私だけを見て?



「……はあ~」


 久しぶりに風呂に入ったとは言わないが、ここまで骨身に染みる湯は初めてである。あまり自分に目は向けていなかったが、俺の身体は極限まで疲れていたのかもしれない。碧花もかなりの長風呂に入っていたし、俺も少々長風呂させてもらうとしよう。


 ―――今日は、やめよう。


 突然の決心に何の事かと驚かれるかもしれないが、彼女に告白するか否か、という考えに対する答えだ。高校卒業までに、絶対告白はする。が、それはきっと今ではないと思い直したのである。原因は……あまり人のせいにはしたくないが、萌達が『まほろば駅』の事を探っている事が判明したから。


「…………俺は、クオン部長じゃねえんだぞ?」


 彼の性格面はともかく、立ち回り方といい、自信に裏打ちされた実力と言い、正にヒーローと言っても過言では無かった。そんな男に後を託されたのは確かに俺だが、実力まで託されたかと言われると……まあ、無い。


 そんな俺が、『まほろば駅』の影響から二人を守れる訳が無い。厳密に言えば、自分達を守れる訳が無い。今日一日はこの甘い夜を楽しむにしても、流石に告白なんてしてる場合じゃない。あれのせいで、これからの未来に再び影が差してしまった。オミカドサマとの対決が終了して、そろそろ平穏に戻れるだろうと思っていたのに。 


「狩也君」


 半ばのぼせる形で思考していると、脱衣所の方で碧花の声が聞こえてきた。


「何だ?」


「着替え、ここに置いておくから」


「おう。有難う。つーか良く俺に合う服なんか見つけて来たな。お父さんのか?」


「……偶然だよ。うん。偶然」


 俺の気のせいだと良いのだが、会話が微妙にぎこちない気がする。あれだろうか、俺がさっき混浴の誘いを断ったから、機嫌が悪いのだろうか。


 大分前から分かっていた事だが、俺の心の中は矛盾している。


 碧花の全てを独占したいという我儘と、『友達』の距離感を続けたい気持ちとが同居してる。この関係が崩れるのを恐れている。だからこそ、俺は高校生活が終わる前には告白すると決めた。この生活が終われば、もうかつての関係には戻れない。俺にも生活というものが生まれてくるからだ。碧花にも生活というものが生まれてくるからだ。この道理は国に属する以上抗い様がなく、しかしながら俺にこの国を脱する気はない。つまり不可抗力だ。


 何が言いたいのかと言うと、止まっていても関係が崩壊するくらい追い込まれなければ、究極のヘタレは踏み込めやしないという事である。




 だから、極端な話。頭に銃口突きつけられたら絶対に告白する。




 と言う訳で誰か、俺の後頭部に銃口を突き付けてくれる人を募集したい。


「碧花」


 風呂から発する声は良く響く。扉一枚を通して呼ぶと、彼女はしっかりと反応してくれた。


「何だい」


「俺さ、お前と友達になれて良かったよ。ほんと、ありがとな」


「……柄でも無い事を言うね、人の風呂で。今生の際でも悟ったのかい」


 自覚はある。俺は俗に言う死亡フラグを立てる人間ではない。むしろ極力回避する様なタイプだ。根拠はある。『首狩り族』―――俺によって現実になる可能性が常人より何倍も高い。現実的じゃない、と他人から見ればそう言えるだろうが、俺は俺自身に悩まされる事で友達を無くしていった。俺にとっては何よりも現実的な根拠である。


「いや、ほら。お礼って言える内に言っといた方がいいだろ。死んでからじゃ遅いからな」


「―――それは、私に対する当てつけか何かかい?」


 そう返される事は想定に無く、俺は困惑しそうになったが、そう言えば俺は彼女によって作り出された人形、もとい遊び相手だった。死体に魂が入っているだけで決して生きてはいないままの俺が、死んでからの話をしても説得力なんて無いに決まってる。


 だって死んでいるのだし。


「そんなつもりはねえよ。ていうかお前に当てつけする理由がない。いつも助けられてるからな」


「…………そう。じゃあ何で急にそんな事を?」


「まほろば駅の話しただろ。忘れようと思ったけど、やっぱ探られてるって分かってると落ち着かねえんだわ。全力で止める気では居るんだが、止められなかった時の為に、一応な」


 萌達が探っているのはそれだけ危険な怪異……かは分からないが、それに類似する存在だと思った方が良い。



 『まほろば駅』は幻の駅…………知って良いのはそこまでだ。



 知り過ぎれば、二人も俺達と同じ運命を辿る事になるだろう。狙ったつもりはないが、これで俺は自ら後頭部に銃口を突きつける事に成功した。まだ引き返せるだけの余地はあるが、無限には戻れない。


