第44話 変なルール

 

 午前中は部屋で剣の素振りをした。いい汗をかいた。


 勉強をしなくてもおじいちゃん達から何も言われなかったのは、それどころじゃなかったからだと思う。家の中なのに色々とバタバタしていたし、ドッペルゲンガー対策をしていたのかな。


 でも、もうお昼をかなり過ぎてる。アンリのお腹の虫がレジスタンスを結成していた。そろそろ反乱を起こすかもしれない。昼食はまだかな?


 いったん大部屋に行って昼食を催促してみよう。今日はトウモロコシがいいと思う。ショーユを塗って焼くだけでごちそう。ちょっと焦げているところがいい。


 大部屋へ行くと、おじいちゃん達が座ってた。お疲れみたい。でも、要望は伝えないと。


「おかあさん、ご飯はまだ? これ以上お腹がすくと、アンリのお腹が大変なことになる」


 たぶんこう、ものすごいうなり声をあげる。


「ああ、ごめんなさいね。まだ用意していないの。でも、ようやく終わったから、これから用意するわ。もう少し待ってね」


 色々大変なところに悪いとは思うけど、アンリのお腹も大変なことになってる。早めにお願いします。


「いや、今日は森の妖精亭で食べてしまおう。村の皆に話をしに行ったし、皆の家の補強をしたから疲れているだろう。この状態でアーシャに食事を作らせるのは酷だからね」


 おじいちゃんがそんな提案をした。アンリは昨日も森の妖精亭でお昼を食べてる。二日連続なんてちょっと贅沢しすぎかも。お金の蓄えは大丈夫なのかな?


「助かるわ。それじゃさっそく行きましょうか」


 うん。お金は大丈夫みたい。お金はおかあさんが管理しているから、おかあさんが大丈夫だと言えば大丈夫。


「たのもー」


 出掛けようとしたところで、フェル姉ちゃんが入口から入ってきた。どうしたんだろう?


「フェル姉ちゃん、いらっしゃい。遊びに来たの? お腹はすいているけど、遊ぶのはやぶさかではないよ?」


「そんなわけあるか。ドッペルゲンガーを追うからそのことを村長に言いに来たんだ」


 なんだ、おじいちゃんに用事なんだ。さすがにそれについていきたいって言ってもすぐに却下されるから言わないでおこう。


「これからドッペルゲンガーを追うのですか? でも、場所が分かるのですか? 森はかなり広いですよ?」


「ああ、探索魔法で印をつけてあるからこれからで大丈夫だ。かなり遠くへ行ったようだから村は安全だと思うが、いつ戻ってくるか分からないから警戒はしていてくれ。それに、このままにしておくのもモヤモヤするし、落とし前をつけさせないと」


「そうでしたか。大丈夫だとは思いますがお気をつけて」


「ああ、それじゃ行ってくる。念のため、従魔達に村を見回りさせる。なにかあれば頼ってくれ」


「はい、ありがとうございます。その時は助けを求めますので」


 フェル姉ちゃんは頷いてから家を出て行った。


 フェル姉ちゃんは一人で行くのかな? ちょっとだけ心配。でも、ヤト姉ちゃんも一緒に行くのかも。


「相変わらず、フェルさんは律儀というかなんというか。魔族であることを忘れてしまうよ」


 おじいちゃんの言葉に、おとうさんやおかあさんもうんうんって首を縦に振ってる。


 アンリにはよくわからないけど、そういうものなのかな。


 皆で家を出て、森の妖精亭へ行く途中、ミノタウロスさんが村の広場でデンと構えていた。斧を持っていて凛々しい。見回りしてくれているのかな。


 アンリがびしっと敬礼すると、ミノタウロスさんもびしっと敬礼を返してくれた。


「村の守りはお任せください」


「うん、ありがとう。でも、ミノタウロスさんも適度に休んでね」


「はい――あれ? 言葉が……?」


 ミノタウロスさんが不思議そうにしている。やっぱりアンリは魔物言語を覚えた。言ってることが分かる。なんかこう成長した感じ。


 嬉しいからスキップしながら森の妖精亭に入る。おとうさんとおかあさんに両手を持ってもらって空中歩行したかったけど、それをやるのは子供。アンリは成長したからスキップで済ます。


「いらっしゃいませニャ。四名様、ご来店ニャー」


 ヤト姉ちゃんがテーブルに案内してくれる。


 え? ヤト姉ちゃん? フェル姉ちゃんと一緒に行かなくていいのかな?


 ヤト姉ちゃんは注文を受けると厨房のほうへ行っちゃった。これは話を聞かないと。


「ちょっとヤト姉ちゃんと話してくる」


 おじいちゃんたちにそう言って厨房のほうへ移動した。


 ヤト姉ちゃんがちょっと怖い目でニア姉ちゃんの料理をじっと見てる。邪魔しちゃう感じだけど、色々聞いてみよう。


「ヤト姉ちゃん、フェル姉ちゃんと一緒に行かなくて良かったの?」


 ヤト姉ちゃんがこっちを見た。でも、ちらちらとニア姉ちゃんの手元を見てる。


「ニャ? ドッペルゲンガーのことかニャ? 別にいかなくても平気ニャ。大体、フェル様はジョゼフィーヌ達を連れていったし、はっきり言って過剰戦力ニャ」


「そうなんだ? でも、あのドッペルゲンガーはフェル姉ちゃんの力を使えるんだよね? ヤト姉ちゃんは圧勝してたけど、フェル姉ちゃんとかジョゼフィーヌちゃん達は大丈夫なの?」


「身体能力だけのフェル様なんてジョゼフィーヌ達にかかれば瞬殺ニャ」


 ヤト姉ちゃんはメモ帳とペンを取り出して何かを書いてる。お料理のメモかな?


 それはいいとして瞬殺? ジョゼフィーヌちゃん達がそれを出来るってこと?


 エルフの森でジョゼフィーヌちゃん達が強いのは見たけど……もともとフェル姉ちゃんよりも強いのかな?


「ヤト姉ちゃんやジョゼフィーヌちゃん達はフェル姉ちゃんよりも強いの? さっきは雑魚とか言ってたよね? でも前は本気出したフェル姉ちゃんの足元にも及ばないとか言ってた気がする。矛盾過ぎてアンリは混乱してる」


 ヤト姉ちゃんはメモ帳とペンを亜空間にしまってアンリのほうを見た。


「フェル様が雑魚なわけないニャ。転移が出来なくても私は勝てないニャ。でも、本気を出していないフェル様には敬意を払ってはいけないルールがあるから、雑魚って言ってちょっとだけ貶しただけニャ」


「そうなの? ルールって何?」


「フェル様には言っちゃダメニャ。これはフェル様に内緒ニャ。約束を守れるかニャ?」


「安心して。アンリはこう見えて口は堅いほう。お口にチャックする」


 ヤト姉ちゃんは、うん、と頷いた。


「簡単に言うと、本気を出していないフェル様には敬意を払っちゃいけないというルールを魔族の偉い人たちが決めたニャ」


「なんでそんなことしてるの?」


「フェル様が『自分に敬意を払う必要はない』と命令されたからニャ」


 変な命令。敬意を払う必要はない? それをフェル姉ちゃんが命令した?


「そしてオリスア様――えっと魔族の偉い人が言うには、フェル様は寂しがり屋ニャ。でも、フェル様には事情があって、周囲と壁があるニャ。それを取り除くためにフェル様は『自分に敬意を払う必要はない』と命令されたのではないか、とおっしゃったニャ」


 フェル姉ちゃんが寂しがり屋? そうなのかな?


「だけど、その命令を聞くのは難しいニャ。獣人である私はそうでもないけど、魔族の皆さんはフェル様に敬意を払わないのはとても難しいので、その命令に従えるような別のルールを作ったニャ」


 別のルールを作った? それよりもフェル姉ちゃんに敬意を払わないのが難しいというのはどういうことなのかな?


「普段のフェル様に敬意は払わないけど、本気を出したフェル様には最大限の敬意を払うってルールが出来たニャ。私はそのルールに従っているだけニャ」


 色々教えてもらったけど、よくわかんない。ジョゼフィーヌちゃんが言ってた敬意を払っちゃいけないというのもこのルールに則っているからなのかな?


「えっと、それじゃ、雑魚って言ったのは嘘で、フェル姉ちゃんはヤト姉ちゃんよりも強いってことでいいんだよね?」


「当り前ニャ。前にも言ったけど、子供のころならいい勝負できたニャ。でも今じゃ全然勝てないニャ。そもそも、フェル様に勝てる人なんて魔界にだっていないニャ。転移できないならオリスア様がいい勝負するくらいかニャー……」


「それって、フェル姉ちゃんが魔界で一番強いってこと?」


「そうニャ」


 ものすごく当り前のことのように言われちゃった。でも、よく思い出したら、ジョゼフィーヌちゃんもフェル姉ちゃんを最強って言ってた。興奮したのを覚えてる。


 ……でも、なんだか信じられない。あのヤト姉ちゃんが全然勝てないって想像ができないんだけど。


「だからフェル様のことは心配しなくて大丈夫ニャ。すぐにドッペルゲンガーに落とし前をつけさせて戻ってくるニャ」


「ヤトちゃん、料理できたから配膳をお願いするよ」


 ニア姉ちゃんの料理が終わったみたい。四つのお皿に料理が盛られている。あれはワイルドボアのステーキ。美味しそう。


「分かりましたニャ。それじゃアンリ、テーブルに戻るニャ」


「うん」


 お腹ペコペコ。まずは食べないと。


 ヤト姉ちゃんから色々聞いたけど、フェル姉ちゃんには変なルールというか命令があるみたい。だからヤト姉ちゃんは雑魚って言ったみたいだ。


 でも、フェル姉ちゃんは不思議。魔界だとどういう立場の魔族なのかな? 魔王軍強襲部隊隊長よりも格好いい立場なのかな? もしかしてヤト姉ちゃんの漆黒みたいな二つ名があったりして。


 魔界で一番強いっていうなら魔王なのかな?


 今度フェル姉ちゃんに聞いてみようっと。

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