第199話 不思議な戦い

 

 師匠さんは一人で勇者と賢者を相手にするみたい。


 フェル姉ちゃんのお師匠様だから強いとは思うんだけど、それはオリスア姉ちゃんよりも強いってことなのかな?


 それにあの女神の涙っていう薬。あれがある限り勇者たちは負けないと思うんだけど。


「シアス、儂に支援魔法を」


「言われなくとも分かっておる。【全能力強化】【全能力強化】【全能力強化】」


 なんかすごい支援魔法を使った。普通、加速とか筋力向上とかだけなのにそれを全部盛ってるみたい。なんて反則魔法。


 そして勇者のほうは腰を落として両手で剣を構えた。


「『痛覚遮断』『限界突破』『身体ブースト』『虚空領域接続』『疑似未来予知展開』」


 オリスア姉ちゃんと戦ったときに使ったスキルっぽいものをまた使ってる。でも、ちょっと多くなった? 言葉だけ聞くとすごく強そうなんだけど、師匠さんは大丈夫かな。


 その師匠さんはちょっと驚いてはいるけどほとんど動いてない。フェル姉ちゃんは全然心配していないみたいだけど、ちょっと心配になってきた。


「そんなことをしたら、いくら改造しているとはいえ、君の体がもたないよ?」


「儂の心配をしてくれるのか? だが、心配無用だ。死ななければ女神の涙でいくらでも回復できる。それに先程の戦いで分かった。手加減して倒せる相手ではないとな」


 勇者がそう言った次の瞬間には師匠さんの目の前にいた。


「チェストォォ!」


 勇者がものすごい気合と共に剣を真横に振る。


 大きな甲高い音が聞こえて、勇者の剣が弾かれた。よく見ると師匠さんの周りには薄い膜がある。もしかして結界を張ってたのかな?


 でも、勇者の攻撃でその結界にひびが入ってガラスが割れる感じの音を出して砕けた。


 勇者がさらに攻撃を仕掛けるけど、また剣が弾かれる。そしてさっきオリスア姉ちゃんと戦っていたときみたいに剣と剣がぶつかる音が絶え間なく聞こえてくる。


 素手なのにそんな音が聞こえるなんてどういうことだろうと思ったら、師匠さんはナイフのような武器を持っていたみたい。格闘技を使うのかと思ったらナイフ使いだった。


 なんというか、師匠さんはすごく簡単に受けている感じがする。どちらかといえば、攻撃している勇者のほうが押されている感じだ。


「驚いた。君は――よりも強い。人族と――のハイブリッドだからかな? それとも――達よりも状況判断が早いということかい?」


 まただ。ところどころ師匠さんの言葉が分からない。なんて言ったか聞き取れなかった。


「何を言っているのか分からんが、これを食らっても余裕でいられるか! 【絶壊】!」


 勇者が持つ剣が黒く染まっていく。あれじゃ聖剣じゃなくて魔剣だ。


 その剣での攻撃を師匠さんはナイフで受ける。そうしたら、ナイフが砕け散っちゃった。なにあれ?


「魔素を分子レベルで分解する攻撃かい? そんなこともできるんだね」


「次は貴様だ! 【絶壊】!」


 ナイフを持っていない師匠さんはその攻撃を左手で止めた。それじゃ左手が――!


「魔王様!」


 フェル姉ちゃんが叫んだけど、師匠さんの左手は特に問題ないみたいだ。でも、なんで魔王様? お師匠様じゃないの?


「き、貴様! 一体何をした!? 儂の絶壊を受け止めるだと!?」


 ぜっかいと言うのはあの破壊する攻撃だと思うけど、勇者の攻撃を片手で止められるっていうのがすごい。やっぱりフェル姉ちゃんの師匠さんも強いんだ。


 でも、なんというか、強いというよりも次元が違う感じがするのはなんだろう? そもそも同じ人族じゃないような……ああ、フェル姉ちゃんの師匠なんだから魔族なんだ。でも、角ってあるかな? なんとなく周囲がぼやけててよく見えないんだけど。


「いや、危なかったね。ギリギリで君と聖剣の解析は終わったよ。もう君の攻撃は僕に効かない」


「な、なんだと……?」


「君の辛さは良く分かる。だが、それは僕や――である――のせいだ。魔族の責任じゃないんだよ」


「何を言っている? 管理者? 女神様のせいだと……?」


 勇者が言った管理者ってなんだろう? それに女神様のせいって?


「眠るといい。その間に、少しだけ世界を良くしておこう」


 師匠さんは右手で勇者の腹部を軽く殴る。ちょっとだけ光ったと思ったら、勇者は「ガハッ」っと言って、そのまま膝をついて倒れちゃった。


 なんだろう。勝ったとは思うんだけど、オリスア姉ちゃんの時みたいな興奮がない。もともとそうなるのが当然と言う気がしてきた。なんでだろ?


「バルトス!」


 賢者の人が叫んだけど、勇者はうつ伏せのまま動かない。全く反応がないけど、死んじゃった訳じゃないと思う。


「安心するとい。殺してはいない。ちょっとだけ眠らせただけだ」


「馬鹿な! バルトスは女神様から睡眠が不要な体にしてもらったのだぞ! 起きろ! そして戦え、バルトス!」


「――はどこまで馬鹿なのだろうね。人族の体をここまでいじるなんて、許される事じゃない」


「貴様、なぜ、――様の名前を……? それは儂らしか――いや! 貴様! 追放された――か!」


 あれ? 今度は賢者の言葉も途切れ途切れに聞こえてきた。アンリは耳がおかしくなっちゃった?


 それになんだろう。周囲の音に雑音が入っている感じがする。師匠さんと賢者はさっきから話をしているみたいだけど、どの言葉も頭に入ってこない。


 一言一言は何を言っているのか分かるんだけど、次の一言で前の一言を忘れちゃうような感じ。


「まさか、リエルにも同じことをするつもりか!」


 でも、フェル姉ちゃんの言葉だけがハッキリ聞こえた。フェル姉ちゃんはどうしてそんなに大きな声を出したんだろう? リエル姉ちゃんのことを話してたのかな?


「あの女にそんなことはしない。あの女の精神波長は、――様が操るのに最も適した波長だからな。魔石など埋め込まずとも精神を乗っ取ればいいだけの話だ」


「乗っ取られたリエルはどうなる?」


「最も適した精神波長だからな、乗っ取られた本人の意識は永遠に戻ることはない――ほう? 恐ろしいほどの殺気だな?」


 周囲にいた人が全員硬直した。もちろんアンリも。


 オリスア姉ちゃんが放った殺気の比じゃない。このまま命を刈り取られそうなほどの殺気がフェル姉ちゃんから出てる。それに近くで誰かが倒れる音がした。フェル姉ちゃんの殺気に当てられて気を失っちゃったのかも。


 フェル姉ちゃんが賢者のほうへ歩き出そうとしたら、師匠さんがフェル姉ちゃんの肩に手を置いた。


「落ち着くんだ、フェル。例え乗っ取られても、僕が治すから」


 師匠さんがそういうと、フェル姉ちゃんから殺気が無くなった。息苦しい雰囲気も和らぐ。周囲から息を吐きだす声が聞こえてきた。アンリもちゃんと呼吸しておこう。


 それを見ていた賢者がニヤリと笑った。


 なんだろう? 賢者はずいぶんと変わったような気がする。それに嫌な感じがすごく増してる。あの賢者って本当にさっきまでいた賢者と同じなのかな? もしかしてリエル姉ちゃんみたいに操られてる?


「そう上手くいくかな? これには――様も協力している。例え――といえども、元に戻せる保証はないぞ?」


 頭がズキッとした。痛いって言うよりも頭が拒否反応を起こした感じ。あの賢者は何を言ったんだろう? リエル姉ちゃんを元に戻せる保証はないって意味だとは思うんだけど。


 また師匠さんと賢者の話が始まった。


 さっきと同じように頭に会話が入ってこない。一体何の話をしているんだろう。そもそもアンリの知っている言葉じゃない?


 ――あれ? 今、何かあった? 気を失ったわけじゃないと思うんだけど、一瞬見ているものが変わったような感覚がある。


 それに師匠さんが右手に大きな魔石を持ってる。いつの間に取り出したんだろう?


「い、いつの間に! 馬鹿な! や、やめ――」


 師匠さんが魔石を握りつぶすと賢者が倒れた。


 え? どういうこと?


「スザンナ姉ちゃん、今の何?」


「……私も全然分かんなかった。あの二人が何を言っているのかも分からないし、何をしたのかも分からない。なんだか最後の方で気を失ったのかな? いつの間にかああなってて何も覚えてないんだよね……」


 アンリと同じだ。なんかこう夢の中にいたような感じ。


 師匠さんはすぐに賢者に近寄って賢者のローブから何かの瓶を取り出した。あれって女神の涙ってお薬かな?


 師匠さんはそれを賢者に飲ませる。そんなことをしたらまた目を覚ましちゃうんじゃ、と思ったけど、そんなことはないみたいだ。致命傷だったから助けたのかな?


 フェル姉ちゃんが師匠さんに近づいた。でも、アンリと同じように不思議そうな顔をしている。もしかしたらフェル姉ちゃんも最後がよく分かっていないのかも。


「あの、今のは一体……?」


「うん、まあ、色々。結晶体を無理やり引きちぎったからね。怪我が治るようにエリクサーを飲ませたんだ。さて、これで二人は倒した。まずは二人がおかしくなっている部分を治そう。それに記憶も戻してあげないとね。そうしたら、すぐに大聖堂へ向かおう」


 これで勇者と賢者を倒したことになると思うんだけどすごく不思議な戦いだった。


 なんかこうよく分からないうちに終わっちゃったけど、いいのかな?

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