第263話 家賃千年分前払い
フェル姉ちゃんが帰ってきた。
今は森の妖精亭でいつものテーブルに座ってる。スザンナ姉ちゃん達も一緒だ。
魔王様と言う人は見つからなかったみたいだけど、いつものことだから別に構わないって言ってた。とはいえ、やっぱりちょっと残念そう。もう二年近く探しているのにどこにもいないなんて、アンリだったら心が折れちゃうかも。
せめて村にいる間は楽しんで貰おう。アンリのゴッドハンドを炸裂させるときが来た。
「フェル姉ちゃん、アンリのゴッドハンドを受けてみる? 身も心もメロメロになって、ジョゼちゃんみたいにグネグネするかも」
「肩もみか。スライムっぽくなるのは困るが、確かに受けてみたい気はするな。昔、ディアにマッサージと言うのを受けたことがあるが結構よかった」
「アンリのゴッドハンドをそんじょそこらのマッサージだと思ったら大怪我する」
「肩もみで大怪我はしたくないぞ?」
とりあえずフェル姉ちゃんの背後に回り、使われていない椅子に立って背中をもみほぐした。強弱をつけるのがコツ。でも、フェル姉ちゃんの背中は誘惑だらけ。ものすごくおんぶされたい。むしろ肩車まで行きそう。
とりあえずお話して気を紛らわせよう。
「フェル姉ちゃん、そういえばロンおじさんからお話を聞いた?」
「ロンから? 何の話だ?」
「森の妖精亭を改築するって話。二階の奥の部屋がフェル姉ちゃんの部屋だから、相談してから決めるって聞いてるけど」
「そうなのか? いや、聞いてないな。でも、そうか、ここを改築するのか。村にいるときはいつもここにいたから、改築されるとちょっと寂しいな」
うん、フェル姉ちゃんは分かってる。アンリも思い入れのある場所が改築されるのはちょっと寂しい。
「この次は改築しなくてもいいように大きくて丈夫でずっと村にあり続けるような宿にしてってロンおじさんに頼むつもり」
「……そうだな、私もずっとあり続けて欲しいと思う」
「それだったら千年樹の木材で作ってもらえばいいんじゃない? ちょっとお高いけど、丈夫だし長持ちだよ」
スザンナ姉ちゃんがそんなことを言い出した。
千年樹ってエルフの森にあるっていう樹齢千年以上の木のことかな? あれを使った建物は丈夫になるって聞いたことがある。たしか、フェル姉ちゃんが木彫りの置物と交換でもらっていたような気がするけど。
「フェル姉ちゃんって千年樹の木を持ってなかった? たしかミトル兄ちゃん達がリンゴの代わりにって持ってきたよね?」
「ああ、昔、魔界にあった装飾品と交換でもらったな。でも、あれは、ヴィロー商会に売ってしまったからもう持ってないぞ」
木彫りの置物じゃなくて魔界の装飾品だったみたいだ。うん、木彫りの置物とお高い木材じゃ確かにレートが合わない感じがする。
「おう、フェル、帰って来てたんだな。ちょっと相談したいことがあるんだが」
「ああ、私もちょっと相談したいことがある……アンリ、背中から下りてくれ。なんでいつの間におんぶしてるんだ? 肩もみしてたんだよな。最初は気持ち良かったんだが」
「フェル姉ちゃんの背中の誘惑に勝てなかった。アンリは悪くない」
面倒だからこのままでロンおじさんの話を聞こうっと。
ロンおじさんが図面を元に色々と説明してくれた。詳しい話は分からないけど、今後も増築できるような形で作ろうとしているみたい。ロンおじさんはこれからももっと冒険者がふえると考えているとか。
それはアンリもなんとなく分かる。アビスちゃんのダンジョンへ入る冒険者が多い。アビスちゃんのおかげなんだろうけど、このダンジョンではまず死なないって冒険者の人が言ってた。
その割には魔石が良く取れるし、ドロップする武具もかなりいい物だとか。それってグラヴェおじさんの失敗作とか、鍛冶の勉強に来てる獣人さんの物をアビスちゃんが宝箱に入れてるって言ってた。これはネタバレになるから冒険者の人には内緒だけど。
