第87話 心配なこと
フェル姉ちゃんからの連絡でニア姉ちゃんが助け出されたことが分かったから、森の妖精亭で軽くお祝いしようということになった。
いつものテーブルにアンリとスザンナ姉ちゃんとディア姉ちゃん、それにおじいちゃんとユーリおじさんもいる。
ニア姉ちゃんを取り返したことが分かったから、村のみんなは嬉しそうにしているけど、ちょっと微妙な感じにもなってる。
みんなはフェル姉ちゃんなら絶対にニア姉ちゃんを助け出せると思ってたはず。でも、早すぎる。ニア姉ちゃんはルハラ帝国の貴族にさらわれた。そしてそれをやった傭兵団はものすごく強かったはず。
それに、あのレオールって人がすごく危険な感じがしたのに、フェル姉ちゃんはそれをものともしないでニア姉ちゃんを取り返したんだと思う。もちろん、魔物のみんなも頑張ってくれたんだとは思うんだけど、なんかこう上手く想像ができない感じ。
フェル姉ちゃんにとっては本当に草むしり程度のことだったのかも。
たぶん、村のみんなもアンリと同じように考えていて、いまいち嬉しさに乗り切れない感じなんだと思う。喜んではいるんだけど、ちょっと首を傾げているって言うか、腑に落ちないって言うか、こんな簡単に終わっちゃって申し訳ないって感じ。
「みんなどうしたのかな? ニアって人を助けたんだからもっと喜べばいいのに」
スザンナ姉ちゃんがそんな疑問を口にする。
「たぶんだけど、簡単にいきすぎて上手く理解できていないんだと思う。アンリもちょっと混乱中。たった数日でニア姉ちゃんを取り返すなんて思ってもいなかった」
「フェルちゃんなら当然じゃない? そもそもフェルちゃんは理解の範疇を超えてるし」
みんなが黙ってスザンナ姉ちゃんを見つめた。
当のスザンナ姉ちゃんはそんな反応が返ってくると思ってなくて、ちょっとびっくりしてる。
「スザンナさんの言う通りですな。そもそもフェルさんは我々が理解できるような方じゃない。この程度のこと、なんの問題もなくやれるのでしょう」
おじいちゃんがそう言うと、周囲から色々な声が上がった。
「そりゃそうだ」
「フェルだもんな」
「よし、飲もうぜ!」
「あれで猫耳がついていれば完璧なのに」
そんな感じでいつもの宴会みたいになってきた。
アンリもそう思う。フェル姉ちゃんを普通だと思ったらダメ。初めて会った時からそう思ってはいたけど、こうやって見せつけられると改めてそう思っちゃう。やっぱり人界征服にはフェル姉ちゃんが必要だ。
そんなことを考えていたら、ユーリおじさんがディア姉ちゃんのほうを見た。
「ところでディアさん、助け出したときの具体的な話は聞いていないのですか?」
「フェルちゃんからは聞いていないんですけど、ヴァイアちゃんから聞きました。フェルちゃんは余計なことを言わずに結果だけしか言わなかったので、こっちからヴァイアちゃんに連絡しちゃいましたよ」
それはアンリも気になる。どうやってニア姉ちゃんを取り返したんだろう?
「攻め込んだ町はズガルっていう名前みたいですね。町と言うよりも城塞都市みたいな場所らしいですけど。そしてヴァイアちゃんが一番槍だったみたいです」
「ヴァイアさんというと、ロンさんと一緒に傭兵団に戦いを挑んだ女性の方ですよね? あの方が一番槍?」
「ええ、良く分からないんですけど、最初に壁ドンで町の東にある城壁を壊したとかなんとか。何を言ってるんでしょうね? なにかの比喩かと思って聞き直したんですけど、比喩じゃないって言ってました」
ディア姉ちゃんの言葉にみんなが首を傾げる。もちろんアンリも。そもそも城壁って壊せるの? やるなら攻城兵器とかが必要なんじゃ?
