第86話 不完全燃焼

 

 昨日の夜はスザンナ姉ちゃんと一緒にベッドで寝て楽しかった。色々なお話を聞けて満足。でも、まだまだネタはありそう。今日もお泊りしてもらおう。


 でも、その前にやるべきことがある。アンリは今日も今日とてお勉強。でも、今日は最高の助っ人がいる。


「なんで私が勉強しないといけないの?」


 スザンナ姉ちゃんはまだそんなことを言っている。人生には諦めとか妥協が必要なのに。


「スザンナ姉ちゃんはアンリのお姉ちゃんだから」


「う……そう言われるとやらないわけにはいかない気がするけど、関係ないような気もする。でも、お姉ちゃんだし……どうしよう?」


 スザンナ姉ちゃんは意外と律儀。逃げられるはずなのにアンリのために色々考えてくれている。うん、本当のお姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい。


「スザンナ君。アンリと一緒に勉強したらどうかな。そんな歳から冒険者をしているなら、学校に通ったり、勉強を教わったりしていないだろう? 今は必要なくても今後必要になる可能性はある。知識はあったほうがいいよ。それにアンリと一緒なら無料だからね」


 勉強をするには、普通、お金を払うみたい。学校へ行くにも結構なお金が必要だって聞いた。アンリはおじいちゃんから教わっているから無料。でも、アンリはお金を払ってでも勉強を免除してほしい……おっといけない、アンリはいい子だから、そんなことを思っちゃいけない。


 スザンナ姉ちゃんはおじいちゃんに説得されたみたいだ。色々諦めた顔でアンリの隣に座った。ちょっと暗い感じだったけど、アンリのほうを見てから頷く。


「仕方ない。アンリをひとり残していくわけにもいかないから私も勉強する。でも、私、ほとんど勉強してなかったからアンリよりも頭が悪いと思うよ?」


「おじいちゃんが以前言ってたけど、勉強は頭が良いとか悪いとかじゃないから大丈夫なんだって。アンリもそう思う。勉強はただひたすら耐えるのみ。忍耐力を鍛えているだけだから安心」


「いやいや、そうじゃないよ、アンリ。勉強とは知識を増やすための行為だ。だから頭がいいとか悪いとかは関係がないんだ」


 それは初耳。アンリは頭が悪いから勉強が嫌いなんだと思ってた。


 スザンナ姉ちゃんもアンリと同じ意見のようで、首をちょっと傾げておじいちゃんを見てる。


「でも、頭が良くないと知識を覚えられないと思う」


「知識は覚えるんじゃないんだ。理解するんだよ。とはいっても、言葉だけでは難しいね。なら勉強しながら理解と言うことを教えてあげよう」


 おじいちゃんの言っていることは良く分からないけど、スザンナ姉ちゃんがいれば楽しい気がする。うん、二人で勉強すれば怖いものはない。一緒に頑張ろう。




「二人ともお疲れ様。今日はずいぶんとグロッキーだね。お勉強が結構ハードだったの?」


「うん。それよりも頭が熱い気がする。ディア姉ちゃん、アンリの頭から煙とか出てない?」


「私も気になる。大丈夫かな?」


「うん、二人とも煙は出てないよ」


 夕方。アンリとスザンナ姉ちゃんはお勉強が終わって冒険者ギルドに来た。それぞれ椅子に座り、カウンターの上に頭を乗せてぐったりしている。


 おじいちゃんはスザンナ姉ちゃんに教えるのが嬉しかったのか、いつもよりも熱が入ったお勉強をした。これはアンリの作戦が失敗したのかも。スザンナ姉ちゃんがいないほうがもっと楽だった気がする。


「はいはい、そんなにぐったりしないで。フェルちゃんの情報をあげるから元気出して」


「さすがディア姉ちゃん。アンリが一番欲しいものを一番欲しい時にくれる。将来、詐欺師になれると思う」


「なんで詐欺師? 私は服飾のブランドを築く夢があるから、詐欺師はないかなー。まあ、そんなことよりも、フェルちゃんから連絡があったよ。お昼ちょっと過ぎくらいかな、順調だって言ってたよ」


「そうなんだ? それじゃもうちょっとでニア姉ちゃんを取り返せるかな?」


「そこまで詳しい進捗は聞いてないんだよね。オリン国から声明が出たかを確認していたから、そろそろルハラの領地へ入るころなんじゃないかな。そうそう、昨日、スザンナちゃんが言ってた通り、メノウ様ファンクラブとメイドギルドはフェルちゃんの知り合いだって言ってたよ」


「当然。メーデイアでメノウちゃんの弟を救ったのはフェルちゃんとリエルちゃんだし、メノウちゃんは以前メイドギルドに所属してたみたいだから、そのつながりがある。昨日、説明したよね?」


 それは確かにアンリも聞いた。メーデイア疫病事件。メノウって人の弟さんを助けに行ったら、フェル姉ちゃんが色々なことに巻き込まれて最終的に町で疫病が発生した。


 やったのはアダマンタイトの冒険者とその町にいた冒険者ギルドのギルドマスター。アダマンタイトはフェル姉ちゃんがぶっ飛ばしたみたい。ギルドマスターのほうはルネ姉ちゃんがやったとか。


 そしてメイドギルドの人たちと協力して疫病の感染拡大を防いだ。どちらかというとリエル姉ちゃんのほうが活躍したらしいけど、フェル姉ちゃんもすごく活躍してたみたい。


「メノウ様ファンクラブってあのメノウのファンクラブだったんだね。なんでファンクラブから声明が出るんだろうってことに意識を奪われてメノウって名前に気づかなかったよ」


