第47話 指輪
目が覚めたらベッドの上だった。
またもアンリは耐え切れずに寝てしまった。これは連敗ということ。昨日はゴッドハンドも使ってないのに。でも、昼間にダンスの訓練をしたからそのせいで眠っちゃったのかも。
それに昨日は家族会議があった。おかあさんがおとうさんを問い詰めている感じ。おじいちゃんと三人で話をしていたみたいだけど、アンリはダメって言われて会議には参加できなかった。大人の話だからアンリは参加できなかったんだ思う。
結局その家族会議がどうなったのかは分かんない。アンリは大部屋でアンリ専用の剣のことを考えながら、広場のキャンプファイアーを見ていたけど、いつの間にか寝ちゃってたし、どうなったのかな?
それにフェル姉ちゃんがどうなったかも知りたい。多分、大丈夫だとは思うけど、なにかあったら大変。よし、おじいちゃんに聞いてみよう。
身支度を済ませてから大部屋へ移動する。珍しくおかあさんだけだ。
「おかあさん、おはよう」
「あら、アンリ、おはよう。今日もいい天気ね!」
なんだろう? おかあさんの機嫌がいいように見える。鼻歌を歌ってたし、踊りだしそう。もしかして家族会議でなにかあったのかな?
「なにかいいことがあったの? おかあさんのテンションがものすごく高い。アンリはちょっとだけ引いてる」
おかあさんがすごくいい笑顔でこっちを見た。まぶしい。キラキラしてる。窓から入る太陽の光がまぶしいというわけじゃないと思う。
「あったといえばあったわね! いい? アンリ。これからは女が攻める時代よ! 攻めて攻めて攻めまくる! 待ってる女に幸せはないわ!」
昨日と言っていることが違うような気がする。もしかしてなにか変な状態異常になってる?
「ええと、おかあさん、大丈夫? リエル姉ちゃんを呼ぶ? 話がよく分かんない。攻城戦の話をしてるの?」
「まあ、そうね。昨日の例えで言うなら、おかあさんは本丸を落としたということよ! 見て見て、この指輪! おとうさんに、今はまだダメだけど、落ち着いたら結婚しようって言われたわ!」
おかあさんの左手の薬指に指輪があった。赤い宝石の指輪。質素だけど綺麗。
でも、結婚……? おかあさんとおとうさんは結婚してるはずじゃ?
「アーシャ!」
びっくりした。いつのまにかおじいちゃんが部屋にいて大きな声を上げた。どうしたんだろう?
「え? あ……!」
おかあさんが驚いてから申し訳ないような感じの顔になった。顔面蒼白っていってもいいかも。でも、どうしたんだろう?
おじいちゃんが近づいてきて、アンリの前にしゃがみこんだ。
「お母さんの話、どこまで聞いてたんだい?」
「全部聞いてた。でも、よくわかんない。おかあさんとおとうさんは結婚してないってこと?」
なんだろう? おじいちゃんはなにか言いにくいことがありそうな顔をしている。
「みんな、おはよう……?」
おとうさんがやってきて、みんなを不思議そうに見ている。実はアンリも不思議。なんでこんな状態になっているんだろう。
おかあさんがおとうさんに近づいて耳打ちした。そうしたら、おとうさんもちょっと困った顔になった。
「おじいちゃん、昨日の家族会議で何かあったの? アンリに知られると困る話?」
「いや、そういう訳じゃないのだが――」
「おかあさんが結婚しようって言われたみたいだけど、それはおとうさんが言ったんだよね? なんで? そもそも結婚してるよね?」
「いや、それは……」
おじいちゃんが言い淀んでる。アンリに言えないことなのかな?