「そして壁を壊したら、魔物のみんなで乗り込んだらしいですよ。そもそも城壁が壊れた時点で相手側は戦意喪失気味だったとか。そして狼のナガルちゃんとか、アラクネちゃんとか、スライムちゃん達がメインで制圧したらしいです」
「聞いた話でしかないのですが、ズガルといえば難攻不落と言われている場所ですよ? あそこでトラン国に負けたことがないとか」
「トラン国が弱いのか、フェルちゃん達が強いのか分かりませんよね。十中八九、後者だとは思うんですが。そもそも城って半日で落とせるんでしたっけ?」
「……私の記憶にはありませんねぇ」
ユーリおじさんが呆れている。確かにその通り。おじいちゃんから教わった歴史でも、そんな感じで城が落ちたことはない。
簡単だったわけじゃないんだろうけど、アンリも行きたかったな……そういえば、皆は無事なのかな? 怪我とかしてないといいんだけど。
「ねえ、ディア姉ちゃん、みんなは怪我してない? ヴァイア姉ちゃんから聞いてる?」
「うん、聞いたよ。みんな大きな怪我はしてないって。ちょっとは怪我をしたみたいだけど、リエルちゃんが全部治したみたいだよ。ていうか、相手も治したみたいで、どっちも死者はなしだって。戦争的なことをしたはずなんだけどね?」
良かった。それだけが心配だった。でも、相手もなんだ。すごすぎてちょっと理解が追い付かない。
よく見ると、おじいちゃんとユーリおじさんは絶句してる。でも、スザンナ姉ちゃんはうんうんと頷いている。
「フェルちゃんもすごいけど、リエルちゃんもすごいからね。メーデイアでもすごい勢いで病人を治していたし、さすが聖女ってところだよね」
「え? 聖女というのは女神教の聖女ですか? フェルさんと一緒にいたシスターが?」
「ユーリは知らなかったの? そうだよ、リエルちゃんは女神教の聖女様」
「確かにこの村で聖女と言う言葉を何度か聞いていたのですが……なんでこの村にいるんですか? ご病気だとかで、聖都で静養中だったはずでは?」
なぜかディア姉ちゃんが顔を伏せた。知っているけど、言いたくないって感じなのかな。
そしてスザンナ姉ちゃんはちょっと得意げだ。ユーリおじさんが知らないことを知っていたから嬉しいのかも。
でも、リエル姉ちゃんか。
アンリからするとリエル姉ちゃんは治癒魔法が得意だけど、結婚願望が高すぎる残念なお姉ちゃんって感じなんだけど。でも、優しい感じはする。色々おおざっぱな感じもするけど。簡単に言うと、プラスマイナスゼロ。いろんなことで相殺され過ぎ。
まあいいや、ほかにも色々教えてもらおう。
アンリがディア姉ちゃんに聞こうと思ったら、スザンナ姉ちゃんが手をあげた。
「ディアちゃん、ところでフェルちゃんはどんな活躍をしたの?」
「アンリもそれは知りたい。むしろ、そこが一番大事」
「ヴァイアちゃんから聞いた話だと、ユニークスキルを使ったみたいだよ。フェルちゃん無双って感じだったみたい」
「それはどんなスキルなんですか?」
ユーリおじさんが食いついた。でも、アンリも食いついてる。最近よく聞くユニークスキル。フェル姉ちゃんも持ってたんだ。どんなものなのか知っておきたい。
「近くにいる魔物の能力を向上させるんだって。でも、それは副効果にすぎなくて、近くの魔物の数に比例して自分をパワーアップさせるみたいだよ。これも比喩じゃないんだけど、触っただけで人が吹っ飛んだんだって。しかもだよ? あのレオールって人を子供扱いだったとか。ほぼ瞬殺だって……いや、殺してないけどね?」
今日、二回目の絶句。こればかりはアンリも驚いた。
あのレオールって人を子供扱い? 戦いにならなかった?
フェル姉ちゃんのユニークスキルが強いってこともあるんだろうけど、あの何となく気持ちが悪い感じがしたレオールって人を子供扱いなんて……もしかしてアンリはフェル姉ちゃんの強さを見誤ってる?
「まあ、フェルちゃんならそれくらいやれるよ! そんなことよりもニアさんや皆が無事だったんだから驚いていないで騒ごう!」
ディア姉ちゃんが笑顔でそんなことを言った。
うん、確かにそうかも。スザンナ姉ちゃんが言った通り、フェル姉ちゃんは理解の範疇を超えているからそれくらいやっても当然だった。
いまさらだけど、フェル姉ちゃんに勝つのは難しい気がする。もしかしたら人界征服するよりも難しいのかも。むしろ、フェル姉ちゃんを倒せたら、アンリ一人で人界征服できるのかもしれない。これはあれ、本末転倒。
フェル姉ちゃんはなんでそんなに強いのかな? ぜひともその秘密を教えて欲しい。
「フェル姉ちゃん達はいつ頃帰ってくるか言ってた?」
「それは聞いてなかったね。ただ、ちょっと心配なことがあるんだよね。帰りは遅くなるかもしれないよ?」
「心配なことってなに?」
「うん、まずはトラン国。なんか動きが怪しいってオルウスさんから教えてもらったんだ。フェルちゃん達にもそれは伝えてあるんだけど、下手するとトラン国とズガルで戦うことになるかも」
ディア姉ちゃんがそう言うと、おじいちゃんがすごく真面目な顔になった。
「そんな可能性があると?」
「あくまで可能性ですよ。でも、ズガルにもトラン国の諜報員みたいな人はいるだろうし、これを機会に襲って来る可能性は高いと思いますよ。それにそれだけじゃないんですよね」
「それだけじゃないって、なにが?」
「心配なことがまだあるってことだよ。実はフェルちゃん、ルハラの皇帝に喧嘩を売ったらしいんだ。もしかしたら、本格的にルハラと戦争になるかも……」
みんながディア姉ちゃんを見て驚いてる。このテーブルだけじゃなくて、食堂にいるみんなが絶句だ。
「え? あれ? みんな、どうしたの?」
「ディア姉ちゃん、それはアンリでも分かる。それは最初に言うべきことなんじゃないかな?」
「あ、うん、なんとなく言いそびれちゃって。でも、ほら、フェルちゃんだし大丈夫じゃないかなーって……ごめんなさい」
どう考えても、宴会している場合じゃないと思う。
フェル姉ちゃん達は大丈夫かな?
せっかく嬉しい気分だったのに、また心配になってきちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます