第152話 人気者
「二人とも起きろ。いい天気だぞ」
誰かがアンリを揺さぶっている。でも、アンリはまだ眠い。ここは断固拒否の構え。
……あれ? でも、フェル姉ちゃんの声じゃなかった? アンリの耳はごまかせない。
ゆっくりと体を起こしてから目をこすった。周りを見るとベッドの上にフェル姉ちゃんとスザンナ姉ちゃんがいる。フェル姉ちゃんは目を覚ましているみたいだけど、スザンナ姉ちゃんはまだ眠そう。
でも、どうして三人で同じベッドに寝てたのかな?
……そうか、思い出した。昨日遅くまでフェル姉ちゃん達と話をしていてそのままこの部屋に泊ったんだった。昨日は色々なお話を聞けて楽しかったけど、気合ではどうにもならない眠気に襲われて眠っちゃったんだ。
最後は何の話をしていたっけ? たしかリエル姉ちゃんがフェル姉ちゃんの背中を聖なる石鹸で洗ったら赤くなったとか言ってた気がする。それでフェル姉ちゃんの弱点を見つけた、と思った気がする。今度リエル姉ちゃんに聖なる石鹸を貰っておこう。
おっといけない。起きたらまずは挨拶だ。これはマナー。
「おはよう、フェル姉ちゃん」
「おはよう、フェルちゃん」
「ああ、おはよう。起きたなら私の腹から退いてくれ。あと、お前達は寝相を良くしろ。ものすごく腹が痛かった」
寝相を良くしろって何だろう? お腹が痛いのは昨日、ドラゴンサイコロステーキをたくさん食べたからだと思う。
「フェル姉ちゃんは食べ過ぎ」
「そういう因果関係じゃない。お前らが寝ている時に私の腹を攻撃したんだよ」
アンリは寝てる時に意識がないから動いてないと思う。スザンナ姉ちゃんのほうを見ても同じように首を傾げてる。たぶん冤罪だ。
フェル姉ちゃんはちょっとため息をついてから、ベッドを下りて伸びをした。
「私はシャワーを浴びてから行く。先に食堂に行っててくれ。奢ってやるから注文して食べてていいぞ」
「うん、朝食は大事。スザンナ姉ちゃん、先に行ってよう」
「そうだね。朝食は一日の基本。しっかり食べようか」
フェル姉ちゃんの部屋を出て食堂へ向かう。
昨日は有意義なガールズトークだった。リエル姉ちゃんもディア姉ちゃんも王都での話を色々してくれたし、今でも楽しい気分が残ってる。それにフェル姉ちゃんがいるってだけで朝から楽しい。
「アンリは昨日の夜、すごく楽しかったけど、スザンナ姉ちゃんはどう?」
「私も楽しかったよ。フェルちゃんがアダマンタイトのウェンディを倒したっていうのがすごい。ウェンディはアダマンタイト最強って噂があったからね。まあ、私の知ってるアダマンタイトは誰も認めてなかったけど」
「そうなんだ? でも、昨日の話の感じだとフェル姉ちゃんが圧倒したみたいだよ? 怒って地下の闘技場みたいのを半壊させたとか」
「そうなんだよね。フェルちゃんが負けるとは思わないけど、ウェンディを圧倒するほど力の差があるなんて驚きだよ」
「うん。でも、フェル姉ちゃんは魔王だからそれくらい余裕そう」
そういえば、ジョゼちゃん達がフェル姉ちゃんは魔族の中で最強とか言ってたけど、魔王とは教えてくれなかった。言っちゃいけない事なのかな? 今度ジョゼちゃん達にも聞いてみよう。
食堂でいつものテーブルに座る。
すぐにメノウ姉ちゃんがやって来てくれた。
「おはようございます、アンリちゃん、スザンナちゃん」
スザンナ姉ちゃんと一緒に挨拶を返す。そしてフェル姉ちゃんの奢りと言うことで朝食を注文した。本当は「いつもの」と言って注文するのが粋なんだけど、なかなかそれをするチャンスがない。
料理を待っていたら、別のテーブルにいたローシャ姉ちゃんがやってきた。ちょっと顔が怖いけど、どうしたんだろう?
