第130話 魔氷のダンジョン

 

 今日も村からの脱走を試みる。


 大丈夫。三度目の正直って言葉がある。


 昨日の夜にダンスの練習をしながら、スザンナ姉ちゃんと夜遅くまで色々考えた。だからちょっと寝不足。でもいい作戦が出来たと思う。


 作戦名は「戦わずして勝つ」。スザンナ姉ちゃんがいきなり大量の水を魔法で噴射させて、相手を威嚇しつつ、その水の一部を使って小さな竜を作り、そのまま逃走。


 はっきりいって、メノウ姉ちゃんにもヤト姉ちゃんにも勝つのは無理だと思う。なのでスザンナ姉ちゃんの機動力を活かして、とっとと逃げる作戦にした。


 スザンナ姉ちゃんもスピードなら負けないって言ってる。うん、アンリ達の勝ちが目に浮かぶよう。


「アンリもスザンナ君も今日は上の空だね? 勉強中はちゃんと集中しなさい」


「おじいちゃん、悪いけど、今日こそ村を逃げ出す。そしてフェル姉ちゃんに会いに行く。安心して。逃走資金はスザンナ姉ちゃんがたくさん持ってる」


「冒険者ギルドにいっぱい預けているから、十年くらい働かなくても大丈夫」


「……アンリやスザンナ君のそう言うところは好ましいと思うんだが、そういうのを宣言するものかな?」


 宣戦布告は大事だと思うんだけど、違うのかな?


 まあいいや。早く午前中の勉強を終わらせてスザンナ姉ちゃんと村を脱出だ。


「そういえば、フェルさんに連絡しないのかい?」


「……連絡?」


「ヴァイア君から金属の板を貰ったんじゃないのかい? あれは向こうに念話を送れるのでは? 魔力の問題があるからアンリには難しいかもしれないが、スザンナ君なら問題なく念話を送れると思うんだが?」


「おじいちゃん、そういうことは早く言って。勉強なんかしてる場合じゃない」


 スザンナ姉ちゃんがさっと金属板を取り出して魔力を込めた。


「えっと、よく使い方が分からないけど、これを押せばいいのかな?」


 スザンナ姉ちゃんが金属板に浮かび上がったマークを押すと、「呼び出し中」って文字が出た。


 少し待つと、ヴァイア姉ちゃんの顔が金属板に映る。


『アンリちゃん、スザンナちゃん、おはよう』


 しゃべった?


「ヴァイア姉ちゃん、こんな小さな板の中に入ってどうしちゃったの? 妖精になっちゃった?」


『え? あ、違うよ。これはね、私も同じ金属板を持っていてそこの映像をそっちに送ってるんだ。えっと、千里眼という魔法って分かる? それを応用したんだけど?』


「何となくわかった。そっちの状況をこっちに見せてくれてるんだ?」


『そうそう、そんな感じ。もちろん、そっちの状況もこっちに見えてるよ。それでね、今日はこれから魔氷のダンジョンというところに行く予定だから、その時にまた映像を送るよ。たぶん、お昼前には送れると思う』


「むしろ、ずっとこっちに映像を送って」


 ずっとフェル姉ちゃん達が見れるなら、アンリ達が王都にいるも同然だと思う。


 でも、ヴァイア姉ちゃんは首を横に振った。


『こっちの金属板から見える視界を送るだけだから短時間なら問題ないけど長時間は無理かな? 私のほうはともかく、スザンナちゃんの魔力が持たないと思う。この魔道具って両方の魔力を消費するからね』


「うん、今も徐々に魔力を使っている感じ。さすがにこれを一日続けるのは無理かな」


 最初の起動だけじゃなくて、使っている間も魔力を消費するんだ? スザンナ姉ちゃんも結構な魔力量だけど、それでも足りない……?


 ……これはいけない。今日の勝負に勝てなくなる。


「スザンナ姉ちゃん、今日のために魔力の消費は抑えておこう。ヴァイア姉ちゃん、一旦止めるから、その魔氷のダンジョンに着いたらちゃんと映像を送って。もし送ってくれなかったら、ノスト兄ちゃんにヴァイア姉ちゃんの恥ずかしい過去を暴露するから用心して」


『ちょ、アンリちゃん!? ダメだよ!? 心当たりが多すぎてどれのことか分からないけど、言っちゃダメだからね!?』


「安心して。映像を送ってくれれば何の問題もないから。ちなみに暴露する内容のキーワードは『川での水遊び事件』」


『……絶対に送るから!』


 ヴァイア姉ちゃんがすごく真面目な顔をしている。ちょっと脅かしすぎたかもしれない。でも、これなら忘れずに映像を送ってくれると思う。


 金属板を通した念話が終わった。よし、部屋に戻ろう。


「それじゃおじいちゃん、アンリ達は部屋でヴァイア姉ちゃんからの連絡を待つから」


「待ちなさい、アンリ。午前中は勉強だからね。ヴァイア君から連絡が来たらその映像を見てもいいからちゃんとやりなさい」


 こういう時のおじいちゃんはいつも鋭い。なし崩しに勉強をしないつもりだったのに。


 仕方ないから勉強を続けよう。




 ピピピピと鳥の鳴く声が聞こえた。これはスザンナ姉ちゃんの金属板だ。勉強なんてやってる場合じゃない。


 二人で金属板を覗き込むとヴァイア姉ちゃんが映った。


『ちゃ、ちゃんと送ったからね!』


「ちょっと脅かしすぎちゃった。安心して、アレはアンリの心の中に封印しておくから。墓まで持ってくつもり」


『ありがとう。今ね、魔氷のダンジョンにいるんだけど、すごい大きな鳥を引き寄せちゃって、フェルちゃんが戦っているからその映像を送るね』


 ヴァイア姉ちゃんの姿が見えなくなると、地面も天井も氷で覆われているのが見えた。これが魔氷のダンジョン?


