃんはやらせる気マンマンだった。アンリもやってほしいと思ってる」
フェル姉ちゃんが運んだ料理を食べたい。あと、シェフを呼べごっこもしたい。
おじいちゃんは深呼吸してから、改めてお茶を飲んだ。落ち着いたみたい。
「そうか、まあ、おそらく引き受けないだろう。魔族がそういう仕事をするとは思えないからね。それにしても、フェルさんをあまり刺激してほしくないんだが……胃が痛い」
おじいちゃんはフェル姉ちゃんがウェイトレスの仕事をしないと思っているみたい。これはチャンスかも。
「フェル姉ちゃんがウェイトレスの仕事をしたら、もう安全だと思っていい?」
「ん? ああ、そうだね。もしフェルさんがウェイトレスの仕事を始めたら安全だろう。その時は会ってもかまわないよ。いや、そうなったら森の妖精亭で食事をするか。アンリをフェルさんに紹介しよう」
「言質は取った。嘘ついたらアンリの紫電一閃が炸裂する」
おじいちゃんは笑顔で約束してくれた。
アンリの予想ではフェル姉ちゃんはウェイトレスのお仕事をする。ヒマワリの種を賭けてもいい。
もうちょっとでフェル姉ちゃんに会えるはず。午後は勉強をしながら、会った時の言葉を考えておこうっと。
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