 告白をする日は近そうである。


「そう言えば、名案とか思い付いたか?」


「ん? ああ名案ね。名案か……名案だよね」


「さてはお前考えてなかったな! あれ程言ったのにッ!」


「考えたよ。でも名案とは後々になってそう呼称されるものであって、今思いついた策を名案と自称するのはちょっと違うんじゃないかなあと思っただけさ」


「自称……って事は、何か思いついたんだなッ?」


「まあ、ね。でも君に迷惑を掛ける事になる。それでも構わないなら聞かせ―――」


「もったいぶらずに聞かせてくれよ! 二人に『まほろば駅』の事探られるよりは何倍もマシだ。それに今回は……お前が傍に居るからな。不安なんてこれっぽっちも無い」


 扉越しに息を吞む音が一瞬。暫くの沈黙が俺達の間に広がったが、直に碧花がご機嫌そうな声音で語り出した。


「簡単だ。オカルト部としての習性を利用してやれば良い……と。そろそろ出ないとのぼせるよ、出なくて大丈夫?」


 普段の俺なら強がって大丈夫と言っている所だが、ここで気にされるべき人目は碧花だけで。彼女は俺の弱っちい部分も含めて『素敵だ』と言ってくれる女性だ。嘘で己を塗りたくるだけ、自分が空しくなる。


 いつにも増して素直に、俺は彼女の言う事に従う事を決めた。


「わーったよ。確かにちょっと頭がくらくらして視界がボーっとして目が廻って空耳が聞こえてきたから、出るよ」


「……えッ? ちょっと、え? 大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。大丈夫だけど―――」






「脱衣所にお前が居たままだと上がりたくないから、待っててくれないか」






 碧花でなくても、脱衣所に誰かが居る状態で上がるというのは、恥ずかしいものがあった。 















 脱衣所と湯船の寒暖差から意識を失いそうになったが、何とか気力で踏み止まり、俺は無事に碧花の下へと帰還した。まるで死地からの生還を果たした兵士の如き感動を覚えたが、実際意識を失い掛けていたので、間違ってはいない。


「大丈夫?」


「ああ…………今はもう大丈夫だ」


 風呂に入ったせいで碧花のサンタコスを見られなくなってしまったのは悲しいが、パジャマ姿もパジャマ姿で、俺にだけは無防備な姿を晒してくれているみたいで悪い気分はしない。特に今回は体調を崩している訳でもないので、その辺りを遠慮する必要は無いだろう。


「で、名案ってのは?」


「うん。オカルト部としての習性を利用すれば良いんだ。私は大して面識もないから分からないけれど、二人はそういう紛い物が大好きなんだろ」


「まあ、そうだな。紛い物って言い方はどうかと思うけど」


「それには違いないと思うけどね。私達が実際に遭遇していても、その他大多数に認識されていないのならそいつは『居ない』。それに、本当の怪異って言うのは、人間如きが太刀打ち出来る様な存在じゃないからね」


「偉くあっちの肩持つじゃんか」


 まるで彼女自身も人間ではないかの様な言い方ではないか。実際は碧花ではなく、俺が正にそれなのだが。


「そんな事は良いんだよ。話が逸れる。要するに。他の事に注意を向けさせて、『まほろば駅』から距離を取らせればよい。他の事って言うのは要するに、他の怪異とか心霊スポットとかだね」


「いや、俺そういうの詳しくないし。インターネットで拾う様なもんはアイツ等知ってるだろ」


 玄人に情報収集能力で勝てる訳が無いと。ため息交じりに俺がそう言おうとした瞬間、




「私が居る」




 自らの胸の上に手を置いて、碧花が言った。


「私の情報収集能力を舐めちゃいけない。それにね、紛い物には紛い物なりの利点ってものがある。君はこの言葉を悪口だと認識したみたいだけど、むしろ状況的には、褒め言葉だよ」


「……どういう事だ?」


「勘づかれちゃ困るから、君は知らなくていい。それよりも―――だ」


 碧花は徐に席を立つと、俺の顎を的確に捕らえ、へし折れそうな程の勢いで持ち上げた。


「ぐぶッ!」


「私は怒ってる」


「にゃ、なゃんで?」


「き、君って奴は…………私がさ、お、お風呂に誘ったんだよ? それなのに断って……あの後、私がどんな思いで湯船に浸かっていたか分かる?」


 彼女が言うには、湯船に浸かっているから温かい筈なのに寒く、無性に自分が無価値に思えてきて死にたくなってきたのだそうだ。


 そこまでかッ? とも思ったが、俺も同じ事をしたら、死にたくなる。気分的には練習を重ねたナンパを実践したら軽くあしらわれたのに似ている。ナンパした事ないけど。


「ごょ、ぎょめん……」


「謝って済む問題じゃないけど、警察は要らないよ。私のお願いを聞いてもらう」


「お、お願い……? 歯の磨きっこするとか?」


「……随分マニアックな事を言うね。したいの?」


 冗談だ。そんなプレイ、したくは……ちょっとしたいか。


「……いや、別に」


「そう。何か不安に思ってるなら、心配しなくてもいいよ。パシリにするつもりはないから」


「じゃあ萌達関連で何か―――」


「その話はしないでくれ。今は私と君の二人きりだ―――の事なんて、考えたくもない」


「ん?」


「いや、何でもない。時間も時間だし、早速だけど就寝準備を整えたら聞いてもらうよ」




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