俺にとって友達とは?

 例によって、女性の風呂は長い。妹である天奈が長いので、俺はその事をよく分かっていた。これ以上彼女の事を考えると頭がおかしくなってしまいそうなので、別の事に目を向ける事にした。


 ―――あんまり、考えたくなかったんだけどな。


 碧花との二人きりの時間を己自身でぶち壊しにしたくなかったが、これ以上は狂気に足を踏み入れる事になる。非常に残念で仕方ないが、一時的に俺はこの雰囲気をぶち壊す事にした。具体的には、萌の父親の事などを、改めて考えている。



 ―――何の接触もしてこないのは、おかしいよな。 



 俺の素性を調べるとか何とか言っていたのは覚えている。そこまで時間のかかる所だろうか。生活ぶりを見れば分かるが、俺は国に保護されている諜報機関でもないし、そもそも何らかの特殊部隊ですらない。運以外は普通の高校生だ。その運も、俺自身が怪異と化している事が原因だと犯人である碧花によって判明した。



 ―――手応えが無いってやり辛いな。



 クオン部長の苦労の一端を味わう。絶対違うと思うが、彼の狐面はその苦悩する顔を部員達に見せたくなかったのでは、とも考える程に。彼の真意は結局分からずじまいで、まともに話が出来たのは『ゆうくん』の墓前のみ。オミカドサマの時には会えたというよりも―――見た、と言った方が正しいだろう。事実、直後に俺は気を失っている。


「…………ん?」


 色々考え始めた時、携帯にメッセージが入った事に気付いた。萌からだ。碧花が居れば無視した所だが、今の俺は少しでもこのピンク色の考えから離れなければならない。食い気味に画面を開くと、




『先輩。まほろば駅に行った事ありますか?』




 思考が停止した。再起動に五秒かかった。




『何でお前が知ってんだよ』


『行った事あるんですね!』


『絶対詳細なんて教えてやらないぞ』


『ええ、分かってます。まほろば駅で見た事を口外したら呪いが広がる。ですよね』


『分かってるなら言うな』


『でも、行った事あるんですね』




 このまま食い下がってきそうなので、既読だけ付けて、後は無視した。


 しかしながら、どうして萌が『まほろば駅』の事を知っているのだろうか。あの時俺と同時刻に巻き込まれてなきゃ分からない筈だが……誰が調べた、とかでは無いだろう。あれは調べようと思って調べられる様なものじゃない。当事者に話を聞いて、初めて分かる事だ。



 しかし残念ながら、当事者というのは俺と碧花を除けば全員死亡している。



 あれは中学校の頃の話だっただろうか。気が狂ってしまいそうになる俺を碧花が必死で宥めてくれていた記憶がある。『君は私が守る』。『どんな手段を使ってでも君を守る』と。おまじないの様に言っていた。





「お待たせ」





「うわあッ!」


 不意を突かれて思い切り振り返ると、既にパジャマに着替えた様子の碧花が、怪訝そうに俺を見つめていた。


「どうしたの。そんな顔して」


「いや、意外と早いなって思って」


「そう?」


 時計を見遣ると、もう四〇分も経っているではないか。意外も何も、妥当な時間である。考え込み過ぎるあまり、時間感覚を無くしていたのは俺の法だった。


「……何か、考えてたみたいだね。何かあったの?」



「…………萌からさ。『まほろば駅』の事聞かれたんだよ」



 碧花の顔色が、急速に青ざめた。


「……君は、なんて?」


「教える訳無いだろ。まほろば駅の事なんてもう関わりたくもない。でもあいつオカルト部だし…………勝手に調べるんだろうな」


「それは困るね」


「ああ困る。困るなんてもんじゃない。もしアレに口外したって勘違いされたら―――流石に、終わりだろうな。今までよく分からん悪運で助かってきたが、アレからは逃れられないだろうな。オミカドサマは、まだ俺と遊びたいだけの、まあ無邪気と言っていいかは知らんが、だからこそ助かったっていうのはある―――ああ勿論。お前達の助けもあったからな。でも―――」


「狩也君」


「ん?」


 碧花は風呂の方を指さして、淡白に言った。


「今はクリスマス会中だよ? 楽しもう。そういうのは明日になってから考えればいいさ」


「……そう、だよな。うん。そうだよな!」


 ピンク色の思考を振り払うつもりが、危うくまたいつものグレー色の思考に戻る所だった。これは風呂に入って、一度精神をリフレッシュさせた方が良いだろう。きっと慣れない状況とシチュエーションに、精神が疲れすぎているのだ。


「じゃあ俺も風呂入るわ。萌達については……後々なんか対策しておくか」


「協力するよ。じゃ、行ってらっしゃい」


「おう。俺が出るまでに名案思いついといてくれや」


 一度も振り返る事無く、俺は風呂に向かって一直線に歩いて行った。 























 何と。


 何という好機。


 何という天運。


 私の幸運は止まる所を知らない。


「…………フフ」


 一日だけの夢だと覚悟した上で、彼を招待した。それで妥協するつもりで、全力で楽しんだ。


 でも。


 神様はまだ、私に夢を見せてくれるらしい。


「まさか……『まほろば駅』に踏み込んでくるとはね。こちらからは踏み込ませようが無かったから、有難いというか何と言うか」


 西辺萌が邪魔。


 御影由利が邪魔。


 天奈ちゃんは―――保留。


 これらの邪魔は厳密には、狩也君が守っているから邪魔だった。彼の日常を傷つけない様に不穏因子を排除する。それは彼に秘密を打ち明けても変わらない。それが、私と彼が一緒に居られる唯一の方法だから。それ故に、彼の日常と密接している二人が邪魔で邪魔で仕方なかった。迂闊に手を出せば火傷をするのは私。クオン部長の存在もあって、中々手出しが出来なかったけど…………


 私は口元を醜悪に歪めた。



 ―――仕方、ないよね♪ 



 だって『まほろば駅』の事を知ろうとするんだもの。そしてそれは、狩也君本人も望んでいない。これはまたとないチャンスだ。彼が私の味方側に付いてくれるなら、遠慮する事はない。唯一邪魔だったクオン部長は居ないし、後はもう煮るなり焼くなり私の好きに出来る。



 ―――彼に二人の守護を任せたのは、悪手だったんじゃないかな。クオン部長。



 彼が一番信頼しているのは紛れもなく私だ。その彼をどうにか出来ないのなら、私はとっくの昔に殺人罪で捕まっている。


 二人が消えてしまえば、今度こそ狩也君は私以外誰も見なくなる。そしてあの二人が居なかった今までと同じ様に、私と彼だけのセカイが続いていく。



 ―――認めるよ。



 これまで何十人も殺してきた私だけど、それらは全て、彼の日常を害する者達が対象だった。君達二人もまた、オカルトという非日常に彼を踏み込ませる事で間接的に害するから、対象である事に間違いは無い。


 でも認める。私が君達を殺したい理由は、最初から―――










「…………彼と仲良くする君達が、たまらなく憎かった」



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