そう思っていたら、おとうさんが近寄ってきて、おじいちゃんと同じようにアンリの前に膝をついて目線を合わせてくれた。
「アンリ、実はね、おとうさんはおかあさんと結婚はしてるけど、結婚式を挙げてないんだよ。その、えっと、おとうさんにお金がなくてね! ほら、結婚式にはお金がかかるだろう? その、稼ぎが悪くておかあさんと結婚式をすることができなかったんだ!」
なんてこと。おとうさんは甲斐性なしだった。
でも、よく考えたらあまりお仕事しているようには見えないしお金はないのかも。それにおかあさんもおとうさんも結婚指輪もしてなかった。結婚指輪は結婚式で精霊様からもらえるもの。指輪をしていないってことは結婚式をしていないって言ってるのも同じだった。
「そうなんだ。でも、さっきおかあさんが指輪を見せてくれた。あれは婚約指輪?」
「そう! それ! いつか必ず結婚式をするからそれまでこれで我慢してくれって言われて昨日貰ったの!」
おかあさんが慌てた感じでアンリの質問に答えてくれた。
よかった。おとうさんにちょっとだけ甲斐性があるのが分かった。これで一件落着。おじいちゃんが言い淀んでいたのは、おとうさんの甲斐性がない話だったからだ。おじいちゃんはおとうさんの名誉を守ろうとした。
でも、結婚式をしていないんだ? 昨日の家族会議でその話をしていたのかな? そうだ、結婚式でアンリが花びらをまく妖精をやってあげよう。ロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんの結婚式でもやることになってるし、前にもやったことがある。アンリはベテラン。プロの妖精と言ってもいい。
「それならおかあさんとおとうさんの結婚式ではアンリが妖精役をやってあげる。もちろん無料で。多分、あと数年もすれば、売れっ子妖精だけど、ちゃんとスケジュールを空けとく。アンリの花びらをまく技術は相当なものだから安心して」
おかあさんとおとうさんがびっくりした顔になってから、ちょっと涙ぐんだ。多分、喜んでくれたんだと思う。
「……ええ、ありがとう、アンリ。その時はお願いね」
「ああ、おとうさんからもお願いするよ」
「まかせて。立派に妖精役を果たして見せる」
おじいちゃんが息を大きく吐いてから立ち上がって「さて!」と声をだした。
「それじゃ朝食にしよう。お腹が減ったからね」
全面的に賛成。アンリのお腹はペコペコ。もりもり食べないと。
それにしても驚いた。おかあさんとおとうさんは結婚してないんだ。でもおかげでアンリが結婚式に出れることになった。それはいいこと。そうだ、その時も結婚式の出し物で踊ろう。今回はヤト姉ちゃんにセンターを譲るけど、その時だけは絶対にアンリがセンターをやる。
おかあさんが朝食を用意してくれたから、みんなで食べる。今日のパンはふわふわだ。堅いパンも好きだけど、これも好き。さらにはエルフさんが作ったジャムもある。とっても贅沢。
食べ終わってくつろいでいたら、ディア姉ちゃんがやってきた。
「おはようございます。村長、すみません、広場に来てもらえますか?」
「ディア君、こんな朝早くからどうしたんだ?」
「それが、昨日の大きな狼がたくさんの狼をつれて村の入口に来てます。ああ、でも、襲いに来たわけじゃなくて、フェルちゃんの従魔であるスライムちゃんを出せとか言ってるみたいですけど。念のため村長にもいてもらっていいですか?」
大きな狼? スライムちゃんを呼んでる? そういえば、フェル姉ちゃんはどうなったんだろう?
「ディア姉ちゃん、フェル姉ちゃんは? もう帰って来てるの?」
「うん、昨日の夜に帰って来てるよ。問題は解決したみたいだね。今は広場で狼と話してるよ」
そうなんだ。やっぱりフェル姉ちゃんは頼りになる。
「ふむ、それなら出向こうか」
おじいちゃんが外へ行くみたい。これはアンリもついて行かないと。
「アンリも行きたい。問題が解決しているならお外も安全」
「アンリは家で――いや、そうだね、アンリもおじいちゃんと一緒に行こう。それと今日のお勉強は休みだ。ロミット達の結婚式の準備とか忙しいからね」
「おじいちゃん、アンリはいま、ものすごく感動している」
「……それはなによりだ。遊びに行くなら部屋で準備してきなさい」
「うん、すぐに用意してくる」
急いで部屋に戻ってベッドの下から魔剣を取り出す。そして背負った。準備完了。すぐ戻ろう。
戻ってきたら、大部屋の扉の前でおじいちゃんの声が聞こえた。何を話しているんだろう? ちょっと聞き耳を立ててみよう。
『アーシャ、気が緩み過ぎだ。気持ちは分からんでもないが、まだ知られるわけにはいかない。注意してくれ』
『すみません。ちょっと舞い上がりすぎてました』
『いえ、これは私が悪かったです。タイミングが良くなかったのでしょう。自重するべきでした』
『そんなことはないが……すまないな。お前たちには私のわがままで色々と迷惑をかけてしまっている』
『そんなことありません。五年前のあの日から私も同じ気持ちですから。アーシャもそうだろう?』
『もちろんです。マユラ様の恩に報いるためにも私は自分の意志で志願したのです』
『そうか、ありがとう。そしてこれからもよろしく頼む。あと十年経てば――』
『村長、まだかかりますか?』
最後はディア姉ちゃんの声だ。すごく小さい声。もしかしてお外で待ってる?
いけない、ずっと待たせたままだ。でも、おじいちゃん達は何を話してるのかな?
アンリがいない場所で話していることはアンリが知らなくていいことかもしれない。ただ、おかあさんの言ったあの名前、マユラって誰のことだろう?
でも、それはあと。今はおじいちゃんと一緒に広場に行かなきゃ。そこにフェル姉ちゃんがいるんだ。
扉を開けて大部屋へ入った。
「お待たせ。準備は整った。おじいちゃん、行こう。フェル姉ちゃんが待ってる」
そう言うと、おじいちゃんはアンリを抱きかかえてくれた。
「それじゃ行こうか。それと二人とも今日くらいはゆっくりしなさい。午後は結婚式の準備を手伝ってもらうがね」
おかあさんとおとうさんが頷いている。
結婚式の準備は大変そうだけど、アンリには手伝えそうにない。なら、邪魔しないでいるのが最適。一日、フェル姉ちゃんと遊んでいようっと。
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