 そういえば、アンリもメノウって聞いたことがある。確かニャントリオンのライバルだったはず。


「もしかして、アイドルのゴスロリメノウ?」


「そう、それ。フェルちゃんはいろんな人と縁を結ぶよね。まさかそんな人と知り合いになったなんて。それに、私に嫌味を言っていたギルドマスターを鉱山送りにするなんてびっくりだよ」


「うん、フェルちゃんは面白い。だから一緒に村へ来た。でも私はお留守番になったから、ちょっと当てが外れた。一緒にルハラへ行きたかったんだけどな」


「うん、アンリも行きたかった。みんなを危険な目にあわせているのにアンリは安全なところで待機なんていうのは、ちょっとどうかと思う。もっと強ければ連れて行ってもらえたと思うんだけど」


 フェル姉ちゃんは、ボスは安全なところでふんぞり返っていろって言ってたけど、そういうのはアンリに向いてない。どんな時だって一番槍したい。


「それじゃ、私と訓練する? 実はフェルちゃんから強くなるアドバイスをもらったから訓練しようと思って――」


「やる。バリバリやる。アンリは強くなるためなら悪魔に魂を売ってもいい感じで強くなりたい。今度、こういうことがあったら連れて行ってもらいたいから、それまでに強くなる」


「うん、それじゃ、模擬戦みたいなことをしよう。私は水を操作するだけだし、怪我なんかさせないから安全だよ」


 模擬戦。なんていい響き。おじいちゃんとかおとうさんとたまにやるけど、ものすごく手加減されているからやっても強くなった気がしない。でも、スザンナ姉ちゃんならちょっとは本気を出してくれると思う。


 よし、ならさっそく広場でスザンナ姉ちゃんと模擬戦だ。魔剣を取りに家へ行こう。


 そう思ったら、どこからかピコーンって音が聞こえた。何の音?


「あ、フェルちゃんからの念話だ。あれ、今日二回目だね。そろそろ戦いになるのかな? もう夕方って言うか夜が近いんだけど、夜襲をかけるのかな?」


 ディア姉ちゃんが四角い形の魔道具を取り出してカウンターに置いた。念話の魔道具だと思う。


 リアルタイムでフェル姉ちゃんからの連絡だ。アンリも聞きたい。むしろ話したい。それに頑張ってってエールも送りたい。


「もしもし、フェルちゃん?」


『ディアか? フェルだが』


 フェル姉ちゃんの声が聞こえた。たった二日会えなかっただけなのに、すごく懐かしく感じる。それに声を聞くとすごく安心する。でも、今日、二回も連絡するなんて、なにか大変なことがあったのかな? いざとなったら今からでもアンリはルハラへ出発する気持ちはあるんだけど。


「待ってたよ。どんな感じ? ニアさんをさらった奴の町に着いた頃?」


『いや、ニアは助け出した。その連絡なのだが』


 え? 今、ニア姉ちゃんを助け出したって言わなかった? まだ二日目だよね? 出発した日を入れても三日目。


 うん、アンリの聞き間違いじゃない。ディア姉ちゃんもスザンナ姉ちゃんもびっくりして時間が止まっているような感じになってる。


『おーい、聞こえてるか?』


「早いよ! 戦う前に連絡入れるもんでしょ! なんで終わってるの!」


 それはアンリも同意見。こう、勝利を祈るようなこともせずに終わっちゃった。


「フェルちゃん、空気読めないってよく言われるでしょ? リエルちゃん並みだよ?」


『名誉棄損で訴えるぞ、コラ』


「とりあえず、話は分かったよ。ニアさんや魔物の皆も無事なんだよね? 村の皆に伝えておくから」


『ああ、頼む。じゃあ切るぞ、何かあったら連絡をくれ』


 ディア姉ちゃんは念話用の魔道具を片付けちゃった。フェル姉ちゃんと話をしたかったけど、あまりの事態に声をかけることもできなかった。なんかこう、奇襲された感じ。


「用件だけ言って念話を切ったよ……らしいって言えば、らしいんだけどさ、普通、戦う前に連絡するべきだと思わない? もしかしてお昼に連絡してきたのってこれから攻めるから声明が出てるかどうか聞いたのかな……? 言ってよ!」


「フェルちゃんは常識がない。でも、そこが魅力的」


 スザンナ姉ちゃんの言葉にも一理ある。確かにそういうところはいいと思う。でも、これはないという気持ちもある。


「そうだね――そうかな? まあいっか。それじゃ、村のみんなにフェルちゃんがニアさんを取り戻したことを言ってくるよ。実はトラン国の動きが怪しいって話もあるんだけど、フェルちゃんがいれば何の問題もないだろうし、皆も早く知りたいだろうからね。二人はどうする? 今日も森の妖精亭で食事でしょ? あとで一緒に食べようか?」


「うん、そうする。でも、その前におじいちゃんに話をしてくる」


「そうだね。村長にはアンリちゃんから連絡しておいて。それじゃ今日の仕事は終わり。今日のご飯は美味しく食べられそうだね!」


 うん、ディア姉ちゃんの言う通り、今日のご飯は美味しいと思う。でも、なんというかあっさりしすぎてちょっと不完全燃焼。もっとこう戦いの前にハラハラするかと思ったんだけど、いつの間にか終わってた。


 でも、村に帰ってくるまで気を抜いちゃいけない気がする。フェル姉ちゃん達がちゃんと村に帰ってくるまではちゃんといい子にしていようっと。

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