「ロン、いいのか? 新しく建てる宿にも私専用の部屋を作るなんて。もう一度買いなおすぞ?」
「止めてくれ。フェルに金を払わせたらかみさんに絶縁されちまうよ」
「そこまでか」
「生ぬるいくらいだぞ?」
「だが、それはそれで気が引けるな。建て直すなら宿の値段も変えるんだろう? 部屋を買ったのは今の値段での話だから、値段が上がるならその分はお金を払いたい」
「馬鹿言うな。それもさっきと同じで、そんなことしたら俺がかみさんに追い出されちまう。いいからフェルは何も言わずに新しい部屋を使ってくれ」
「そうは言っても、家具をそのまま残してくれとか、このいつも使ってるテーブルも残してほしいとか私の要望を結構聞いてくれているだろう? なんとなく申し訳なく感じる」
「いいんだよ。俺もかみさんもフェルには俺達の宿を使って欲しいんだ。お礼みたいなものだから気にしないでくれ。俺達の事やヴァイアのこと、その他色々なことに感謝してるからな」
「しかしな――」
フェル姉ちゃんもロンおじさんもお互いにひかないみたいだ。ここはアンリが何とかいい案を出そう。
そうだ、さっきの千年樹のお話だ。スザンナ姉ちゃんの提案を奪うような感じだけど、大丈夫だと思う。
「ロンおじさん、フェル姉ちゃんは千年樹の木材で宿を建てて欲しいってさっき言ってた」
「せ、千年樹の木材か? さすがにあんな高級品で宿は建てられないぞ。どれほど借金しなきゃいけないのか分かったもんじゃない」
ロンおじさんの回答は予想通り。本題はこっち。
「フェル姉ちゃん、ミトル兄ちゃんから千年樹の木材を安く手に入れられない? それを使って宿を建ててもらえばいいと思う。フェル姉ちゃんが材料を提供するってことでバランスを取ればいいんじゃないかな?」
「……そういうことか。直接金を払うのは無理っぽいからな。私の要望として千年樹の木材で宿を建ててもらおう。そしてその一室を貰う。ロン、それでどうだ?」
「それでどうもだもなにも、ダメに決まってるだろ。どれだけの金がかかると思ってるんだ。フェルに負担をかけたら、この村に居られないレベルでかみさんに怒られちまうよ」
「いいじゃないか、アンタ。フェルちゃんに木材を調達してもらいなよ」
ニア姉ちゃんが厨房のほうからやってきた。話を聞いていたのかな?
「いや、でも、かなりの金がかかるぞ? フェルに負担をかけるのはニアが一番嫌がることだろう?」
「そうだけどさ、フェルちゃんにはこの宿を百年でも二百年でも使って貰いたいからね。なんなら千年後も使っていて欲しいよ。それくらいの年数なら、千年樹の木材でつり合いが取れるんじゃないかい?」
ニア姉ちゃんが笑顔でそう言うと、フェル姉ちゃんも笑顔になった。
「そうだな、千年部屋を借りるから千年樹の木材で支払わせてくれ。家賃千年分前払いだ」
「……かみさんとフェルのタッグに勝てる気はしないな。分かった、そう言うことならフェル、千年樹の木材を調達してくれないか? どれくらい必要かは計算しておくから」
「ああ、任せろ。エルフと物々交換をして必要なだけ手に入れてやるから」
うん。これで丸く収まった。でも、なぜかスザンナ姉ちゃんの視線が痛い。もしかしてアンリが手柄を奪ったことになってる?
いけない、発案者はスザンナ姉ちゃんってことをちゃんと説明しておかないと。
「実は千年樹の木材に関してはスザンナ姉ちゃんの発案。アンリは便乗しただけ。さすがアンリのお姉ちゃん」
うん、これで良し。それじゃ今日はダンジョン探索をお休みしてフェル姉ちゃんと遊ぼう。まずは今回行ってきた遺跡についての土産話を聞こうっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます