第42話 ドッペルゲンガー
狼の言葉が分かる。そしておとうさんとおかあさんには狼のうなり声にしか聞こえなかった。
この結果から導かれる結論は一つ。アンリは魔物言語を覚えて魔物さんの言葉が分かるようになった。昨日まではなんとなくしか分からなかったけど、今ならはっきりと分かる。人界征服が一歩近づいた感じ。
アンリの将来に魔物使いという職業もエントリーされた。魔物さんの言葉が分かるなら、もっと仲良くなってアンリと一緒に人界征服してくれるかも。
まずは手始めにあの狼を手なずけよう。お手とお座りくらいならいけると思う。
でも、外へ出ようとしたら、おとうさんに止められた。
「外へ出ちゃだめだよ。アンリの耳を疑っているわけじゃないが危険だ」
「おとうさん、アンリは大丈夫。これでも交渉は得意。あの狼をアンリの手下にする」
「やめなさい」
結構強めに止められた。残念。最初から強力な魔物さんを手下にしたかったのに。アンリの武勇伝がここから始まる可能性があったのに。
「あら、ノストさんが冒険者ギルドへ入っていったわ。ずいぶん慌てていたけど――ああ、もしかしたらフェルさんを呼びに行ったのかしら?」
いけない。何か進展があったみたい。見てなかった。
背伸びするのが大変なので、アンリ用のちょっと高めの椅子を窓際に持ってきた。それに座って外を見る。
ちょうどフェル姉ちゃん達が外へ出てきたみたいだ。あ、おじいちゃんもいる。アンリもあれくらい近くで事件を見たかった。
フェル姉ちゃんが狼の近くまで歩いた。そして狼がフェル姉ちゃんに頭を下げる。
『お前の言う通り呪いが解けた。昼間でも普通に動けるのを確認したので礼を言いに来たのだ。感謝する』
『律儀だな』
うん、やっぱりアンリには狼の言葉が分かる。あの狼はお礼を言いに来ただけだ。悪い狼じゃないから狼さんに昇格。
どうやら狼さんは何十年も呪いに掛かっていたみたい。それを昨日フェル姉ちゃんが解いた。やっぱりフェル姉ちゃんはすごい。
それにどうやらロミット兄ちゃんを噛んだ狼とは違うみたい。その疑いも晴れたっぽい。でも、襲った狼が見つかった? いつの間に見つかったんだろう?
ええと、ロミット兄ちゃんを襲ったのは、牢屋にいるドッペルゲンガー?
「おとうさん、ドッペルゲンガーってなに?」
「姿を変えられる魔物だね。確かこの森にもいるそうだが――」
『おい! ドッペルゲンガーがこの村にいるのか!?』
狼さんが急に大きな声を出した。フェル姉ちゃんとの話をしているのを聞いた限りだと、呪いをかけたのがそのドッペルゲンガーみたい。それをよこせって狼さんが言ってる。しかもかみ殺しちゃうとか。すごくバイオレンス。
あれ? ギルドから変な人が出てきた? 目と鼻、それに髪もない。しかも青白い肌で裸? あれは全方向にセクハラだと思う。
あ、ロミット兄ちゃんを突き飛ばして、オリエ姉ちゃんの首に腕を回してる!
『いやいや、それは困りますよ? まだ、死にたくないですからね』
のっぺらぼうな人がオリエ姉ちゃんを人質に取った。アンリも良くやるけど、ああいうのは外道。人質にとるのは交渉を有利に進めるためのポーズであって本当に人質をとっちゃいけない。
「おとうさん、おかあさん、オリエ姉ちゃんを助けないと!」
「待ちなさい、アンリ。今から出て行っても、あのドッペルゲンガーを挑発するだけだ。あそこにはフェルさんやヤトさんがいる。もう少し様子を見よう」
あそこにいるのっぺらぼうがドッペルゲンガーなんだ。そしておとうさんの言うことには一理ある。確かにフェル姉ちゃんならあの状況もちゃんと解決してくれそう。歯がゆいけどここは我慢。
フェル姉ちゃんはドッペルゲンガーと色々話しているみたい。ああやって隙を作ろうとしているんだと思う。
話を聞いていると、東にいる四天王の一人を連れてこいとかいう要求をしているみたいだけど、四天王ってなんだろう?
