死は私であり、アイとは私であり、私刑は

 コロッケを食べ終えてから、俺達は休む事もなく移動を開始した。一息つく程歩いてもいない、という理由もあるが、一番は微妙に視線を感じるので、居心地が悪かったからだ。それに碧花も、俺の目を引いた店というものに興味があるらしい。


 俺の目ってそんな大層なもんじゃないと思うが、学者か何かと勘違いしているのだろうか。


「それで……ここなんだ」


 木を隠すなら森の中。森の中に木じゃないものがあれば当然目立つ。俺がこの店に興味を持ったのはそういう理由で、他の店との違いを挙げるとするなら、建物自体の古臭さだ。


 これは単に老朽化しているとか、そういう次元の話ではなく、一度ボヤ騒ぎでも起こしたのかというくらい、全体が黒く染まっている。店の看板と思わしき横長の板は店の名前部分が焦げ付いていて殆ど読み取れない。辛うじて『屋』は読めるが、それが読めたからと言って店の種類は絞れない。


 この店に目を付けた理由は、それだ。この謎めいた感じがたまらなかった。


「一見さんお断りの店だったらどうするのさ」


「その時はその時だ。まずは吶喊あるのみよ」


「君らしいね」


 旅は道連れ、とはいえ碧花は乗り気ではないみたいなので、まずは俺が店の中に入り、反応を確かめる。


「失礼しまーす」



 ……反応が無い。



 振り返り、手招きする。


「大丈夫だって!」


「いや、何も反応なかったじゃん」


「沈黙は肯定を示すって誰かが言ってたぞ」


「沈黙が示すのは肯定よりも難色の方が多い気がするけど。本当に大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。なんか商品っぽいの並んでるし」


 碧花は沈黙で以て難色を示したが、何度も手招きを繰り返すと、ようやく俺の手を取り店内へと入ってくれた。いざ入るとなると彼女は思いきっていて、入り口付近で立ち止まっていた俺を軽く過ぎ、店内を歩き回り始めた。遅れて俺もしっかり店内を回り始める。


 見受けられる商品は様々で、悪く言えば統一性が無い。髪飾り、刀、古本、藁人形、蝋燭―――物騒というより、不気味だ。流石に刀は模造刀みたいだが、こんな所に修学旅行生は訪れない。そもそも修学旅行生は模造刀なんか買えない。多くの場合、お金が足りないか、店員が拒むかだ。


「ここ……何屋なんだろうね」


「色々なものがあるから、万事屋じゃないか?」


「それにしては随分需要が無さそうなものばかり取り揃えてあるよね。一部の人には人気が出そうだけど、逆にそれ以外の人には全く人気が無さそうだ―――呪いを掛けようという人が居ないと、売れないだろうに」




「ファファファ。見抜かれてしもうたか」




 俺達の会話にしゃがれた声が割り込んできた。声のした方向……カウンターの奥を見遣ると、真っ暗な所から遥か昔に還暦は通り過ぎたであろう老婆が姿を現した。年の割に歯は健在で、抜け落ちている個所は一つも見当たらない。目にはサングラスを掛けており、こういう言い方も何だとは思うが、とても倒れそうにない元気な老人だった。


「えっと……店主さん?」


「ん~その通り。しかしまさか儂も若者二人が入店してくるとは思わなんだ。恨みのある人間でも居るのかい?」


「いや、そういう訳じゃ―――そもそもここ、何屋なんですか?」


 品揃え的に個人店なのは分かるが、それにしたって何を売ろうとしているのかさっぱりだ。まともに一般受けしそうなのは髪飾りだが、その髪飾りも和装にこそ似合いそうだが、この国における主たる服装は洋服であり。少々時代錯誤気味だ。


「ファファファ。ここは…………儂も良く分からん」


「ええッ!」


「何せ爺さんが始めたもんだからねえ。その爺さんが先に逝っちまって、遺言に続けて欲しいとあったから続けてるまでで、何を売ってるかは儂にも分からん。だから、何屋かも分からん」


「ええ…………」


 こんないい加減な店主は今まで出会った事がない。惰性で物事を続けるのはよくある事だが、これはその究極系と言えるだろう。店を営んでいるのに何を売ってるのか分からない店主が存在するとは思わなかった。流石の碧花も、この珍妙な店主には困り顔を向けて―――いや。


 眉を顰めていた。


「それはおかしいですね。何を売っているか分からないなら、見抜かれたか、なんて言わない筈です。だって私達は、ここに何があるかなんて一言も言ってないんですから」


「あ……そっか」


 俺達は飽くまで商品を認識しただけで、わざわざ『○○がある』とは言っていない。にも拘らずこの店主は呪い云々の話に『見抜かれたか』と言った。これは商品を知らなければ到底でない言葉であり……ん? 何かがおかしい。


