第151話 大事なこと
宴もたけなわ。最後の出し物だったメノウ姉ちゃんの歌と踊りが終わって、宴もお開きになった。
アンリとスザンナ姉ちゃんの歌と踊りに関しては完璧だったと思う。あのゴスロリ服でも問題なく踊れたと自負してる。メノウ姉ちゃんとヤト姉ちゃんとの勝負はどうなったかは知らないけど、それは二人が決めることだからアンリ達はノータッチ。
宴の後、森の妖精亭で二次会が始まったけど、フェル姉ちゃんは疲れたってことで早々に部屋に戻った。アンリとスザンナ姉ちゃんもそれについて行くけど、ディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんも一緒に来るみたいだ。
「アンリちゃん達に旅行中の話をするんでしょ? なら私が必要じゃない? フェルちゃんよりも詳しく言える自信があるよ!」
「まあ、そうだな。じゃあ、面倒なことは任せるぞ」
「おう、そういうことなら俺も手伝ってやるぜ! というか、まだ眠くねぇ。むしろ昼間より夜のほうが活発だからな!」
「リエルは昼寝のし過ぎだ」
部屋に着くと皆が椅子やベッドに座りだす。アンリはベッドに座ったフェル姉ちゃんの膝の上だ。そしてスザンナ姉ちゃんはフェル姉ちゃんの横にぴったり。うん、完璧な布陣。
ディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんは備え付けの椅子に座った。
あれ? こういうときはヴァイア姉ちゃんも来るんだけど、今日はいないみたいだ。メノウ姉ちゃんやヤト姉ちゃんはウェイトレスのお仕事があるから仕方ないにしても、ヴァイア姉ちゃんなら絶対に来ると思うんだけど……?
「ヴァイア姉ちゃんは来ないの?」
「ヴァイアちゃんはノストさんと一緒に家でお話でもしてるんじゃないかな……まあ、おめでたいことなんだけど、ちょっとイラっとするね!」
「すげぇ邪魔してぇ……アンリ、スザンナ、お前らは彼氏とか作んなよ? 作っても俺が結婚した後な?」
「ディアもリエルも子供にそういうことを言うんじゃない」
そういえばディア姉ちゃんに念話で聞いた。ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんが結婚を前提にお付き合いしてるって。ヴァイア姉ちゃんはノスト兄ちゃんと一緒にいるんだ?
「一緒にここでお話しすればいいのに」
アンリの言葉にリエル姉ちゃんが首を横に振った。
「いいか、アンリ。持つ者と持たざる者の差って言うのは、その辺の山と大霊峰くらい違うんだ。あと、俺が牢屋に入れられそうなことをしそうだからやめてくれ。だいたい、王都からここまで俺はかなり自重したんだぞ? 今日くらいはもっと自然体でいたい」
「威張って言うことか。まあ、ヴァイア達は二人きりにしてやれ。今後のことを話さないといけないだろうからな」
今後のこと? 結婚のことかな? その時はアンリがフェアリーアンリとして花びらを撒くつもりだけど。
他にもなにかしてあげるべきかなって考えていたら、ディア姉ちゃんが「あ、そっか」って言いだした。
「アンリちゃんは言ってなかったね。実はヴァイアちゃん、今度新設する魔術師ギルドのグランドマスターに内定したんだよ。数年経ったら村を離れてオリン国へ行っちゃうんだ」
「そうなの……?」
魔術師ギルドとかグランドマスターに関してはよく分からないけど、問題はヴァイア姉ちゃんが村を出て行っちゃうことだ。それはすごく寂しい。
「この村で魔術師ギルドのグランドマスターをやれないの?」
「ダメだろうね。ギルドの本部を作るならオリン国だよ。たぶん王都かそこに近い都市――エルリガあたりかな。本部にグランドマスターがいないと様にならないから、そこに常駐する感じだろうね」
「そうなんだ……」
「まあ、大丈夫じゃねぇか? ヴァイアの奴、村を出るまでに長距離転移魔法を完成させるとか言ってたし、連絡すればすぐに村に来れるようになってると思うぜ?」
長距離転移魔法……つまりどこにいても村に一瞬で来れるってことなのかな? そんな魔法を聞いたことはないけど、確かにヴァイア姉ちゃんならやれそう。念話が出来る金属の板を作れるくらいだし、色々な魔法を開発できる気がする。
うん、村を出て行っちゃうのは寂しいけど、いつでも会えるなら問題ない。それにアンリは魔物ギルドの会長。つまり魔術師ギルドのグランドマスターと一緒だ。それは嬉しいかも。
「ヴァイアちゃんのことは分かったけど、王都へはギルド会議に行ったんだよね? そこでは何かなかったの? それにユーリは?」
スザンナ姉ちゃんがそんなことを言い出した。スザンナ姉ちゃんは冒険者ギルドのアダマンタイトだし、気になるのかな? それにユーリおじさんはゴンドラに乗っていなかった。村から王都へついて行ったんだけど、帰りは王都に置いてきちゃった?
