第200話 言いようのない不安

 

 さっきの戦いは不思議だけど、とりあえず勇者と賢者に勝ったからいいのかな。


 女神教の人達はすごく嘆いている感じだ。でも、まだ教皇とリエル姉ちゃんがいるってことで女神にお祈りを捧げているみたい。


 そういえば、二人がいつの間にかいない。大聖堂の中へ入ったのかな?


 急いで追うべきだけど、一部の女神教の人が大聖堂の入口で祈りの言葉を言いながら通せんぼしている。戦力はないだろうけど、戦おうとしていない人を無理やりどけるのは難しいかも。あれなら襲ってきてくれた方がいい。


 司祭様とアミィ姉ちゃんが避難させようとしているけど、頑なに動こうとしない。むしろ祈りの声で司祭様の声が聞こえていないのかも。


 フェル姉ちゃんはどうするんだろう? 相手に戦う意志がなくても構わずに蹴散らしちゃうかな?


 フェル姉ちゃんのほうを見た。


 フェル姉ちゃんと師匠さんは勇者と賢者の近くで何かをしているみたいだ。師匠さんが片膝をついて二人に手をかざしているだけの様に見えるけど何をしているんだろう?


 その師匠さんが立ち上がった。


「目が覚めたらまた暴れるかもしれない。拘束と見張りをお願いするよ」


 オリスア姉ちゃんとドレアおじさんがフェル姉ちゃんのほうを見る。


 フェル姉ちゃんが頷くと、勇者と賢者を拘束し始めた。


 師匠さんはフェル姉ちゃんのお師匠様だけど、偉いのはフェル姉ちゃんなのかな。なんとなく変な関係にも思えるけど。


 あれ? 南にある大通りからサルガナおじさんともう一人が近寄ってきた。


「二人とも倒したのか。魔族とは恐ろしいな」


「もしかしてアムドゥアの家族は救出されたのか?」


「ああ、おかげさんでな。まあ、サルガナってヤツのおかげで俺はボロボロだが」


「強かったのでちょっとだけ本気をだしてしまいました」


 ボロボロの服を着たちょっとうさん臭いおじさんがアムドゥアさんって人みたいだ。たしか家族を人質に取られていたから敵対するそぶりを見せていたはず。でも人質は救出されたみたいだ。なら味方になってくれるんだと思う。


 フェルちゃんが何かを思いついた顔になって、アムドゥアおじさんのほうを見た。


「アムドゥア、大聖堂前にいる女神教徒達に退く様にいってくれ。何人かはオリスアの殺気で倒れたようだが、残っている奴らが立ったまま目を閉じてお祈りしているんだ。はっきりいって怖い」


「洗脳されている奴らか。あれは俺でも無理だ。リエルの事も気になるからとっとと退いてもらいたいところだが……仕方ない、なんとか説得できないか試してくる」


「よろしく頼む」


 同じ女神教だしアムドゥアさんならあの女神教の人達をどかせるかな? いまだに司祭様達が説得しているみたいだけど効果がなさそう。ならアンリがガツンとやってしまうという手がある。


 勇者と賢者が倒れているからこの辺りで危険なことはないと思う。ヴァイア姉ちゃん達の護衛だってもういらないはず。説得が駄目だったらアンリが突撃して蹴散らそう。アンリは子供だから色々許されるはず。


 でも、最後の手段。もうしばらく待とう。


 オリスア姉ちゃん達を見ると勇者と賢者の拘束が終わったところだった。


 でも、師匠さんが拘束された賢者のローブを漁ってる。戦利品を取ろうとしているのかな?


 しばらくすると師匠さんが何かを取り出した。瓶に入っている液体――たしか女神の涙っていうすごいポーション。それをオリスア姉ちゃんのほうへ見せる。


 そっか、オリスア姉ちゃんは聖剣で脇腹を斬られた。その治療に使うのかも。


「手元にあるエリクサーは一本だけだね。オリスア君、だったね? これを飲んでおくといい。聖剣で切られた怪我だとしてもこれなら効くだろう」


「うむ、ありがたく頂こう。しかし我ながら情けない。ほぼ相打ちのようになったわけだが、バルトスとやらは本気を出していなかったのだな。あのままやっていたら確実に負けていた。例え偽物でも勇者ということか」


 確かに勇者が最初から本気だったらオリスア姉ちゃんは勝てなかったかも。なんだろう? オリスア姉ちゃんの事なのに、自分の事のように悔しい。


「しかし、師匠殿はお強いな。それに何やら訳の分からんことを話していたようだ。あれは一体どういう意味なのだろうか?」


「おお! このドレアもその話を伺いたいですな!」


 オリスア姉ちゃん達も何を言っているのか分からなかったんだ? うん、それはアンリも聞きたい。


 師匠さんがちょっと困った顔をしていたら、フェル姉ちゃんが師匠さんとオリスア姉ちゃん達の間に入った。


「待て、リエルを助け出すことが先決だ。そういうのを師匠に聞くのは後にしてくれ」


 いけない、そうだった。リエル姉ちゃんを助け出すことが先決。お話を聞いている場合じゃない。


 でも、大聖堂の前にいる女神教の人達が邪魔――あれ? なんか普通にどいてくれたけどどうしたんだろう?


『フェルちゃん、大聖堂前の女神教徒達が邪魔だったんでしょ? こっちで排除しておいたよ』


『ディアか? それはその通りなのだが、どうやった?』


『うん、ダンゴムシのライルさんに頼んで操って貰ったよ。あれくらいなら余裕だって。こっちは皆で避難誘導を続けるから、リエルちゃんの事、よろしくね!』


『分かった。すぐにリエルを助けてくる。それまでこっちはよろしく頼むな』


 念話の内容で色々分かった。ダンゴムシさんが女神教の人達を操ってどかしてくれたんだ。


 そういえば、そんなことを出来るって聞いたことがある。


 確かジョゼちゃんにスキルを封印されていたけど、今回のために解除してもらったとか。ふだん畑を耕しているだけで戦闘能力は全くないってことだったけど、こういうことが出来るならなんの問題もないと思う。あとでダンゴムシさんを褒めよう。


 フェル姉ちゃんは女神教の人達がどいたのを確認して頷いた。


「それじゃ、大聖堂へ行ってくる。師匠、行きましょう」


「そうだね、行こうか」


 フェル姉ちゃんと師匠さんが大聖堂のほうへ足を向けた。


 でも、ドレアおじさんがそれを止めた。


「フェル様、お待ちください。師匠殿とお二人だけで行かれるのですか? フェル様や師匠殿の強さは疑いようもありませんが、誰かをお供に付けた方が良いかと」


 それはその通り。もしかしたら教皇も勇者や賢者みたいに強いかも。フェル姉ちゃん達が負ける要素は全くないと思うんだけど、たくさんで行ったほうがいいと思う。


 でも、師匠さんは首を横に振った。フェル姉ちゃんはそれを見て頷く。


「心配はいらない。この先は教皇だけだ。お前達はさっき言った通り、勇者達を見張っていてくれ。アムドゥア、お前もよろしく頼むぞ」


「ああ、こっちは任せろ。念話でも言ったが、リエルをよろしくな」


 アムドゥアおじさんはそう言ったけど、ドレアおじさん達はちょっとだけ不満そうだ。でも、フェル姉ちゃんの言葉に従うみたい。確かに勇者と賢者を見張るのも大事なお仕事だからオリスア姉ちゃん達じゃないとダメかも。


 フェル姉ちゃんがよろしく頼むという感じで頷くと、師匠さんと一緒に大聖堂へ歩き出した。


 その後ろ姿を見て、一瞬、言いようのない不安を感じた。


 なんだろう? もうフェル姉ちゃんに会えなくなるようなそんな不安。そんなことあり得ないのに。


 念話で気を付けてって言おうと思ったけど、なぜかそれが言い出せない。


 よくわからないけど、すごく不安で隣にいたスザンナ姉ちゃんの手を握った。


「アンリ? どうしたの?」


「うん……なんかすごく不安な気持ちになって。このまま手を握っていてもいい?」


「もちろん構わないけど……何が不安なの?」


「分かんない。フェル姉ちゃんの後ろ姿を見たら、言いようのない不安がこみあげてきた」


 最初は一瞬だけだったんだけど、今はその不安がすごく大きくなっている感じがする。


 スザンナ姉ちゃんがアンリの手をぎゅっと握ってくれた。


「大丈夫だよ。フェルちゃんが負けるなんてあり得ない。すぐにリエルちゃんを助けて戻って来てくれるよ」


「……うん、そうだよね。フェル姉ちゃんが負けるわけない」


 これはたぶんアンリの気のせい。色々あったから疲れちゃったんだと思う。


 うん、スザンナ姉ちゃんの言う通り、フェル姉ちゃんはリエル姉ちゃんを助けてすぐに戻ってくる。そう信じよう。

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