「貴方達! フェルはまだなの!?」
「フェル姉ちゃんならまだ部屋でシャワーを浴びてる。でも、その前に挨拶して。おはよう」
「え? あ、そ、そうね、お、おはよう。えっと、そっちのスザンナって子もおはよう」
「うん、おはよう。でも、朝から何? もう少しアンリに近づいていたら攻撃してたよ?」
ローシャ姉ちゃんがちょっと顔を引きつらせている。そこへラスナおじさんがやってきた。
「アンリ殿、スザンナ殿、おはようございます」
アンリとスザンナ姉ちゃんが挨拶を返すと、ラスナおじさんはローシャ姉ちゃんのほうを見てヤレヤレと言う感じに肩をすくめた。
「会長、気持ちは分かりますが、お二人に詰め寄っても意味がないことです。商会の会長なんですから、もう少しドンと構えてください」
「そうは言っても、ドラゴンステーキよ!? 昨日の宴でだされた料理がドラゴンの肉だなんて……! それにサンダーバードとワイバーンも! 昨日の宴でどれくらいのお金になったか……! 大体村の宴にしてはお金がかかり過ぎでしょう!」
ドラゴンの肉……フェル姉ちゃんが持って来たお土産のことかな? あれはたしかに美味しかった。口の中でとける感じが最高。
「そこがフェルさんのすごいところなんでしょうな。まだ余っていたら買わせていただきましょう。とはいえ、昨日の料理で全部使ってしまったようですがね」
よく分からないけど、ローシャ姉ちゃんはうなだれて元のテーブルへ戻っていっちゃった。
「お二人とも申し訳ありませんな。どうも会長はこの村に来てから常識外のことが多くて頭が処理しきれないようでして」
「うん、平気。精神安定のポーションなら、ヴァイア姉ちゃんの雑貨屋で売ってると思う」
「いやいや、そこまでするようなものではありませんよ。それにそういう類の物でしたらうちでも扱っておりますぞ? なにかありましたら、ヴィロー商会ソドゴラ支店までお買い求めください。まあ、まだ建築中ですがね」
ラスナおじさんはアンリ達に頭を下げてからテーブルへ戻っていった。
「気持ちは分かるかな。ドラゴンの肉なんて一生で一度食べられるかどうかくらいの確率だからね」
「そうなんだ? もっと食べればいいのに」
「そもそもどこにも売ってないんだって。ドラゴンは大霊峰くらいにしかいないし、その近くにはドラゴニュート達がいるからね、なかなか倒せないんだよ。最近の討伐記録でも数十年前って言われているし」
よく考えたらアンリもドラゴンなんて見たことはない。本の中だけだ。ドラゴンスレイヤーの称号は欲しいからいつか大霊峰へ行こうかな。
そういえば、昨日ドラゴニュートの人たちが三人いたような気がする。今度お話を聞いてみよう。
そんなことを考えていたら、メノウ姉ちゃんが料理を持ってやってきた。
「お待たせしました。野菜スープとパン、それにゆで卵と牛乳です」
「朝食としては完璧だと思う。でも、この野菜スープ、ピーマンが隠れてない? アンリのセンサーは騙せない。ピーマン抜きでお願いします」
「大丈夫ですよ。昨日の夜からコトコト煮込んだ野菜スープなのでピーマンの苦みはちょっとだけありますが、ほかの野菜と混じって完璧な調和となっていますから。食べないと損するレベルです。騙されたと思ってぐぐっといってください」
「騙されたと思って、というのは大概騙されてる。アンリはそういう詐欺には引っかからない」
でも、確かにこのスープからはすごくいい匂いがしている。普段のピーマンなら断固拒否だけど、これならアンリでもピーマンと和解できるかも。でも、事前調査は必要。
「スザンナ姉ちゃん、どんな感じ? 美味しい?」
「信じられないくらい美味しい。なんだろう? 食材の味はするのにお互いが主張しないで引き立てているって言うか。とにかく美味しいよ」
スザンナ姉ちゃんがそう言うならアンリも食べてみようかな。
スプーンで野菜スープをすくって口に運ぶ……うん、これは美味しい。確かにピーマンの味はするけど、ほんのり控えめ。いつもこれくらいの脇役で頑張って欲しい。いつもは主役を食べるくらい苦さを前面にだしてくるからダメなんだと思う。
「どうですか、アンリちゃん」
「うん、美味しい。アンリは間違ってた。シェフを呼んで」
「シェフはまだお仕事が大変なので美味しかったという評価は伝えておきますね。ではそれとは別にこれをお渡ししておきますね」
メノウ姉ちゃんはテーブルの上になにかのカードを二枚置いた。
「このカードは何? くれるの?」
「はい、これはメイドギルド公認、フェルさんファンクラブの会員カードです。アンリちゃんがナンバーワン、スザンナちゃんがナンバーツー。私は会長なのでナンバーゼロですね!」
そういえば、フェル姉ちゃんのファンクラブに入会したんだっけ。こんなカードを貰えるんだ。よく見るとアンリの名前と一の数字が書かれている。スザンナ姉ちゃんのカードは二だ。
「メイドギルド内で徐々に浸透させてますからそのうちに大きなファンクラブになりますよ! ちなみにお二人ともシングルナンバーなので幹部待遇です。これからこのファンクラブを盛り立てていきましょう!」
メノウ姉ちゃんが右手を上げて「おー」と言ってるから、アンリも一緒に「おー」と言って右手を上げた。スザンナ姉ちゃんは周囲を気にしながら右手を上げてる。こういう時はもっと乗らないと。
そんなこんなで朝食を食べ終わった。結局フェル姉ちゃんは食事の間に来れなかった。長風呂が好きなのかな?
そんなふうに思っていたら、ちょうどフェル姉ちゃんが階段を下りてきたみたいだ。
でも、すぐにローシャ姉ちゃんに捕まっちゃった。アンリもフェル姉ちゃんともっとお話しがしたいんだから遠慮してほしい。
「朝からフェルちゃんは人気者だね」
「うん、人気がありすぎるのも困ったもの。まずは子供であるアンリにフェル姉ちゃんを譲るのがスジだと思う」
でも、もう話を始めちゃったし仕方ないから牛乳でも飲んで待っていよう。
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