 何を売っているかなんて見れば分かる。だから俺達も口に出さなかった。前述した理屈は老人の目が見えていなければ成立するが、普通に見えているのならそもそもこんな話にはなりようがない。碧花の発言が正しいとして、彼女はどうやって見抜いたのだろうか……ああ、そうか。


 何を売ってるのか分からないとの発言を合わせれば、目が見えていない(もしくは見えていないに等しいくらい視力が低い)事くらい気付くか。


 俺が馬鹿なだけだった。


「ファファファ。成程成程。確かにそうだねえ。なら訂正させてもらうよ。何屋かは知らないが、どういう人が来るのかは知っている。皆、決まってあるモノを買っていくのさ」


「ある物?」


「藁人形だよ。みーんな、ここに来る人はみーんなそれを買っていくのさ。買って行かない奴は冷やかしか、そうでなきゃ気味悪がって帰っちゃう奴さ」


「他の物は?」


「さあ他の品物は本当に知らないねえ。だーれも買ってくれないもんだから」


 つまりこの店について要約すると、店主も分からない謎の店。正体を知っている人物は藁人形を買いに来る様だが、どうして買いに来るのかは不明。辛うじて判明しているのは藁人形の値段が一体一万円という事。因みにこの値段も元から設定されていたらしく、購入者は文句一つ言わないらしい。


「……なあ碧花。どうする?」


「どうするって、何が?」


「いや、何かヤバい店みたいだし、買うもんとかないだろ。出るか?」


「ふむ。まあ君の言いたい事も分からない訳じゃないが、少し待って。今、物色してるから」


 まるで店の中の全ての商品を見ているみたいな言い方だが、主に彼女は髪飾りの棚を見ている。この店の中にある商品では唯一まともで、碧花くらい美人だと髪飾りの方がどれだけ雅やかでも似合うだろう。髪飾りに関して何やら不穏になる要素は無く、ここだけを見るなら良い店だ。


 何だか久しぶりに碧花の和服が見たくなってきた。また来年の夏にでも頼みこんでみようか。


「―――決めた。狩也君。これ買ってよ」


「ん?」


 そう言って彼女が見せてきたのは、端の方にピンクの花が付いた簪。あまりというか全然花に詳しくないので、この簪が何なのかは分からない。どれくらい知らないかと言うと、ピンク色と赤色の花ははチューリップしか知らない……は言い過ぎだが、パッと思いつく花の名前がバラ、チューリップ、レンゲ、オオイヌノフグリな時点で高が知れている。


 何か変なのが混じった気がするが、気のせいだ。


「……欲しいのか?」


「旅の土産って奴だね。まあ貰うのは私なんだけど。いいだろ? 修学旅行で木刀を買うようなものだと思ってさ」


「大分違うと思うけどな」


 木刀は買う瞬間まではこれからも一生使い続けるなどと考えているが、現実はそう上手くいかない。頭の悪い奴なら勉強に追われ、その内木刀を買った事なんて忘れてしまう。そしてある日、突然出てきて、「こんなもん買ったなー」と懐かしむのだ。そういう意味で言えば、ぶっちゃけ護身用としても役立たずである。


 今なら催涙スプレーとかいう便利な武器もある事だし、現代の木刀の存在意義は『学生あるある』を作るくらいだ。彼女は気軽に買って欲しいという意味合いを込めて言ったのだろうが、俺の考える木刀の存在意義に沿ってしまうと、微妙に買うのを躊躇してしまう。


「因みに……幾らだ?」


「二千円」


「高……いや、安いのか? 相場分かんねえな」


 しかし万に到達していないのなら、俺の財布の紐は緩もうというものだ。今まで貰う事ばかりで、彼女に何かをあげた事なんてそれ程ない。たまには俺からくれてやるのが、男では無いだろうか。


「良し分かった。おばあさん、この髪飾り下さい。二千円らしいんで」


「おやおや。うちにはそんなものまであったのかい。藁人形以外の物を購入してくれたのはアンタ達が初めてだよ。有難うね」


「いえいえ。という訳で二千円丁度です。誤魔化してなんかいませんから、安心してください」


「はいはい。ちゃんとお代は頂いたからね。彼女さんに渡してあげなさいな」


「あーえっと、彼女…………はい、分かりました。じゃあ俺達行くんで、おばあさんも元気で」


 変な店に入ってしまったと最初は後悔したものだが、店主のおばあさんは良い人だったし、碧花にもプレゼントをあげられたし、結果としては中々良かったと言える。旅でもしてなきゃまず入ろうと思えないくらい独特の雰囲気を醸していた店なので、俺はこの出会いを一生忘れる事は無いだろう。


 渡された簪を大切そうに握りしめる碧花の手を引いて、俺は店を後にした。



 









「ここ、結構な吹き溜まりなんだけどねえ。坊やの方はともかくとしても、あっちはどうして平気なんだろうねえ」


 足元の骨を何度も踏みつけながら、老婆はニヤリと笑った。




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