第12話 想定外

 

 ディア姉ちゃんがワクワク顔でアンリが座っているテーブルに相席してきた。


「ディア姉ちゃん、お仕事はサボり?」


「甘いね、アンリちゃん。仕事にはね、休憩時間という概念があるんだよ。これは合法的に仕事をしなくていい時間なの。そんなことよりも、ヤトちゃんと何を話していたのかな? 聞かせてよ」


「アンリ達は真面目な話をしているから」


「それは私が真面目な話を出来ないって言ってるのかな? ……アンリちゃん、どうして目を逸らすの?」


 どうしよう? ディア姉ちゃんに教えると村中に伝わる可能性が高い。ここは魔剣を使ってちょっと眠って貰った方がいいかもしれない。大丈夫。気絶させて冒険者ギルドまで運んでしまえば、眠ってたって思うに違いない。


「アンリがフェル様を助けに行くから付いてきてほしいと言われたニャ」


「ああ、そういう」


 ディア姉ちゃんを気絶させようと思ったらヤト姉ちゃんが言っちゃった。これは危険かも。口止めしないと。


「ディア姉ちゃん。ここに魔剣と肩たたき券がある。好きな方を選んで。それで他言無用」


「肩たたき券は分かるんだけど、魔剣は何? くれるわけじゃないよね?」


「首と肩の間辺りに魔剣を打ち下ろす。そこを強打すると、気絶させられるって本に書いてあった」


 ディア姉ちゃんはすぐに首をガードしちゃった。これじゃ気絶させられない。


「安心してアンリちゃん。誰にも言わないから」


「悪者は皆そう言う」


「悪者じゃないから! ただの美人受付嬢だから! どちらかといえば、私のセリフって犯罪を見ちゃった人が言うセリフじゃない? ……あれ? 私、口封じされちゃうの?」


「誰にも言わないって約束してくれるなら大丈夫。月のない夜も安心して出歩ける」


「悪者はアンリちゃんの方じゃないかな? 多分、十割以上の確率で」


 確かにそうかも。ちょっと考えが過激になっていたかもしれない。あとで素振りして気持ちを落ち着けよう。


 それに今はヤト姉ちゃんと交渉中だ。もうひと押しだったと思うんだけど、ディア姉ちゃんの乱入で分からなくなった。


「それでヤト姉ちゃん。答えは出た? フェル姉ちゃんの部下としてやるべきことをやった方がいいと思う」


「ニャ……アンリの言う事も分からんでもないニャ。ここで待ってろと言う命令もされていないから助けに行っても問題ないかもしれないニャ。たまには部下らしい事をするのも一興ニャ」


「なら……!」


「待つニャ。私は確かにフェル様の部下ニャ。でも、今の私はこの森の妖精亭のウェイトレスでもあるニャ。それをサボってフェル様を助けに行くわけには行かないニャ」


「大丈夫。さっき聞いた。お仕事には休憩時間という物がある。合法だから安心」


「アンリちゃん? 休憩時間は無制限じゃないからね? でも安心して。仕事にはさらに素晴らしいシステムがあるんだよ!」


 ディア姉ちゃんがちょっと興奮している。素晴らしいシステムってなんだろう?


「お仕事にはね、有給休暇って言うのがあるんだよ! 休んでいてもお金を貰えると言う夢のシステムが!」


 ディア姉ちゃんが立ち上がり、左手を腰にあてて、右手の人差し指で天井を指した。ここは拍手をするところかな?


「私はアルバイトで正社員じゃないからその仕組みはないニャ」


 お仕事って複雑だ。アルバイトにはそういう夢のシステムはないみたい。立ったままのディア姉ちゃんは椅子に座り直してからヤト姉ちゃんを見た。


「ああ、そうなんだ? なら事前申告すればすぐに休めるんじゃないかな? 一日くらい休んでも問題ないと思うよ?」


 どうやらディア姉ちゃんはアンリの味方をしてくれるみたい。頑張って。


「ニャー……でも雇われたばかりですぐに休むのも気が引けるニャ」


「真面目だねー」


 ディア姉ちゃんが不真面目なだけだと思う。


 それはどうでもいいとして、ヤト姉ちゃんは駄目かな? 戦力はできるだけ整えておきたい。多分、スライムちゃん達だけでも大丈夫だとは思うけど、何かあった時の戦力は重要。


「じゃあ、アンリちゃん、ヤトちゃんの代わりに私が行くのはどう?」


「えっと、ディア姉ちゃんが来てくれるの?」


「うん、そう」


「お仕事は? 夢のシステムを使うの?」


「……そのシステムは無限には使えないんだよ……でも、大丈夫。村の人が危険な事をしようとしているなら、冒険者ギルドの受付嬢として黙って見てられないからね!」


 なんとなく嘘っぽい気がする。もしかして単にお仕事をさぼりたいだけなんじゃ?


 でも、確かにディア姉ちゃんは強い。夜盗に捕まっていた時もいつの間にか縄から抜け出していたし、アンリがエルフ達に捕まっても逃げ出せるかも。


 どうしようか考えていたら、入り口からヴァイア姉ちゃんが入ってきた。そしてアンリ達を見てちょっと驚いたみたい。


「アンリちゃん、皆でなんの話をしているの?」


「ちょっと真面目な話」


「アンリちゃんがフェルちゃんを助けに行きたいんだって」


「あ、そうなんだ……」


 ディア姉ちゃんがいきなりばらしちゃった。ついさっき誰にも言わないって言ったのに。


「ヴァイア姉ちゃん。魔剣か肩たたき券か選んで。それで他言無用」


「え? じゃあ、肩たたき券で。肩が凝って大変なんだ」


 何だろう? 周囲の気温が下がった感じ。ディア姉ちゃんとヤト姉ちゃんが、ヴァイア姉ちゃんの胸を見ながら殺気を出しているような気がする。


「ヴァイアちゃん。そういう心無い言葉が事件を引き起こすんだよ? よく『カッとしてやった』とか言うでしょ? その気持ち、いまならすごくよく分かる」


「そうニャ。魔界だったらダンジョンから追い出されても文句は言えないニャ」


「え? え?」


 このままだとヴァイア姉ちゃんが危ないから助け船を出そう。よく分からないけど、話題を変えて、なかったことにしないと。


「じゃあ、ヴァイア姉ちゃんも座って。話を聞いたなら一蓮托生」


「フェルちゃんを助けに行く話の事だよね? 実は私もその相談をしようと思って来たんだ。冒険者ギルドに行ってもディアちゃんがいなかったからここにいると思ってね。でも、アンリちゃんまで居るとは思わなかったよ」


「そうなんだ? でも、相談って?」


「うん、私もフェルちゃんを助けにエルフの森へ行こうかなって。その護衛をディアちゃんかヤトちゃんにお願いしようと思ってたんだよ」


 ヴァイア姉ちゃんもフェル姉ちゃんを助けたかったんだ。なら間違いなく仲間。


 ヤト姉ちゃんは駄目かもしれないけど、ディア姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんがいるなら大丈夫かな?


 あ、駄目だ。


 そもそもヴァイア姉ちゃんは戦闘力がないはず。アンリよりも弱い。


「ヴァイア姉ちゃんが行くのは危険だと思う。夜盗の時みたく人質になっちゃうかも」


「そうかもしれないけど、村で待ってるのは嫌かな。それにね、今は私も戦力になるよ。あの頃とは違って魔法が使えるようになったからね!」


「そうなんだ? それなら戦力として問題ないかも。竜撃砲とか使える?」


「……発火とか、破裂とかかな……あ! でも爆風はやれるよ! 今日、試したから!」


 ちょっと微妙な感じもするけど、アンリよりは凄いから大丈夫かな。


 なら、ディア姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんの二人を連れて行くことでヤト姉ちゃんの代わりにしよう。多分、二人でもヤト姉ちゃんよりは戦力的に落ちるけど、そこは知恵と勇気でカバーすればいいと思う。


「……フェル様の人徳は凄いニャ。たった数日で人族からこんなに信頼されているなんて流石ニャ」


「ヤト姉ちゃん、どうしたの?」


「何でもないニャ。フェル様がすごいって改めて思っただけニャ。分かったニャ。私も行くニャ。村の人を危険にさらしたりしたら、それこそフェル様に怒られるニャ」


 すごい、三人もついて来てくれることになった。これなら戦力的にも申し分ないと思う。


「それじゃ皆でフェル姉ちゃんを助けに行こう。皆で力を合わせれば、すぐにフェル姉ちゃんを助け出せるよ」


「それだけど、アンリはお留守番ニャ」


 いきなりの裏切り。皆で力を合わせようって言ったところなのに。


「ヤト姉ちゃん。発案者であるアンリがお留守番ってどういう事? これは作戦の乗っ取り? エムアンドエー?」


「そうじゃないニャ。アンリはまだ子供ニャ。エルフの森へフェル様を助けに行っても、アンリを連れて行ったらフェル様に怒られるニャ。子供に何させてるんだって、絶対に怒るニャ」


「あー、フェルちゃんは、そういうのに厳しそうだよね。確かにアンリちゃんを連れて行ったら怒られるかも」


「アンリちゃんは村で待ってて。絶対にフェルちゃんを連れ帰るから」


 すでにこの場はアウェー。こういう結果になるとは思わなかった。想定外。でも、諦めない。


「やだ。絶対に行く。アンリを止めたかったら力づくで止めるといい。大体、これはアンリの発案。つまりアンリが大将。大将が出向かない作戦は失敗するって昔の偉い人は言った……気がする」