「あー、それね。えっと、まずユーリさんはギルドの本部に残ったよ。でも、またそのうち来るんじゃないかな? フェルちゃんの監視みたいな感じでね!」
「むやみに暴れたりしないのは分かってくれたと思うんだけどな」
「本部の地下訓練場を半壊させておいて何言ってんの」
「あれは私の責任じゃない。ダグの責任だ。むしろ私は被害者だぞ? まあ、それは謝罪されたからもうどうでもいいけど」
「何の話? もっと詳しくお願い」
もうちょっとアンリに分かりやすく言って貰わないと。
「ウェンディってアダマンタイトを知ってる? アイドル冒険者としても名高いってアンリちゃんには教えたよね?」
「うん、覚えてる。盛り過ぎウェンディ」
「私も同じアダマンタイトだから知ってる。確かレッドラムって二つ名。会ったことはないけど」
「そう、そのウェンディ。実はその人って魔族だったんだよ。それでグランドマスターのダグさんが、魔族の怖さを教えるって名目で、そのウェンディをフェルちゃんと戦わせてね、結果的にフェルちゃんが地下の訓練場を半壊させたんだよね」
「あれはアイツらが本気出せってうるさかったからだ」
「またまたー、私が作った服を焦がされたから怒っちゃったんだよね? 本部に行ったときも冒険者に絡まれた私のために怒ってくれたし、むしろ全部私のために怒ったと言っても過言じゃないよ! 『お前の魂、もらい受けよう』って言って恰好よかったよ!」
ちらっとフェル姉ちゃんのズボンを見たら裾の方がちょっと焦げているのが見えた。このことだと思うけど、焦げたのはほんのわずか。それでもフェル姉ちゃんは怒ったんだ。
そしてフェル姉ちゃんはちょっとバツが悪そうな顔をしている。
「ねつ造するな。そんなセリフを私が言うわけないだろうが。まあ、怒ったことについては、ほんの少しだけそういう部分が無きにしも非ずというか、なんというか――」
「大丈夫、フェル姉ちゃん、魔王ならそれくらい言っても平気。むしろ全力で言うべき」
「アンリは魔王を勘違いしている。魔王だからってそんなことは言わないから。いや、それよりも私は別に怒っていないってことを説明したい。怒ってもほんのちょっとだぞ? 怒っても髪の毛一本くらいだ」
さっきからフェル姉ちゃんは怒ってないことを熱弁しているけど、アンリでも分かる。たぶん、ものすごく怒った。だから地下の訓練場というのを半壊させたんだと思う。
フェル姉ちゃんの熱弁が終わった頃に、スザンナ姉ちゃんがフェル姉ちゃんの袖をちょっと引っ張った。
「そうそれはいいよ。結局フェルちゃんはウェンディに勝ったの?」
「それはいいって大事な事だろう? でも、怒ってないことは理解してくれたな? ……で、なんだっけ? そうそう、ウェンディには勝ったぞ」
「すごい。ウェンディはアダマンタイトの中でも一番か二番くらいに強いって聞いたことがある。やっぱりフェルちゃんは強いんだね」
「確かにウェンディは強かったな。そういえば、今度村に来るかもしれないぞ。記憶の一部をなくしていて魔界へ帰れないって言ってたから一度連れて行くつもりなんだ」
「わかった。その時はアンリも――」
「連れて行かないぞ。魔界は冗談抜きで危ないからこれは絶対だ」
フェル姉ちゃんに食い気味に否定された。確かに魔界は危険すぎるかも。でも、一度は行ってみたい。もっと大きくなったらまたお願いしてみよう。
それじゃ他には何を聞こうかな?
