侵喰

 あまりにもスッキリしない終わり方ではあったが、一件落着である事に変わりはない。ダメ元で萌に電話してみるが、案の定、出なかった。次に由利へ向けて電話を掛けると―――彼女も出なくなった。何処か電話が通じない場所に居る様だ。由利まで行方不明とは笑えないが、まだその判断をするのは早計だ。もう暫く時間を置いて、掛け直せば出るかもしれない。

「…………はあ」

 まあ、俺が心配する事では無いだろう。萌も由利も、一人で状況を何とかするくらいの力はある筈だ。一体どうして連絡がつかないのかはともかく、無力ではない。それに比べたら妹は無力も甚だしいので、先にこちらを救い出せて良かったと思う。

 色々考える事はあるが、今はこの余韻に浸る事をどうか許してもらいたい。妹をこんな風におんぶする事なんて……もう一生無いだろうし、出来れば一生来ないで欲しいから。

「お前には迷惑かけるな、天奈」

 今回、『首狩り族』こそ関係ないが、発端は俺だ。榊木という少女は『首狩り族』の名を冠する俺に憧れていた。直接的には関係ないかもしれないが、この名前の存在自体がこの一件を引き起こしたのは間違いない。

「……本当に、ごめん」

 この一件さえ知っていたなら……いいや。たとえ知っていたとしても、俺はきっと同じ選択肢を選んでいただろう。余程の事が無い限り人殺しはしない。この余程の事というのは、ほぼ絶対だと思ってくれて構わない。普通に生きてる分には超えようのないくらい、ハードルは高く設定しているつもりだ。

 そのハードルが高く設定されているがばかリに今回の一件が起きたと思うと、複雑な気持ちではある。

「…………ん。お兄ちゃん?」

「―――お、天奈。起こしちまったか。悪いな」

「ううん…………いいよ。こうしてお兄ちゃんが、助けに来てくれたんだし」

 妹にしてはしおらしい態度だが、命に関わる災難に遭遇して笑顔を出せるのはオカルト部くらいだ。普通の女の子はこんな反応をする……と思う。幸か不幸か、俺の周りには普通の女の子が居ない為、推測になってしまうが。

「……お兄ちゃんはさ、何で助けに来てくれたの?」

「何でって……家族だろ。お互いにさ」

「…………家族だから?」

「今更聞くなよそんな事。俺は寂しいのが嫌いなんだ。お前を失ったら、俺にはもう何も残らない。助けるのは当たり前だろうが」

 ……少し本音を話そうか。

 まだ俺が俺自身の正体に気が付いていなかった頃から……警察を信用していない。『首狩り族』が度の過ぎた不運だと思えば思う程に、信じられなくなってくる。頼りにならなくなってくる。これは仕方ない事でもあるのだが、警察は必ず後手に動く。全てが手遅れになったその後でしか動けない。

 これだけならまだ良いが、俺の不運は非現実的な存在を引き寄せてしまうから問題なのだ。警察の処理出来る事件は非現実的な存在を想定していない。目の前で見た全ての出来事を話した所で、俺が錯乱状態にあるとか。幻を見たとか。虚言癖があるとか。そういう診断を下されるのは目に見えている。


 ―――だから俺は、自分で通報をしたくない。


 する必要があるなら通報するが、今まで俺の隣には誰が居た? そう、碧花だ。彼女は俺にとても優しくて、頼めば大概の事は引き受けてくれる。俺は彼女のそんな性格に危うさを感じつつも、甘えていたのは事実だ。『碧花が通報するなら』と。無意識に警察を避ける様に。

 勘違いしないで欲しいのは、意地になってまで頼らない程ではない、という事だ。そこまでいくとそれは信用していないとかそういう次元ではなく、もっとハッキリとした『嫌い』という次元になる。

「天奈。お前は幸せになれよ。良い彼氏見つけて、結婚でもしてさ」

「…………お兄ちゃんとずっと一緒に居ちゃ駄目?」

「駄目だ。もうこんな事が起きた以上、いつまでもって訳にはいかない。今度は本当にお前を……」

 殺してしまうかもしれない。

 その可能性を想像するのが怖くて、それ以上は言えなかった。妹が死んだら俺はどうなってしまうのだろう。自暴自棄になって自殺する? 理性を無くして欲望のままに碧花を犯す? それとも―――今まで俺に首を狩られた者と同様に、廃人になるか。

「とにかく、お前は可愛いんだからその気になれば彼氏の一人や二人くらい作れるだろ。いや、二人は作っちゃ駄目なんだが。法律的に、うん」

「そう言うお兄ちゃんも彼女の一人や二人居ないじゃない」

「それは俺がヘタレなだけだ。その気になって告白すれば一人や二人くらい…………うん。出来るんだよ!」

 実際はどうか分からない。碧花は絶対断られると仮定して、萌や由利は告白を受け入れてくれるだろうか。仲が良ければ成功するだろうなんて言う輩も居るが、そんなのは童貞の発想だ。仲が良くても、告白となると話は別だというケースはそれなりに知っている。

 萌ならばいつもの調子で頷いてくれそうな気もするが……。

「じゃあもし誰も彼女にならなかったら、私が彼女になってあげようか?」

「やめろ。気持ち悪い。お互いに損だぞ、その発想は。お前は妹だから可愛いんだ。お前も俺が兄貴だからそんな事を言うんだ」

「冗談だからね」

「んな事は知ってる。本気で言ってんだったら今すぐにでもお前を病院に連れて行く所だ」

 気のせいかもしれないが、いつもの妹と違う気がする。いや、語弊の無い様に言うなら、妹と話してる気がしない。背負っているのは間違いなく妹の筈だが、言葉遣い、返答、声音。これら三つを筆頭として、どんどん違和感を覚えてくる。

 最初は気分が沈んでいるだけかと思ったが、ここまで長続きすると、そうとも言い切れない。

「なあ」

「何?」

「お前、何か変わったか?」

「…………どうしてそんな事聞くの」

「いや、何か違う気がするんだよ。別人と話してるみたいだ」

 しかし俺の友達の中で誰かに似ているという訳でもない。俺としても不思議な気分だ。榊木の一件の不完全燃焼具合と言い、恐ろしいとも思っていた。

「もしかして、榊木から何か聞いたか?」

「え?」

「俺の事。人殺しがどうこうって聞いたから……反応が違うのか?」

 もしそうなら、ある程度は合点がいく。過度なくらい俺に寄り添おうとするのも、口調が違うのも。良からぬデマを流されてそれを信じてしまったのなら、態度が変わるのも頷ける。

 帰路を歩き続ける俺達の間に沈黙が流れる。背中に感じる重さは、家に近づくごとに増していくようだった。

「…………お兄ちゃん」

 改めて話を切り出したのは妹の方。

「私、お兄ちゃんが人殺しだなんて思ってないから」

「……やっぱり何か聞いたのか。だけどその通りだ。俺は人殺しをした事が無い。これからもずっとあり得ない。我が妹よ。君はこんな俺の言葉を信じてくれるかな?」

 おどけつつ尋ねると、妹はしがみつく力を強めながら、耳元で囁く様に言った。

「あったり前じゃない! それが妹ってものよ!」

「―――そうか」



「うん! だからお兄ちゃん。これからもいーっぱい、お話しようね!」


 





 ―――俺は、誰と話してるんだ?







 そうこうしている内に、家に着いた。

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