第150話 魔王ごっこ
森の妖精亭でフェル姉ちゃんからお土産を貰った。冒険活劇の本だ。武器や防具もいいけど、こういう物も素敵。
でも、最初に手渡された「チューニ病は病気じゃない」「男を口説く百と八の罠」という本も読んでみたかった。回収されちゃったのは残念。アンリにはまだ早いのかもしれないけど興味はあるのに。
「私は村長の家に行ってくるから、ここで大人しくしてろよ?」
「まかせて。大人しくしてるのは得意」
「私もそう」
フェル姉ちゃんは疑いの目でアンリ達を見ていたけど、ちょっとだけ息を吐いてから外へ行っちゃった。
それにしてもフェル姉ちゃんは帰ってきたばかりなのに色々と忙しそう。もう少し、アンリ達を構って欲しい。
「アンリ、スザンナ、ちょっといいかニャ?」
「ヤト姉ちゃん? どうかした?」
「今日はこれから宴ニャ。そこでニャントリオンとしてもダンスを披露しようと思うニャ」
宴と言えば出し物をするのが確かに定番。最近は踊りの練習もしてなかったけど、ダンジョン攻略で強くなった気がするから、ダンスもよりキレキレになったと思う。なら宴で目立たないと。やるからには場を盛り上げる。
「うん。ニャントリオンのバックダンサーとして頑張る……あれ? となるとディア姉ちゃんも踊るの? バックダンサーは三人?」
「ディアは今回外すニャ。バックダンサーが三人だとちょっとバランスが悪いニャ……急だけど二人とももちろん大丈夫ニャ?」
「まかせて。アンリの踊りは次の次元に行ったと言える」
「私はちょっと不安だけど頑張る」
「了解ニャ。足を引っ張らないように注意するニャ」
「それはヤト姉ちゃんにも言えるセリフ。たとえ完璧に踊ったとしてもアンリ達のダンスに食われる可能性はある。そうなったら足を引っ張るのはヤト姉ちゃんのほう」
ヤト姉ちゃんがニヤリと笑う。あれは不敵な笑み。やってみろ、っていう意志表示だ。ダンジョンではデュラハンさんという壁があったけど、ダンスではヤト姉ちゃんという壁がある。必ず超えて見せる。
「ヤトさんが踊るなら私も踊る必要があるでしょうね。料理だけでなくダンスでも決着をつけないといけません。アンリちゃん、スザンナちゃん。私の時もバックダンサーとして踊ってください」
それはいいんだけど、連続で踊るのは体力的にきついかも。
「えっと、出来るだけ踊る時間を離してもらえる? 二回連続で踊るのは難しい」
「それもそうニャ。なら、出し物の最初と最後に踊るような順番にしてもらうニャ。メノウもそれでいいニャ?」
「もちろんです。そもそもヤトさんも私もウェイトレスとして働かなければいけませんし、似たようなタイミングで出し物をしてはニアさんに負担がかかりますからね」
そんなこんなで、ヤト姉ちゃんが出し物の最初、メノウ姉ちゃんが最後になった。
それじゃ早速準備に取り掛かろう。まずは猫耳カチューシャをつけて獣人女王にクラスチェンジしないと。あれ転生だっけ? ともかく、ディア姉ちゃんのところへ行ってお着替えだ。
スザンナ姉ちゃんと一緒に冒険者ギルドへいくと、ディア姉ちゃんがギルドをお掃除していた。
「アンリちゃん、スザンナちゃんいらっしゃい。どうしたの、そんなに慌てて」
「宴で出し物をするから獣人女王にクラスチェンジする。ここに猫耳カチューシャとネコしっぽベルトがあったよね? それとウェイトレス風の服も必要」
「お、ニャントリオンとして踊るんだね? 仕方ない、帰ってきたばかりで疲れてはいるけど、私も場を温めるために一踊りしようか!」
「あ、ディア姉ちゃんは踊らなくていい。代わりにスザンナ姉ちゃんが踊るから」
「それはそれで悲しいね! でも、まあ仕方ないかな。さっきも言った通り、色々あって大変だったから疲れてるんだよね。それじゃスザンナちゃんの服とかを急いで調整しちゃおうか!」
十日近くいなかったから、たぶんすごい冒険とかがあったんだと思う。ぜひ聞きたいけど、それは今日の夜にフェル姉ちゃんに聞こう。
まずはダンスのことが最優先だ。
準備が進んで宴が始まる時間になった。予定通り最初はヤト姉ちゃんのニャントリオンだ。最初からクライマックスの気持ちで踊る。
まずはおじいちゃんがステージの上で挨拶を始めた。それにフェル姉ちゃんがお土産の食材を持って来てくれたことを皆に伝える。そして宴が始まった。
ヤト姉ちゃんとスザンナ姉ちゃん、そしてアンリの三人がおじいちゃんと代わるようにステージの上に立つ。
「新生ニャントリオンのライブニャ! 皆、楽しむニャ!」
うん、フェル姉ちゃんもこっちを見てる。よーし、全力で踊るぞ。
一通り踊り終えてから、また冒険者ギルドでお着替えした。
最後の出し物ではゴスロリ服を着ないといけないから、体力を回復させるためにも普段着になるのが一番。それにこれからたくさんの料理を食べるから、汚れちゃってもいい服にならないと。
「皆の前で踊るって恥ずかしいけど、気持ちいいね。でも、私の踊り、大丈夫だったかな?」
「大丈夫、キレキレだった。さすがアダマンタイトの冒険者」
「アダマンタイト関係あるかな? でも、皆、拍手してくれたし、大丈夫だよね。もう一回踊れるからまた頑張ろう」
「うん、それまでに体力を戻しておかないと。売れっ子バックダンサーは大変」
バックダンサーが二人しかいないってことに問題があるのかも。一応ディア姉ちゃんもいるけど、もっと踊れる人を増やさないとだめかもしれない。シルキー姉ちゃんとかバンシー姉ちゃんを誘ってみようかな。
いけない。こうしてる間にも時間が過ぎる。早くフェル姉ちゃんと合流して楽しい時間を過ごさないと。
「スザンナ姉ちゃん、行こう。フェル姉ちゃんが待ってる」
「うん、行こうか」
二人でギルドを出て、フェル姉ちゃんを探す。
あ、フェル姉ちゃんが、ヴァイア姉ちゃん達に囲まれて何か話してる。そしてフェル姉ちゃん以外が笑い出した。
なんてこと。アンリ達を差し置いて楽しい話をするなんて。ここはフェル姉ちゃんに突撃だ。
スザンナ姉ちゃんと一緒に助走で勢いをつけてフェル姉ちゃんに突撃する。でも、フェル姉ちゃんはほとんど動かなかった。この程度の攻撃じゃフェル姉ちゃんはびくともしないってことだ。
「さっき笑っていたのは、なにか面白い話をしてたの? アンリも混ぜて」
「私も。仲間外れは良くない」
フェル姉ちゃんのほうを見るとなんだか困った感じの顔をしている。もしかして言いたくないのかな?
「フェルが魔王なんだと」
リエル姉ちゃんがそんなことを言ったけど、どういう意味だろう? フェル姉ちゃんが魔王? ああ、分かった。アンリはすべてを理解した。
「おい、アンリ達に言う必要は――」
「フェル姉ちゃん、大丈夫」
「なにが?」
「チューニ病は病気じゃない」
不治の病っていう人もいる。ディア姉ちゃんとか。でも病気じゃないから安心。
「それはさっきの本のタイトルだろうが。私はチューニ病じゃない。本当に魔王なんだ」
本当に魔王? 魔王フェルってこと? いつの間にクラスチェンジしたんだろう?
アンリが首を傾げていたら、スザンナ姉ちゃんがうんうんと頷いてフェル姉ちゃんに近づいた。
「フェルちゃん、安心して。思春期なら誰もが通る道。私も昔は竜の生まれ変わりだって思ってた。もう卒業したからそんな風には思ってない」
「スザンナちゃん。思春期は卒業できてもね、チューニ病はまた発症する怖れがあるんだよ……」
スザンナ姉ちゃんの言葉をディア姉ちゃんが否定している。でも、目がすごく優しい。
でも、フェル姉ちゃんが魔王……? あ、そういうことか。ようやく理解できた。
「分かった。魔王ごっこするなら、フェル姉ちゃんに魔王を譲る。ラスボスを任せるから、アンリは邪神として裏ボスをやる。これでいこう」
「いかない」
フェル姉ちゃんはわがまま。もしかして勇者もやりたいのかな? 二つやるなんて贅沢。どっちかにしてもらわないと。
まあいいや。それは後でお話するとして、まずは腹ごしらえ。お腹がすいちゃった。
皆で料理がある方へ移動する。でも、フェル姉ちゃんがさっきの場所から動いてなかった。
あれ? なんだろう? フェル姉ちゃんが少しだけ笑ってる? というか、少しだけクネクネしてる? なにか嬉しいことがあったのかな?
「おーい、何を悶えてんだ? 早く料理を食おうぜ。美味いからすごい早さでなくなってるぞ?」
「ああ、今行く。私の分が無かったら暴れるぞ?」
リエル姉ちゃんの言葉にフェル姉ちゃんが返事をすると、少しだけ笑みを浮かべてこっちへ向かってきた。やっぱりなにか嬉しいことがあったんだと思う。
よし、アンリの宴はこれからが本番。フェル姉ちゃん達が今までいなかった分を取り戻すくらい楽しもう。
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