第9話 奪還作戦
朝、トウモロコシのスープを飲んでいたら、外が騒がしくなった。朝くらい落ち着いて食事をしたい。アンリはこの後、勉強なのに。
おじいちゃんは家にいなさいと言ってから、外へ出て行っちゃった。なんて横暴。でも、スープを飲みたい欲求に負けたので、おじいちゃんの言うことに従った。
お外で何があったのかな?
これは事件の予感。アンリの勘がそう囁いている。スープを飲んだら部屋へ戻る振りをして外に出てしまおう。大丈夫、アンリの演技力は高い。お母さんとお父さんに疑問を持たせることなく外へ出れる。
スープを飲み終わってから、牛乳も飲む。朝食はこれで問題なし。さあ、外にお出かけだ。
「ごちそうさまでした。それじゃアンリは部屋で勉強の用意をする」
椅子から立ち上がって部屋へ戻る。たったそれだけの行為の中で仕掛ける……ここだ!
「あ、足がもつれた」
転びそうな振りをしながら外への扉へ手をかける。そして扉を開けながら前転して外へ出た。
お母さんとお父さんが「あ!」って驚いていたけど、もう遅い。そして背中を向けながら左手で扉を閉める。さらに近くにあったつっかえ棒で中から扉が開かないようにする。これで数分は稼げるはず。流れるような動きでワザとっぽくない。自然に外へ出れた。アンリの名演技が怖い。
事件がアンリを呼んでいる。この事件をダシに今日の勉強を回避するんだ。
体勢を立て直して周囲を見た。でも、目の前に広がる光景がよく分からない。
フェル姉ちゃんが手錠を掛けられているところだった。まさかとは思うけど食い逃げの現行犯?
でも、あの人たちは誰だろう? 村の人じゃない。それに耳がとがってる。もしかして森の西の方に住んでいるというエルフ? エルフがフェル姉ちゃんを捕まえに来た?
フェル姉ちゃんはなにか悪い事をしたのかな? でもフェル姉ちゃんは悪びれた顔はしていない。むしろしてやったり、みたいな顔だ。
ピンときた。アンリには分かる。あれはフェイク。悪いことをしても、してないように振る舞うのはイタズラの基本。全ての証拠が揃うまではとぼける。どんなことを言われても絶対に認めない。
多分、フェル姉ちゃんはシラを切ろうとしているんだ。イタズラ仲間として応援する。頑張ってほしい。
フェル姉ちゃんが連れて行かれそうになると、ヴァイア姉ちゃんが泣きそうになった。
「フェルちゃん!」
「大丈夫、私は無実だ。ちょっと容疑を晴らしてくる」
手錠をさせられているのに無実を主張している。分かる。嘘をつく時は積み重ねが大事。細かいところでも無罪を主張しないと。
そのままフェル姉ちゃんはエルフに連れられて村を出て行った。村の皆がざわついてる。そして、ヴァイア姉ちゃんはちょっと泣いていた。それをディア姉ちゃんが慰めてる感じだ。
あれ? ディア姉ちゃんの横にいる髪の毛が猫耳っぽい人は誰だろう? エルフ達が歩いて行った方に殺気を放ってる。白と黒を基調にしたウェイトレスの恰好をしているけど、正体は暗殺者とかなのかな?
その人をずっと見ていたら、皆が解散したみたい。おじいちゃんがこっちに戻って来て、ちょっと怒った顔になった。
「コラ、アンリ。家にいなさいと言っただろう?」
「おじいちゃん。これは不可抗力。アンリは足がもつれて、その勢いで家の外に出た。自分の意思じゃない。アンリもフェル姉ちゃんを見習って、容疑を晴らす」
おじいちゃんはやれやれって感じの顔をしてから、家に入る様に促した。
広場にはヴァイア姉ちゃん達がまだいる。ここはもう一度足がもつれたことにして、広場に向かおう。情報収集は捜査の基本。まだ家に入る訳にはいかない。
「あ、足がもつれた」
「おっと、大丈夫かい、アンリ。さあ、家で勉強をしようね」
アンリの前転をおじいちゃんに見切られた。転がる前に服の襟首をつかんで抱っこされてしまう。しかも両手で両足をがっちり支えられた。ラミアが木に巻き付くがごとくの強さだ。
これは逃げられない。アンリは捕らわれの身。ここは話術を駆使しておろしてもらおう。
「おじいちゃん、もう大丈夫だから下ろして。アンリはもう五歳。立派なレディ。この抱っこは恥ずかしい。せめてお姫様抱っこで」
お姫様抱っこは下から抱えるだけ。それなら逃げられる。
「ははは、大丈夫だよ。誰も見てないから安心しなさい」
そう言われたら何も言えない。仕方ない。ヴァイア姉ちゃん達からの情報収集は諦める。勉強中に何があったのかおじいちゃんに聞いてみよう。そして勉強の時間を減らすんだ。
勉強の時間が始まった。でも始まる前に出鼻をくじく。昔の偉い人は言った。先手必勝。
「おじいちゃん、フェル姉ちゃんはどうしたの? 連れてった人はエルフだよね?」
「アンリが気にすることじゃないよ。さ、今日は文字の書き取りからだ」
手ごわい。でも、二の矢、三の矢。ダメなら玉砕覚悟のダイレクトアタック。
「事件の香りがする。もしかしたらアンリにも影響が及ぶかもしれない。できるだけ情報が欲しい。だから教えて」
「アンリには影響ないよ。あれはフェルさんとエルフの問題だからね」
「おじいちゃんには内緒だったけど、アンリは実はエルフだった。人族の姿は仮の姿」
「今日の勉強量を増やしたいという意味だね?」
「それは曲解すぎる。おじいちゃんはずるい。アンリだって知りたい。勉強の量を増やしたっていいから教えて」
おじいちゃんはため息をついた。アンリだってため息をつきたい。勉強の量を増やして情報を得るなんて色々間違ってる。でも、取引にはそういう手段も必要。損して得とれ。
「なら順番に説明しようか。まず、知識として知っておいて欲しいのだが、エルフの森には世界樹と言う木があるんだよ。それをエルフが守っているんだ」
「セカイジュ?」
おじいちゃんがノートに字で書いてくれた。世界樹、という字みたい。
世界……? 人界と魔界と天界の三つを合わせて世界っていうけど、その世界かな? それに木の事を難しい字で書く樹。つまり世界の木? なんかすごそう。
「世界樹ってどんな木なの? 変形する?」
「詳しくは知らないが、全ての生物の情報を持つと言う木らしいね。動物だったり、魔物だったり、それこそ人族やエルフの情報も持っているのだろうね」
おじいちゃんが何を言っているのか分からない。
「人族の情報ってなに?」
「なんと言ったらいいかな。村にいる皆は、それぞれ容姿は違うだろう? でも同じ人族だ。それは人族という設計図からできているから、と言われているんだ」
「設計図?」
「物を組み立てるのに必要な図形だね。ほら、森の妖精亭にいるロンが家を建てたのを覚えているだろう? あれはロンが設計図を作ってから皆と情報を共有して家を建てたんだよ。たしかアンリもみせてもらっただろう?」
ロンおじさん? そういえばロンおじさんが家を作る時に色々書かれた図を見せてくれた。あれが設計図なんだ。
つまり、人族を作る設計図が世界樹にはある、と言うこと。なんとなく理解した。
そして気付いた。お母さんたちに聞いても詳しく教えてくれなかった謎の一部が解明した。
「つまり、赤ちゃんは世界樹から来る……?」
「……そうかもしれないね。コウノトリが連れてくる……だった気がするね」
冴えてる。
今日のアンリの頭脳は冴えてる。そっか、世界樹で生まれた赤ちゃんがコウノトリに連れられてくるんだ。キャベツから生まれるという説はこれでなくなった。よかった、ピーマンから生まれる子もいないということ。皆と仲良くなれる。
「世界樹の事は理解した。大事な木。なくなったら大変。それをエルフの皆が守ってる。感謝しないと」
「そうだね。で、それを踏まえた上で次の話だ。その世界樹をフェルさんが枯らしたそうなんだよ」
なんてことを。アンリだってそんなイタズラはしない。フェル姉ちゃんは悪い子だった。
「まあ、あくまでも容疑者だ。フェルさんは否定していたけどね。どうやら捕まえた人族がフェルさんの事を証言したらしい。エルフがなんでそれを信じたのかは分からないがね」
フェル姉ちゃんは容疑者なだけで、まだ無実である可能性があるんだ。
「おじいちゃんはフェル姉ちゃんがやったと思う?」
「どうだろうね。フェルさんはエルフの森でリンゴを盗んだのは認めていたよ。謝罪するためにお金を稼いだとも言っていた。それに世界樹が枯れたことに関して素で驚いていた感じだったね。でも、世界樹の場所は聞いていたそうだ。状況から考えると可能性はあるかもしれないね」
フェル姉ちゃんに不利な状況になっているんだ。
「証拠がないなら無罪だよね?」
「そうだとは思うんだがね、ただ、相手はエルフだ。まともな調査をするとは思えない。もしかしたらフェルさんは処刑されてしまうかもしれないね」
おじいちゃんは分かってない。フェル姉ちゃんは強い。多分、エルフが束になって掛かっても倒せない。
「フェル姉ちゃんを処刑するなんて無理だと思う」
「普段ならそうだろうけど、今回は手錠をかけられたからね。あれは吸魔の腕輪だ。あれを付けられると極端に身体能力や魔力が落ちる。エルフが相手ならフェルさんも危ないかもしれないね」
それは初耳。これはいけない。
「アンリはフェル姉ちゃんを助けに行く。止めても無駄」
「アンリにそんな危ないことをさせる訳がないだろう? フェルさんなら大丈夫だから大人しく家で待ってなさい。さ、勉強の続きをするよ」
「おじいちゃん、勉強とフェル姉ちゃんと、どっちが大事なの?」
「もちろんアンリの勉強だよ。フェルさんの事は心配しても仕方ないし、さっきはああ言ったが、魔力や身体能力を押さえたくらいでフェルさんをどうこうできるとは思えないからね。さ、書き取りの勉強から始めるよ。今日はいつもより長めにやらないとね」
そんなことはない。フェル姉ちゃんだって、もしもって事がある。よし、まずは従順な振りをしてなんとか村を脱走しよう。そしてフェル姉ちゃんを助けるんだ。
でも、アンリだけじゃ心許ない。これは強力な助っ人が必要。
……そうだ。スライムちゃん達だ。スライムちゃん達に力を借りよう。皆で力を合わせればなんだってできるはず。
思い立ったが吉日。勉強が終わったら皆と相談しよう。
夕方になって勉強が終わった。
そしてすぐさま畑にやって来た。畑にはジョゼフィーヌちゃんがいるはず。フェル姉ちゃんの従魔を取りまとめる役目だって言ってた。まずは相談しよう。
ジョゼフィーヌちゃんは畑で踊っていた。切れのある良いダンス。いつかアンリと勝負してもらおう。
「ジョゼフィーヌちゃん」
ジョゼフィーヌちゃんはアンリに気付いたみたいだけど、踊りを止められないみたい。なら踊り終わるまで待とう。
踊りが終わるのを待っていたら、エリザベートちゃんとシャルロットちゃんが来た。
うん、これで全員揃った。
揃ったと同時に踊りも終わったようで、地面に『今日はどうされました、ボス』と書いてくれた。
「うん、知っていると思うけど、今日、フェル姉ちゃんがエルフの人達に連れていかれた。取り返す作戦を考える」
そう言って、魔剣七難八苦を掲げた。
「ここに第一回魔物会議を開催する……ほら、皆、拍手して。そういうのは大事」
そう言うと、スライムちゃん達は拍手してくれた。畑にいるヒマワリっぽい植物もツルをピシピシと叩いてくれる。
「第一回目の会議はフェル姉ちゃん奪還作戦。フェル姉ちゃんは今ピンチかもしれない。それは未来のボスとして見過ごせない。助けに行くから皆の意見を聞きたい。なにかいい案はある?」
スライムちゃん達が「スラスラ」とか言いながら話を始める。これはアンリに対する挑戦と見た。ボスを試してる。よし、何となくでもいいからどんなことを言っているのかよく聞いてみよう。
……まったく分からないけど、フェル姉ちゃんには助けなんて必要ない的な事を言っているような気がする。
ジョゼフィーヌちゃんが地面に文字を書きだした。どうやら三人の意見をまとめてくれたようだ。
『フェル様は強いので何もしなくても無事に帰ってきます』
やれやれ、スライムちゃん達は何も分かってない。これはチャンスなのに。
「フェル姉ちゃんが強いかどうかは関係ない。助けたという事実が重要。ここで恩を売っておけば、将来的にアンリがフェル姉ちゃんのボスになれる可能性が高くなる。それに皆もフェル姉ちゃんを守りたいんだよね? 普段はダメかもしれないけど、こういうときなら合法的に守れるんじゃない? 緊急事態だからしれっと敬意を払っちゃうとか」
そう言ったら、スライムちゃん達の目つきが変わった。そしてまた文字を書きだす。
『流石はボス。その考えはありませんでした』
「うん、だからエルフの森へ助けに行きたいんだけど、それなりの戦力を整えたい。私とスライムちゃん達だけじゃ、ちょっと足りないかも。なにか当てはある?」
『それでしたらヤト様はどうでしょうか?』
「ヤト様?」
『はい、森の妖精亭でウェイトレスをしている獣人の方です。あの方の戦力は相当なものですから仲間になって貰えたら百人力です』
獣人? ウェイトレス? もしかして朝に見た髪が猫耳になっている人? 始めて見たけど、あの人は獣人なんだ。
ジョセフィーヌちゃんが知っているってことは、魔界から来たのかな?
「もしかしてフェル姉ちゃんの部下なの?」
『はい。私達と同じようにフェル様へ敬意を払えませんので、先程の内容は効果的だと思います』
「そうなんだ? それじゃこれから交渉をして――門限の時間だ。今日は帰るね。失敗は許されないから慌てずに時間をかけて準備しよう。皆もできることは準備しておいて」
皆が頷いた。あとヒマワリみたいな植物も。
よし、今日はここまで。明日はヤトって人と交渉だ。頑張るぞ。
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