「なあなあ、聞いていいか? フェルって大霊峰で何してたんだ? そこは俺もよく知らねぇんだ」
リエル姉ちゃんがそんなことを言い出した。確かにそれはアンリも知りたい。
「まあ、観光かな。噴火の状況やドラゴニュートを見たかったし。さすがについてくるとは思わなかったけど」
「なんだか嘘くせぇな。フェルが理由もなくそこへ行くとは思えねぇぞ?」
「……実はヴァイアとノストの二人がイチャイチャするのを見たくなかったから逃げたんだ。あれは精神が削られるからちょっと一人になって心を落ち着けたかった」
「分かるぜ! 俺も教会へ逃げ込んだしな! ヴァイアにノストをダーリンとアナタのどっちで呼ぶべきか聞かれたときは俺のメイスがうなりを上げるところだったぜ!」
「二人ともいなくて、残された私は大変だったんだけどね!」
聞いててふと思ったけど、フェル姉ちゃんが言ってることはちょっと怪しい。リエル姉ちゃんはともかく、フェル姉ちゃんはそんなことで逃げたりしないと思う。でも、そういう言い方をするってことは言いたくない事なのかな?
フェル姉ちゃんはアンリをスザンナ姉ちゃんのほうへ渡しながら立ち上がった。
「ちょっと喉が渇いた。下へ行ってリンゴジュースを貰ってくる。皆もそれでいいか?」
全員が頷くと、フェル姉ちゃんは部屋の外へ出て行っちゃった。
足音が聞こえなくなったところでディア姉ちゃんが口を開いた。
「大霊峰のことはあまり聞いちゃいけないのかな?」
「さあなぁ、フェルってたまに何しているか分からねぇときがあるから、そういうのは聞かれたくないのかもな。まあ、大事なことならちゃんと言ってくれるから、無理に聞くこともねぇだろ」
「大事なことって?」
「んー? フェルは自分が魔王だってことを説明してくれたからな。そんなこと言わなきゃわからねぇんだから、言わなくてもいいことだったと思うぞ。でも、大事なことだから俺達にどう思われようとも言っておきたかったんじゃねぇかな? アンリ達には黙っていようって感じだったけど」
「アンリはフェル姉ちゃんが魔王でも気にしないけど? むしろウェルカム」
「そりゃ俺達もそうだって。でも、普通の奴は相手が魔族ってだけでも怖がるもんだ。その上、魔王ってことになったらもっと怖がられるから、フェルも俺達にどう思われるか心配だったんじゃねぇかな? まったく、水くせぇ奴だよな! いまさらフェルが魔王だろうが魔性の女だろうが、なにかが変わるわけねぇのにな!」
「だよね――魔王はともかく、魔性の女ってなに?」
リエル姉ちゃんの言葉にディア姉ちゃんが賛同したけど、マショウの女って言葉に引っかかってるみたい。そこはアンリも引っかかる。どういう意味なんだろう?
「あれ? 言わなかったか? ルハラでディーンの手伝いをしたとき、ディーンの奴がフェルにほれちまったんだよ。求婚までしたんだぜ? つまりフェルは男をたぶらかす魔性の女ってわけだ」
リエル姉ちゃんにどういう字を書くか聞いたら、部屋にあった備え付けメモ帳に字を書きながら教えてくれた。魔性の女……うん、覚えた。
「そういえば聞いたね。でも、魔性の女って。確かにフェルちゃんは変な魅力があるから分からないでもないけど」
リエル姉ちゃんもディア姉ちゃんもフェル姉ちゃんは魔性の女と思ってるんだ? 確かにフェル姉ちゃんには魅力がある。膝の座り心地は最高。
そんなことを考えていたら、いきなりドアが開いた。
「リンゴジュースを持ってきたぞ。あとドラゴンサイコロステーキ……これは私のだな。ところで、なんの話をしてたんだ? 私の名前を言ってなかったか?」
フェル姉ちゃんは何もない空間からリンゴジュースを取り出して皆に渡しながらそんなことを言った。
「たいした話じゃねぇよ。次はリーンでの話をしてやろうと思ってところだ。この俺が女神教の異端審問官をバッタバッタと倒すところを聞かせてやるつもりなんだけど」
「いや、リエルは異端審問の奴等に襲われて気絶してただろうが。まあ、雑貨屋の婆さんを庇おうとしたのはポイント高いが」
「そういえば、そんな気もするな……そうだ! 翌日の朝、俺の腕を噛みやがったよな! すげぇ痛かったんだぞ!」
「お前の寝相が悪くて私の顔に腕を投げ出してきたんだろうが。だいたい、あの時は大量の料理を食べられる夢を見ていたんだぞ。こっちが損した気分だ」
なんだかまだまだお話は続きそう。いつも楽しいけど、やっぱり皆がいたほうがもっと楽しい。
ちょっと眠くなってきたけど、ここは気合で我慢。こんなに楽しい時間を眠っちゃうなんてもったいない。もっといっぱいお話を聞かせてもらおうっと。
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