それぞれの思惑



 奈々の件を御影に丸投げする様で悪かったが、これで俺は本来の目的を達成した上で帰宅出来る。最早何の心残りも無く、後は開始時刻まで妹の手伝いをするだけだ。帰り道を全力で走りながら、俺は本当にやるべき事は全て終わったのかを考える。二秒で詰まった。



 俺んちに衣装がねえ。



 こんな間抜けな話は無い。コスプレを勧めておきながら俺達がコスプレをしないとか気分ぶち壊しである。天奈はどうするのだろう。猶予があるとは言ったが、今から買いに行く余裕はない。仮に今から俺が買いに行く為にルートを変更したとしても無理だ。或いは陸上部ならと言った所だが、残念。俺は帰宅部だ。陸上部の如き身軽さは何処にもない。精々、肥満と言われない程度の標準体型を維持しているくらいだ。


「ただいま~」


「あ、お帰りお兄ちゃん。友達を呼んできたの?」


「いや、まあ呼んだけどさ。開始時刻を教えておいたから、別に今連れてきた訳じゃないぞ。その方が都合が良いだろ」


 文化祭にも準備期間があった様に、このパーティーにも準備というものは必要だ。今回の主催者は天奈だが、俺は兄として彼女を手助けしてやらなければならない。準備時間を限界まで使わせる程度の配慮は当然の物として行うべきだ。


「そう。じゃあお兄ちゃんも着替えてよ。服、作っておいたから」


「服をつく…………何?」


 決して理解が追いつかなかった訳では無かったが、それでも信じがたい事を聞いたので、天奈の移動に伴い、俺もリビングに足を踏み入れる。




 机の上には、一着の服が置かれており、手に取って伸ばすと、何とそれは吸血鬼装備一式だった。マントにズボンにベストにシャツに、手袋に、牙に。服装のみに着眼すれば黒を基調として彼女なりの装飾が施されており、手袋には厨二病患者大歓喜の魔法陣が書き込まれていた。


「あれ、吸血鬼って魔法とか使うんだっけ」


「友達に聞いたら、そうだって言ってた」


 多分その友達はアニメ好きである。アニメの吸血鬼なら何をしても不思議ではないから、こうなるのもおかしい事ではない。ハロウィンにとっての吸血鬼ならば違和感丸出しだが。今まで妹に関心を向けてこなかった俺だが、これからは彼女が詐欺に引っかからない様に見守るべきなのかもしれない。


「これ、お前が作ったのか?」


「そうだよ。ハロウィンパーティーって事なら、こういうのも必要かなって思って。何、不満なの?」


「―――そんな訳ないだろ! 有難う天奈。俺は嬉しいよッ」


 寂しそうに口を尖らせていた天奈は、俺の笑顔を見てから表情を緩めて、照れくさそうに笑った。妹が頬を染めて喜んだのを初めて見た気がしなくもない。仲が拗れていた頃ならば見ようとすら思わなかっただろう。


「でも牙は流石に人力じゃ作れそうも無かったから、そこはごめん。現地のサメの歯を折ってきた」


「現地のサメって何ッ!? お前、俺が知らない間に何処に行ってんのッ?」


「嘘なのに。何でお兄ちゃんは引っかかっちゃうかなあ」


「引っかかってねえから! お前のボケに付き合っただけだから!」


「はいはい。そういう事にしておいてあげるわ。兄の面子を保つのも妹の務めですものね」


「うわうっざ。何で俺がさあ……ボケに付き合ったんだからさあ。その、もうちょいいい思いをしてもというか、厚遇をだな」


 口ではそう言ってみたが、天奈が嬉しそうなら何よりである。ややこしい構図だが、俺を元気づけようとパーティーを企画した天奈が喜ぶのなら俺が嬉しいという構図である。兄妹ウロボロスという奴だ。


「実は他のもあるんだよね」


 俺が吸血鬼装備一式に見惚れている間に、天奈は何処からかサンタ袋を取り出し、中からマジックの如く衣服を取り出していった。


「ほらほら見て。これはゾンビの服ッ」


「これがゾンビの服? いやこれ……着ぐるみだろ。大体ゾンビってメイクじゃ―――」


 俺が言いきる前に、ゾンビの服に新たな服が覆いかぶさった。


「これはミイラの服」


「これが? いや、でもこれミイラっつうかミイラ風の服だろ。包帯柄の服って言った方が」


「これはフクロウの服」


「ふく……フクロウッ? あー確かにフクロウもありか。でもこれ服というかマスク」


「ほらほら見て。他にもあるよ。フランケンに子供用ドラキュラに女性用ドラキュラにコウモリにほらほら凄いでしょ。まだまだあるよ。まだまだ―――」





「ゆっくり見させろよ!」





 俺は袋の口を強引に掴んで、無限に湧き出てくる衣服の湧出を強制的にストップさせた。


「説明早いし、何かズレてるし! 何だよ『ほらほら見て。他にもあるよ』って。その衣服自体に対しての感想が全然出てこねえんだよ! お前は口から国旗でも出してんのかッ」


 『口』から出ている事には違いないが、これはマジックをしている訳ではない。彼女は俺に服を見せたいのであって、ならばマジックなどするだけ損だという事は分かっているだろう。マジックは見せない様にする芸だ。


「お兄ちゃん、私マジシャンになる!」


「マジシャンになるじゃねえよッ。せっかくお前に『これだけ良く作ったなあ、お前すげえよ』って言おうと思ったのに、こっちのが凄いみたいになってるじゃねえか! 取り敢えずしまえ、大体ウチだけでこんなに衣装は使わないだろ……子供用ドラキュラって誰が使うんだよッ」


 俺が天奈と近親相姦でもして子供をつくるのならともかく、残念だが俺は彼女の事を異性としては見れない。妹としては大好きだと心から胸を張って言えるが、異性としては……いや、そもそも対象にすらないので、何とも言えない。それが真っ当な兄弟愛というものだろう。つまり子供用ドラキュラ服はこの首藤家において一切の価値が存在しない服なのだ。


「全部しまえ。俺は生粋のレイヤーでも何でもないからな。コスプレに対しての拘りは無いし、あんまりふざけてたら苦情の一つも送るだろうが、完成度高いからな。有難く着させてもらうよ」


「そう。出来れば全部着て欲しかったんだけどな」


「それこそバケモンだろ。ゾンビでありフランケンシュタインでありコウモリでありフクロウであり吸血鬼ってどういう種族なんだそれ。ハーフとかクォーターとかそういうレベルじゃねえぞ」


 そして現実的な話を考えると、まず前が見えるかどうかが怪しい。フクロウ何かは特に、大きく視界を遮ってしまいそうだ。


「まああんまりにも俺が格好良すぎるから、いろんな衣装を着せて鑑賞したいというのも分からんではないがな!」


「因みに私はゾンビでメイクするつもりだからさ、えーと、時間配分的に……そろそろした方が良いかな。じゃあ私、自分の部屋に行くから、後お兄ちゃん準備宜しく」


「慣れないナルシストやったんだからツッコんでくれよ! …………準備って何すれば良いんだ?」


「冷蔵庫に貼っておいたから。じゃね」


 足早に天奈は自分の部屋へと戻って行ってしまった。彼女が消えた後もリビングの外を眺めていたが、直後に『ガチャリ』という音が掛かり、妹が部屋に鍵を掛けたのだと理解する。ここまで大きな音を立てられる様な鍵では無かった筈だが、覗き見を図ろうとする不埒者に対する警告のつもりだろうか。


「そんな事しなくたって、誰も見ねえんだけどなあ」


 見る気満々だったが、そういう事にしておかないと俺が負けた事になるので納得いかない。冷蔵庫に書いてあった設計図を基に、俺は開始時刻までの数十分を、準備に費やす事となった。


 

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