今、フェル姉ちゃんがヤト姉ちゃんのほうをちらっと見た。そしてヤト姉ちゃんが少し頷く。
アンリには分かる。あれはアイコンタクト。「隙を見つけたらやれ」ってことだと思う。
そしてフェル姉ちゃんはドッペルゲンガーとまた色々話しだした。多分、気を引いているんだと思う。
『私は魔族だ。お前とその女を一緒に殺すことだって出来るぞ?』
フェル姉ちゃんが物騒なことを言っている。でも、あれは嘘。フェル姉ちゃんがそんなことをする訳ない。ドッペルゲンガーにそういうこともできるぞって脅しをかけてるだけ。すごく勉強になる。アンリもいつか使おう。
そしてヤト姉ちゃんが自分の影に吸い込まれた。そしてドッペルゲンガーの背後から出てくる。
ヤト姉ちゃんはドッペルゲンガーの後ろから腕を押さえて、オリエ姉ちゃんを引き離した!
そしてフェル姉ちゃんがドッペルゲンガーの前に転移してオリエ姉ちゃんを庇ってる!
すごい! やっぱりフェル姉ちゃんはすごい!
あれ? ドッペルゲンガーが煙に包まれて大きな狼になった? そのままフェル姉ちゃんを噛んじゃった。フェル姉ちゃんなら躱せるはずだけど……そっか、オリエ姉ちゃんを庇っているから躱さずに受けたんだ。
見た感じ怪我はなさそうだけど、大丈夫かな?
『噛みました! 魔族を噛みましたよ! これで魔族の姿を手に入れた!』
ドッペルゲンガーが嬉しそうにしてる。魔族の姿を手に入れた?
またドッペルゲンガーが煙に覆われると、今度はフェル姉ちゃんの姿になっちゃった。
「おとうさん、あれは魔族の力を手に入れたってことになるの?」
「ドッペルゲンガーは基本的に姿を真似るだけで、強さを真似ることはできないはずだよ。もともと種族としては弱い部類のはずだが――」
おとうさんが言いかけている間に、狼さんが偽物のフェル姉ちゃんに襲い掛かった。人質もいないし、問題ないと思ったのかな。
狼さんはものすごく速かったけど、偽物のフェル姉ちゃんのほうがもっと速い。素早く躱して狼さんを殴った。狼さんが村の入口まで吹っ飛んでアーチが壊れちゃった。
次にヤト姉ちゃんが偽物に近づく。でも、お腹を殴られて吹っ飛ばされた。
「そんな馬鹿な。あのドッペルゲンガーは魔族の力すら真似ることができるのか?」
おとうさんとおかあさんが驚いている。偽物とは言え、フェル姉ちゃんが敵になったらものすごくまずいんじゃないかな?
偽物のフェル姉ちゃんが笑いながらフェル姉ちゃんと話してる。もともとフェル姉ちゃん、というか魔族の姿を真似たかったみたい。
『その姿でどうするつもりだ?』
『さあ? 特に決めていませんね。だから、まずはこの森を支配しますかね? この体ならそれも可能でしょうからね?』
森を支配? なんてこと。それはアンリがすることなのに。
『私の姿で何をするのかは知らんが、魔族は人族と友好的な関係を結ぼうとしている。人族に敵対行動をとると言うなら殺すぞ?』
『怖いですね。ですが、殺せますか? 私はこの体の身体能力を百パーセント引き出せるんですよ?』
『試してみるか?』
フェル姉ちゃんはそう言うと、偽物の目の前に転移してお腹に向けてパンチする。
でも、偽物はそのパンチに自分のパンチを当てて軌道をずらした。すごい、速すぎてちょっとしか見えなかったけど、あんなことができるんだ。フェル姉ちゃんもちょっと驚いているみたい。
偽物が得意げにフェル姉ちゃんに言ってる。攻撃パターンを記憶で見たとか。そんなこともできるんだ。
これはフェル姉ちゃんでも結構危ないのかも。フェル姉ちゃんが負ける想像は全くできないんだけど、どうやって勝つのかも全く想像できない。
あれ? ヤト姉ちゃんがフェル姉ちゃんに近寄ってきた。ものすごく怒ってる感じ。
『フェル様、本気でやっていいかニャ?』
『大丈夫か? というか、何でそんなに怒ってる?』
『ウェイトレス服を汚したニャ。万死に値するニャ』
分かる。アンリもお気に入りの服を意図的に汚されたら怒る。事故なら仕方ないけど。
それはいいとしてヤト姉ちゃんが本気を出す? あの偽物のフェル姉ちゃんにヤト姉ちゃんは勝てるのかな? これは目が離せなくなってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます