第248話 結婚式の出し物

 

 ヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの宣誓が続いている。


 精霊さんが六人で来た以上、六回誓わなくちゃいけないらしい。ものすごい契約になりそうだけど、ヴァイア姉ちゃんはなぜか嬉しそうだ。ノスト兄ちゃんは苦笑いをしているけど、同じように幸せそう。


 ただ、回数を重ねるたびに、リエル姉ちゃんの負のオーラが強大になっていく感じだ。それに周囲のヤジも酷い。笑顔で爆発しろとか言い出した。これも一種の祝福だから本当に爆発しろなんて思ってはいないとは思うけど。


 それにしてもヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんの薬指に沢山の指輪が装備されているからもう落ちそう。一回の誓約ごとに一つの指輪が貰えるから全部で六個もらえる。お得……なのかな?


 そして最後は闇の精霊さん。大げさなポーズをとりながらチューニ病的な言い回しをしていた。そして指輪も黒。ディア姉ちゃんがすごく羨ましそうに見てた。なんとなく理由は分かる。ディア姉ちゃんの時は闇の精霊さんが来てくれればいいんだけど。


 最後に精霊さんがヴァイア姉ちゃん達の指から落ちそうな指輪を見て一つにまとめてくれた。


 名前はエターナル・エレメンタル・リング。


 なんかこう、すごい感じ。近くで見てたクロウおじさんが乱入してきそうな勢いだった。そこはさすがのオルウスおじさんで、しっかり止めたけど。


 それはそれとして、精霊さんはああいうことが出来るんだ?


 そういえば、グラヴェおじさんが精霊の加護がある武具の話をしてくれたっけ? あの指輪もそういう物なのかな? いつかフェル・デレにも加護が欲しい。


 とりあえず、これで宣誓は終わりだ。晴れてヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんは夫婦。六回宣誓したから六回夫婦だ。


 ……あれ? 普通ならここで精霊さんは帰るんじゃなかったっけ?


 リエル姉ちゃんも不審そうに精霊さん達を見てる。


「ええと、もう帰っていいぞ。六回もやりやがって。俺は一回もねぇんだぞ。もう帰れ」


「うむ、なら帰らせてもらおう。ではさらばだ」


 リエル姉ちゃんがシッシッと手で払うよう促した。あれは私怨が入っていると思う。


 精霊さん達は帰るって言うか、ステージを下りてアリーナ席に陣取った感じになった。そして六人とも膝を抱えて座る。


 みんなの理解が追い付いていない。もちろんアンリも。普通、このままいなくなるんだけど、どうしてこのまま結婚式に参加するのかな?


 リエル姉ちゃんも首を傾げているけど、気を取り直したみたいだ。


「それじゃこれで終わりだ! 色々あったが、これでヴァイアとノストは夫婦だから拍手して祝福しろ!」


 リエル姉ちゃんが大きな声でそう言うと、歓声が上がった。大歓声だ。拍手のし過ぎで手が痛いけど、泣き言は言ってられない。しっかり祝福しよう。


 長い拍手が終わって、結婚式は一旦区切り。


 これからはみんなで出し物だ。今回、残念ながらアンリの出番はない。たまにはそんな時も悪くない。みんなの出し物を見て次の出し物をするときの糧にしよう。


 そしてアンリ達の仕事も終わり。妖精から普通のアンリに戻らないと。


 スザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃんは冒険者ギルドのほうへ行っちゃった。執事服からドレスに着替えるんだと思う。ディア姉ちゃんに着せてもらうとは思うんだけど、アンリは見たことがないから楽しみ。


 待ってる間に周囲を見ると、みんなで出し物の準備をしているみたいだ。


 ……あの精霊さん達はウェンディ姉ちゃんとお話をしている?


 そうだ、思い出した。ウェンディ姉ちゃんと踊ってた精霊さんだ。今日の出し物のために全員で来たんだ……! これは念のために確認しておこう。


「ウェンディ姉ちゃん、もしかしてその精霊さん達は――」


 ウェンディ姉ちゃんがニヤリと笑う。


「そう、友達。頂点、登る、夢、打ち、砕く」


 本気だ。ウェンディ姉ちゃんはヤト姉ちゃんやメノウ姉ちゃんを本気で潰すつもりなんだ。それに精霊さん達も仕上がってる顔をしてる。そしてこの場を離れて行った。たぶん、最後のチェックでもするんだと思う。


 荒れるとは思ってたけど、これはかなりの荒れ方だと思う。ケガ人が出るかも。リエル姉ちゃんを待機させておかないと。


「アンリ、お待たせ」


 背後からスザンナ姉ちゃんの声がしたから振り向く。


 そこにはドレスを着たスザンナ姉ちゃんとクル姉ちゃんがいた。オールバックだった髪をおろしてドレスを着てる。


 スザンナ姉ちゃんは髪の毛と同じ色の水色のドレス。こう、水を纏っている感じ。水の精霊さんともタイマンで戦えそう。クル姉ちゃんは白をベースにちょっと黒が入ってるシックな感じのドレスだ。二人とも大人って感じ。それにドレスにはあまりヒラヒラがないから戦いやすそう。


「二人ともすごくいい感じ。五歳は年上に見える」


「大人がテーマだってディアちゃんが言ってた。あまり良く分からないけど嫌いじゃない」


「さっきの執事服も良かったけど、こういうのもいいよね! ダンスに誘われちゃうかも!」


 そういうのもあった。アンリはおじいちゃんとかな。


 よくみたらおじいちゃんはステージの上で出し物の準備をしているみたいだ。どうやら一番手。エルフさん達と一緒に楽器で演奏すると思う。


「ねえねえ、アンリ。村長が手にしている楽器ってもしかしてインターセプタ―?」


「クル姉ちゃん、なんで知ってるの? あれは確かにインターセプタ―って名前。おじいちゃんの宝物。本気を出すときはいつもあれで演奏してる」


「やっぱりそうなんだ? 前に言わなかったっけ? ルハラの傭兵達に恐れられているトラン国の人がいるって。前線に出てくるわけじゃないんだけど、鷹の模様が入ったトランペットを使って曲を奏でる人がいてね、その曲を聞いた兵士はものすごく強くなるとか聞いたことがあるんだ。戦場で曲が聞こえてきたら、一目散に逃げろって話があったみたいだよ。かなり昔の話だから私はもちろん、お姉ちゃん達が生まれる前の話だったみたいだけど」


 おじいちゃんがその恐れられている人なのかな? アンリも勉強の時間はおじいちゃんを恐れているけど。


 でも、おとうさんもおかあさんもルハラではそれなりに有名な人だったみたいだし、おじいちゃんもその可能性はある。


 もしかするとアンリの血筋は戦いに特化してる? ちょっと嬉しいかも。


「ちなみにおじいちゃんの二つ名みたいなのはあったの? そういうのは大事」


「本当の名前は知られていなかったみたいだね。ただ、コンダクターって二つ名で呼ばれていたみたいだよ。指揮者って意味なんだけど、指揮棒を使うんじゃなくてトランペットの音楽で兵士たちを指揮するからそんな名前が付いたみたいだけど」


 古代共通語の二つ名もいい。アンリもいつか格好いい二つ名が付くくらい有名になろう。


「アンリ、そろそろ始まるみたいだよ。これを聞いたら食事をしよう。たったあれだけのことだったのに、かなり疲れちゃった。アダマンタイトの冒険者でもなかなかの難易度」


「そうだよね、すっごく緊張した。安心したらお腹がすいちゃったよ」


「うん、それじゃおじいちゃんの曲が終わったら料理のある所へ突撃しよう。フェル姉ちゃんがいるところに美味しい物があるからそこから攻める」


 おじいちゃんとエルフさん達はスローテンポの曲を奏でている。でも、一曲終わると今度はアップテンポの曲になった。ヴァイア姉ちゃん達は楽しそうだし、村のみんなも結構盛り上がってる。最初の出し物としてはいい感じだ。


 終わりかと思ったらさらに曲が続いた。エルフさん達とのセッションだから曲数が多いのかも。


 聞いておくのがスジだけど、アンリのお腹はそろそろ限界。途中だけど食事にしよう。


 スザンナ姉ちゃん達を誘ってフェル姉ちゃんがいるところへ突撃した。


 フェル姉ちゃんは相変わらずお皿に沢山の料理を盛ってる。真剣な顔でお皿に盛りつけていたけど、アンリ達に気づいてくれたみたいだ。


「無事に仕事をこなしたようだな。なかなかの妖精っぷりだったぞ」


 フェル姉ちゃんの言葉がアンリに刺さる。確かにアンリの妖精っぷりは最高だった。でも、本当に最高なのはヴァイア姉ちゃん。


「お世辞はいらない。今日のアンリはヴァイア姉ちゃんの引き立て役にしかならなかった。あれはずるい。妖精女王の化身とも言えるアンリでもひれ伏す感じ。でも、アンリにはまだ第二形態が残ってる。負けたわけじゃない」


「今日は負けでいいんだよ。主役はヴァイアだ。準主役のノストだって引き立て役の一人にすぎないんだぞ?」


 それはそうかもしれないけど、アンリはいつだって主役を狙う。そんな人生を送りたい。


 フェル姉ちゃんはスザンナ姉ちゃん達のほうへ視線を移してからちょっとだけ頷いた。


「スザンナとクルも着替えたようだな。悪くないが、ちょっと背伸びした感じか? アンリみたいな可愛らしい服でもいいと思うんだが」


「私もクルも十五歳になってないけど、冒険者ギルドに所属している大人だからね。シックで大人の雰囲気を出すのは当然の事ってディアちゃんが言ってた。動きやすいしこれはこれでいい」


「うん、デザインよりも機能性重視だね。魔物に襲われてもこれなら何とか戦えるから」


「ドレス着て戦うってどんなシチュエーションなんだ?」


 確かに。今度おかあさんに聞いてみよう。赤いドレスを着て戦場にいたって言うし、なにか深い意味があったんだと思う。


 それはそれとしてまずはお腹を満たそう。どうあがいても美味しそうな料理がたくさんある。フェル姉ちゃんと同じようにすべてを食らいつくす。


 みんなで美味しい美味しい言いながら食べた。


 どの料理も初めて見るけど全部美味しい。食材もいいんだろうけど、ニア姉ちゃんの気合が伝わってくる感じの美味しさだ。見た目からして「食え」って感じで、お箸が止まらない。


「そういえば、アンリ達はまたバックダンサーとして踊るのか?」


「アンリとスザンナ姉ちゃんはお役御免。ヤト姉ちゃんもメノウ姉ちゃんも別のバックダンサーを雇った。アンリは都合のいい女だったと言うこと」


「ニャントリオンもゴスロリメイズも正規メンバーがそろったみたい。これが派遣メンバーの辛いところ」


「派遣だったのか」


 アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんもちょっと暗い顔をして答えた。そう、これが派遣の辛いところ。今日のアンリは妖精がメインイベント。あとは見てるしかない。


「ならウェンディのバックダンサーをやったらどうだ?」


「ウェンディ姉ちゃんにもバックダンサーがいる。アンリ達の出る幕はない」


「初耳だ。誰が踊るんだ?」


「名前は知らないけど、あの人達。登場でインパクトを与えてくるとは侮れない。生まれながらにしてのエンターテイナー」


 そう、アンリは気づいた。アイドルは歌や踊りだけじゃダメ。観客を沸かせるためにあらゆる手段を使う。どう考えてもウェンディ姉ちゃんが精霊さん達と踊ったらインパクト大。大歓声になることが約束されてる。


「精霊じゃないか……え? アイツらがウェンディのバックダンサーをするのか?」


「うん。お友達って言ってた」


「結婚のありがたみが薄れないか? なんかこう、精霊が俗っぽくて」


「それは逆。結婚式の出し物で精霊が踊ってくれたなんて、王族でもないと思う。ヴァイア姉ちゃんは歴史に名を残した。対抗してアンリが結婚する時は魔王に踊って貰う」


 うん、勢いで言ったけどいい考え。それくらいの伝説を残したい。


「私は踊らないぞ――いや、私はもう魔王じゃなかった。まあ、その時の魔王に頼めば踊ってくれるかもな」


「そうだった。間違い。アンリの時は魔神に踊って貰う。これは決定事項。リンゴ五個でお願いします」


「安すぎる。というか私が魔神になったって誰から聞いた?」


 エリザちゃん経由でジョゼちゃんに聞いた。フェル姉ちゃんのことは筒抜けと言ってもいい。


「アンリの情報網を甘く見ないで欲しい。それに赤ちゃんの事も学んだ。コウノトリはフェイク。本当は桃から生まれる。盲点だった」


 フェル姉ちゃんはなぜか複雑そうな顔をしているけど、どうしたんだろう? この話題を出すときはいつもそんな感じになる人が多い。もしかして桃もフェイク?


「話を戻すが、アンリ達がバックダンサーをしないのは分かった。だったらクルを入れて、三人で新しいチームを組めばいいんじゃないか?」


 ……フェル姉ちゃんはいつもアンリ達を導いてくれる。その通り、誰かのバックダンサーで満足しちゃいけなかった。


 スザンナ姉ちゃんも同じ気持ちみたい。でも、クル姉ちゃんは首を横に振った。


「私、踊れないよ。そもそも踊ったことないし」


「クル姉ちゃん、大丈夫。踊りは心。考えない、感じるだけ。昔の偉い人はそう言ってる」


「ちょっと何言ってるか分かんない……え、ちょ、どこ行くの? もしかして練習? これから?」


「うん、ちょっとだけ練習して出し物の最後にねじ込んでもらう。大丈夫、クル姉ちゃんは初々しい所を見せれば受けがいい。後はアンリとスザンナ姉ちゃんがフォローする」


「任せて。最悪、魔法水を使ってクルを操るから。自動操縦できる」


「最初から魔法水を使えばいいんじゃないかな!?」


 これは面白くなってきた。アイドルの戦いにアンリ達も参戦する。グループ名は――そう妖精愚連隊。ダンジョン攻略パーティと同じ名前でアイドルの頂点に立つぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る