「大将は最後方の安全な場所にいるのが普通ニャ」


「アンリは前線に出るタイプの大将。そうしないと部下がついてこない」


「……そういうところはフェル様に似ているニャ。でも、ダメニャ。もしアンリに怪我なんかさせたら、私がフェル様に殺されちゃうニャ」


「大丈夫。怪我はしない。怪我をしても唾を付けておけば治るから」


 食い下がっても駄目だった。肩たたき券による買収も通用しない。五歳という年齢がアンリの足を引っ張る。早く大きくなりたい。


 どうやらヤト姉ちゃん達は明日の午後からエルフの森へ向かうみたいだ。


 そしてアンリはお留守番。スライムちゃん達も連れて行かないらしい。アンリはなんて無力なんだろう。


 フェル姉ちゃんを助けに行くのは、部下にしたいって理由からだったけど、もちろん心配もしてる。だから助けたい。フェル姉ちゃんは平気かもしれないけど、もしかしたらなにか大変な事に巻き込まれているかもしれないんだ。


 アンリがいなくてもヤト姉ちゃん達だけで助け出せるかもしれない。でも、お留守番なんて嫌だ。


 ……ジョゼフィーヌちゃんに相談してみよう。


 畑へ到着すると、ジョゼフィーヌちゃんが踊っていた。確か豊穣の舞。


 アンリに気付いたら、その踊りを止めて、近寄ってきてくれた。


『ヤト様との交渉はどうでしたか?』


 地面にジョゼフィーヌちゃんがそう書いた。


「ヤト姉ちゃんはフェル姉ちゃんを助けに行ってくれる」


『それは良かったですね。ヤト様がいれば百人力です。すぐにフェル様を助け出せますよ』


「うん。でも、アンリはお留守番って言われた。だからジョゼフィーヌちゃんに相談に来たんだ」


『そうでしたか』


「どうすればいいかな? アンリもフェル姉ちゃんを助けに行きたいんだけど」


 ジョゼフィーヌちゃんが考えこんじゃった。やっぱり難しいかな?


『後をつけましょう』


「後をつける?」


『はい。ヤト様達の後をつけて一緒に行けばいいのです。幸い、こちらは植物系の魔物が大半ですし、カカシゴーレムも動かなければタダの木のような物です。森の中であれば、気配を消してヤト様達に気付かれることなくついていくことが可能かと』


 すごい。そんなことができるんだ。でも、アンリは気配を消すような事は出来ない。練習はしてるけど。


「それだとアンリは見つかっちゃうかも」


『そこは気づかれないような位置にいましょう。その辺りは我々スライムにお任せください。そして引き返すのが無理というところで姿を現す。そうすれば、アンリ様を連れて行かざるを得ません』


 ジョゼフィーヌちゃんは最高。


「分かった。それで行こう。ヤト姉ちゃん達は明日のお昼くらいからエルフの森を目指すみたい。夜に着いて、エルフに気付かれないようにフェル姉ちゃんを助けるとか言ってた」


『なるほど。魔界でもドラゴンの卵を盗む時によくやる手ですね。ヤト様なら殲滅した方が早いのですが、ヴァイア様やディア様がいるからそう言う手段にしたのでしょう』


 そっか。殲滅するだけが作戦じゃないんだ。勉強になる。


『では、明日、ヤト様を見張っておきますので、出発する準備だけ整えておいてください。もしかしたら夕食が必要になるかもしれません』


「ならお母さんにお弁当を作って貰う。スライムちゃん達と食べるとか言って」


『はい、そうしてください。では、明日、頑張りましょう』


「うん、でも、ちょっと聞いていい? ジョゼフィーヌちゃんはフェル姉ちゃんに怒られるかもしれないけど大丈夫? もちろん怒られるときはアンリがお願いしたって言うつもりだけど」


 アンリが怒られるのはいいけど、皆が怒られるのは確かにちょっと問題がある。


『おそらく大丈夫です。フェル様もアンリ様くらいの頃はそういう事を良くしていましたから。当時、フェル様は弱く、よく我々が護衛をしながらウロボロスというダンジョンの奥へ行ったものです』


「そうなんだ?」


『はい。図鑑で見た花を実際に見たいとか言って、危険な場所へよく行っていました。そしてご両親に怒られるときは、いつも私達を庇ってくれたのですよ』


「そんなことがあったんだ」


『自分が過去にやったことを怒るなんて筋の通らないことはされませんよ。一回くらいは怒るかもしれませんが、それで終わりです』


「うん、なら安心。でも、いざという時はアンリが皆の盾になるから安心して」


 ジョゼフィーヌちゃんが笑顔で頷いてくれた。


 よし、まだ分からないけど、なんとなく大丈夫な気がしてきた。


 明日はヤト姉ちゃん達の後を付けて、なし崩しにエルフの森へ攻め込もう。そしてフェル姉ちゃんを助けるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る