 たしかスザンナ姉ちゃんが言ってたダンジョンのことだと思う。初代国王ヴァロンが禁呪を使って作ったとかなんとか。そういえば、そこにいる鳥が美味しいとか言ってた気がする。そのために行ったのかな?


 ぐるっと映像が動くと、ディア姉ちゃんとリエル姉ちゃん、それにメイドさんが一瞬だけ映った。あのメイドさんは、オルウスおじさんと一緒に来たハイン姉ちゃんかな?


 また映像がちょっと揺れて、今度はすごい大きな鳥が映った。雷を纏っている感じでバチバチって音が鳴ってる。


「うわ、レアな魔物だね。あれはサンダーバードだよ」


 スザンナ姉ちゃんが大きな鳥を見ながら教えてくれた。雷を纏った鳥だからサンダーバード……この鳥が美味しいのかな? アンリも食べたい。フェル姉ちゃんのお土産に期待しよう。


「あ! フェル姉ちゃんだ!」


 また映像がちょっと動くと、大きな鳥に向かって殴り掛かってるフェル姉ちゃんが見えた。相変わらず格好いい。


 でも、不思議。この鳥は飛べないのかな? 翼でフェル姉ちゃんを攻撃してるみたいだけど、その翼で空を飛ぼうとはしてないみたいだ。空からの攻撃のほうが強そうなんだけど。


 それにフェルちゃんも手加減してる? 思いっきり殴っていない感じに見える。それでも勝てそうではあるけど。


 そのまま見ていたら、大きな鳥は地面に倒れて動かなくなっちゃった。うん、フェル姉ちゃんの勝利だ。


 でも、フェル姉ちゃんの髪の毛が逆立ってぼさぼさになってる。いつの間にイメチェンしたんだろう。どちらかと言うと前のほうが好きなんだけど。


『フェルちゃん、ちょっとこっち来て』


 あれ? ヴァイア姉ちゃんの声が聞こえた。鳥の近くにいるみたいだけど、何をしてるんだろう?


 そしてフェル姉ちゃんが近づくと『ポーズ取って』って言いだした。


『ポーズ? なにを言ってるんだ?』


『鳥さんを倒したーって感じのポーズ取ってみて』


 フェル姉ちゃんも不思議そうな顔をしているけど、アンリも何をしているのか分からないから不思議。でも、フェル姉ちゃんは右手の親指を立ててこっちを見てくれた。


 一瞬だけぴかっと光った気がするけど、それで終わっちゃった。なんだったんだろう?


 フェル姉ちゃん達の話が聞こえてくるのを整理すると、どうやら、あのポーズをした映像をこっちに送ってくれるみたい。


 でも、フェル姉ちゃんはやめてくれって言ってる。頭がぼさぼさなのが嫌みたいだ。


 しばらくすると、スザンナ姉ちゃんの金属板がピコーンと鳴った。そしてアンリの金属板も同じ音がした。もしかしてもう映像が来た?


 金属板を取り出してちょっとだけ魔力を込めてみると、フェル姉ちゃんが大きな鳥の横で親指を立てている映像が見れた。これはすごい。髪がちょっとぼさぼさだけど。


 スザンナ姉ちゃんの金属板からフェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんの問答が続いていたけど、いきなりフェル姉ちゃんが映った。


「あ、フェル姉ちゃんだ。アンリ達のこと、見える?」


『ああ、見える。スザンナも見えてるぞ』


「こっちは二人でフェルちゃんが戦うところをずっと見てたよ。格好良かった」


「興奮した。いつかアンリも巨大な鳥と戦う」


 アンリも大きくなったら魔氷のダンジョンへ行ってサンダーバードを倒そう。もしかしたら、ライトニングソードを作れるかもしれないし。


『そうか。お土産を買っていくからいい子にしていろよ?』


「うん。スザンナ姉ちゃんと一緒に村を抜け出そうとすると、メノウ姉ちゃんに阻止されるからいい子にするしかない。でも、いつか突破して見せる」


 今日こそ突破して見せる。そしてフェル姉ちゃんに会いに行こう。


『それはいい子にしていないだろうが』


 そしてフェル姉ちゃんと少しだけお話した。あの髪型はイメチェンじゃなくて、サンダーバードのせいみたい。「たいでん」っていう言葉があるとか。良く分からないけど髪の毛が逆立つものだと思う。ライトニングソードを作ったら髪型は諦めるしかないのかな。


 久しぶりにフェル姉ちゃん達と話せて楽しかった。やっぱり王都へ行くしかない。午後は頑張ろう。




 勉強も終わって、お昼ご飯も食べた。そしてアンリもスザンナ姉ちゃんも準備万端。


「いこう、スザンナ姉ちゃん。王都には楽しいことがいっぱいありそう」


「うん、あの映像を見たら行きたくなるよね。メノウちゃんだろうとヤトちゃんだろうと今日は負けない」


 気合十分。必ず逃げ切る。そう確信して扉を開けた。


 ……広場にはメノウ姉ちゃんもヤト姉ちゃんもいない。でも――


「こんにちは、アンリ様、スザンナ様。今日はメノウ様もヤト様も忙しいらしいので私達が相手になります。よろしくお願いします」


 ジョゼちゃんが広場の真ん中にいる。ほかにも魔物の皆が集合していた。


 ……アンリの辞書には諦めるという言葉はない。


 でも、諦めが肝心という言葉はあるかも。

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