第226話 群雄割拠
村の広場にあるステージにおじいちゃんがあがった。
こういうときの最初の挨拶はいつだって村長のおじいちゃん。アンリも将来やるかもしれないからちゃんと学んでおこう。
「では、今日はリエル君の救出を祝って宴を行う。一日くらい仕事を忘れて皆で楽しもう!」
シンプルイズベスト。長々話すのは良くない。おじいちゃんはいつだってアンリに正しいことを教えてくれる。でも、勉強はもう一生分教えてもらったから、もういいかな。
「俺からも一言いいか?」
リエル姉ちゃんがステージの下からおじいちゃんに声をかけた。今回はリエル姉ちゃんが主役と言ってもいい訳だし挨拶をするのかも。
リエル姉ちゃんがステージに上がると、おじいちゃんが少しだけ横にずれた。リエル姉ちゃんはステージの中央に立って一度だけみんなをぐるっと見渡す。その顔は結構まじめだ。
「俺のせいで皆には色々と迷惑を掛けちまったな。でも、親友達や皆のおかげで帰って来れた。本当に感謝している。この程度じゃ足りないかもしれねぇが宴の費用は俺持ちだ。たくさん食ってくれ!」
リエル姉ちゃんは真面目な顔から徐々に笑顔になってそんなことを言った。
みんなから歓声が上がる。アンリもみんなと一緒に拍手した。結構な盛り上がりだ。
「腕によりをかけて料理を作ったからね、残すんじゃないよ!」
歓声のなかからニア姉ちゃんの声が聞こえてきた。そしてヤト姉ちゃんやメノウ姉ちゃんがテーブルの上に料理を並べ始める。
見ただけで理解した。あれは美味しい。見た目と臭いでアンリのお腹を刺激するなんて凶器と言ってもいいかもしれない。
フェル姉ちゃんがいる限り、残す心配はないと思うけど、逆にたくさん食べられない心配はある。フェル姉ちゃんが食べつくす前にアンリもお腹いっぱいになるまで食べよう。
でも、落ち着こう。食事は組み立てが大事。野菜を食べ過ぎてお肉が食べられないなんていう結果は避けたい。出ている料理をしっかり見極める。戦いと同じ。
……なんてこと。最初からチョコレートアイスが登場してる。あれを大量にゲットしないと。あれは女性陣に人気。たぶん、最初の三十分で消えてなくなる。
「フェル姉ちゃん、スザンナ姉ちゃん、早く行こう。まずはデザートをゲットしないと。チョコレートアイスが無くなっちゃう」
「アンリ、それは邪道だ。デザートは最後に食べる物だぞ? 甘いものは最後に食べる。それが先人の知恵だ」
「邪道だって道には違いない。人は綺麗ごとだけじゃ生きていけない。時には汚れないと。それが人生」
ディア姉ちゃんが前に言ってた。
光と闇、法と混沌、勇者と魔王。すべては表裏一体。なら王道には邪道。どちらかじゃない。両方を極めてこそ何かに至れる。邪道を極めれば、それは王道だ。
……うん、ちょっと何言ってるか分からなくなっちゃった。これがチューニ病なのかも。
「デザートで人生を語るんじゃない。というかアンリって五歳だよな? 私と同じように不老不死とか言わないでくれよ?」
「うん、大丈夫。アンリはぐんぐん大きくなってる。いつかフェル姉ちゃんをおんぶしてあげる。おかえし」
「それはそれで屈辱的に感じるんだが?」
フェル姉ちゃんは不老不死。このまま歳を取らない。ならいつかアンリがフェル姉ちゃんを追い越す。うん、その時はおんぶしてあげよう。肩車でも可。
「アンリもフェルちゃんも話してないでまずは料理を食べよう? 早くしないと無くなっちゃうよ? あの獅子っぽい獣人がたくさん食べちゃいそう」
スザンナ姉ちゃんの言葉通り、あの獅子の頭をした獣人が結構な勢いで料理を食べてる。野菜を無視した肉オンリーの作戦みたいだ。
「そうだった。今日は人が多い分ライバルも多い。急ごう」
フェル姉ちゃんも本気を出すみたいだ。よし、負けないぞ。
一通り料理を食べた。
どの料理もおいしかったけど、アンリとしてはお肉をパンで挟んだハンバーガーが好きかな。大きな口を開けて口いっぱいに頬張るのが最高だと思う。アンリにちょこちょこ食べるのは似合わない。どんな料理でも豪快に行く。
アンリとしてはまだまだいけるけど、序盤から腹いっぱいにするのは素人。最終的にお腹いっぱいになるように調整しないと。それにバックダンサーと言う大役がある。お腹が膨れて動けないとかになったら末代までの恥。
でも、デザートはいっとこう。それにステージで準備が始まってる。出し物がそろそろ始まるかも。
「フェル姉ちゃん、そろそろ出し物が始まる。それを見ながらアイスを食べるのがいいと思う」
スザンナ姉ちゃんと一緒にフェル姉ちゃんを引っ張ってステージの近くに陣取る。ゴザを敷いて準備完了。フェル姉ちゃんを真ん中にしてアンリが右側でスザンナ姉ちゃんが左側だ。
フェル姉ちゃんはなぜか不思議そうな顔をしてアンリとスザンナ姉ちゃんを交互に見た。どうしたのかな?
「アンリ達の出番はまだなのか?」
「ヤトちゃんとメノウちゃんはウェイトレスの仕事があるから出番は最後の方になったんだ。だから私達も出番は最後。トリを務めるという事は責任重大だから頑張る」
スザンナ姉ちゃんの言う通りだ。アンリ達の出番は最後。撤退戦なら殿、俺に構わず先に行けって言う役割。つまり重要な役どころ。ここが台無しだと宴そのものが台無しになっちゃう。責任重大だ。
「そうかスザンナ達は最後か。まあ、楽しみにしている。じゃあ、最初は誰だ? 村長か?」
「ううん。最初は最大のライバル。ヤトちゃんとメノウちゃんの敵だから、お仕事で忙しい二人に代わって私とアンリでその腕前を見る」
「スザンナ姉ちゃんの言う通り。まずは敵の情報を集めないと」
敵を知り、己を知るっていうあれ。
そんなことを考えていたらステージにウェンディ姉ちゃんが現れた。
相変わらず目が隠れたヘアスタイル。恥ずかしがり屋さんなのかな?
それはいいとして服装が変わったような気がする。
シャツには「馬耳東風」って書かれていない。普通の白いシャツだ。シャツがズボンの外に出ているラフな格好がオシャレ。ズボンは黒い革製かな? そして同じく黒い革製で丈の短いジャケットを羽織ってる。
でも、それだけじゃない。ウェンディ姉ちゃんがちょっとだけ背中を向けたんだけど、背中にはドクロのマークがデカデカと書かれてる。
ディア姉ちゃんに聞いたことがある。あれはパンクロック。たしか「世間に歯向かう感じの尖ったイメージが闇って感じだよね!」って昔言ってた――というか着てた。受付嬢としてそれはどうなんだろうって思ったことがある。言わなかったけど。
でも、ウェンディ姉ちゃんが着ると背が高いからか、すごく格好いい。これは強い。
「これから、歌う。よろしく」
ウェンディ姉ちゃんがそう言うと、村のみんなから歓声があがった。
「【能力制限解除】」
あれって、フェル姉ちゃんが本気を出すときにやるスキルじゃなかったっけ? つまりウェンディ姉ちゃんは本気をだしたんだ。
「では、聞いてください。『精霊と踊る私は超最高』」
……やられた。アンリでも知っている有名なロック系の歌。最初から飛ばしてきた。というか、もしかしてこの歌ってウェンディ姉ちゃんの歌なのかな?
どこからか音楽が聞こえてきて、ウェンディ姉ちゃんが歌いだす。
歌唱力はヤト姉ちゃんやメノウ姉ちゃんも負けてはいないと思うんだけど、全体的にはウェンディ姉ちゃんのほうが上かな……? 声が響くし、高い声から低い声まで変幻自在。地の声がいいからなのかも。
いけない。たとえ敵でもちゃんと応援しないと。
曲に合わせて体を揺すったり、適切な場所で合いの手を入れたりしないと。
アンリとスザンナ姉ちゃんがそれをやってるのに、フェル姉ちゃんは何もせずに呆れた感じで見てる。みんなと一緒に上半身を揺らしてるんだけど、フェル姉ちゃんは動かないからぶつかって痛いんだけどな。
「フェル姉ちゃん、ノリが悪い。たとえ敵でも盛り上げないと」
「これ、有名な曲なのか? どこで合いの手を入れるのか分からん」
フェル姉ちゃんは流行りに疎い。とはいっても、魔界から来て一年も経っていないから仕方ないのかな。アンリがこれから教えてあげよう。
歌が終わって、ウェンディ姉ちゃんは最後に両手を胸の前で交差させて自分の肩を抱くようにしながら右下のほうへ顔を向けた。
そして曲が終わると同時に村のみんなから歓声が上がる。
知ってる。あれはアンニュイなポーズ。世間には逆らうけど、その分だけ生きづらいんだぞっていう自己表現的な何か。
アーティスト。ウェンディ姉ちゃんはアーティストだ。
「ウェンディ姉ちゃんはすごい。あの山を越えないとアイドルの頂点には立てない。ヤト姉ちゃんもメノウ姉ちゃんもこれからが大変」
「二人とも給仕をしながら殺し屋のような目で見てる。すごいやる気だね」
「スザンナは殺し屋を見たことあるのか……? ああ、うん。言われてみるとそんな感じだな。親の仇を見るような目だ」
ちょっとアンリは燃えてきた。この歓声を超えるような踊りをしないと。
その後、ウェンディ姉ちゃんがやって来てフェル姉ちゃんに意見を求めてきた。魔王としての意見を聞きたいとか。
それにメノウ姉ちゃんとかヤト姉ちゃんも来て、それぞれフェル姉ちゃんに意思表明をしてた。二人ともやる気だ。
いまソドゴラ村はアイドルの群雄割拠。食うか食われるかの危険な場所。アンリもバックダンサーとしてこの戦いを盛り上げよう。
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